Archive for 4月, 2011

< 日本の生きる道「文春」vs「世界」① > 松山薫

 天災と人災が絡まりあった東北・関東太平洋沿岸の大災害に直面して、我々は今後どう生きていくべきなのか。「文芸春秋」と「世界」がそれぞれ5月号で特集を組んでいる。これらの特集に寄稿した論者達が、パラダイムの転換(paradigm shift)を必要と考えているのかどうかに焦点を当てて読みくらべてみた。
*パラダイム(paradigm ある時代に支配的なものの見方、考え方)
 文芸春秋誌の特集「日本人の再出発」に寄稿した41人の“叡智”のうち、私の判断では、従来の延長線上での再出発を唱えている人が22人、shiftが必要だと考えていると読み取れる人は12人、不明7人という色分けになった。この雑誌は、大災害の直前の4月号で125人の”識者”による「警世の紙つぶて」と題する特集を出しているが、5月号の特集に寄稿した41人のうち3分の2以上の29人は4月号の寄稿者と重複しているから、前回の特集のコメントで指摘したように、復古調が目立つのは当然かもしれない。それにしても、延長線上での再出発を唱える22人の中には、延長線を逆に延ばして、生きる原点を大和魂、明治天皇御製、はては大和神話に求めるものまであるのには吃驚した。つまりは、一致団結して“国難”にあたろうという精神論が大勢で、戦争中の非常時、挙国一致、国民精神総動員を思い出す、そのせいか、具体的な提案では、徴兵制の復活というのもあった。そして、おしなべて、“絆”が強調されている。大災害後の4月に実施された統一地方選挙用の自民党の選挙ポスターは、白地に赤い丸の中に「絆」と染め抜いたものだった。
 
 確かに人間同士の絆は大切だ。団地の高齢化対策アドバイザーをしていて、つくづくそう感じている。しかし、それを国家主義に結び付けようとする下心がみえすいているものには強い違和感を覚える。これについて、私と同年齢の小沢昭一は「絆を強調ちょっとだけ心配」と題して次のように述べている。「戦後はみんな何もかも失って貧しかった。でもその代わりに自由なるものを味わって、これにすがりつこうと思い、皆が希望を持った。今度こそ貧乏をばねに俺の好きな生き方をしよう。大変だけど、やってみようじゃないかとひとりひとりが独立心を持った。だから、今度一致協力とか絆なんてことが強調されるとちょっと心配なんであります。いつかまた、あの忌まわしい一億一心への逆戻りの道になりやしないかと、そんな気がするんですね。だから私たち世代には絆ってのはちょっと怖い言葉なんです。若い人達には新鮮な言葉なんでしょう。いつの間にか意味がすりかわらない様に、気をつけなくちゃいけませんよ」(朝日新聞4月24日朝刊所載)付言すれば、小沢は敗戦の時、海軍兵学校の生徒だった。
* 国家主義 国家を人間社会の中で第一義的に考え、その権威と意思に絶対の優位を認める立場。全体主義的な傾向を持ち偏狭な民族主義・国粋主義と結びつきやすい。(広辞苑)

 一方、パラダイムの転換が必要とする12人の論者のうち、医師で作家の鎌田実は、1.徹底した情報公開 2.経済最優先の考えを改める 3.異端を排除しない社会の講築 によってパラダイムの転換をと訴えている。また堺屋太一は、具体的な提案として、1.戦後日本をリードしてきた官僚主導、業界協調体制の否定 2.外国を怖れぬ心理と状況の創造 3.東京一極集中から地方主権の道州制への転換などを挙げ、これによって真に創造的自由のある体制を築くことができるとしている。私が最も惹かれたのは、堺屋の言う創造的自由を極限まで押し広げた元「さきがけ」代表、武村正義の、人口減少を奇貨として、50年後を目指して日本を農業を基盤とした国に作り変えるという提案である。地球温暖化や世界の人口爆発を考えれば、環境保全と食糧の確保とを基盤としたこの提案は決して荒唐無稽なものではないと思う。
 
 前回の特集で「命を大事にする国をつくるための大国民会議」を提唱した柳田邦男は、「問われる日本人の想像力」という独立の論考を発表し、原発事故に関して「想定外」という言い訳を痛撃し、今回の大災害の最大の教訓は、「まさか」とか「想定外」という発想に象徴される日本と日本人の思考のパラダイムを転換しなければならないということだと断じている。こういう発想に立てば、武村の提案を柳田の提唱する国民会議で、日本人の想像力を最大限に発揮して実現の可能性を探ることもできるのではないか。
 
 ところでこれも、特集部分ではないが経団連の米倉会長は「日本経済復興プロジェクト」という寄稿のなかで、「国難に国民が一丸となって立ち向かうよう」呼びかけ、会員の企業や個人が経常利益や可処分所得の1%を寄付したと報告しているが、250兆円と言われる企業の内部留保金や新自由主義で決定的となった富の偏在などを考えると、一桁違うのではないかという感をぬぐえない。前回の特集で「金持ちは国に寄付しろ!」と叫んだロックンローラーの内田裕也は、今度の特集では、「政治家は給料の50%を寄付しろ!ハトヤマは10億円寄付しろ.・・・言葉よりアクション!!」と吠えている。(M)

英語文法の学習(4)

Author: 土屋澄男

前回、「be+形容詞+to不定詞」というパタンのコロケーションをいくつか取り上げましたが、それと似ているけれども少し異なる次のようなパタンがあり、これも多くのコロケーションを生み出します。

(1) It is necessary to learn English.

(2) It is necessary for you to learn English.

この場合の文頭のItは「形式主語」とか「仮の主語」( ‘dummy’ subject)などと呼ばれており、実質的な内容はto不定詞によって表わされます。また(2)のように形容詞とto不定詞の間にfor ~の前置詞句が挿入されることがあり、forのあとの名詞または代名詞が、そのあとにくる不定詞の意味上の主語を表すことは、皆さん一度は学校で習ったことがあるでしょう。このパタンは、実は、文科省の学習指導要領では中学校で指導すべき文法事項(文構造)となっています。ですから、これはすべての日本人が義務教育を修了するまでに必ず学習することになるわけです。面白いことに、これは日本人が最も好む英文パタンの一つのようで、そのことを日本にいる外国人から指摘されたことがあります。そう言えば筆者もよくこのパタンを使ったものです。次のように応用がきくからです。

It is easy (difficult, exciting, interesting, remarkable, surprising, wonderful, etc.) for ~ to ~.

日本人がこのパタンを好む理由を分析すると、第1に、このパタンは非常にすっきりとした形態をもっており、記憶に留めやすいこと、第2に、これは話者の主観的印象や判断を述べるときに有用なパタンで、まずその印象や判断を知っている形容詞を使って端的に表現できること、第3に、「ダミーのit」を文頭に置くことで、その内容をまとめるのに心理的・時間的余裕をもつことができることです。It is very difficultとまず言っておいて、その短い時間に、あとにつなげるべき内容を不定詞の形にして、頭の中にまとめるというわけです。

 ところで、上記のパタンで、間に挿入されるfor~の前置詞句がof~に代わることがあります。それは、前置詞の前に置かれる形容詞の性質に関係があるようです。研究社の新英和大辞典第6版には、この場合のofは「行為を特徴づける形容詞に伴って行為者を表す」と書かれ、次のような例が挙げられています。

It was foolish, (cruel, clever, naughty, rude, unkind, good, kind) of you to do so.

つまり、人の行為の特徴を表す形容詞が使われるとき、それに言及される行為者にofが使われるというのです。ですから、場合によっては行為者の道徳的特徴を示唆するようなニュアンスが生じますので、特に否定的意味を含む形容詞では行為者を侮辱することもあります。 ‘It was stupid of you to do so.’「きみは愚かだったね、そんなことをするなんて」は、まるで、愚かなことをするのがその人の性質の一部であるかのようです。そういうニュアンスを和らげるために、 ‘It was stupid for you to go there.’ という言い方も可能のようです。

 これまでに述べた「仮主語のit」のパタンに関連して、to不定詞の代わりにthat節が使われる例を見てみましょう。「It+be動詞+形容詞+that節」の形になります。このパタンも多くのコロケーションを作りますので、英文を作るときに利用するとよいでしょう。

It is likely (probable) that ~(おそらく~だろう)/ It is natural that ~ / It is impossible that ~ / It is strange that ~ / It is wonderful that ~

Be動詞のあとに、形容詞の代わりに名詞句がくることもあります。たとえば、

It is no wonder that ~(不思議ではない)/ It is a matter of life and death that ~(死活問題だ)

読者は、こういうコロケーションを集めていったらキリがないと思われるかもしれません。たしかにそうです。かつて、そういうことに一生をかけた英語学者がいらっしゃいました。Kenkyushsa’s New Dictionary of English Collocations (1958) をお書きになった勝俣銓吉郎先生がそうでした。現在もそういう方が何人かいらっしゃると思います。しかし一般の英語学習者は、そのようなことはできないでしょう。各自の学習目的に従って、必要と思われるコロケーションを覚えて使えばよいわけです。その場合に、面白いと感じたコロケーションに出合ったらそれを書きとめておき、ここで今やっているように、文型や動詞パタンに分類しておくと記憶の助けになり、また頭の整理にもなるわけです。次回からは名詞句のコロケーションを見てみましょう。(To be continued.)

< 教師廃業 > 松山薫

 浜松北高校は静岡県では静岡高校と並ぶ進学校で、生徒達は皆よく勉強した。私は2年F組の担任になり、当面は教師を続けるつもりで、自分なりに教案作りなどに打ち込んでいたが、
気にかかることがあった。英語の授業中、クラスに1人か2人、何を聞いても答えられない生徒がいるので英語科の同僚に尋ねてみた。すると、「飛ばせばいいんですよ」と言われ、驚いて更に聞いてみると、現在の野球特待生のようなもので、県の中学校の競技会で優勝した生徒は別枠で入学させているという。 茗渓会員で目をかけてくれた英語科や数学科の先輩に聞いてみても、“文武両道”が校長の方針なんでねと答えるだけだった。新潟南高校で自殺に追いやった生徒のことがトラウマとなって、なんとかしなければとあせったが、自分では納得できない学校全体の方針の中で、出口が見つからない無力感を味わった。

 その頃、日教組の勤務評定反対闘争は最後の段階を迎えていた。浜松北高にも分会があって、教職員のほとんどが加わっており、組合員の投票でストライキ参加を決めていた。ところが最後の段階になって校長が介入してきて、結束が乱れ、ストは行なわれなかった。これは、勿論、労働組合法違反であり、私は校長に激しく抗議した。しかし、一旦結束が乱れた中ではむなしい抗議だった。こうした中で、勤務評定制度は実施されることになり、私は、このままだと、大勢順応のなかで、自らの心を偽り、敗戦直後の教師達と同じ運命を辿ることになるのではないか、そうなってからでは遅い、やめるなら今だと考え、校長を通じて勤評強行への抗議文と辞表を県教育委員会へ送った。

 ただ、生徒達、特に担任のクラスの人達には真にすまないことだと自己中心の行動に、慙愧の念を感ぜざると得なかった。最後に何人かの生徒を下宿に呼び、もう英語で飯を食うこともないと思って、辞書や参考書を全て渡し、皆で分けるように言った。私としては教師を辞める理由を生徒達に告げて別れたかったが、許されなかった。実質6年半の教師生活であった。

 ところで、私が職業について初めに意識したのは、親父の職業の銀行員だった。親父は小さゆい都市銀行の貸付係で、毎晩遅く帰り、それからおふくろを相手に飲みなおすのだが、それとなく聞いているとほとんどが愚痴であった。銀行員にはなりたくないと思った。そのうちに戦争が始まって、20歳になったら兵隊になって「天皇陛下万歳」と叫んで死ぬ以外の生き方はなくなってしまった。そして戦争が終わり、教師達の豹変を見て、教師にはなりたくないと思ったのだが、弟が5人もいて経済的に教員養成の学校以外に行けるところがなく、とりあえず入学したが、教師になるつもりは毛頭無かった。ただ、国民の税金で教育を受けさせてもらうのだから、6年間のお礼奉公はきちんとしなければならないとは思っていた。ところが学校の講義は全く肌に合わず、アルバイトと柔道の稽古に精を出す傍ら、アメリカの独立史を自分なりに勉強しているうちに、自由ということについて考えるようになった。深く考えるというよりは、”Give me liberty or give me death !”というパトリック・ヘンリーの言葉に共鳴するような単純なものだったが、結局その後の人生を通じて、自由に生きることが、自分にとって譲ることのできない価値(unalienable right)となっていった。

 下宿から程近い浜松北高校の正門前へ行き、手を振ってひそかに生徒達に別れを告げ、ボストンバックンクひとつをぶら下げて、浜松駅から東京へ向かった。車窓に富士山が見えてきた時、心から、これで自由になったという実感がこみあげてきた。しかし、自由の代償は重かった。(M)

「テレビ画面で考える言葉の問題 Ⅱ」(29の続き)
(1)大震災から一カ月以上が経ちましたが、まだまだ問題は山積です。テレビ番組はどうも問題点の扱い方は相変わらず表面的です。私が「原子力安全保安院」の存在を知ったのはラジオだったので、「保安院」は「保安員」だと思ってしまいました。同音意義語が多い日本語では、よくあることですが、「機構」にしたほうが分かりやすいでしょう。「機構」にも同音意義語がありますが、文脈で区別がつけやすいものがほとんどです。

(2)この「保安院」というのは原子力の専門家の集団かと思ったら、ほとんどが経済産業省の“お役人”なのですね。それなら、「“安全”とか“保安”とか名乗るな」と言いたくなります。同心円を描いて「中心から20キロ以内は立ち入り禁止」というような指示も安易過ぎるものです。4月22日の朝日新聞は、「汚染に濃淡」とか「まだら汚染」という表現で、単純に危険地域を決められないことを解説しています。救援活動に来たアメリカ軍は、”TOMODACHI Operation” と言っていますから、危機の際の救援活動は“作戦”なのです。作戦には、勝れた指揮官と有能な参謀や兵士が必要です。日本の現況で心配なのは“有能な指揮官”の存在が感じられないことです。

(3)テレビではAC 広告が相変わらず盛んですが、その言葉遣いには気になるものがあります。「日本は1つになろう」というのがあります。もちろん「心を一つにして、被災者を救おう」という気持ちを否定するつもりはありません。再開した東京ディズニーランドは、” We are One.” と言っています。しかし、言葉というものは、使う人の気持ちを離れて、独り歩きを始めてしまうことがよくあります。私の世代などは、戦争の形勢が不利になると、軍部が「燃えろ一億火の玉だ」といった標語で、一般国民を自決に追い込むようなことをしたのを忘れるわけにはいきません。

(4)ブログ仲間の松山薫さんは、「日本は強い国だ」という「強い国」とはどういう国を意味しているのか気になると伝えてくれました。日本の敗戦というものは、今度の東日本大震災と同じように、日本人の記憶から消したり、風化させたりしてはならないものだと思います。私は「景気を回復させよう」というのも気になります。気軽にこう言う人の頭には、「どんどん物を作って、どんどん売って」といったバブル景気のよなものしか浮かんでいないのではないかと思うからです。これからの日本人は、どういう生活をしていくべきかをじっくりと考え、実践に移していかなければなりません。そういう趣旨の番組はほとんどないのです。4月16日にNHK が放送したハーバード大学のM. サンデル教授の「究極の選択」は数少ないそのような番組の1つでした。日本人ばかりでなく、中国人やアメリカ人の学生たちの討論は興味深く、意義のあるものだと思いました。どうして日本ではこういう番組ができないのでしょうか。

(5)AC 広告では、童謡作家金子みずず(1903-1930)の言葉を繰り返しています。その言葉遣いの感覚は、現代の詩人ではないかと思わせるみずみずしさがあります。私はこの作家の名前は、40年ほど前に学会の研究会で山口市を訪れたときに知りました。山口県というと、伊藤博文を始め、岸伸介や佐藤栄作などの政治家の出身地を思わせますが、詩人の中原中也や金子みすずを生み出した土地でもあるのです。もっとも、彼女は26歳で自殺した薄命の作家でした。彼女の「こだまでしょうか、いいえ、誰でも…」という言葉をじっくり味わいたいと思います。(この回終り)

英語文法の学習(3)

Author: 土屋澄男

これまでの動詞パタンの話と関係しますが、動詞をヘッドにしたコロケーションは多数あります。今回はそれらのいくつかを取り上げます。まずV+N のパタンからいきましょう。他動詞のあとに目的語の名詞が続くのは英語の述語形式の中で最も一般的なパタンですが、適切な動詞を選択して使用することは意外と日本人にとって習熟が難しいものです。「帽子をかぶる」、「眼鏡をかける」、「ネクタイをする」、「スーツを着る」、「靴下をはく」などは、動作を表す時はすべて ‘put on’ を使うことができますし、着用していることを表す時はすべて ‘wear’ ですますことができます。

You should put on your hat (glasses, tie, suit, socks, etc.)….

 He always wears a hat (glasses, a tie, a suit, socks, etc.)….

この場合は ‘put on’ と ‘wear’ の意味の違いを知っていれば簡単で、英語よりも日本語のほうが格段に難しく、日本語を学習する外国人は苦労することでしょう。しかしいつも英語のほうが簡単だとは言えません。次の日本語は英語ではどう表現するでしょうか。「作曲する」、「凧揚げする」、「テニスをする」、「入浴する」、「水泳をする」、「宿題をする」、「質問をする」、「決定する」、「自殺する」など。日本語の「する」という動詞は実に多くの動詞句を生み出します。これらは英語ではどのようになるでしょうか。

compose music ; fly a kite ; play tennis ; take a bath ; have a swim ; do one’s homework ; ask (pose) a question ; make a decision ; commit suicide, etc.

実にさまざまな動詞が登場します。このような、よく使われるV+Nの結合はコロケーションと呼んでよいものですが、学校の教科書にも出てくることはあっても、ばらばらに出てくるでしょう。しかし一つずつ切り離して覚えるよりも、このようにまとめてみると覚えやすくなります。こういうコロケーションを多く知っていると、英文を作るときにとても楽になります。

 次にbe動詞を取り上げましょう。be動詞は「である動詞」と呼ばれ、そのあとに補語となる名詞や形容詞が続くことは皆さんご存じの通りです。 ‘Mike is a student at Yale. He is cool and collected.’ などはおなじみの表現でしょう。ところで「be+形容詞(句)」は、そのあとに前置詞句が続いたり、to不定詞やthat節が続いたりして、多くのコロケーションを作ります。その場合、動詞句の意味の重点はbe動詞よりも形容詞にあり、「be+形容詞」でまるで一つの他動詞のような意味と働きをします。それらの例をいくつか見てみましょう。

They are afraid (ashamed, confident, envious, fond, proud, etc) of you. / They are afraid to fail. / They are confident to succeed. / They are afraid that they may lose the match. / They are confident that they will win the match. / They are proud that they have won the match.

このようなコロケーションを作ることのできる形容詞は限られていて、すべての形容詞がこのようなパタンを作るわけではありません。 そしてそれらは、OALDの動詞パタンでは、おそらくすべて「V+形容詞(句)」(動詞パタン6)に分類されるのでしょうが、形容詞のあとに前置詞句が続くか、to不定詞が続くか、that節が続くかで、形式的にはっきり区別できますので、それぞれを他と異なるパタンとして見ることもできます。少なくとも、OALDの「動詞パタン6」に、次のような3つの下位分類項目を付け加えることができると思います。それぞれに上記以外のコロケーションの例を2つ3つ挙げておきます。

「V+形容詞+前置詞句」:be angry at (about) ~, be anxious for (about) ~, be happy with (about) ~, etc.

「V+形容詞+to不定詞」: be able to ~, be likely to ~, be ready to ~, be willing to ~, etc.

「V+形容詞+that節:」:be delighted that ~, be pleased that ~, be surprised that ~, etc.

that節といえば、日常よく使われるコロケーションの一つに「V+that節」のパタンがあります。次のような言い方を知らずに英語は話せないでしょう。

I think (admit, believe, imagine, presume, propose, suggest, suppose, suspect, etc.) that ~

これらの使用に際しては、言うまでもなく、それぞれの意味の違いと実際場面での使い方を知らねばなりません。(To be continued.)

< 学閥 >   松山 薫

 東京高等師範学校は日本で最も古い高等教育機関のひとつで、このブログの紹介にあるように、我々第88期生が最後の卒業生である。4年間の学費は不要で給費をくれる代わりに、卒業後6年間は教師をする義務があった。従って、卒業生の大部分が戦前、戦中は旧制中学校、戦後は新制高校の教師になった。学校が大塚の茗荷谷にあったので、同窓会を茗渓会という。(異説もある)

 6年間の年期奉公も終わりに近づいた頃、新潟市内の料亭で茗渓会新潟県支部の総会が本部からの役員を迎えて開かれた。教頭から出てみてはと誘われて参加したが、出席者の多くは校長、教頭クラスや県教委の指導主事らの人達で、何処に座っていいのか戸惑った。酒宴がたけなわになると、いくつか車座ができ、後ろの方で聞いていると、当時50数校あった県立高校の校長や教頭の人事の話だった。あそこの次の校長は誰だとか、どこの教頭には誰を押し込めとか、聞いているうちに腹が立ってきて、酒の勢いも手伝い「そういう話はやめてくれ」と怒鳴って席を立った。何日か後に校長に呼ばれて「ああいう事を言っていると、校長になれなくなるよ」と忠告されたが売り言葉に買い言葉で、「結構毛だらけです。来年三月で辞めさせてもらいます。」と啖呵をきってしまった。夏休みに英語科主任のお宅に招かれた際、この話をして、たいへんお世話になりましたと挨拶したところ、それは残念だが、実は教科課程の改編で来年度から英語科の定員が1人減るのでどうしようかと思っていたところだということで、渡りに船のようだった。

 これで教師生活ともお別れだと思っていたところ、そうもいかない事情が持ち上がってしまった。母がくも膜下出血で倒れてしまったのである。かといって、やっぱり南高校に残りますとは言えないから、どこか県外と考え、母親を引き取って気候のよいところで療養させようと思い、静岡県の採用試験を受けた。英語科は、かなりな受験者で採用は若干名だというので、駄目だったら東京へ帰ってニコヨンをやろうと思っていたら、浜松北高校教諭に任用という通知が来た。

 着任してしばらくした頃、県の指導主事という人物から自宅へ招待された。行ってみると、この人物は採用試験の時の面接官で茗渓会の先輩だった。大分酔っ払った頃、彼は「実は、君をこちらに呼んだのは、君の戦闘力を買ったからだ。」と切り出した。当時浜松北高校では、校長、副校長とも東大の出身者だったが、何とか後釜に茗渓会のメンバーを当てたいので協力してくれというのである。その話によると、豊橋から糸魚川にいたるフォッサ・マグナのあたりを境にして、茗渓会と廣島高等師範学校の同窓会である尚志会が激烈な学閥争いをしていると言う。私は「ふざけるな」と怒鳴って席を蹴った。

 教育界では、茗渓会と尚志会の争いの他にも、戦前県内に二つの師範学校があったところでは、県内の小中学校、青年学校、教育委員会などで同じ様な学閥の争いが行なわれていたようだ。先年、大分県で教員採用試験をめぐる不正をきっかけに、学閥による教育委員会の支配構造と汚職が明らかになった。未だ、こんなことをやっているのかと、情けなくなると同時に、これが大分県だけの問題ではないことは自分の体験から容易に想像がついた。無理と知りつつ大掃除を期待したが、予想どおり結局はトカゲの尻尾切りに終った。(M)

「CM と番組の変更」雑感
(1)大震災から一カ月が過ぎました。4月は毎年、番組に大きな変更があるのですが、今年は震災の影響であまり大きくは変えない局もあるようです。それにしても、AC 広告が多いのは相変わらずです。高校性が階段を上る年寄りを助ける場面などは、あんなに画面に頻繁に出されて、あの高校生は同級生から何か言われているのではないかと、私など心配になりました。

(2)しかし、それは杞憂でした。「はなまるマーケット」(TBS系)のゲストに、俳優の大和田伸也が出て、自分の次男であることを話していました。すでに出演経験もある俳優で、大学2年生ながら高校性を演じていたのです。こんなことはどうでもいいことですが、CM というのは、あれは誰だったかな、と気になることがあるものです。そして、無視しているつもりでも、“サブリミナル効果”(無意識下に働く刺激の効果)が自分に生じているかも知れないことは注意していてよいでしょう。

(3)もう1つ私が気になったのは、プロ野球の開始日決定のごたごた騒ぎでした。読売のドンと言われる渡辺恒雄氏が「東京ドームで試合をしてはいかんというのは俗説だ」と暴言を吐いて、早期開始を主張しました。この人の暴言は昔から有名です。民放各局はやはり遠慮してか、露骨な論評はしていませんでした。NHK に不祥事があったような場合は、こそって批判報道をするのですがね。

(4)プロ野球と違って、サッカーは見事でした。国際試合が中止になるとすぐに、3月29日には有名選手が集まって、震災復興チャリティーマッチを大阪で行いました。試合も1点を争う好ゲームでした。野球の読売ジャイアンツは、”V9”(9年連続優勝)からは、うぬぼれるようになって、“江川問題”(1977)などを起こしました。これでかなりの“巨人ファン”が離れたと言われます。最近、フジテレビが、江川問題の復習を放送していましたが、私が期待したほど鋭い突っ込みは無かったように思います。

(5)「笑っていいとも」(フジテレビ系)は、マンネリ化から抜け出そうと、あれこれ手を尽くしているようですが、パッとしません。司会のタモリで持っている番組ですから、彼を回答者の一人にするようでは、特徴が出ないでしょう。司会と言えば、“朝ズバッ!”(TBS 系)では、みのもんたが司会兼解説者みたいにでしゃばって、よけい“あく”が強くなりました。しかも、解説者やゲストなどが10人近くいるのですから、各人の発言はごくわずかになります。人を集め過ぎることと、だれかの発言中に同じ動画を何べんも流すというテレビの悪い“くせ”は少しも改まりません。

(6)TBS のラジオ(荒川強啓デイキャッチ)では、「“解説者”よりも“解決者”を望む」という趣旨の川柳を紹介していました。国民の不満をよく表していると思いました。解説も必要ですが、真の解決はやはり政治力に求めるべきものでしょう。それが欠けているのが、日本の実情だと思います。(この回終り)

英語文法の学習(2)

Author: 土屋澄男

前回に挙げた20の動詞パタンについて詳しく述べると、それだけで1冊の文法書が出来上がると思いますが、ここでは日本人の英語学習という観点から、学習のいずれかの段階で学んでおくべき基本動詞の多面的特性について、例をあげて見ていきたいと思います。動詞の多面性とは、一つの動詞がさまざまな動詞パタンに用いられ、多面的な姿を表すことです。それらは舞台の上で、出てくるたびにさまざまな衣装に変えて姿を表すヒロインのようです。英語の基本動詞とは、be, do, get, give, have, make, takeなどの非常に頻度の高い語ですが、これらの動詞の特徴は、それぞれが幾つもの動詞パタンに関係し、さまざまな語と結びついて多くのコロケーションを作ることです。基本動詞を思い通りに使えるようになることは、英語をマスターする第一歩だと言ってよいでしょう。

 そういう動詞の代表として、まずhaveを取り上げます。Haveはbeと並んで最も頻度の高い動詞で、以前の中学校教科者の多くはこれらの動詞を最初に取り上げていました。かつて(1960年頃)中学校最初のレッスンをbeから始めるか、haveから始めるかで、教師たちの間で大論争がありました。しかし結局のところ、どちらから始めるかが問題ではなく、学習初期の段階で両者をいかにスムーズに導入し、それらの動詞パタンに習熟させるかが問題なのでした。本動詞として用いるhaveは(完了形を作るhaveは除外して)、次のような動詞パタンを作り、多彩な意味内容を表現し、多くのコロケーションを生み出します。もちろん、ここに挙げる例はほんの一部にすぎません。

1. V+N : He has a lot of money.(お金をたくさん持っている)/ They have three children.(子どもが3人いる)/ I have a good idea.(よい考えがある)/ Everybody has a cold.(みんな風邪をひいている)/ We had a devastating earthquake and tsunami.(壊滅的な地震と津波に襲われた)/ She has a nice smile.(笑顔がいい)/ We are having a good time.(楽しく過ごしています)/ Did you have breakfast ?(朝食を食べましたか)/ I had a letter from him.(彼から手紙をもらった)/ I had a strange dream.(奇妙な夢をみた) / We had a fight.(喧嘩した) / He has nothing to do with the matter.(そのことには関係がない)

2. V+N+過去分詞 : He has his car washed every week.(毎週洗車してもらう)/ I had my bicycle stolen.(自転車を盗まれた)/ She had her leg broken.(脚を骨折した)

3. V+N+原形不定詞 : He has his son wash the car.(息子に洗車させる)/ I have my wife make a lunch for me every day.(毎日妻に弁当を作ってもらう)

4. V+N+現在分詞 : We have a taxi waiting for us.(タクシーを待たせている) / He had us all laughing.(私たちみんなを笑わせた)

5. V+to不定詞 :  I have to work tomorrow.(明日は仕事をしなくてはならない)/ You don’t have to apologize.(謝らなくてもよい)

 もうひとつ、askという動詞の例文をいくつか挙げてみましよう。この動詞もいろいろな動詞パタンに使われ、さまざまなコロケーションを作ります。

1. V+前置詞句 : Ask at the desk.(受付で聞いてください)/ He asked about your mother.(きみのお母さんのことをたずねた)/ She’s asking for you.(きみを電話に出してほしいとさ)

2. V+N : Could I ask your name ?(お名前を伺ってよろしいですか)/ He asked some questions about my family.(家族についていくつか質問をした)Please ask someone else.(だれかほかの人にきいてください)

3. V+N+前置詞句 : I will ask him for help.(彼に助けを求めよう)/ We asked her to dinner.(彼女をディナーに招いた)/ They asked many questions of the lecturer.(講師に多くの質問をした)

4. V+N+N : Let’s ask someone the way to the park.(だれかに公園へ行く道をたずねよう)/ Could I ask you a few questions ?(二つ三つ質問をしてよろしいですか)/ May I ask you a favor ?(ちょっとお願いしたいのですが)

5. V+N+to不定詞 : He asked me to leave at once.(すぐ帰ってほしいと言った)/ They asked us to send a doctor to them.(医者を派遣してほしいと言ってきた)She asked us not to make a noise.(物音を立てないように言った)

6. V+(N)+wh-節 : I asked (them) what they were talking about.(何の話をしているのかとたずねた)/ She asked (him) whether he’d like coffee or tea.(コーヒーかお茶はいかが、とたずねた)

 なお、上記例文の選定と作成にあたって小西友七編『英語基本動詞辞典』(研究社出版1980)を参照しました。(To be continued.)

新潟南高校の想い出

Author: 松山 薫

< 新潟南高校の想い出 > 松山薫

 新潟南高校は、私にとってたいへん居心地のよい学校だった。校長、教頭は高師の先輩で、科は違うが同期生が何人もいた。型破りな先生も多く、自由な空気が横溢していた。教師が多いから学級担任も断れたし、放課後は柔道だけでなく、生徒達といろいろなスポーツを楽しんだ。昼休みに玄関前でキャチボールをしていると2階で見ている生徒達から(ボールが遅くて)「ハエがとまるぞ!」などという野次が飛んできたりした。私は学校ではジャンパーを常用していたが、ある時それが生徒会の集会で槍玉に上がった。「先生が着ているのだから、我々にもジャンパー着用を許可せよ」というのだ。私は「では、明日から一張羅の背広を着てくる。しかし、それが汚れると出張にも行けなくなるから、今後、板書は一切お断りだ。」とやりかえした。生徒達の中から、それは困る、我々は卒業してから着ればよいではないか、と言う声が出て、一件落着し、授業中にはジャンパーを着る先生が増えた。
 
 居心地のよい教師生活を送りながらも、心の底に引っかかるものがあった。生徒達の学習態度が何処となく積極性に欠けていたのである。その原因もわかっていたが、個人の力ではどうにもならないものであった。当時新潟市には普通科の公立高校が4校あった。2校は古くからの県立高校、2校は市立高校から県立高校になったもので、4校で1学区をなしていた。受験生は中学校で輪切りにされ、下位校に振り分けられた生徒の中には最初からinferiority complexを抱いているものも多かったようで、それが学習態度に反映されていたのである。
 
 3年生の学年末の英語の試験で3人の生徒が白紙答案を出したことがある。私は職員会議で、この3人は落第させるべきであると主張した。たとえ結果は零点であっても、努力のあとが認められれば考慮の余地があるが、白紙では如何ともしがたい。これでOKとなれば、生徒の将来にとってもよくないと思ったからである。職員会議は深更に及び、結局落第と決まって、3人は卒業を目前に退学した。数日たって、3人の母親たちが学校へやって来た。私は、当然復学を要求しに来たものと思った。ところが、母親たちは、かなりの金額を学校に寄贈し、生徒さん達の勉強に役立ててくださいといって帰っていったのである。私は、栃尾での入学試験の後の出来事と、菊池校長の教えを反芻して立ちすくんだ。

 2年生の中にひどい吃音の生徒がいた。私は、なるべくYes.かNo.かで答えられる設問をし、readingの練習の時には、その生徒を指名しなかった。その代わり、放課後の柔道部の練習では出来るだけその生徒と乱取りをして声をかけるようにしていた。あるときその生徒から手紙が来て、今日の夕方某映画館の前で会いたいというのである。私は待っていたが彼はついに現れず、翌朝の新聞を見て、阿賀野川の送電鉄塔から飛び降りて死んだことを知った。練習中に上級生の言葉にうまく答えられず、いじめを受けていたらしいことや、上位校に入った兄弟との格差に悩んでいたらしいことも後で知った。彼にとって生きる最後のチャンスであったかもしれないあの時、なんで自宅まで行ってやれなかったのか、悔やんでも悔やみきれない思いが残った。
 
 最後の年、私は、意を決して県教組の教育研究集会で、新潟市を信濃川を挟んで二つの学区に分ける提案を行なった。その提案が大きく地元紙に掲載され、多少の論議は呼んだが、結局何も変わらなかった。かえって、格差が顕在化され、生徒達の心の傷を一層深くしてしまったのではないかと思うと、全体状況を考えずに、突っ走ってしまった思慮の浅さを恥じる気持ちが強くなっていった。あれから半世紀が経った。市内には多くの高校が新設され南高校は古株として県内有数の進学校になっていると聞く。
 
 ところで、新潟市では私は関屋という所に下宿していた。松林の中の一本道をしばらく歩くと海岸に出る。水泳好きの私は、夏休みが過ぎても、ひと気のない海岸で、越中ふんどし一本で泳いだ。足の親指の先に釣り糸を巻きつけ、4~5メートル先の針に餌をつけて泳ぐと、ツンツンと当たりが来てキスやさばが釣れた。海岸の草むらに寝転がって、果てしなく拡がる日本海や空を行く雲を眺めて、そろそろ教師を辞めようか、やめてどうするかなどと考えながら、一時を過ごした。20年後に、ここで、あのような悲劇が起きるとは勿論知る由もなかった。関屋に住んでいた横田めぐみさんは、この道のどこかで誘拐され、おそらくは私が寝転んでいた近くの海岸からあの海の上を連れ去られたのである。めぐみさんの通っていた中学校は信濃川の左岸にあり、橋を渡った対岸に新潟南高校がある。つまり、めぐみさんの通学路と私が通勤した道はかなりの部分同じだったと考えられる。私とあまり年齢の違わないめぐみさんのご両親がTVに映し出されると、私はあの白い一本道と鉛色の海が目に浮かび、かの国の蛮行とこの国の無策に翻弄された人達の無念の思いを忘れてはならないと思う。(M)

英語文法の学習(1)

Author: 土屋澄男

英語の文法は一般に「英文法」と呼ばれていて、「英語文法」というのは通常の日本語のコロケーションから外れていることは筆者も承知しています。それにもかかわらずあえて「英語文法」としたのは、ここで述べる英語の文法がこれまで学校(特に高校)で教えられてきた英文法とは違う考え方に立っていることを表したかったからです。とは言え、これまでの英文法を全面的に否定するつもりはありません。しかしこれまで学校で教えられていた英文法は、「5文型」に見られるように、主として英文理解に役立てるための文法でした。英文を見て、どれが主部でどれが述部で、どれが動詞でどれが目的語かというようなことが分からなければ、正しい解釈ができないというのは確かです。しかし、センテンスを解析して5つの文型に当てはめることができるようになっても、そういうセンテンスを産出する(作り出す)ことができるわけではありません。筆者がむかし東京高等師範の英文科を受験したときには、たいていの英文は5文型に当てはめて解析することができました。しかし自分の考えをきちんとした英文で述べることはできませんでした。それは語彙の問題もありましたが、英文解釈に役立つ英文法と、英文を産出するのに役立つ英語の文法とは違っていたからです。

 英語で文法的に正しいセンテンスを作り出すためには、5文型のようなおおざっぱな分類ではなく、それぞれの動詞がどんな語の結合を作り出すことができるかを知る必要があります。たとえば、I like(またはI’ d like)と始めたならば、そのあとに何が好きなのかを言わなければなりません。次のようです。

    I like music / singing / to sing / her to sing, etc.

Likeは目的語を伴いますが、目的語は名詞であったり、動名詞や不定詞であったり、人+不定詞になったりします。こういうのを厳密にはコロケーションとは言いませんが、最後のI like her to singの形は注意を要します。これを第3文型か第5文型かなどと議論することはあまり意味がありません。それよりもlikeというのはこういう「動詞パタン」を取り得ることを知ることが重要です。動詞パタンというのは、それぞれの動詞が一定の文法的構造をもった語のつながりを伴うという意味で、それを「文法的コロケーション」と呼ぶことができます。いま筆者の手許に一冊の小さな辞書があります。その書名はThe BBI Dictionary of English Word Combinations (Revised edition 1997) で、それぞれの英単語が他のどんな語と結びつきやすいかを記述したものです。それらのすべてがコロケーションとは言えませんが、この辞書は「like somebody to不定詞」のような動詞パタンもそこに含めています。筆者もその考え方に従って、そのような動詞パタンをここで取り上げることにします。

 さて、動詞パタンがいくつあるかは研究者によって異なりますが、最もよく知られているのはOxford Advanced Learner’s Dictionary (OALD) の基になっているホーンビー(A. S. Hornby)の考案した動詞パタンです。OALDの第6版(2000)は、動詞の用法を20のパタンに分類し、それぞれの動詞がどのパタンに用いられるかをラベルで表示しています。この知識は外国語として英語を学ぶ私たちには英文を作るときの必須の知識で、その知識なしには正しい英文を作ることができないと断言してよいでしょう。ちょっとスペースを取りますが、その20の動詞パタンを以下に列挙します。(V = 動詞、N = 名詞句)

1.Vのみ  2.V+副詞/前置詞句    3.V+N  4.V+N+副詞/前置詞句  5.V+N+N(補語)       6.V+形容詞句  7.V(be動詞など)+N   8.V+N+形容詞句     9.V+N+N(2重目的)     10.V+that節     11.V+N+that節      12.V+wh-節  13.V+N+wh-節     14.V+to不定詞  15.V+N+to不定詞  16.V+N+原形不定詞    17.V+現在分詞   18.V+N+現在分詞     19.V+直接話法   20.V+N+直接話法

英語の平叙文では、動詞はたいてい主部をなす名詞句のすぐ後に置かれて、動詞句を導く形になっています。ですから、日本語の動詞とは違って、英語の動詞はセンテンスの中心、いわば心臓とも言える位置を占めています。上記の動詞パタンをご覧になれば、英語の文型とは動詞パタンのことであることが分かります。たしかに5文型よりは複雑です。しかし自分が使おうとする動詞がどのようなパタンを取り得るかを知らなければ、後が続かないでしょう。たとえばpromiseを使おうとして、He promised meと言い始めて、その後にto不定詞にするか、that節にするかの選択がすばやくできなければ、ライティングの場合はともかく、スピーキングでは間に合わないでしょう。そういうわけで、学習する動詞の取り得るパタンについて学ぶことは、英文を作るときの必修事項になります。(To be continued.)