Archive for 7月, 2010

4つの証明書 その1

 私の家には、4つの証明書(certificates)が額に入って飾られています。それぞれに思い出があります。

 1番目は「ワイオミング名誉州民証」。最初にワイオミング州に行ったのは1956年のことで、留学期間中にCommunity Assignment(大学で学ぶだけではなく、実際にアメリカ人と生活して文化と習慣を学ぶという教育省のプログラム)としての滞在でした。その後何回もこの州を訪ね、テレビ番組などを通じて州を日本に紹介した功績に対し、時の州知事から名誉州民証をいただきました。大西部のまっただ中、人間よりも牛の方が多く、首都シャイアンの酒場には夜になると近隣の牧場からカウボーイたちが集まってくるという州のこと、この証書もきわめて特別な表現で書かれています。 The State of Wyoming Executive Department(ワイオミング州行政府)のへデイングに続き、”This is to certify that Kiyotada Tazaki is hereby appointed as a Bona Fide Cowboy on Governor Ed Herschler’s 97,914 square maile ranch known as Big Wyoming and is further authorized and empowered to wear the jangling spurs, cowboy boots and ten-gallon hat attendant to that honor and to enjoy to the fullest extent the spectaular beauties, outstanding wonders and western hospitality abounding throughout this great land outdoors. という本文があります。「あなたを本物のカウボーイと認定します」という表現が何とも大西部的です。そして最後に署名。 Given under my hand this 16th day of August 1977.  Ed Herschler (Governor of Wyoming) で締めくくってあります。名誉州民になってからは、訪問すると州政府の公用車を利用する便宜が与えられました。車のライセンスプレートには州のマークである「バッキング・ホース」(bucking horse、ロデオで飛び跳ねる馬)の絵が描かれており、番号はたった一桁「5」でした。ここ久しくワイオミングを訪ねていませんが、私の懐かしい思い出のひとつです。Resize

車と私 その1

 最初に買った車は紺のブルーバードでした。1960年のことです。その頃は「スタイルのトヨタ」「技術のニッサン」という評価でしたので、迷わずニッサンの車を買い、その後一度も心変わりしたことがありません。自動車はガソリンを入れれば走るとだけ呑気に構えて、一切オイル交換など考えもしなかったので、ある日の夕方都内の路上でエンジンから白い煙があがり車はストップ。板橋の近く、市電のレールの上でした。目の前に交番があったので、走って行っておまわりさんに車を押してくれるように頼みましたが、忙しいと言って断られ、やがてやってきた市電から運転手と車掌が降りてきて一緒に車をレールの外に押し出してくれました。ニッサンが手配したレッカー車が愛車を運んでいく姿を見送ったのが最後。一週間後には茶色のブルーバードに乗っていました。
 一年半ごとに新車に乗り換え、そのたびにブルーバード。やがて白以外すべての色のブルーバードを乗りつくし、あるときは女性用に製造された薄いピンク色の車にも乗りました。ターンシグナルを出すとオルゴールが鳴り、足下にはハイヒールスタンドが取り付けられていました。みんなが笑うので、さすがにこの車は半年で乗り換えました。最初の内は「これは何台目」と数えていましたが、その内面倒くさくなってメモもとらなくなりました。
 東京教育大から横浜国大に移って通勤距離が長くなったのを機会に、すこしでも体がラクになるのではないかと考えて、ブルーバードからより大きなグロリアに変えました。アメリカでエアスポイラー(車の後部につける羽のようなもの)が流行し始めたのを知り、ニッサンに頼んで大きなスポイラーを取り付けてもらったこともあります。日本では珍しいスポイラー付きの自動車をニッサンの本社前に置いて得意顔の私がその横に立ち、撮影した写真がニッサンのカタログに掲載されたこともあります。自動車の屋根にレザーを張ったり、車体の横に白のストライプを入れさせたり、私が新車を注文するときの我が儘が続きました。自動車電話が開発されると、最初の300台ほどの仲間に入り、ナビゲーターもいち早く取り付けるという懲りようです。もっとも、最初の頃のナビゲーターは全く信用が出来ず、気が付くと車が海の中を走っていることもよくありました。
 「新しい『シーマ』という車が発売になります」というニュースがとどき、第一号車を注文しました。4.5リットル8気筒エンジンを搭載したシーマは、どっしりとして静か、初めて乗用車らしい機能と品格を備えおり、大満足の極みでした。今も濃紺のシーマが愛車ですが、2010年8月には製造中止になるとか。ニッサンからは「フーガ」に乗り換えるよう勧められていますが、一切その気はなく、今のシーマを「乗りつぶす」つもりです。
 最初にハンドルを握ってから50年。その間に何回車を乗り換えたことか。白煙を出して見送ったブルーバードの懐かしい姿と、そして今消える運命にあるシーマと、これが私の自動車の歴史そのものなのです。日産シーマ

健康法

 アメリカ人に”You speak English very well.”(英語がお上手ですね)と褒められると、ちょっといい気分になります。でも、日本人が日本人に対して「日本語がお上手ですね」と言うでしょうか。つまり、「あたたは英語が上手」というのは、「外国人としては上手」という意味であり、native speakers(英語を母国語としている人)とはほど遠いと理解すべきです。 「先生、お元気ですね。何歳におなりですか」と問いかけられることがありますが、これも同じように、「その年齢としては」という前提があっての褒め言葉です。
 私は1930年11月の生まれですから、今年の11月で80歳になります。「センセイ、元気ですね」と言われます。教え子を中心とするキヨ友の会では、私の傘寿を祝って胴上げか何かをしようと画策が進んでいるようです。ちなみに、なぜ傘寿と言うのか調べたところ、傘という文字の略字が「仐」で、「八十」に似ているからだそうです。ロマンテイシズムの片鱗もない回答にガックリ。
 「センセイは健康のために何かしておいでですか」という質問を受けることもあります。私はもともと貴族出身などのような「純粋種」ではありませんから、いわば雑草のようなもので、この年になるまでとくに「健康」を意識して何かやってきたというわけではありません。好きなものを好きなだけ食べ、運動らしいものもせず、もっぱらストレスが一杯の生活を積み重ねてきました。健康を維持するためには、食べもの、運動、規則正しい生活、ストレスからの解放が4つの必要条件ですが、これらをほとんど無視するような生活を続けてきたことなります。それでも元気でいられたのは、おそらく「楽観主義的性格」によることが大きかったのではないでしょうか。細かいことにクヨクヨしない、辛いことがあっても「明日はいいことがあるよ」と自分に言い聞かせる・・・きっと、こんな心構えが体調に影響を与えてきたのではないかと思います。
 「今は?」・・・そうですね、今は多少気をつけています。忍び寄る老化に対抗策が必要です。食事もバランスをとるようにしていますし、運動は散歩のほかに「NHKテレビ体操」(金子リサさんというお嬢さんが登場すると、ひとりでにニコニコします)と任天堂のWiiFitをやっています。規則正しい生活はなかなか出来ずにいますが、それでも睡眠だけはきちんととります。ストレスはほとんどなくなりました。日本男性の平均寿命は78歳(女性は85歳!)なので、もう2歳儲かってることになります。

英語の話 その1

 アメリカ映画「ロボコップ」(Robocop)。夜の駐車場。泥棒が忍び込みます。駐車中の車のガソリンタンクのキャップをあけ、ホースを入れます。下にはバケツ。ホースの片方を口にくわえて吸い込むと、タンクから吸い上げられたガソリンがバケツに入るというクラシックな盗み方です。問題は、吸い込んだとき、たとえ一瞬でも口の中にガソリンが入るjこと。この泥棒は顔をしかめてペッとガソリンをはき出し、”Exxon!”と言います。観客がどっと笑います。
 この映画をアメリカで観たときの風景ですが、観客はなぜ笑ったのでしょう。Exxon(エクソン)はアメリカのガソリンスタンドの名前。泥棒は口に入ったガソリンをその味で「あ、エクソンだ!」と言ったのです。(そんなことあるかッ!)帰国してから同じ映画を観ました。エクソンは日本にはありませんから、字幕をどうするか。「あ、シェルだ!」になっていました。うまい!拍手!
 私たちは、ややもすると、英語にあるものはすべて日本語にもある・・・つまり「置き換え」→「翻訳」が可能であると考えがちです。でも、英語は英語の生活文化のなかで意味と機能を持っていますし、日本語もおなじような言語環境の中で存在します。置き換えが出来ないものもたくさんある筈です。だとすると、学校の授業などで、英語を「訳して理解する」方法には、限界があることを理解しなければなりません。