田崎先生の資料の中から8本のキネコ出てきた
キネコ発掘~NHKアーカイブスの「英語会話」番組
インターネットで、NHKクロニクルというサイトを立ち上げると、NHKアーカイブスに保存されている番組を検索することができる。http://archives.nhk.or.jp/chronicle/ この検索欄に、「英語会話」という項目を打ちこみ、並び順を放送日順にすると、現在NHKで保存されている、過去の英語会話番組が表示される。 それによると、最も古い保存番組は、1976(昭和51)年3月31日放送の「英語会話初級~最終回」となっている。これは、田崎先生が出演した最後の「英語会話」番組である。しかし、NHKアーカイブスの担当者によると、この保存番組は、民生用のビデオをコピーしたもの、つまり、どこかの家の家庭用ビデオで収録された番組を、NHKがコピーさせてもらって保存しているもので、現在のようにNHKが放送した番組のビデオや保存のために放送を同時録画したビデオではない、という。 従って、放送番組のビデオとして保存されている最も古い英語会話番組は、検索ページの2番目に表示されている、昭和55年4月7日放送「英語会話STEP1」となる。それ以降は、英語会話番組も、かなりの番組が保存されるようになり、昭和55年の1年間に、30本を越える英語会話番組が保存されている、ということが分かる。つまり、昭和36年から16年間、テレビ英語会話の講師を務めた田崎先生の放送番組が、最終回の民生用ビデオの1回を除いて、全く残っていないのである。その民生用ビデオは、田崎先生の16年にわたる英語会話番組の最後の記念に、録画したものと思われる。先生もこれと同じビデオを持っていたが、先生の手許にも、やはりNHKと同じく、これ以上古い番組のビデオは残っていなかった。 放送番組の保存は、NHKのみならず、放送局にとって、最大の課題である。そもそも、24時間、何波にもわたって放送している番組を、すべて録画保存することは不可能に近い。言うまでもなく、昭和28年にテレビ放送が始まった当初は、すべて生放送で、番組を保存する方法はもちろん、そのような考えもなかった。 昭和34年、教育テレビが放送を開始した頃になると、そろそろ幅2インチの放送用ビデオテープが使われるようになるが、きわめて高価で、放送が終わったビデオテープは、すぐ録画(音声も)を消去されて、次の番組の録画に使われることになる。つまり、放送した番組のほとんどは、その後消去されて残ることはなかったのである。 家庭用ビデオテープは、昭和50年に、ソニーのベータマックスの生産が始まり、翌51年に、ビクターがVHSを開発、量産を開始する。その後の、ベータ・VHS戦争は、つとに知られるところだが、NHKは、それからしばらくして、ベータマックスを業務用として採用し、番組の保存等に活用することになる。従って、NHKアーカイブスに保存されている最も古い英語会話番組となった、昭和51年3月放送の田崎先生の最終番組は、市販されたばかりのベータマックスで録画したものと考えられ、ビデオとして、保存可能な時期としては、極めて早かったとも言えるのである。 これは、英語会話番組だけではなく、NHKのすべての番組に当てはまる。例えば、大河ドラマにしても、最も古い作品でいえば、昭和50年放送の「元禄太平記」の1本が残っているだけで、全51回の放送全部が保存されているのは、昭和54年放送の「草燃ゆる」までないことになる。 そこで、NHKでは、10年ほど前から、埋もれている過去の番組のフィルムやビデオの発掘運動を始めている。全職員、およびOBに呼びかけて、局内のキャビネットや自宅の物置に置き忘れられている過去の番組を探し出す。或いは、番組に出演いただいた方々や視聴者の皆さんに呼びかけて、それぞれがお持ちの古い番組を提供してもらい、必要に応じて、NHKアーカイブスとして、デジタル化し、永久保存をすると同時に、それらを一般に公開していこうということになったのである。 放送とは、文字通り、それまでは、「送りっ放し」であったものを、デジタル技術の進展によって、データ保存の可能性が広がり、時代を記録する「コンテンツ」として保存する必要があることに遅ればせながら気がついたのである。そして、なんとか手遅れにならないうちに、貴重な過去の放送番組の収集活動を始めたというわけである。 そこで、今回の記録集の作成にあたり、田崎先生が保管している、当時の番組資料について確認したところ、その昔、番組担当者から、「預かってほしい」ということで、フィルムを数本預かった記憶があるという。ただ、ご自宅の2階の1室は、未整理の資料の山となっていて、探し出すのは容易ではないとのこと。そこで、息子の譲治さんに手伝ってもらってこの資料の山と格闘すること2日、、、その結果、8本のフィルムの発掘に成功したのである。 8本はいずれも30分のリールに巻かれていて、その内、2本は、缶に入っていて保存状態は極めて良い。缶の蓋には、ラベルが貼ってあり、そこには、「英語会話」特集「The Lost Bag」昭和40年3月3日放送、そして、3月5日放送とはっきり読み取れる。これまで最古の英語会話番組の完プロを録画した「キネコ」であることは間違いない。 キネコとは、キネスコープ・レコーダーの略で、毎秒30フレームのテレビ映像を、24フレームのフィルムに変換して記録する装置で、キネレコとも呼ばれていた。ビデオが貴重品で、次々と使い回し、保存ができなかったことは前述したが、昭和40年代までは、ビデオの代わりに、番組は、再放送に備えて、このキネコに変換して保存していたのである。 「The Lost Bag」のシリーズは、3日連続放送だったので、もう1本あるはずだが、どれなのか分からない。残りの6本の内、2本には、ボロボロになったラベルが残っていたが、かろうじて、担当者欄に「小川」の名前が読み取れる。「初級」と「中級」を担当した「小川紘二」PDだろう。ラベルの他の文字は読み取れないが、フィルムのリールに、マジックで「スキット集」と手書きされている。もう1本は、「Dr. Heiddegger’s Experiment」とある。NHKの制作ではなく、アメリカのプロダクション制作のものだろうと、先生は言う。 いずれにしても、そのまま、NHKに持ち込み、NHKアーカイブスでデジタル化する一方、その代わりに、DVDにしたものをもらうことになった。 2週間後、NHKから連絡があり、8本の内容が分かったという。それによると、2本の内容は、「英語会話初級」の「The Lost Bag」であり、その他に、「英語会話中級」の「The Lost Bag」1本が見つかったという。 つまり、「The Lost Bag」は、「初級」チームと「中級」チームが合同で制作し、「初級」「中級」の枠を越えて放送したため、2回目の3月4日が、「中級」での放送となった。これで、「The Lost Bag」シリーズは、3本全部が完プロの形で揃うことになった。 NHKアーカイブスとしても、これまでより10年以上古い「英語会話」の番組が出てきたわけで、担当者から「アーカイブスとしても、極めて貴重な資料」と喜ばれることとなったのである。 そして、残りの5本の内、4本は、すべて「スキット集」で、「Dr. Heiddegger’s Experiment」と書かれた1本は、やはりアメリカのプロダクションが、1963年に制作したものだった。放送局としては、公開後70年が経過していないものは、法的にコピーできないということで、このフィルムのデジタル化とコピーは見送られた。田崎先生によると、このフィルムは、大学から譲られ、その一部を番組で紹介したもので、アメリカの作家アラン・ポーの短編集を映像化した作品ということだった。 「番組サイドが保管していると、いずれなくなってしまうので、田崎先生に持っていてもらおう」という、小川PDを含む番組担当者の知恵が、40数年を経て功を奏したわけだ。 こうして、田崎先生の叙勲を記念して、記録集を作る作業の中から、英語会話番組にとって、そして、NHKアーカイブスにとって、「宝物」とも言えるコンテンツが発掘され、テレビを活用した放送教育の貴重な遺産として、永久保存されることになったのである。 |