Archive for 7月, 2015

学びの動機というのは、一般に、教師が生徒に学ばせる立場から考えられることが多い。つまり、教師はどのように教えたら生徒に興味を持たせることができ、生徒をより積極的・主体的に学びに参加させることができるかということです。それは「動機づけ」(motivation)の研究として、これまで英語の研究者や教師たちが多くの文献を積み上げてきました。筆者もかつてこれに関する観察や実験を行って論文や報告書を発表しました。それはそれで価値のあることであり、そこから見えてきたものもいくつかありました。

しかし、そのような集団を対象とした研究から学習者の学びの事実をすべて論理的に説明できるものではありません。なぜなら、学びというのは極めて個人的な営みだからです。そこには常に感情的、情緒的な要素が介入し、また時に超自然的な偶発的要因が大きくはたらくからです。集団を対象とした研究で説明できるのは、動機づけの一面にすぎないのです。ですから、このように動機づけたら必ず全員がうまくいくというものではありません。たとえば、「賞を与えることは罰を与えるよりも学習意欲を高める」という指導原理があります。しかしそれがあらゆる場合に当てはまるわけではありません。個々の学習者の心理は複雑であり、学習場面で微妙に変化し、賞罰の受け止め方も多様だからです。ですから動機つけの研究には事例研究(case study)が欠かせません。

個人が特定の学びに動機づけられたという実例は枚挙にいとまがありませんが、ここに最近芥川賞を受賞した作家の例を挙げて考察してみます。先日発表された第153回芥川賞受賞者の一人、羽田(はだ)圭介氏の受賞の言葉が新聞に出ていました(朝日新聞7月22日文化・文芸欄)。そこに彼が文章を書くようになった動機が語られています。それは非常に個人的な、しかも特殊な体験であり、必ずしも多くの人の参考になるものではないかもしれませんが、動機という観点からすると、いくつかの興味ある事実を発見できると思います。それは次のような話です。

羽田氏は小学校5年生の5月から、中学受験のために塾通いを始めました。その夏休みに、母親から朝日新聞の「天声人語」を毎日要約する課題を与えられました。それは母親が塾の国語講師からアドバイスを受けた文章指導法だったのです。羽田少年は最初のうちはなかなかうまくいかず、「全然要約できていないではないか」と母にさんざん怒られ、苦痛で仕方がなかったそうです。こうして書き終えたものを母に見せて、容赦なくチェックが入りました。しかし続けているうちに、やがて半分、三分の一ほどにまとめられるようになり、毎日の課題が苦痛ではなくなってきて、夏休みの終り頃には、一回分の天声人語が4~5行くらいに楽に要約できるようになったのでした。すると自信がついて、自分には文才があると勘違いするまでになりました。こうして羽田氏は、勘違いで小説家の道を歩むようになったというのです。

この話を学習動機という観点から分析してみましょう。まず学びのきっかけです。羽田氏の場合には、それは塾の講師からアドバイスを受けた母親の指導でした。おそらく少年は母親に強く説得されて課題を受け入れたのでしょう。かなり強制的な課題だったのではないでしょうか。もちろんそれは小説家になるという目的とは無関係で、きちんとした文章を書くための基礎練習として勧められたものでした。とにかく、この少年はその課題に取り組むことを決意しました。その決意がなければ、この課題はスムーズには進行しなかったでしょう。

あらかじめ予想されるように、「天声人語」を要約するというのは、小学校5年生にとってはかなり難しい課題であったと思われます。内容も変化に富んでいます。最初はテキストを書き写すのが精いっぱいで、その内容を深く理解してそれを半分以下の分量にまとめることなどは、及びもつかないことでした。そこで少年は連日母親に怒られました。たぶん「怒られた」というよりは「叱咤激励された」のでしょう。そうでなければ「こんなの無理だよ」と投げ出したと思われます。しかし少年は投げ出さずに根気よく続けました。これが羽田少年のえらいところでした。

次に注目したいのは鍛錬の期間です。羽田氏は夏休みの「約二カ月弱」と書いていますから、7月から8月にかけての50日くらいであったと推定されます。この長さが重要です。なぜなら、子どもが一つの課題に集中する期間としてはこれくらいが限度であると思われるからです。これ以上短くては、「天声人語」の要約に習熟するには短すぎたでしょうし、これ以上長くては飽きてしまって、集中を欠くことになったことでしょう。すべて物事の習熟には時間がかかりますが、その時間を適切に設定するというのは意外に難しいものです。羽田少年の鍛練期間は、結果的に、ちょうど良い具合に設定されていたと言えます。筆者も70年前の敗戦後の夏休みに、受験勉強の必要から、小野圭次郎(通称「オノケー」)の『英文の解釈』一冊を完全に読みあげ、英文の構造と表現法が分かったという自信を持ちました。それが英文科を選ぶきっかけになったのでした。

次に、羽田少年が小学校5年でこの要約課題を与えられたとき、最初はあまりにも難しくてうまく対応できず、母親に「さんざん怒られた」という状態であったにもかかわらず、やがてその課題にうまく対応できるようになったのはなぜかということです。彼がこの難しい課題をやり遂げることができたのは、それに対応できる基礎的な国語力をすでに持っていたためであると推定されます。教育の専門用語ではそれをレディネス(readiness)と呼びますが、小学5年の羽田少年には、その課題をこなす心の準備が充分にできていたということです。小学校5年生の誰がやっても同じ結果が得られるものではないのです。

そして最後に重要なことは、羽田氏が言うように、課題がうまくこなせるようになって自信ができ、「自分には文才がある」と確信したことです。そうして彼の文章鍛錬はその後も続きました。母親に隠れて小説を読み、電車での長い通学時間を使って色々な本を読み続け、しだいに自分の文章スタイルを確立していきます。羽田氏はこの文章の最後にこのように言います。「なんでも、勘違いから始まるのだと思う。だから、なんでもやってみるといいし、なんでもやらせてみるといい。」ここで「勘違い」と言うのは羽田氏の文学的レトリックですが、言い換えれば、自信を持つということです。誰もが羽田氏やモーツァルトのようになれるわけではないけれど、人は失敗を恐れずにいろいろ試してみるのがよいというのも、理にかなった教育論であるように思われます。

<訂正>前回(7月9日投稿)に取り上げた『勝者なき戦争―世界戦争の200年』の著者イアン・J. ビッカートンの紹介文の一部に誤りがありました。著者は1938年生れのオーストラリア人で、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学名誉教授です。前回の脚注に「英国」と書かれているのは「オーストラリア」の誤りでした。

蟷螂の斧 ⑩ メディアのいつか来た道        

5.いつか来た道へ戻らぬために

 “この国のあり方を変える”といわれる一束の「安全保障関連法案」が、おととい衆議院で強行採決によって可決され、参議院へ送られた。

 「これまで歩いてきた道」を歩き続けるのか、それとも、「いつか来た道」へもどるのか、あるいは
「第三の道」を探るのか、多くの国民が、今この国は分かれ道に立っていると感じているだろう。

 三叉路の入り口に立つ案内板では、「いつか来た道」には、危険という標識がはってある。この道を歩いて多くの先達が悲惨な目に合っているので、あえてこれを選ぶ人は多くはないだろう。そこで、慣れ親しんできたこれまでの道を辿ろうと思う人が多数を占めるのだろうが、中には、周囲の状況を見渡すと、この道は少し先で袋小路になっているのではないかという危惧を持つ人もいる。そうなると、「第三の道」にひきつけられる人も出てくる。こうした中で、安倍政権が国会に提出し、衆議院で強行採決した「安全保障関連法案」は、第三の道への入り口を示しているように見えるが、実は先の方で「いつか来た道」へつながっていると私には思える。

 衆議院での審議を通じて私が最も気にかかったのは、安倍首相の質問にまともに答えない態度である。国会議員の背後には彼らが代表する国民がいることを忘れているのではないか。特に武力行使の機微に触れる質問には「手の内を見せることになるから答えられない」とか「相手国があるから明らかにできない」とはぐらかした。これでは軍機に触れることは一切、まかりならぬとした戦争中の軍部と本質的にかわるところはない。また、イラク派遣自衛隊の活動記録の提出を求められると、ほとんどがまっ黒く塗りつぶされた資料を出してきた。もし日本が戦争に巻き込まれ、自衛隊員が戦死することにでもなれば、集団的自衛権に関する重要な情報はすべてブラックボックスの中ということになるのは必定である。それをこじ開けようとすれば、特定秘密保護法による懲役10年が待っている。かくして国民は事実を知らされず、事実によって判断することもできず、権力の思うままにひきづられて行く。私が生きて来た軍国日本を思い出すまでもなく、軍事優先の国家がたどる必然の道なのである。

 いつか来た道へ戻らぬためには、手遅れにならないうちに三つのことが必要ではないかと私は考える。

 第一は、第2ラウンドの参議院で、野党側が徹底して「安全保障関連法案」の違憲性を追及することである。安保法制の些末な技術的齟齬をあげつらうことに終始すれば、安倍政権の土俵にひきづり込まれる。膨大な法案の中には、どこかに憲法と相いれず政策的にも整合性を欠く決定的な瑕疵があるはずだ。安保法制に反対する有識者の知恵を集め、それを抉り出し、国民の代表として徹底的に追及してもらいた。だが、土俵を一方的に拡げられたうえ、腰の定まらない野党もあることから、結局数で押し切られてしまう公算が強い。そういう結果に終わるとしても、徹底した、かつドラマティックな審議の過程と強行採決は安倍政権の危険性を有権者に焼き付け、来年の参議院議員選挙に反映されるだろう。参議院議員選挙の敗北は時として政権の命取りになる。少なくとも、自民党政権がもくろむ次のステップ改憲の日程にブレーキをかけることはできる。

 第二は、民主主義の基盤である言論の自由が、前回、前々回指摘したように、様々な形で脅かされている現在、言論の自由に一義的に責任を負うべきメディア、特に新聞が、安倍首相から「メディアはもっと勇気をもて」と煽られているような情けない状況を脱し、覚悟を決めて暴走する安倍政権と対決する姿勢を明確にすることである。軍事優先の国ではメディアの生きる道はないという歴史の教訓を忘れないで欲しい。一方NHKは言論機関ではないので、独自の主張を打ち出すことはできないが、民主主義国家のあり方について今ほど国民の関心が高まっている時はないから、徹底的な議論の場を提供してもらいたいと思う。国民に考える場を提供し、国民を結びつけるのは公共放送の重大な使命なのである。(マイケル・サンデル)

 第三の手段として、憲法の番人としての司法の役割に期待したいところだが、日本には憲法裁判所がない。その代り、最高裁判所に違憲立法審査権が与えられているのだが、これが一向に機能していない。かつて、「警察予備隊(自衛隊の前身)違憲訴訟」とうのがあったが、最高裁は具体的な事件にかかわる訴訟ではないとして門前払いを食わせた。また、「砂川事件」以後の具体的事件についてはいわゆる「統治行為論」を持ち出して政府の裁量権を無制限に認め、違憲立法審査の役割を放棄している。これでは民主主義を担う手続きとしての三権分立は成り立たないと私は思うが、今のところどうしようもない。憲法改正では、違憲立法にかかわる憲法81条の改正も重要課題だと考える。

 従って、民意を全く反映していない違憲もしくは違憲状態とされる国会が、機能しないのなら、安全保障関連法案を廃案に追い込むためには、カウンタ―デモクラシーの力が必要になる。国連憲章の集団的自衛権についても、最高裁の砂川事件判決にしても、更には歴代法制局長官の憲法解釈にしても、安倍政権と自民、公明の与党が、みずからに都合のよい部分のつまみ食いや、牽強付会な解釈など手前勝手な説明に終始していることにいらだちを募らせている国民が多いことは各種の世論調査から明らかである。NHK,朝日新聞、毎日新聞の世論調査では、安倍内閣の不支持率が支持率を上回った。安全保障法案については、ほとんどの調査で「審議は尽くされていない」が多数を占めている。そもそも11の法案を一括して審議するという乱暴なやり方に問題があったのだ。いくら審議時間をかけても、国民が理解することは不可能だろう。

 戦争を体験し、敗戦によって目覚めた私たち世代の人間には、このまま座視すれば、悔いを千載に残すだろうという思いがある。 私の知人に小学生の頃学童疎開を体験した元小学校の校長先生がいる。「4人の孫たちが戦争に駆り出され、殺したり、殺されたりするようなことのない平和な時代を残してやることがせめて祖父としての責務のようの思う」と既に何回も国会デモの参加している。国会デモの映像を見る限り、年配の人達が多く、自分が銃をとることになる青・壮年の参加者があまりいないように見受けられる。デモに参加すれば、否応なく、自分が何故ここに立っているのかをより深く考えざるを得なくなる。私は先日86歳になった。55年前の夏、安保反対の国会デモを取材し、生涯のテーマを決めるような体験をした。デモ隊の激しい投石と警官隊の催涙弾が飛び交う中で、同胞相打つ悲劇を深く心に刻んだ取材チームの大方は既に世を去った。老残の身でデモに参加できないことが口惜しいが、安保闘争の時のような荒れ狂うデモではなく、静かで、しかし決然としたカウンター・デモクラシーとしてのデモが国会を取り巻く映像を見て、冥途の土産にできたらと思う。

 ピンチはチャンスでもある。カウンタ-・デモクラシーの高揚によって、違憲国会の暴走を阻止し、独善的暴走政権を退陣に追い込めれば、占領軍に与えられた民主主義が、本当に国民のものになるチャンスにかわるかもしれない。(M)

* deja-vu : 既視感
* counter democracy:代議制民主主義の不備を補うもの
* 「公共放送の未来を考えよう」:マイケル・サンデルの白熱教室 (2015-5-23)
* デモで政治は変わるのか: 朝日新聞世論調査(2011-12-30)
  「デモに政治を動かす力があると思うか」「ある 44%」
* 社会を変えるには: 小熊英二 講談社現代新書 

* 次回は、< 「いのち」使い捨て社会からの脱却 > 8月1日(土)

21世紀を生きる私たちの課題は、平和な世界を作るために、文化の違いや衝突を乗り越えて、各人がいかに多くの人たちと隣人となれるかを問われていると思います。その道はたぶん多くの選択肢があり、どの道を選んでも平坦ではありませんが、その目標を目指して前進しなければ、遅かれ早かれ、人類は滅亡の危機に瀕することは明らかです。前途に希望を失う人が多くなったら、もう滅亡は目前に迫っています。もはやそういう事態が刻々と近づいているという人もいますが、筆者などはまだ諦めるのは早い、人間が神から与えられている最善のものを引き出すことによって、前途に光明を見出すことができると考えています。

現在の世界を眺めてみると、至るところに民族や国家の対立があります。そしてその根底には、たいてい、文化の違いがあります。中には、人間たちが本気で殺し合いをしている地域もあります。第二次大戦で負けた後、私たち日本人は予想外の展開で平和憲法を手にし、それから70年間、かつてない平和を享受してきました。そういうわけで、戦後に生まれた日本人の多くは、戦争における殺し合いの悲惨さを経験していません。ですから、世界各地で行われている紛争や地域戦争が、自分とは全く関係のない遠い国の出来事のようにしか見えないのでしょう。そんな若者の中には、戦争を実際に経験してみたいと思う人も出てくる始末です。本気というよりも、ゲーム感覚なのかもしれません。そういう国民の平和ボケのスキを突いて、平和憲法を改訂して再び戦争のできる「普通の国」にしようとしているのが現在の安倍政権です。

最近、イアン・J・ビッカートン著『勝者なき戦争―世界戦争の200年』(高田馨里訳 大月書店)という大きな書物が刊行されました(注)。この本で著者は最近200年間に起きた戦争を精査し、それらが関係諸国にもたらした結果を歴史的に評価しようとしています。彼の結論は、歴史上のいかなる戦争も、得られる益よりも失う犠牲のほうが大きいということです。日露戦争では日本が勝利したことになっていますが、賠償金も領土の割譲も期待したほどのものではなく、国民は大いに失望しました。しかし大国ロシアに勝ったということで、日本の軍部は自分の力についての誤った自信を持つようになり、それがその後の国策の決定に大きな影響を与えました。あげくの果て、世界を相手にして戦うという、愚かな戦争にのめり込むことになったのでした。

そして第二次大戦は、ドイツと日本の敗戦によって終わりました。しかし負けたはずの両国は、愚かな戦争を引き起こしたことを反省し(ただし反省の仕方はかなり違う)、ひたすら低姿勢を貫いて平和を保ち、黙々と自国の再建に励んだ結果、今や世界でもっとも繁栄する国家の仲間入りをしました。一方、勝ったはずの米英や他の連合国は、この70年間、どう見ても勝者の繁栄を享受してきたとは思えません。特にアメリカは、第二次大戦後も次々に戦争に従事しました。ベトナム戦争ではひどい目に遭いました。イラク戦争はどう見ても大失敗でした。そして今や、かつての戦勝国アメリカにはもはや世界の混乱を止める力もなく、自分の身を守ることで精一杯のように見えます。戦争は誰が考えても愚かな解決手段です。それは常に解決よりも混乱をもたらします。それでも戦争が止むことがないのは、戦争によって利益が得られる者、また得られると信じる者がたくさんいるからです。

戦争で利益を得る者、また得られると信じている者が存在する限り、戦争は無くなりません。世界の人々が等しく繁栄を享受し、真の平等が達成されれば戦争は無くなると考えている人がいます。しかし現実には、そのようなユートピア的世界が近い将来に創出されることがあるとは考えられません。一部の人々が経済的に繁栄を誇る一方で、そこから落ちこぼれる人々が多数存在することは、事実として認めざるを得ないのです。そのような不平等をできるだけ縮小するよう努力することはもちろん重要ですが、それだけで戦争を無くすことはできません。戦争を無くす運動は、絶対に戦争をしないという国や地域を創設するところから始めるのが現実的です。スイスは永世中立を宣言し、それが国際社会で認められています。EUは戦争を放棄したわけではありませんが、かつて敵対していた国々が連合して一つの共同体を形成しました。そして日本は、戦後に作られた憲法によって、戦争を放棄することを誓いました。

筆者の考えるところ、日本が戦争に巻き込まれないための条件が三つあります。第一は、いかなる事態に立ち至っても、この国は絶対に戦争をしないと決意することです。そのためには現在の憲法(特に第9条)を保持することが前提です。これが国民的支持を得ている限り、日本が戦争に巻き込まれる危険は小さいと思われます。今の安倍政権がやっているように、戦争好きなアメリカに追随するような安全保障政策を進めるのは非常に危険であり、大局的見地からすると、完全に間違っています。

次に重要なのは近隣諸国との関係を正常化し、互いの歴史や文化を対等な立場で学び合うことです。特に中国と韓国との関係が重要です。その外交関係が最近非常に険悪になっているのは非常に憂慮すべきことです。これが現在のように悪化したのにはいろいろな原因があるのでしょうが、最大の原因は安倍首相の「戦後レジームからの脱却」という選挙標語から来ています。これを聞いた中国と韓国は、日本の首相が先の日本による侵略戦争を正当化しようとしていると感じたのです。当然のことです。そして首相の靖国神社参拝という行動がそれを裏付けるものと捉えました。戦争の傷跡は70年では完全に癒えていません。今も戦時中のつらい経験や事実が明るみに出ています。まだまだ尽きることはないでしょう。日本国民の大部分はかつての戦争に直接的責任はないかもしれませんが、自分たちが被害者であったというだけではなく、自分たちも日本人として、かつて加害者の立場にいたということをしっかりと認識すべきです。

日本が戦争に巻き込まれないようにするのに必要な第三の条件は、できるだけ多くの日本人が文化の力を身につけることです。そして人間としての普遍的価値を追求し、その価値に基づいた話し合いの文化を築き上げることです。文化の力をつけるためには、以前に述べたように、他の言語と文化の学びが必須です。一人で学ぶことのできる言語や文化の数は限られていますが、これからの時代には、日本人一人ひとりが他の異なる言語と文化を学ぶことによって、世界のより多くの人々と善き隣人となることが求められているのです。

(注)イアン・J・ビッカートン(Ian J. Bickerton)は1938年生まれ、英国ニューサウスウェールズ大学名誉教授で近代史の専門家。『勝者なき戦争―世界戦争の200年』については、作家の島田雅彦が書評をしています。彼はその中に次のように書いています。「アメリカが矛盾だらけの中東軍事介入を行い、実質、タリバンやISなどのテロリスト集団を育成する結果になった今日、戦争は国家間の武力衝突から、テロやサイバー攻撃、経済戦争の形で日常に潜在するものになった。戦争で勝利した国も平和維持のための軍事負担によって滅びたという世界史の法則を顧みれば、どんな国家も極力敵を少なくすることでしか平和を維持できないことは自明である。」(朝日新聞読書欄2015年7月5日)

蟷螂の斧 ⑩ <メディアのいつか来た道>

4.メディアと広告収入

 自民党の若手議員(当選回数の少ない議員)が立ち上げた党内のいわゆる勉強会でメディアを恫喝するような発言をしたことが大きな反響を呼んでいる。発言の内容は次の通り。

○ 大西英男 (衆議院東京16区当選2回 68歳)「マスコミを懲らしめるためには、広告収入がなくなるのが一番。安倍晋三首相も言えないと思うが、不買運動じゃないが、日本を過つ企業に広告料を払うなってとんでもないと経団連などに働きかけてほしい。」
○ 井上貴博 (衆議院福岡1区当選2回 53歳)「福岡の青年会議所理事長の時、マスコミをたたいたことがある。広告のスポンサーにならないということが一番こたえる。」
○ 長尾敬 (衆議院近畿比例区当選2回 52歳)「沖縄のゆがんだ世論を正しい方向へもっていくためには、どのようなアクションを起こすか。左翼勢力に完全に乗っ取られている。」
○ これより先、講師として招聘された作家の百田尚樹は「本当に沖縄の二つの新聞社は絶対につぶさなあかん。」と発言している。

 わざわざここに再録したのは、これらの発言は長く記憶にとどめておく必要があると思うからである。これから先日本が、このような発言を何となく許容するような国になっていくのか、それとも、断固として糾弾する社会になるのかをはかるバロメーターとして役立つのである。

 これらの議員は、国会議員にも言論の自由があると主張している。権力をもつ者の発言が相手を委縮させることがあるにしても、彼らにも「○○新聞はけしからん」とか「あなたの発言はおかしいよ」という権利はあるだろう。ただし、そう思う根拠を挙げなければ、批判された方は反論のしようがない。批判には根拠を示し、それをめぐって論争する。それが言論の自由だ。根拠を示さない一方的な批判は、誹謗、抽象の類だ。

 だが、「広告の出稿に圧力をかける」となると、もはやこれは言論の自由ではなく、恫喝である。暴
力団が暴力を背景に無防備な市民を脅すのと同じレベルの恫喝であり、影響するところを考えれは、更に罪が深い。民主主義の基盤が言論の自由によって保たれていることを思えば、これらの発言は民主主義の敵と言っても過言ではない。東京の外国人特派員が「辞職すべきだ」と言うのも当然だ。自民党はこれらの議員を除名処分にしなければ、言論機関への恫喝や介入を許容する政党だとみなされても仕方ない。民主主義社会の政権政党として当然失格だ。

 私は前回のブログで、「権力が言論の自由に介入する仕組み」のひとつとして、「財界・企業を通じてメディアへの広告の出稿を減らす」という手段を挙げたが、井上議員によれば、それが実際に行われているのである。福岡は麻生副総理兼財務相を当主とする麻生財閥の本拠地で、いち早く再稼働を申請した川内原発を擁する九州電力が地方財界を支配するところである、財界の一部である青年会議所が何のために「広告を規制してマスコミをたたいた」のか言わずとも明らかだろう。

 「広告のスポンサーにならないことが(メディア)には一番こたえる」とこの議員は言っているが、
どの程度真実なのだろうか。

 電通によると、昨年度の日本の広告料は全体で6兆円余り、そのうち、新聞、TV,ラジオ、雑誌などメディア広告は約60%の3兆6千億円だった。内訳は、TV2兆円、新聞6千億円、雑誌2千億円、ラジオ1千2百億円などとなっている。民放TV局の収入は大半をスポンサーに依存しているし、日本新聞協会によると、昨年度の大手紙、ブロック紙、地方紙を含めた、全収入に対する広告収入の割合は四分のⅠちかい。その上、この10年ほどは、インターネット広告の進出によって、新聞広告が全広告量に占める割合は50%近く減少している。メディアの財政にとって広告料はは命綱だ。

 このような事情を見ると、この議員が言っていることは真実に近いと言えるだろう。言論の自由を語る時、必ず出てくる戦争中の信濃毎日新聞主筆桐生悠々は、軍部の戦争政策に反対する論説を書き、在郷軍人達の不買運動に屈したこの新聞社を辞めざるをえなくなった。メディアに対する兵糧攻めという点で不買運動と広告出稿の取りやめは性質が一致する。

 問題の発言があった勉強会(文化芸術懇話会)は安倍首相に近い議員の集まりで、加藤勝信官房副長官も出席している。加藤副長官は安倍内閣の“最高意思決定機関 ”である正副官房長官会議のメンバーで、ほぼ毎日開かれる安倍首相を交えたこの会合で、事実上日本の針路が決まるという(時事通信解説委員 田崎史郎)そのような人物が、”私的な会合(安倍首相)”に何故参加していたのか。当初からこの会の設立にかかわってきたからだ。当然安倍首相の意向を忖度してのことだろう。  

 ところで、在京TV局の広告のおよそ40%が電通の扱いであり、これは世界的にみても例のない寡占状態で、電通の売り上げの半分はTV広告である。このため電通は、スポンサー企業、TV局の双方に大きな影響力を持っている。電通は、“コネ通”とあだ名されるくらいコネ入社が多く、スポンサーである大手企業や広告媒体であるメディアの幹部の子弟が多数入社しているという。こういうもたれ合いの仕組みの中で、恫喝が有効に機能する。冒頭の発言者達は、そのような事情を十分承知したうえで、恫喝しているのだということを知っておかねばならない。  M)

< 参考書籍等 >

* 安倍官邸の正体: 田崎史郎  講談社現代新書
* 平成日本タブー大全: 高橋明良 電通王国のメディア支配  宝島社

* 次回は <メディアのいつか来た道 > 5.いつか来た道へ戻らぬために 7月18日(土)