Archive for 1月 12th, 2011

「テレビCM のこと」
(1)CM(この略語は英語では普通ではないと『ジーニアス英和』は注意しています) については、うっかり批判すると営業妨害になりますが、どうしても気になる言葉の問題を1つ指摘しおきたいと思います。ある車の宣伝で、俳優の遠藤憲一が出ているものがあります。彼が、「ティーエヌピー(TNP)」と言うので、周囲から「なんで低燃費のことをそう言うのか」と問われて、「かっこいいじゃないか」と答えるバージョンがあります。英語らしく言えば“かっこいい”という意識はかなりの日本人にあるのではないでしょうか。

(2)私はかねてから“英語学習環境の破壊”ということを指摘してきました。「英語の教え方が悪いから日本人は英語を話せないのだ」という批判に応えて、「正しく英語が学べる環境を破壊しておいて、学校教育のせいにするな」と主張しているわけです。「カタカナ語の氾濫」「英語話者を崇拝する」「無意味な英語の多い歌詞を歓迎する」など、その現象はきりがありません。芸人ではルー大柴などが典型でしょう。やたらと英語の単語を並べて、あげくの果ては、「さあ、みんなトゲザー(together) しようぜ!」などと言っています。テレビ関係者には明確な言語意識がないから、“面白ければいい”という番組ばかり放送します。

(3)「文化の変化のこと」
 文化も変化することは誰でも認めることでしょう。今日のように、グローバル化が進むとその変化は一層早くなるようです。フジテレビ系の朝の番組で、「ココシラ」(このひどい略称については前に批判しました)では、童謡の歌詞に「ネコは炬燵で丸くなる」とあるので、「本当に丸くなるかどうか“ココマデシラベマシタ”という実験報告がありました。その結果は、十分に温かくなったネコは、身体を伸ばして横たわったり、腹を上に向けて寝そべったりしていました。

(4)「だから歌詞は間違い」というのが結論ですが、私には異論があります。
寒冷地を除いて、普通の家庭では、炬燵は戦前から重宝された暖房器具でした。しかし、今日よく見られるような上に置いてテーブルになる板などはなくて、ネコは炬燵の上に乗ると室温は低いですから、身体を丸めて暖を取るのです。人間がミカンを食べたり、お茶を飲んだりする場合は、大き目のお盆を使っていました。この番組の制作者には、そうした時代的な変遷を知る者はいなかったのでしょう。ただし、こういう生活習慣は地域によって相違があるでしょうから、違う見解がありましたらお知らせください。

(5)「テレビ関係者の反省」のこと
1月7日の毎日新聞の「赤坂電視台」というコラムで、TBSのNEWS 23クロスのキャスター松原耕二氏は、次のように書いていました。
「今の時代の中で、テレビニュースの役割は何か。大人が見るに足る内容を、私たちは提供できているのか」と始めて、「最後は伝え手の人間力そのものが問われるのかもしれません」と結んでいました。当たり前のことと言えばそれまでですが、送り手も受け手も、テレビという機械に頼り過ぎて、生身の人間同士のコミュニケーションを忘れがちなことは反省すべきことだと思います。そして、テレビニュースは、無駄な繰り返しを避けて、もっと内容を深めるような“ゆとり”のある報道をしてもらいたいと私は思います。
(この回終り)