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NHKテレビ英語会話 その8 映像を作るー技術と提示方法の模索(つづき)

 テレビには画面があります。画面があるからには、常に何かを写していなければなりません。語学番組では、映像が邪魔になることもあります。発音の練習です。注意力を耳に集中して日本語にない英語の音を聞き取ろうとしているとき、画面は妨害因子(interference factor)となります。「テレビの画面を消すことは出来ませんかね」と技術デイレクターに聞いたことがあります。「ダメですね」彼の返事は簡単でした。「画面を消すと真っ黒になると、先生は考えておられるのでしょう。でも、そうじゃない。灰色になるんです」「ほう。そうなんですか」「しかも、テレビ放送でそんなことをやったら、あっというまに『うちのテレビが故障した!さもなくば、NHKが技術ミス(technical failure)を犯したに違いない!』と、電話が殺到します」フーム。それでは、発音練習の場面では何を写したらいいのだろう。課題になりました。

 アメリカ人のアシスタントが、カメラに向かって”Hi!”(こんにちわ)と言います。テレビの前で練習をしている視聴者は、画面のアシスタントにむかって”Hi!”と答えます。画面外にいる私が、その都度「答えてください」というキュー(合図)を出すかわりに、画面上で「あなたの番ですよ」という表示が出来ないものだろうかと考えたこともあります。段ボールで半身像を出してみました。任天堂のWiiFitでジョギングをするときには、自分の映像が薄く画面に現れ、自分がどんな調子で走っているかが分かる仕組みになっています。でも、テレビの初期には、そんな高等技術は使えませんでした。私の「段ボール案」は、制作者側にも視聴者側にも不評で、あえなく沈没しました。

 「テレビ英語会話初級」は、幅広い視聴者に利用されていました。就学前の小さなこどもから畑仕事から帰ってくるおじいさんを待って料理をしているおばあさんまでいました。当然、画面に出る英語が読めない人だっていました。教師は視聴者がすべて英語が読めるという前提で、平気で画面に英語を提示して説明したり練習していただいたりします。「英語は読めないけど、簡単な英語会話くらい出来るようになりたい」という視聴者に対応するためには、画面から英語を追放しなければなりません。アシスタントが”Hi!”と言うと、次の瞬間彼女の胸のあたりに Hi! という文字がテロップでスーパー(superimpose)される・・・このスーパーをなくそうと考えたのです。画面から文字がなくなっては困るというお叱りはほとんどなく、お年寄りのみなさんからは大いに感謝されました。「私は戦時中に育ったので、英語をきちんと学ぶ機会がなかったのです。文字が読めなくても、易しい英語は話せるようになれそうだというのは、大きな励ましです」手紙には共通してよくこんなことが書いてありました。

 学校における英語の授業では、よく先生が「フラッシュカード」(flashcard)という横に細長いカードを使います。このカードに、綴りを覚えさせたい単語を書いて、生徒たちに「見たカードを即座に言わせる」という教授技術です。「フラッシュ」というのは、「チラッと見せる」ことを前提としており、長い時間カードを示しては意味がありません。人間の目は、チラッとしか見えないものを懸命に読み取ろうとするとき、対象が強く記憶の映像として焼き付けられるという働きをします。これを「意識の集約化」と呼びます。テレビでも、フラッシュカードは便利な手段として活用しました。問題は、カードの色と書かれている文字の色です。人が瞬時に認識する「色の認知速度」としてもっとも早いのは「赤」で、1000分の6秒で認識します。次が「黄色」で、これは100分の32秒と言われています。赤信号や消防車に赤が使われるのは、赤がもっとも早く認識されるからです。小学生が登校の際に着るレインコートやランドセルのカバーが黄色なのにも、理由があるのです。テレビで使うカードに赤や黄色を使うわけにはいかず、私はさんざん実験を繰り返しました。白い紙に黒い文字がもっともはっきりしていることは分かりましたが、逆に「強いコントラスト」が意識を集中させる目を疲れさせることも判明しました。最後に得た答は、緑色の背景に黒い文字ーーーこれがもっとも目を疲れさせず、認知速度も適切で、効果があるというものでした。さて、最近の語学番組では、この原理をうまく利用しているでしょうか。ちょっとばかり気になります。

NHKテレビ英語会話 その7 映像を作るー技術と提示方法の模索

 旅行中撮影してきたビデオを家族がテレビに映して見ています。画面には大きく俊介くんの顔。カメラがちょっと引くと、となりに真士(まさと)ちゃんの顔が出て、「ツーショット」(2 ショット)になります。更に下がると、この二人が窓から外を眺めていることがわかります。カメラがもっと引きます。あ、これは新幹線の窓です。さらにカメラが走る新幹線を追います。列車は橋を渡り、新緑の森に隠れます。家庭で簡単に動く映像が記録できるようになり、こんな操作もごく普通に出来ます。ちなみに、俊介くんの顔の大写しから、カメラが後ろに引いてより広い範囲を撮影する操作は、「ズーム・アウト」(zoom out)または「ズーム・バック」(zoom back)と言います。また動く映像を追いかけてカメラが動く操作は「パン」(pan)と呼ばれます。ただし、「ズーム」が出来るためには、カメラに「ズーム・レンズ」がついていなければなりません。私がテレビ番組を担当し始めた頃には、このズーム・レンズがありませんでした。添付の絵の右下にあるように、カメラにはレンズが3本ついており、カメラマンはこれを回転させて選択し、巧みに使い分けていました。ということは、映像カメラが撮影している最中にレンズを回すことはできませんから、別のカメラが違う大きさの映像を撮影し、技術デイレクターがスイッチを押して映像を切り替えるという仕組みです。つまり、技術的に「出来る・出来ない」は、映像作りに密接な影響を及ぼすことになるのです。私の勉強は、こんなところから始まりました。

 4月に番組を開始して3ヶ月目、教材にあるラフカディオ・ハーンの「むじな」(Lafcadio Hearn: Mujina)の収録をすることになりました。はて、どんな映像を作ったらよいか、デイレクターとの協議です。もちろん一番簡単なのは、テキストの文を画面に提示して説明するという方法です。これは避けたい。次は、ストーリーを「絵」にする方法。「動きが欲しい」と私は思いました。絵には「動き」がありません。「アニメーションていう手もあるんですけどねェ」とデイレクター。「でも、制作に時間がかかるし、そんなに制作費も出せません」。結局、二つの選択肢ーー影絵とギニョール(人形劇)ーの中から、影絵を選ぶことで決着しました。私は人形劇にこだわり、「一度人形を作ってくれれば、それを前提にしてストーリーやドラマを書く」と提案しましたが、調べてみると、人形制作にも「時間とお金」という問題があることが分かり、影絵で妥協することになりました。「むじな」は幽霊話です。紀伊国坂でむじなが通行人を驚かすという民話。屋台の蕎麦売りが顔をつるりとなでると、突然顔が「ノッペラボウ」になるーーここでストーリーは終わりなのですが、私は「ジャーン」という半鐘の音をかぶせるように音楽担当者にお願いしました。話の途中で「ヒュー・ドロドロ」という幽霊話特有の音響効果ではなく、最後に突然聞こえる半鐘が予想以上の効果を発揮して大満足。でも、放送が終わってから多数の投書。「英語番組で怖い話なんかやるな!」苦心したのに、私はケションとなりました。

[訂正] 1.上の絵にある turret tyep は、turret type の誤りです。 2.右のテキスト、一行目の Jnne 12 は、June 12 の間違いです。40年以上前に出版されたテキストにミス  プリントが見つかったのには、ただ驚きました。

英語の話 その1

 アメリカ映画「ロボコップ」(Robocop)。夜の駐車場。泥棒が忍び込みます。駐車中の車のガソリンタンクのキャップをあけ、ホースを入れます。下にはバケツ。ホースの片方を口にくわえて吸い込むと、タンクから吸い上げられたガソリンがバケツに入るというクラシックな盗み方です。問題は、吸い込んだとき、たとえ一瞬でも口の中にガソリンが入るjこと。この泥棒は顔をしかめてペッとガソリンをはき出し、”Exxon!”と言います。観客がどっと笑います。
 この映画をアメリカで観たときの風景ですが、観客はなぜ笑ったのでしょう。Exxon(エクソン)はアメリカのガソリンスタンドの名前。泥棒は口に入ったガソリンをその味で「あ、エクソンだ!」と言ったのです。(そんなことあるかッ!)帰国してから同じ映画を観ました。エクソンは日本にはありませんから、字幕をどうするか。「あ、シェルだ!」になっていました。うまい!拍手!
 私たちは、ややもすると、英語にあるものはすべて日本語にもある・・・つまり「置き換え」→「翻訳」が可能であると考えがちです。でも、英語は英語の生活文化のなかで意味と機能を持っていますし、日本語もおなじような言語環境の中で存在します。置き換えが出来ないものもたくさんある筈です。だとすると、学校の授業などで、英語を「訳して理解する」方法には、限界があることを理解しなければなりません。