Archive for 4月, 2014

(1)久しぶりで、ラジオとテレビの番組批評をしようと思ったのですが、各放送局も暗中模索の状態に近くて、批評らしいものを書く自信がありません。感想や印象に過ぎないものになりそうです。しかし、検討だけはしてみたいと思いますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

(2)現在の番組が捉えにくい理由の1つは、“長寿番組”が姿を消したことにもよると思います。代表的なものは、フジテレビの“タモリの笑っていいとも”と、TBS テレビの“はなまるマーケット”(薬丸・岡江)です。ラジオでもテレビでも、同じ番組を20年以上も続けると、マンネリ化してくるのは避けられないものです。そうかといって、ガラッと入れ替えてしまうと視聴者が逃げてしまう危険性があります。テレビ朝日の“徹子の部屋”(今年で39年目)は、再生場面を適宜挿入するなどして、変化を持たせる工夫をしています。おしゃべりの黒柳徹子も聞き上手に徹しようとしています。時間帯も1時間くり上がって平日の正午からになりました。

(3)10%程度の平均視聴率だった“笑っていいとも”の後番組“バイキング”は、視聴率5%以下のようですし、“はなまるマーケット”の後の“いっぷく”もパッとしません。どちらも、タレントや俳優を大勢集めて、わいわいがやがやと大騒ぎをするだけで、“メリハリ”がない感じがします。どの番組にも見られる場面は、“グルメ探訪”とか称して、食べる場面がやたらと多いことです。これは NHKの旅番組などにも見られます。

(4)昔から人間が普通の生活をするためには、“衣・食・住”が必要だとされてきました。ですから、“食べる場面”がテレビに多くても、やむを得ないのかも知れません。しかし、それも程度問題でしょう。「他人が食べるところを見たい」と思うことはあまりないはずです。自分の好きな俳優やタレントの場合は、「何でも知りたい」という心理が働くのも分からないではありませんが、自分が関心のない人間の食べる場面をいつも見たいなどとは思わないはずです。

(5)テレビ朝日が月曜日の晩に放送する“お試しか!”という番組では、タレントやゲストを加えた10名ほどが、ファミレスやコンビニの売れ筋10位に入る商品を当てるまで、注文を続けます。注文した品は必ず全員で食べなければいけないので、夜中の2時頃には皆満腹になりますが、それでも無理に食べ続けるのです。この放送局は、世界には十分に食べられない子供たちが大勢いることなど考えもしないのでしょう。

(6)TBS ラジオには、“生島(いくしま)ヒロシの一直線”(名称は主題によって変わります)という番組があります(原則として、毎日朝5時から1時間半ほど)。キャスターの生島ヒロシは、若い頃、一念発起して米国で英語修行をして来たのは立派ですが、放送の態度は感心出来ません。コマーシャルもキャスターがしゃべるというのも珍しいですが、早口のニュース項目の取り上げ方に比して、コマーシャルはゆっくりと何度も繰り返します。おまけに、飲み物や食べ物の宣伝の場合は、大きな噛む音や飲む音を立てます。最もやってはいけない“口に食べ物を入れたまま話す”ことを平気でやっています。同じTBS でも、テレビの“ひるおび”では、司会の恵(めぐみ)俊彰や、アナウンサーは、ゲストやコメンテーターが試食する場合でも、食べ物を口にしません。これが当たり前でしょう。

(6)ゲストと言えば、4月の始め頃に、TBSラジオ の“荒川 強啓デイキャッチ”(午後3時半~17時)では、都知事選に出て落選した田母神 俊雄(元航空自衛隊統合幕僚長)が出演していました。私は彼の考え方は選挙公報など知っていましたから、とんでもない人物を出演させるものだとあきれました。落選しても60万票も獲得したのですが、「沖縄の基地問題は完全に解決出来る。自衛隊を増強して日本防衛軍とし、米軍には全て撤退してもらう」という趣旨の発言でした。「20年もあればそれが可能だ」と言うのです。

(7)都知事選の出口調査によれば、彼の獲得した票のかなりの数は20歳代、30歳代の若者の票だったそうです。戦争の悲惨さを知らない世代が、ゲーム感覚で戦争を肯定し、“戦争になっても構わない”と考えているようで、そら恐ろしく思いました。そういう若者たちをけしかける大人たちの存在について、もっと真剣に再考する必要があると思いました。(この回終り)

(番外)< 日米首脳会談の感想 >

 オバマ大統領は、本当は日本へ来たくなかったのではないか。安倍首相との首脳会談の後の共同会見のTV中継を見ながら、ふとそう感じた。翌日韓国へ向かうエアフォースワンに乗り込む時も、1~2
回手を振ってやれやれといった表情で、さっさと機内へ入ってしまった。オバマさんはビジネスライクな性格で、愛想を振りまいたり、ジョークを言ったりするのは得意ではないそうだが、私の見た限りでは、大盤振る舞いの異例の歓迎体制の中での日本滞在にもかかわらず、心からの笑顔を見せたのは、学生達との会合に参加した時だけだったように思う。前回鎌倉の大仏を訪れて抹茶アイスをほおばった時のような明るい雰囲気は感じられなかった。TVに写る人間の表情は恐ろしいほどに内心を映し出す。

 国賓としての招待であるのに、ミッシェル夫人が同行しなかったのも私には意外であった。日本政府は前もって夫人への贈り物を用意していたというから、関係者も当然同行すると思っていいたらしい。
娘たちの学校があるからというのが理由のようだが、3月には子供たちを伴って1週間も中国を訪問し、習近平国家主席や夫人ともゲームをするなどして交流を深めていた。ミッシェル夫人が来日したら、一風変わった安倍昭恵夫人とどんなふうに付き合うか見たかった。アメリカのタブロイドは、同行しない理由として、夫人の浪費癖による離婚説とか主演ドラマで時間が取れないなどの噂を流していたが、虚報であることを願う。

 安倍首相は首脳会談を機会に、オバマ大統領との個人的な信頼関係を築きたかったようだが、失敗したと思う。もともとこの二人はchemistry (気質、相性)が合わないのではないか。共同記者会見の席上、安倍首相は盛んに“Barack””バラク”とfirst nameを使ったが、オバマ大統領の方は、最初に一回“Shin-zo” と言っただけで、安倍首相もそれに気付いたのか、途中からオバマ大統領に変えてしまった。だいたい、共同記者会見というのは、個人的な親密さをひけらかすような場ではないだろう。 
オバマ大統領と中国の習近平主席が、昨年六月カリフォルニアで2日間にわたって泊まり込みで会談した後、二人で散歩する姿に私が感じたうちとけた雰囲気はまったくなかった。

 なぜこうなったのか。私は、今度の日米首脳会談の影の主役が習近平であったからだと思う。安倍首相は習近平に一撃を食らわすためにアメリカを最大限利用しようとした。中国の海洋進出、なかんづく、尖閣諸島周辺での傍若無人な振る舞いに有効な手を打てない安倍政権としては、親分に一喝してもらうほかに手はなかった。共同記者会見と共同声明で「安保条約第5条は尖閣にも適用される」という文言が入ったことで、初めて大統領のお墨付きをもらったと鬼の首でも取ったようなはしゃぎ振りだが、そんなに欣喜雀躍するほどのことなのか。オバマ大統領自身がすぐfollowしたように、すでに、ケリー国務長官やへーゲル国防長官も明言しているし、大統領は安全保障の要諦である信頼醸成措置が何より大事たと釘を刺している。その上、尖閣諸島の領有権についてはコミットしないと言っているのだからアメリカの考えは、本質的には何も変わっていない。

 日本側は、この言質と引き換えに何を献上したのか。一つは、今度の来日の主目的であったTPPの早期妥結のための譲歩だろう。オバマ大統領としては、11月の中間選挙を控え、農業団体や自動車労組の支持を得るためにはこれが絶対条件だから、「共同声明を人質にどんどん新しい要求を出して日本側を揺さぶった(日本側関係者の話)。大統領の離日に当たり、アメリカ側の交渉関係者は「大きな成果があった」と語っているから、相当押し込まれたのではないか。これで、TPPの新興国代表役であるマレーシア訪問で、新興国を説得する手がかりができた。さらに、アメリカ側にはTPPを中国包囲網の一環にしたい思惑もあるから、早期妥結への道筋が出来たことでアジア再均衡(rebalance)戦略への布石を一歩すすめたことになる。名を与えて実を取ったのはアメリカ側だろう。

 もう一つの日本側からのお土産は、集団的自衛権についての文言を共同声明に盛り込んだことだろう。軍事予算の削減でアジア太平洋地域でのpresenceに欠陥を生じそうなアメリカにとって有難い申し出だ。日本にとってどんなメリットがあるのか? 番犬が飼い主を守るために殺されることはあっても、飼い主が番犬のために死ぬことはありえないと知るべきではないか。

 こう見てくると、アメリカ政府の緊喫の関心事であるウクライナ問題が緊迫の度を増す中で、日本政府の強い要請もだしがたくという格好での2泊3日の訪日は、すきやばし次郎のすし同様、結構美味しいものだったはずだ。

 共同会見の両首脳の発言の後の記者の質問では、いつものことながら日米の記者のstanceの違いが鮮明に出て、がっかりした。日本側の記者の質問がいつものように、権力側がどうにでも答えられるような生ぬるいもので、予定調和的なやり取りに終始したのに対し、アメリカの記者の質問はズバリ核心を突いていた。「尖閣諸島で中国側が軍事力を使った場合、アメリカも軍事力を使うのか?」というAP通信の記者の質問は、まさに日本の国民の一番知りたいところであり、最初に質問した日本の記者が質すべきものだった。記者は国民を代表して質問するのであり、国民に真実を知らせる使命がある
ところが日本人記者の権力者に対する質問はいつも予定調和的なのである。NHKの籾井会長問題にも通底する日本の不幸だ。外国人記者がさらに、「Red Line(刑務所内に引いてある赤い線で、これを越えると射殺対象になる)を超えるのかと畳み掛けたのに対して、オバマ大統領は「日米安保条約は私が生まれる前に結ばれており、歴代の政府が判断を積み重ねている」という私にはよくわからない返答をした。 もうすこし突っ込んでもらいたかったが、外国人記者たちの関心はウクライナ問題にあったようで、そっちのほうに時間をとらてしまい、日本人記者のだらしなさと相まって、本当に聞ききたいことは何もわからない結果に終わった。

 それにしても、オバマさんが生まれる前の安保闘争の時に初めて修羅場を取材した体験が思い出された。武力行使を内包する日米安全保障条約という純然たる軍事同盟が、国際紛争の解決に武力を行使しないことを定めた日本国憲法の下でかくも長く存在し、今ではほとんどの日本人がそれを不思議に思わないという不思議。
  
会談の評価は歴史の審判に待つとして、以上は、新聞やTV、ラジオの報道に基づく私の感想である。

(M)

それぞれの語には文法的側面があります。英語では品詞と語形変化が特に重要です。たとえばchildは名詞で、複数形はchildrenです。またyoungは形容詞で、younger, youngestと比較変化をします。また chooseは動詞で、他動詞として使われる(つまり目的語をとる)ことが多く、その過去形はchose、 過去分詞形はchosen(過去分詞形)となります。英語辞書のうちいわゆる「学習辞典」と呼ばれているものには、学習途上にある英語学習者のために、そのような情報が詳しく述べられています。ですから先生方の多くは、初級・中級段階にある中学生・高校生(また一部の大学生)にはそのような辞書を薦めます。

しかし学習者たちは、学習辞典にいつまでも頼っているわけにはいきません。たとえば英語の放送を聴いたり新聞や雑誌や専門誌を読むとなると、語彙の収録数の多い一般用の辞書が必要になります。ですから品詞や語形変化などの語彙の文法特性については、なるべく早く(遅くとも高校卒業時までには)、頭にしっかりと入れてしまうことが大切です。大学生になったら、英々辞典もふくめて、学習辞典以外の普通の辞書も使えるようにしたいものです。筆者は数種類の辞書をいつも手許に置いていますが、英語の新聞や雑誌を読むときには、収録語数の多いもの(『リーダーズ英和辞典』など)を使います。

もちろん辞書は紙の辞書だけではありません。筆者はあまり使いませんが最近は電子辞書にも良いものが出ていて、そちらのほうが手軽で便利だという人も増えています。とにかく英語の語彙に親しむには、辞書をよく参照する(引く、見る、読む)ことが重要です。辞書を引くことが楽しくなれば、あなたの英語学習の成功確率はぐっと上がります。

さて語彙の文法で最初に挙げられる項目は品詞です。どの辞書もそれぞれの見出し語のあとに品詞を記しています。品詞とは名詞、形容詞、副詞、動詞などのように、「文法上の性質により類別した、単語の部類」(広辞苑)のことです。ちょっと古い本ですが、三省堂の『新英文法辞典』(改訂増補版1970)が「品詞」(parts of speech)の項を設けて丁寧な解説をしています。品詞について詳しく知りたい方はご参照ください。その辞典では「品詞分類は語の意味によるのではなく、形態・機能のような文法的基準による分類」(注)と書かれています。

英語の品詞は通常8ないし10の種類に分けられます。辞書や文法書によっていくらか違います。ここでは多くの英和辞書が採用している、次の10品詞の分類法を採用します。

(1)名詞(Noun);(2)代名詞(Pronoun);(3)動詞(Verb);(4)助動詞(Auxiliary);(5)形容詞(Adjective);(6)副詞(Adverb);(7)冠詞(Article);(8)前置詞(Preposition);(9)接続詞(Conjunction);(10)間投詞(Interjection)

これらの品詞名は英語の学習の過程でしばしば耳にする(または目にする)用語ですので、どうしても覚える必要があります。しかしそんなに無理に努力しなくても、辞書を引くようになれば自然に覚えるものです。少ないエネルギーでこれらを記憶するコツは、辞書を引いたきに見出し語のあとに載っている品詞に目を留めることです。ただし、辞書によって品詞の表記法が違っていますので注意してください。たとえば名詞は(名)であったり、(N)や(n.)であったりします。動詞はたいてい「他動詞」(v.t.)と「自動詞」(v.i.)の区別がなされているので注意が必要です。自分の愛用の辞書を決めて、その辞書の冒頭に書かれている説明をよく読んでください。この手間を省くと、辞書に載っている情報の重要な一部が失われたのも同然となります。すべて物事を楽しむためには、最初の必要な手間を省かないことが大切です。

このようにして、それぞれの語がどの品詞に属するかが分かってくると、語の機能(語句や文の中でどのような「はたらき」をするか)についての関心が高まり、その知識を使って自分で英文を作ってみようという気になるでしょう。文を作るときには、それぞれの語の品詞の知識が必要不可欠だからです。文法はただ分かっただけで満足するのではなく、その知識を実際に使って言語活動を体験してみることが重要です。品詞の知識というのは単にその種類を言えるだけでは充分でありません。それぞれの語が文の中で果たす役割がどういうものであるかを、実践的に理解することなのです。そして品詞と共に必要とされるのが語形変化です。次回には実例によって語の文法を体験していただきましょう。

(脚注)「形態」とは、たとえば名詞ならば単数・複数の区別があり、動詞ならば過去形や過去分詞形や現在分詞形を持つ、などのことです。また「機能」とは語の「はたらき」のことで、たとえば名詞ならば文の主語や目的語のはたらきをする、形容詞ならば名詞を修飾する、副詞ならば動詞や文全体を修飾する、というようなことです。しかし細かく議論するといろいろな問題が出てきて頭が痛くなります。一般の英語学習者は、特に文法研究に興味のある方以外は、この議論にあまり深入りしないほうが賢明です。

(193)< 人権大国への道 >

国土と隣国 隣国−3 中国

② 尖閣諸島領有権問題

 尖閣諸島(中国名:釣魚島)は、海上に突き出た3角錘の岩山の形から、古くから東シナ海を航行する船の目印となっていた。最初に文献に現れたのは、1405年、明の大船団の世界航海に参加した船乗の航海術の本であるという。( 「海路としての尖閣諸島」山田慶児 編集グループシュア)

 そこで、中国は、釣魚島島嶼はすでに明の時代(1368~1644)から中国の領土で台湾に付属する島嶼であると主張する。しかし、この時代は、中国皇帝によるいわゆる冊封の時代で、国境という概念は存在しなかったという。国境の概念は、ドイツを舞台として戦われた30年戦争の終結にあたり、近代の国民国家(nation‐state)を生み出したウェストファリア条約(1650)から始まるとされる。

日本政府の主張は次のとおり:(外務省HP)

① 歴史的経緯:1885年以降、数回にわたる調査により、清国の支配がおよんでいる痕跡がないことを慎重に確認の上、1895年1月にわが国の領土に編入。その後政府の許可に基づいて、移民が送られ、鰹節製造等の事業経営が行なわれた。
② 日本政府の立場とその根拠:1895年1月のわが国領土への編入は、国際法上、正当に領有権を取得するもの(無主地の先占)。その後、1968年に周辺海域に石油資源が埋蔵されている可能性が指摘され、1971年中国政府並びに台湾当局が領有権を主張するまで、日本以外のいずれの国、地域も領有権を主張したり、異議を述べることはなかった。
③ 日本の基本的な立場: 尖閣諸島が日本固有の領土であることは、歴史的にも、国際法上も明らかであり、現にわが国はこれを有効に支配している。尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題は、そもそも存在しない。
  * 尖閣諸島(群島、列島)という名称は、イギリス海軍が名づけた the Pinnacle Islands ( pinnacleは教会の尖塔 )の訳語で、主島は東側から魚釣島、久場島、大正島。
 
 これに対して、中国政府は1971年12月30日、日米間での沖縄返還にあたって声明を発表し「昔から中国の領土であった釣魚島などの島嶼は(中国の一部である)台湾に付属するものであるのに、日米両国政府が沖縄返還協定の中で、これらの島嶼を組み入れた。歴史的には、日本が中日甲午戦争(日清戦争)を通じて台湾とともに、中国から掠め取ったものだ」と激しく非難している。

 * 領土に関する国際法では、国家が特定の地域について領域権限を有する時、領土への帰属が認められる。領域権限を取得する方式として、伝統的に、先占、割譲、併合、征服などが認められてきた。

 領土紛争は、そこに資源があれば過熱化する。1914年から1974年までの60年間に起きた124件の戦争・紛争の内、半数以上の74件が石油の埋蔵地帯をめぐる争いであった(国境とはなにか 野村甚三郎 芙蓉書房)。尖閣諸島周辺の石油資源の埋蔵量については、1000億バレル前後(イラク並み)という説がある一方たいした量ではなく、採掘ができるかどうかも不明という話もあり、ハッキリしたことはわからない。

 尖閣諸島の領有権問題は、前回述べた1972年の日中国交正常化の際と1978年の平和友好条約締結の際、棚上げにすることで暗黙の了解があったという。日本の外務省は、「中国側との間で尖閣諸島について、『棚上げ』や『現状維持』について合意した事実はない」としているが、元外務省条約局長の東郷和彦は次のように述べている。「国交正常化の際、当時の周恩来首相は田中角栄首相に、尖閣諸島問題について”今回は話したくない“と発言。平和条約締結の際には鄧小平副首相が園田外相に”今は突き詰めるべきではない。次の世代、さらに次の世代が方法を探すだろう”と述べて日中友好を優先させる姿勢を示した。この2回の発言に対して、田中首相、園田外相がなんと言ったかについて、少なくともこれを拒否する発言はなされていないし今はとり上げないことについての暗黙の了解が成立したことは、否定すべくもない」(「歴史認識を問い直す」東郷和彦 角川書店)。 また、元共同通信記者の外交評論家青山繁晴は、「日中双方は、これ(尖閣諸島の領有権問題)を外務省の局長級協議で、およそ30年間棚上げすることで合意した」という外交文書があるという。(日中の興亡 青山繁晴 PHP研究所)

 魚釣島(中国名:釣魚島)の名の如く、尖閣諸島周辺海域は好漁場なので、沖縄の石垣島や台湾の漁船が出漁している(昨年日台漁業協定締結)。中国本土からは300キロ以上離れているが、日中平和友好条約が締結される4ヶ月前の1978年4月には、中国漁船200隻が船団を組んで出漁し、日本側の主張する領海に侵入した。また2008年には中国海洋調査船2隻が初めて領海に侵入して9時間にわたって航行し、中国海洋局は、この海域での中国の主権を明らかにするための行動だと主張した。これに対し、日本の海上保安庁は、翌2009年からヘリ付きの大型巡視船の常駐化を計ることとなった。

 こうした中で、2010年領海内で中国の漁船が日本の巡視船に体当たりするという事件がおき、その映像がネットで流されたことから、日本の中国に対する国民感情は一層悪化、一方中国でも反日デモが各地に広がり、一部が暴徒化して日本企業を襲うなどして、両国間の
対立がエスカレートしていった。
       
 このような状況の下で、2012年4月、東京都の石原慎太郎知事が、尖閣諸島の実効支配を確実にするため港湾施設を作るとして、個人の所有であった尖閣諸島を都が買い入れる計画を発表し、現地調査を実施したことから、中国政府は激しく反撥した。これに対して野田内閣は、「平穏かつ安定的な維持管理のため」として国有化の方向に動き出した。9月9日のAPEC首脳会議で中国の胡錦濤国家首相は野田首相に対し「国有化をしたら大変なことになる」と警告したが、2日後の閣議で野田内閣は国有化を閣議決定した。中国側は面子をづぶされたとして硬化し、日中関係は、国交正常化以来最悪の状態に落ち込むことになってしまったのである。

 とにかく、領土紛争というのは武力衝突に発展しやすい。双方の国民感情が沸騰して、それぞれの政府が弱腰批判を怖れ、或いはそれを利用して武力行使に至るのである。ガストン・ブトゥ−ルの「戦争の社会学」によると、1740年から1974年の250年足らずの間に366件の武力衝突が起きているが、その3分の2の246件が領土紛争だという。

 領有権を主張する時よく「わが国固有の領土」というが、”固有の領土”などというものは歴史上存在しないという(朝日新聞 歴史の根っこ ④ 東大教授 小島毅)。植民帝国だったイギリスには「イギリス貴族の領有地の隅に、浮浪者が無断で小屋を建てて住み着いた。貴族が“ここは私の領地だ。出てゆけ!”と怒鳴ると浮浪者は“お前さんの先祖がやったこととどこがちがうんだよ”とうそぶいた。」という小話がある。

 中国が、14億を超えるといわれる膨大な人口を養うために、資源の確保やそのためのシーレーン防衛に血眼になっている事情は理解できる。だからと言って一方的、権力的に自己の主張を押し通そうとすれば、それは自己の主張に自信のない現れであると受け取られ、日本をはじめアジアの隣国の理解を得ることはできないだろう。長い目でみて、海底資源は将来の世代のために残し、両国関係が修復した後で、チエを出し合って共同開発について話し合う以外に解決の方法はないだろう。その話し合いを通じて、両国関係が、画期的に友好発展へ向かうことを願っている。(M)

学校の生徒には「英文法は嫌い」と言う人が多いようです。もちろん好きな人もいるのでしょうが、いろいろな調査は、文法は嫌いだと言う生徒が圧倒的に多いことを示しています。「なぜ嫌いなのですか?」と訊くと、その答えは「文法は難しいから」や「英語が嫌いだから」などいろいろですが、その根底にあるのは、文法学習の必要性が理解できていないからではないかと思います。そもそも文法とは何かが分かっていないのです。生徒が文法を分からないと言うのは、一部分は学校に責任があるかもしれません。

文法とは、簡単に言うと、有意味な文を作るときにどんな語句をどんな順序に並べるかに関する規則のことです。規則は山ほどあります。その規則にも単純なものから複雑なものまでいろいろあります。しかし単純な規則でも言葉を使って論理的に説明しようとするとややこしくなります。たとえばここにa, the, boy, girl, loveという5つの語があり、これらを1回だけ使って有意味な文を作るとします。さて何通りの英文ができるでしょうか(注)。この課題は英語を少しでも知っている人には簡単なことですが、なぜそうなるのか、なぜこれら以外の配列が許されないのかをきちんと説明するのは容易ではありません。たとえば学校の先生は次のように説明します。

「aとtheは冠詞といい、名詞の前に置く語です。ですからa boy, a girl およびthe boy, the girlという配列が可能です。もうひとつのlove(愛する)は他動詞で、その前に主語(愛する主体)が置かれ、その後に目的語(愛する対象)が置かれます。loveに-sが付くのは、『三単現』の規則により、主語が三人称単数でloveが現在形だからです。」

この説明は英語を知っている人にはよく理解できるでしょうが、中学1年生や2年生ではチンプンカンプンかもしれません。学校の先生がたは往々にしてこのような説明をして、まだ文法学習の準備ができていない生徒たちを途方にくれさせます。たぶん初心者にとっていちばん躓づくのは、説明に出てくる文法用語(冠詞、名詞、他動詞、主語、目的語、三単現など)でしょう。文法用語を使わなくても説明は可能でしょうが、もっと長くなって一層ややこしくなるかもしれません。

しかし文法を知るとは、必ずしもこのような文法用語を駆使した説明ができる(または説明を理解できる)ようになることではありません。このような説明ができるようになる前に、文の組立て方の文法を知ることは可能です。私たちが母語である日本語を子どものときに学びましたが、誰も文法などというものは正式には教わらなかったと思います(間違った言い方をして親などに直されたことはあったでしょう)。それでも私たちはみな日本語の文法をいつの間にか身につけました。成長して学校に行って国語の授業で文法を教わりましたが、文法用語は知らなかったとしても、その文法の基本的知識は子どもの頃にいつの間にか身につけたものでした。母語の習得では、子どもはみな知らぬ間に文法を身につけるのです。ですから「文法を知る」とは、文の構造を説明したりそれを理解したりすることができることではなくて、実際に文を作ることができることなのです。つまり、文法を知るとは文の組立て方のノウハウを知ることなのです。

ただし、英語は私たちにとって外国語ですから、母語の習得のようにはいきません。英文を作るときには、母語の習得で身につけた文法のノウハウが邪魔をします。「彼女はその男の子を愛している」を英語にするとき、日本語の語順のまま ‘She the boy love.’ では英語になりません。愛する主体(主語)はlove(動詞)のすぐ前に置かれることを知らなければなりません。そして愛する対象(目的語)はloveの直後に置かれることも知らなければなりません。「三単現」という用語は知らなくても、どういう場合にloveに-sが付くかは、およその見当がつくようになる必要があります。そのようなノウハウは、動詞のloveを用いた文例に幾度か出逢えば、自然に頭に入るのではないでしょうか。それはまだ正確な文法知識とは言えませんが、そのような文の組立て方に気づいたあとで先生の文法説明を聞いたなら、誰もがなるほどと理解できるはずなのです。

大切なのは、子どもが母語の習得で見事に発揮するような、英語の文の仕組みについての気づき(つまり文法感覚)を発達させることです。それができるようになってはじめて、文法規則についての先生や文法書の説明が理解できるようになります。理解できるようになると、それは楽しい学びに変わります。嫌いだったものも好きになります。次回にはそのような視点で、語彙の文法から始めようと考えています。(To be continued.)

(脚注)答えは次の4通りです。(1) A boy loves the girl. (2) A girl loves the boy. (3) The boy loves a girl. (4) The girl loves a boy.(これらの文は文法的に正しい文ですが、それぞれの文がどのような状況で使われるかは、考えると難しい問題です。そのような文の使い方については、文のレベルを超えた「談話文法」で扱います。)

(1)“武器輸出可能に”と言われると、「えっ!そんなことしていいの?」と問い返したくなります。しかし、“防衛装備移転三原則”などと言われると、「何、それ?」と考えてしまいます。このことは、4月12日(2014)の東京新聞が記事にしているのですが、私は“安倍内閣による言葉の誤魔化し”だと思います。先の私のブログ「日英ことばのエッセー(その5)」で、戦争中の大本営が、「“退却”を“転進”と誤魔化し、“全滅”を“玉砕”と美化して、国民の戦意を煽った」と書きました。安倍内閣は同じことをしようとしているのです。

(2)安倍首相は口先では、「野党の皆さんともよく話し合います」とか、「国民の皆さんにもご理解頂けるようにご説明します」と言いますが、実行はしないのです。いつも“閣議決定をした”という報道ばかりです。たまに行う記者会見では、弁解がましい言辞ばかりです。3月には、人気テレビ番組の“笑っていいとも”にまで出演して、庶民の味方のようなふりをしましたが、腹の中では、衆参両方で安定多数を占めていますから、「何をやっても大丈夫」と思っているのでしょう。休日にはゴルフ三昧です。

(3)そこへきて野党のほうもだらしないことこの上無しの状態です。“みんなの党”の渡辺代表などは、猪瀬元都知事による直近の例があるのに、それを上回る借金をして辞任に追い込まれました。「前例から何も学べないような人物は、政治家になるな!」と叫びたくなります。選挙にお金がかかるのは確かなようですが、その点を少しでも改革しようとするのが野党の重要な役目だと私は思うのです。

(4)渡辺元代表は、辞任の際の記者会見で、「皆様にご迷惑をおかけしたことをお詫びします」と述べましたが、これは誰に向かって言っていたのでしょうか? 私は国民の一人として、「迷惑をかけられたとは少しも思っていませんでした。彼が党員に、「金を貸してくれ」と頼んで借金をしたのであれば、「迷惑をかけた」と党員に謝る理由はあるでしょう。そういう状況も分からないようなボンクラ人間で、よく党代表になれたものです。これでは党員たちもボンクラだったと思わざるを得ません。

(5)ところで、最初の言葉の問題に戻りますが、安倍内閣は、「武器輸出」を「防衛装備移転3原則」と言い換えて、武器輸出をしようとしています。また、「平和主義を通す」と言うべきところを「積極的平和主義」とか、「集団自衛権」などと言って、「攻められたらやり返す」方針を打ち出して、近隣諸国を刺激しています。中国や北朝鮮の挑発は危険性を孕んでいることは確かですが、安倍首相が、「戦後レジームの見直し」などと言うものですから、中国や韓国などは、「それならこっちも見直すぞ」とばかり、以前に解決済みのことを蒸し返してきました。“従軍慰安婦問題”や“竹島問題”はその例です。

(6)アメリカは長い“冷戦時代”を経験していますし、かつての“ソ連邦”のような独裁国家のやり方を知っていますから、対応の仕方は極めて慎重です。安倍首相の靖国参拝が、中国や韓国を刺激することを予期していたから、「失望させられた (be disappointed) と言ったのだと思います。“KY”(空気が読めない)は、流行語にもなりましたが、安倍首相は正に“KY”の典型です。

(7)オバマ大統領も2期目に入り、目指す社会保障問題は必ずしも国民の理解を得られていませんから、長年の同盟国ではあっても、安心は出来ません。そういう現状を踏まえて、あらゆる国と交渉しなければならないのが、これからの外交課題です。初対面の韓国大統領に、片言の韓国語で挨拶をするといった感覚は私には分かりません。すべてに軽佻浮薄で危険な安倍首相には、すぐにでも辞めて欲しいと私は思います。(この回終り)

前回の「基本語A, B」を受けて、語彙の種類についての説明を続けます。

(3)基本語C前置詞、接続詞、代名詞のような「機能語」(function words)と呼ばれるものがここに入ります。これらは伝達しようとする内容よりも、文中の語や句の(または文と文の間の)文法関係を示すものです。冠詞、前置詞、接続詞がその典型的なものです。どんな語を機能語とするかについては議論のあるところですが、一般には、次の品詞に属する語を機能語としています。

*機能語: 冠詞、前置詞、接続詞、人称・不定代名詞、指示詞、疑問詞、関係詞、助動詞

面白いことに、英語で最も頻度の高い語はthe, of, andの3語で、それらが英文テキストの10%近くを占めると言われています。これが本当かどうか、英語の本で調べて確かめてみるとよいでしょう。ところでこの種類の語はどのようにして覚えたらよいでしょうか。たとえばtheを「その」、ofを「の」、andを「そして」と覚えてもあまり役には立たないでしょう。これらは意味よりも使い方が大切な語であり、その数も限られているので、フレーズやセンテンスで覚えるのか王道です。これらの語が使えるようになることは、文法の学習に直接つながります。

(4)派生語:これらは基本語から派生した語なので、派生の規則を知っていれば、その意味や用法は容易に基本語から推定できます。多くの派生語は、基本語の語幹(stem)に接頭辞(prefix)や接尾辞(suffix)を付けて作られます。派生語の形成についての知識があれば記憶に要するエネルギー量は大幅に節約できますので、この知識を使わない手はありません。1つの基本語から多くの派生語を産みだす例を2つだけ挙げておきます。

例1. luck(幸運)の派生語:lucky, luckily, luckiness, luckless, lucklessly, lucklessness, unlucky, unluckily, unluckiness

例2.separate(分ける、引き離す)の派生語:separable, separably, separableness, separability, separated, separately, separation, separatism, separatist, separative, separator, inseparable, inseparably, inseparableness, inseparability

ところで、収録語数の多いことで知られるアメリカの英語辞典『ウェブスター第3版』は約267,000語を収録していますが、そのうち基本語、派生語、合成語の語数および総語数に対する割合は次のようです(注)

*基本語:54,241 (20.3%)  派生語:63,773 (23.9%)  合成語:67,177 (25.2%)

これを見ると、基本語(あるいは基本形)の数よりも派生語や合成語の数のほうが多いことがわかります。つまり、一定の数の基本語を記憶すれば、それとほぼ同数の派生語および合成語を少ないエネルギーで覚えることができるわけです。こうして語彙の拡張は、学習の段階が上がるにつれてますます速度を増し、学びの楽しさをいっそう味わうことができます。

(5)合成語(または複合語):多くは2つ、3つの基本語の組み合わせからできているので、それらの基本語を知っていれば、その品詞や意味を推定するのは容易です。中級程度に達した学習者は、ここで語彙(主として受容語彙)を飛躍的に拡張することができます。次はselfをヘッドにした合成語ですが、この形の合成語はものすごく数が多く、『ウェブスター第3版』では約500項目が見出し語になっています。次はその一部ですが、多くの語について、それぞれに対応する日本語を見つけ出すことができます。それぞれにどんな日本語が当てはまるか挑戦してみてください。

*Selfで始まる合成語の例:self-abhorrence, self-absorption, self-analysis, self-assertion, self-assurance, self-centered, self-conceit, self-confidence, self-conscious, self-content, self-control, self-criticism, self-deception, self-defense, self-denial, self-determination, self-devotion, self-discipline, self-educated, self-esteem, self-evident, self-examination, self-expression, self-government, self-interest, self-justification, self-portrait, self-protection, self-realization, self-regard, self-respect, self-restraint, self-satisfaction, self-service, self-support, self-timer, etc.

(6)固有名詞:固有名詞の数はほとんど無限であり、出逢った固有名詞をすべて記憶しようとする必要はありません。それはまた、賢いことでもありません。辞書に載っている固有名詞もほんの一部です。一般によく使われる固有名詞や自分に興味のある分野の固有名詞は承知している必要があるでしょう。しかし自分に関心のあるもの、また自分自身が使う必要のあるものは、何回か出てくるうちに自然に記憶されるものです。無理をすることはありません。

(注)『ウェブスター第3版』の収録語の分類とそれぞれの語数(正確には推定語数)については、望月正道ほか『英語語彙の指導マニュアル』(大修館書店2003 p.25)を参照してください。なおそこに掲載されている表の原資料は次の論文によります。Goulden, R., Nation, P. and Read, J. (1990): How large can a receptive vocabulary be? Applied Linguistics, 11, 341-363.

(192)<人権大国への道>

Author: 松山 薫

(192)< 人権大国への道 >
隣国 中国—3 現在の日中関係(靖国、尖閣、強制連行など)

 太平洋戦争が始まった翌年の3月、私は小学校を卒業したのだが、その記念として卒業生全員による「開戦の詔勅」の筆写が命じられ、表装して校長室に掲げられた。私が割り当てられたのは「ラムヤ中」という4文字で、これは、次のような一節の中に含まれていた。「今ヤ不幸二シテ米英両国ト釁端ヲ開クニ至レリ洵ニ己ムヲエサルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ中華民国政府曩ニ帝国ノ真意ヲ解セス濫リニ事ヲ構エテ東亜ノ平和ヲ撹乱シ遂に帝国ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ・・・」
 つまり、中国は、東洋平和を願う日本の真意を理解しようとせず、やたらに喧嘩を吹っかけて周囲に迷惑をかけてきたので、日本としてはやむを得ず、天に代わって膺懲の剣を振うに至ったというわけで、これが日中戦争についての大日本帝国の公式見解である。前2回で述べてきた史実に照らして、このような見解が国際的に受け入れられる筈もなく、つまりは、日本の一方的な解釈による侵略行為と断ぜられても止むを得ないのである。同時に、このような傲慢不遜な思考が、中国人の誇りを著しく傷つけたことは想像に難くない。村山談話は、このような思考に対する反省に基づいて発表されたものと私は考えている。従って、日中間の具体的な懸案や紛争についても、このような自省を踏まえて考える必要があると私は思う。

①  靖国神社参拝問題
 靖国神社が戦争の遂行に果たした役割については、日本人自身が、戦争責任の問題として、追及し、答えを見出すべき重要な問題であったと思う。それが曖昧にされて来たことが、総理大臣や閣僚の靖国参拝の是非を曖昧にしている根底にあリ、外国の疑念を招く原因にもなっている。

 中国、韓国をはじめアジア諸国との間で問題になるのは、ここに東条英機ら極東裁判のA級戦犯14人が合祀されているからである。これら諸国は、アジア太平洋戦争を主導した人物を、国家の最高責任者である総理大臣が尊崇の念を以って参拝することは、この戦争を正当化し、日本がサンフランシスコ講和条約で認めた極東軍事裁判の結果をないがしろにするもので、戦後の国際秩序への挑戦であるとして反撥するのである。

 これに対して、安倍首相は今回の参拝(2−13−12−26)の後、次のような談話を発表した。「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念をあらわし、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました。・・・今の日本の平和と繁栄は、今を生きる人だけで成り立っているわけではありません。愛する妻や子供達の幸せを祈り、育ててくれた父や母を思いながら、戦場に倒れたたくさんの方々。その尊い犠牲の上に、私たちの平和と繁栄があります。・・・日本は二度と戦争を起こしてはならない。私は過去への痛切な反省の上に立って、そう考えています。・・・ 」。安倍首相はまた、参拝後の記者会見で「戦場に散った英霊のご冥福を祈りリーダーとして手を合わせるのは、世界共通のリーダーとしての姿勢だ」と強調している。

 一見もっともらしいこの談話の中で抜けているのは「戦争責任」の所在である。250万人(アジア太平洋戦争での合祀者)もの犠牲者を出した責任は誰にあるのか。さらに、これらの犠牲者がアジア諸国に対しては加害者になってしまった責任の所在はどこにあるのか。それを明確にした上での不戦の誓いでなければ、再び同じ過ちを犯すことになりかねない。安倍首相自身の最近の言動を見ても、その思いをぬぐうことができない。

 この点について、合祀されているA級戦犯の一人東郷茂徳元外相の孫である東郷和彦元外務省欧亜局長は、次のような意見を述べている。「一番の問題は、日本の戦争責任について、日本人自身が未だに総括していないことです。中国や韓国が反撥するから、米国が何か言ってくるから、何とかしないと、という問題ではないのです。・・・日本人の中には、赤紙一枚で召集された兵と、それを指揮した人を同列に扱うのかという根深い対立がある。靖国問題とは、まず、私たち日本人の問題なのです。( 靖国問題 信念の向こう側 朝日新聞2013−12−29)と述べている。ここまでは、私も同意見である。

 その上で、この元外交官は、中国の反撥は、「周恩来テーゼ」つまり、国民全体と一部の戦争指導者を峻別する考え方に由来する」と述べ、そして、もう一つ「国全体の責任を追及する」考え方があるとして「日本をして戦争を選ばしめていったのは、大部分の国民が何らかの形でかかわった、時の勢いといったものであリ、少なくともそれに国民は応分の責任があったのではないか。この考えをつき進めるならば、国全体としての責任を命に代えて引き受けた者たちは、国民としての感謝の対象になる。A級戦犯合祀には積極的な理由があるということになる」と主張している。( 歴史認識を問い直す 東郷和彦 角川書店 )
 私はこのような考え方には賛同できない。敗戦直後に、東久邇内閣が唱えた「1億総懺悔論」と同じく、責任の所在を曖昧にし、戦前・戦中のこの国の実体を不問に付してしまうことになるからである。

 戦前・戦中を通して、靖国神社は日本軍国主義の象徴的存在であった。太平洋戦争開戦の翌年4月、中学生になった私達は、早速隊伍を組んで靖国神社参拝に連れて行かれた。その時初めに私が感じたのは、この神社はどうしてこんなに縦長なんだろうということだった。九段下から神社の入り口へ入るところに“天を突くよな”青銅の大鳥居が立っている。それをくぐってしばらく行くと、日本陸軍の創設者(と前もって教官に教えられていた)大村益次郎の巨大な銅像が聳えている。そこを通り過ぎて社殿の前の広場に着く頃には、妙に神妙な気持ちになっていった。小学校の修身教科書(巻四)「靖国神社」の内容が甦ってくる。「君のため国のためにつくして死んだ人々をかうして神社にまつり、又ていねいなお祭りをするのは、天皇陛下のおぼしめしによるのでございます。私たちは陛下の御めぐみの深いことを思い、ここに祭ってある人々にならって、君のため国のためにつくさなければなりません」。その時耳の中で響く歌があった。「吾が大君に召されたる、命はえある朝ぼらけ、称えて送る1億の、歓喜はまさに天を突く、いざ行け、つわもの、日本男児」つづいて耳に響く歌。「万朶の桜か襟の色、花は吉野に嵐ふく、大和おのこと生まれては、散兵線の花と散れ」ようし、見事に散ってやろうじゃないか。やがて、戦局が傾く頃になると、境内の桜が散る中で、やや哀調を帯びた歌が耳の中で響く。「貴様と俺とは同期の桜、離れ離れに散ろうとも、花の都の靖国神社、春の梢に咲いて会おう」。こうしてあまたの若者達が軍国主義に染め上げられ、君のため、国のために、喜んで外国に侵攻し、敵を撃ち殺し、やがて、自らの命を散らしていったのである。私は、そのように仕組んだ者、それを強制した者を許すことができない。
(M)
* 桐英会ブロガー並びにブログ読者の皆さんへ :
  XPパソコンのサポート終了にともない、来週PCを入れ替えます。新しいPCの操作は前もって勉強しおくつもりですが、機械の不具合や操作の不慣れで土曜日午前のブログの投稿やメールの交換が一時的にできなくなることも考えられますので、あらかじめご了承ください。  松山

単語を覚えるには、ほとんど常に、必要なだけの心的エネルギー(mental energy)をそれに投入しなければなりません。ほとんど無意識のうちに、いつの間にか覚えてしまうということもないわけではありません。しかし語の形態(音声や綴り字)と意味の結びつきは恣意的なものですから、多くの場合、その結びつきを長期記憶のスペースに送り込むには相当の心的エネルギーを動員することが必要です。そこで、語の記憶に動員するする心的エネルギーという観点から、語彙をいくつかの種類に分けて、それぞれの種類ごとに語彙の処理方法を考えてみましょう。そうすれば、すべての語を同じように扱う場合に比べて、自分の使うことのできるエネルギーをより効果的に配分することができるのではないかと考えます。

ここでは語彙を次の6つの種類に分けます。

(1)基本語A:名詞・形容詞・副詞などの内容語、(2)基本語B:基本動詞、(3)基本語C:前置詞・接続詞・関係詞などの機能語、(4)派生語、(5)合成語、(6)固有名詞

ただしこの分類法は語彙学習のための便宜的なものですから、すべての語がこれらのどれかにぴたりと当てはまるわけではありません。しかし、自分がいま学習している語がどの種類に属するものであるかを意識することによって、あとでその語に再会したとき、以前にその語について意識した内容が同時に想起されます。そうすることによって、その語を記憶する手がかりが増すと考えられるのです。語は連想やイメージの手がかりが多いほど、記憶に有利にはたらくことが分かっています。

(1)基本語A名詞、形容詞、副詞がここに入ります。これらの多くは、次の例のように、発話の中で単独で用いることができます。

例1. “What do you see in this picture?” – “Apples.”

例2. “We won the first match.” – “Great!”

そういうわけで、この範疇に属する語には、コンテクストが与えられれば意味が明確に定義さるものが沢山あります。したがって、この範疇に属する語のうち語義の比較的に単純なものは、単語カードなどで記憶するのも一つの有効な方法と考えられます。ただし、ありふれた語であっても、それぞれの語が指示する概念やイメージには注意が必要です。たとえば、deskは「つくえ」でたいてい間に合いますが、chairは日本語の「いす」とは違います。OALDでchairを引くと、 ‘a piece of furniture for one person to sit on, with a back, a seat and four legs’ と定義され、関連する次の語がイラスト入りで載っています。

armchair / footstool / stool / recliner / swivel chair / wheelchair / pew / sofa / two-seater sofa (love-seat AmE) / baby walker (walker AmE) / high chair / rocking chair / chaise longue / sunlounger / deckchair / bench

もちろん、これらの関連語を一度に記憶しようとする必要はまったくありませんし、それは無用なエネルギーの消費です。しかしchairの概念が日本語の「いす」や「腰掛け」とは違うものだということは、最初に意識しておくとよいでしょう。chairを「いす」とだけ記憶するのはさほど楽しい学びにはなりませんが、chairという語からイメージされるものが文化によって大きく違うことを知るのは、学びをずっと楽しいものにするでしょう。

(2)基本語Bここには動詞が入ります。英語の動詞はたいてい主語の直後に置かれ、その後に補語や目的語や修飾語がきます。したがって動詞は文のほぼ中央に位置します。いわゆる「文型」(sentence pattern)は動詞の種類によって決まるので、それが自動詞か他動詞かは重要な情報です。そして多くの動詞が過去を表わすのに語形が変化し、過去分詞形、~ing形などの語形を持ち、多様な使い方をします。また動詞takeの考察で見たように、意味や用法が複雑なものも多く、それらを自由に使えるようになるには多くの時間とエネルギーを要します。基本動詞の中でも特に次の動詞の用法には注意が必要です。

*特に注意すべき基本動詞:be 動詞 / do / get / give / have / make / take

これらに習熟することは一朝一夕にはできないので、あせらずに、一つひとつの用法に集中し、経験によって用いる範囲を広げていくようにすることが大切です。要は自分の知識の拡張を楽しむ心の余裕を持つことです。そういうわけで、動詞は他の語よりも慎重な学習が求められます。特に自分で文を産出する場合には、動詞の用法と形態に充分な注意を払う必要があります。

「基本語C」以下については次回に述べます。(To be continued.)