Archive for 1月, 2016

統計数字の裏に見えるもの ③ 資源の自給率

 調査とか統計の数字は、前提条件に問題のあるものも多いから、そのまま信ずるわけにはいかないが、社会の動きを知る上で欠かせないものの一つではある。今回は、食糧など資源の自給率をとり上げたい。

< 日本の自給率 > 

1.食糧 39%:自給率は1960年には80%近くに達していたが、コメからパン、魚から肉への食生活の変化や、足りなければ輸入すればよいとする政策によって、半世紀で半減した。主食用のコメの生産は毎年8万トンづつ減り続け、800万トンを割った。
2.エネルギー 6% :自給率は1960年には60%だったが、石炭から石油へのエネルギー政策の転換によって10分の1に減った。OECD加盟国34ヶ国中31位。1位はノルウェーで677% アメリカ85% イギリス61% フランス52% ドイツ40%。韓国は18%で30位。
3.水 : 50%以下:日本の年間降水量は1700ミリで世界平均の倍。水は豊富であるかのように見えるが、水資源という点から言うと、大量の食糧を輸入することによって、その生産にかかった水(virtual water仮想水)を海外に依存していることになる。その量は年間600億トンを超え世界最大で、国内の農業用水量より多い。地球の水資源のうち、人間が利用できるのは0.01%に過ぎないから、日本人は世界の水資源を濫費していることになる。

 世界人口の爆発的増加に加えて、工業化による金属、鉱物資源の濫費や有害物質の垂れ流し、温暖化による砂漠化の進行、異常気象による洪水や干ばつの頻発、海に流れ出たプラスチックゴミによる魚類の汚染などが深刻化する中で、日本人の「いのち」の安全保障は大丈夫なのか。

 数年前、私が団地管理組合の役員になった時に新理事長が「子供達がこの団地をふる里だと思うような場所にしたい」と抱負を述べたことに共鳴した。そこで、私は子供達に「窯で炊いた 新米の飯を 脂ののった 秋刀魚の塩焼きで 食わせる」イベントを提案した。それにはまず、市役所に頼んで団地裏の市営公園の毀れかけたベンチのひとつを、各地の防災公園にあるような竈を内蔵したものに改造してもらう。東北の漁協と交渉してとれたての秋刀魚を送ってもらい、それを団地や周辺の住民に売って資金にする。団地のまわりの田んぼの地主と交渉してとれたての新米を分けてもらう。残念ながらこの計画は実現しなかったが、こういうイベントを重ねていけば、成人して団地を出た後も生涯の想い出になるだろうし、さらには若い親達が日本人にとってコメとは何かを考えるきっかけとなるかもしれないと考えたのである。

 人間も動物であるから食わなければ生きていけない。そのことを最も深く骨身にしみて知っているのは我々戦中派だろう。敗戦を挟んで前後数年、私達は飢餓状態の中で暮らした。私の弟達は長野県の松本市郊外へ学童疎開したが、空腹に耐えかねて近所の畑の大根を引き抜き、下半分をかじって飢えをしのぎ、上半分は元のところに埋め戻したという。それを聞いて親父は、遠い親戚を頼り、秋田の田舎へ弟達を再疎開させた。だから私は、「火垂るの墓」で幼い妹を飢え死にさせた体験を描き「飢える子供の顔を二度と見たくない」と訴えた野坂昭如の反戦・平和の原点に心から共感する。その頃の夢は「“銀シャリ”を腹いっぱい食うことだった。亡くなった妹もどんなにそれを渇望したころだろう。

 “大東亜戦争”の最大の目的は、資源の獲得であった。中でも、アメリカの禁輸によって供給を絶たれた石油と鉄の獲得は、日本が軍事大国として生き残るための絶対条件であったのだ。私は中学の入学試験で愛唱歌を聞かれて、「空の神兵」と答え大声で歌って合格した。これは、スマトラ島パレンバンの大油田地帯に侵攻するため日本軍の落下傘部隊が降下した時のことを謳ったものだった。だが、昨年の天皇誕生日の会見で触れられたように、太平洋戦争末期には民間の輸送船がアメリカ潜水艦の餌食となり、保有船舶の9割近い2600隻のが沈められ、6万人を超える船員が海に消えた。その結果食糧や石油、石炭などの輸入が途絶え、国民生活は悲惨なものになっていったのである。

 敗戦によって大日本帝国は、満州(食糧、鉄、石炭)台湾(砂糖、労働力)南樺太(石炭、パルプ)、朝鮮半島(鉱物資源、労働力)を失い一挙に資源小国に逆戻りした。残ったのは戦時中”産めよ増やせよ“で膨れ上がった人口、いわゆる〝人的資源“のみとなった。〝人的資源”は戦争では兵士として動員され、戦後は経済復興のための”産業戦士”として投入された。

 食糧、エネルギー、鉱物資源などは、国の存立に不可欠な資源として戦略物資と呼ばれる。自国で不足した場合に他国に輸出することはないし、時には他国への制裁の手段として禁輸したり輸出を制限したりする。2006年からエルニィーニョの異変で大干ばつ襲われたオーストラリアは翌年の輸出量を半減し、日本では小麦の値段が高騰した。アメリカは昨年40年ぶりに石油の輸出を解禁したが、シェールオイルの増産で余った分を輸出に回したのである。それによって原油輸出に頼るロシアの財政に打撃を与える思惑もあるらしい。中国は尖閣をめぐる対日制裁措置としてハイテク製品に欠かせない希少金属のレアアースの輸出を制限したことがあった。また、ロシアはウクライナをめぐる対立で、EU諸国への天然ガスの供給を停止すると威嚇している。このように自国の都合で戦略物資の輸出が禁止されれば、アッという間に市場から姿を消してしまうことがありうる。

 アラブとイスラエルの争いに端を発した石油危機の際トイレットペーパーが姿を消したのは多くの人が体験したことだが、東日本大震災の直後、スーパーへ行ってみてコメはおろかうどんやラーメンまで主食らしきものの棚はすべて空になっているのを見て驚き、輸入に頼りきっている国では、一旦緩急あれば、こういうことも起こりうるのだということを実感した。

 コメと共に日本人の食を支えてきた水産物についてみると、日本の漁獲量は年々減り続けている。30年前の1300万トン近くから、2012年には500万トン以下になった。秋刀魚は今年、39年ぶりの不漁、イワシ、アジ、サバ、ホッケ、鮭と軒並み減少中で、スケトウダラの漁獲減少でたらこは90%が輸中品である。原因は言うまでもなく乱獲だ。秋田で暮らしたことのある私には、しょっつる鍋の味が忘れられないが、材料のはたはたは、一時絶滅の危機に瀕した。3年間の禁漁や網の目の拡大で、漁獲量は飛躍的に回復したが、近年また減少している。原因は漁民による漁獲量の不正申告だという。水産庁は、一応魚種ごとに漁獲規制をしているのだが、漁業者の声に押されて事実上しり抜けになっているらしい。自分で自分の首を絞める愚を繰りえしていると、取り返しのつかないことになりかねない。そうなれば、国民一般も同罪だ。ノルウェーやニュージーランドが漁業規制に成功して、やがて漁獲量の拡大という好循環を達成したのは、国民一般の支持があったればこその成果だからだ。世界的に魚食が増えており、消費量は50年前の倍になっているが、それでも一人当たり年間消費量は18kgで日本人の3分の1に過ぎない。今後さらに魚食がすすめば、輸入が難しくなることも考えられる。

 近年海洋汚染で問題になっているのはマイクロプラスチックである。毎年少なくとも600万トンのプラスチックが海へ流出し、紫外線や波の力でマイクロプラスチックとなって浮遊しており、特に日本近海の量は世界平均の27倍に達するという。これに微生物や有害物質が付着して魚類に摂取され大型の魚に集積されていく。こうして汚染された魚を食べていれば、先ず日本人の体に悪影響が出てくるものと懸念されている。

 「水の惑星」と呼ばれる地球には14億キロ㎥もの水が存在するが、その97.5%は海水であり、淡水は2.5%に過ぎない。淡水を飲み水として供給されていない人達も多数いる。海水の淡水化施設は中東地域を中心に12500ヶ所に増えているが、それでも世界の取水量の0.2%に過ぎない。船会社を取材している頃、中東へ原油をとりに行くタンカーに屋久島の水を積み込み、現地の水不足の解消に役立てるという話を聞いたことがあるが、その後どうなったのだろうか。それこそ淡水を湯水のごとく濫費している日本にとってせめてそれくらいのことはしてほしいと思う。

 世界の水資源は、人口の増加による未処理汚水の増大やシェールオイルの採掘による汚染などで、利用できる淡水の量はは年々減少しているのに、世界の水使用量は1960年の2兆㎥から2000年には丁度倍の4兆㎥に増えている。水不足はますます深刻になるだろう。

 雪国に生まれ育って雪に苦しめられる人達を見てきた田中角栄は、厄介者の雪を何とか資源として使えないものかと考えていたようだ。彼の選挙区である旧新潟3区に住んだことのある私も、同感だ。資源小国の日本にとっては、このような逆転の発想が必要であると思う。

 目の前の豊かさを求めて自然を破壊し、資源を濫費する社会にどんな未来が待っているのか。
 昨年9月に国連が採択した「持続可能な開発のための2030年アジェンダ」は、毎年13億トンの食糧がムダに捨てられている一方で、2050年までに世界の人口が95億人に達すると、現在の生活様式を保つには、地球が3つ必要になる警告している。(M)

* 次の「統計数字の裏に見えるもの 貧困率」は2月27日(土)に投稿する予定です。

教師はかつて「教えること」の専門家であると考えられていました。ですから、優れた教師とは授業の上手な人でした。しかし最近になって変わってきました。教師は「教えること」よりも「学ぶこと」の専門家であると言われるようになったのです(注1)。その理由にはいくつかあります。

第1に、20世紀の終わり頃から今世紀初めにかけて、世界の学校教育が、教師の授業を中心とする「教えるシステム」から、児童や生徒の学びを中心とする「学びのシステム」へと変化したことが挙げられます。筆者はかつて『子どもの「学びパワー」を掘り起こせ:「学び」を優先する教育アプローチ』(注2)という、先駆的な内容の訳書(原著1970年、訳書2003年)を出しましたが、この本の原著から訳書の出版までの約30年間に、世界における学校教育が「教えるシステム」から「学びのシステム」への大転換がなされたと認識しています。ただし、この点では日本の教育改革はかなり遅れており、現在はまだ大転換の途上にある、または始まったばかりである、と言ってよいかもしれません。とにかく、世界の学校教育はそういう方向に変化してきた、または、変化しつつあることは確かです。

教師が教える専門家から学びの専門家へと転換した第2の理由は、これはより根源的な事柄ですが、現代社会が高度な知識を必要とする社会へと変化したことです。あらゆる知識がより高度になり、複雑になり、流動化してきました。昔の英語の先生は、与えられた教科書の内容を理解し、それを分かりやすく生徒に説明できればよしとされました。筆者が教育実習に行った時代(1950年代)がそうでした。次の授業で扱うテキストの範囲があらかじめ決められており、実習生はその個所を下調べし、どのように授業を進めるかを考え、指導案を作成すればなんとかなりました。もちろん経験不足のためになかなか計画通りにはいきませんでしたが、ほぼ計画通りに進んだときにはうまくできたような気がしたものです。その授業を受ける生徒がどのように学ぶかなど考えたこともありませんでした。これなら自分にも教師が務まるかなと思ったものです。

しかし現在はそうはいきません。教師が理解している知識を生徒に伝授するだけでは授業は成立しないのです。そもそも知識というのは、教師や教科書から与えられてそのまま記憶するものではなく、生徒自身が主体的に自分の中に創り上げていくものだと考えられるようになったのです。たとえば英語の発音は、以前は教師の発音を真似ることによって習得するものだと考えられていました。しかし現在ではそうではありません。真似ることは学びの始まりにすぎず、生徒の側の主体的な活動によって、英語特有の音韻システムを自分の中に創り上げていくものなのです。教師は自分自身が行った発音の学びの経験を内省し、客体化し、その経験的知識に基づいて、それぞれの生徒の学びを側面から援助する役割を持つのです。

単語もそうです。これまで多くの教師は、英語の語彙はひたすら丸暗記するものだという偏見にとらわれていました。自分もそのようにして習得したと誤解していたからです。しかし大切なことは、ただ暗記をすることよりも、どのようにして記憶したらそれぞれの単語が使えるようになるかです。最近の言語心理学の知見によれば、語彙の学びは教師や辞書から得られる出来合いの知識を単に記憶して集積するのではなく、それぞれの生徒が自分の言語経験を通して主体的にその意味や用法を発見し、自分の脳の中に一つの統合的な語彙システムを創り上げていくプロセスだとしています。こういうことが最近の心的語彙システムに関する研究によって少しずつ分かってきました。教師はそのような研究に興味を持ち、自分自身の英語語彙習得プロセスをもっと内省的に精密化することを学ばなければなりません。これまでのように「単語は暗記だ」と言うだけでは、これからの教師は務まらないのです。

英文法に関しては、これまで多くの英語教師がこれに興味を持ち、日本においては他のどの分野の研究よりも成果を挙げてきました。これはおそらく、多くの日本人教師が自分自身の文法的な気づきについて内省に導かれ、その研究成果が英文解釈法や英作文法などの優れた実用的な著作を産み出してきたからでしょう。筆者が愛用した(現在も時々参照することがある)江川泰一郎の『英文法解説』など、初めは受験参考書として執筆されたと聞いて驚いたものです。こういう優れた文法解説書のおかげで、中学・高校にも英文法を教えることを得意とする先生がたが至る所におられます。最近のコミュニケーション優先の教育のおかげで、英文法が授業で日蔭者扱いされている感じがあります。これは残念なことです。もちろん、以前のように文法だけ教えればよいわけではありません。しかし昨今のように、教師の最も得意とする技を封じ込めるのは賢明とは思えません。

そういうわけで、教師が「学ぶこと」の専門家となるためには、自分自身の学びを内省するだけではなく、現在行われている英語の学びに関係する多くの研究分野――たとえば、子どもの言語習得研究、第二言語習得研究、言語心理学、脳科学、コミュニケーション理論など――から学ぶことが必要になります。生徒の学びを適切に援助するためには教師が自分自身の経験を吟味することが重要ですが、それだけでは独善的になりがちです。他の人々の経験からも学ぶ必要があります。その最大公約数的知識を得るには、英語教育に関連するさまざまな分野の研究成果から学ぶのが手っ取り早いのです。教師が知らなければならない知識の量はこの30年間に飛躍的に増大しました。「心理言語学」(psycholinguistics)という学問が生れたのは1960年前後ですが、そのとき「第二言語習得研究」(second language acquisition research)というような研究分野はまだ存在しませんでした。教師が学びの専門家となるためには、とにかく膨大な知識を必要とする時代になっているのです。

(注1)「教える教師」から「学びの教師」への転換について述べている優れた入門書として、佐藤学『専門家として教師を育てる―教師教育改革のグランドデザイン』(岩波書店2015年)があります。これは英語教育に関する本ではありませんが、現在の日本における教師教育全般がいかに早急の改革を必要とするものであるかを明らかにしています。「あとがき」の中で著者は次のように述べています。「・・・日本の教師の学歴水準は世界最低レベル、専門家としての自律性や地位も世界最低レベルに落ち込んでいる。しかも、学校はこれまでになく疲弊し、教職生活は多忙化し、ドラスティックな世代交代により、向こう10年間で日本の教師の4割以上が入れ替わる状況を迎えている。今、改革を実現しない限り、その影響は向こう50年に及んでしまうだろう。本書を執筆した動機はこの切実感にある。」

(注2)原著はCaleb Gattegno, 1970. What We Owe Children: The Subordination of Teaching to Learning. Educational Solutions, Inc. New York. 訳書は2003年茅ヶ崎出版発行で、現在は絶版。

これまで「英語の学びと教育」というテーマで38回まで書いてきました。ここからは、主要テーマは変えませんが、視点を「教師」に移し、主に学校教師をめぐる諸問題に焦点を当てて考えてみます。

母語の学びに関しては、子どもは育ての親を中心とした自然発生的なコミュニケーション・サークルの中で、かなり自動的に習得がなされます。最近の言語習得理論では、子どもは大きな生得的な言語習得能力を所有していると仮定されています。そこでは「教師」という公的な役割を持った特定の存在は不要です。それでもほとんどの子どもは、最初の数年間で、母語の基礎を獲得することに成功します。これに対して母語習得を終えた後の新しい言語の学びにおいては、子どもも大人も共に母語における生得的習得能力をほとんど失ってしまうので、かなり人工的な教育環境の下で意識的な学びを余儀なくされます。そこでは多くの場合、指導する教師が重要な(場合によっては決定的な)役割を演じることになります。

わが国においては、現在、ほとんどの国民が8年以上の英語教育を受けることになっています。すなわち、小学校5年生から「外国語活動」という名の授業で英語が教えられ(やがては小学校3年生からとなるらしい)、中学校では英語が必修科目となります。ここまでは義務教育ですが、続いて大部分の中卒者が進学する高校でも、英語が主要科目として学ばれます。これで英語学習歴8年になります。さらに、高校卒業者の約半数が進学する大学においても英語の学びは継続します。かくて日本人成人の多くは、8年またはそれ以上の歳月にわたって英語を学ぶことになります。にもかかわらず、これまでのところ、多くの人々はその努力の末に得られる結果に満足していません。「聞く・話す・読む・書く」のいずれの技能においても、実用の観点からはほとんど使い物にならない、中途半端なところで終わってしまうからです。しかも、小学校での英語の学びにどれほどの効果があるかはまだ分かっていません。

このような結果が産み出される要因は何なのかについては、これまでいろいろと議論されてきました。たとえば、日本語とそれに基づく固有の日本文化が英語の学びの障害になっている、という議論があります。そもそも日本は島国で、長い間鎖国をしていたために閉鎖的な国民性が身についてしまっている、というのもあります。また教育制度に欠陥があるという議論もあります。第二次大戦後にアメリカ教育使節団の勧告に従って発足した6-3-3-4の制度がうまく機能していない、もっと柔軟な教育制度に変えるべきだというのです。今の制度では子どもたちは中学受験、高校受験、大学受験という相次ぐ受験戦争に巻き込まれて、落ちついて本来の学びに専念するいとまがない、というのです。そういう声に応じて、すでに報道されているように、小中一貫校や中高一貫校が全国に多数設置されつつあり、受験生と父母の人気を集めています。

また当然のことながら、日本の英語教育の内容と方法が時代の要求に合致していないという議論があります。特に高校の英語授業には、明治以来の文法訳読法(Grammar Translation Method)を中心とした英語教授法がいまだに根強く生き残っています。英語教師の中には、今もこの伝統的教授法を積極的に支持する人も少なくありません。これが本当に時代遅れの「悪しき伝統」なのかどうかは議論のあるところですが、話し言葉を中心としたコミュニケーション能力の育成を目指す現代の英語教育からは敬遠されることになりました。旧文部省および現文科省は先頭に立って「コミュニケーション能力」を育成するという目標を掲げて、訳読法を英語の授業から一掃しようとし、学習指導要領の改訂ごとにその意図を鮮明にしてきました。

しかし何もかもが文科省によって決められているわけではなく、実際の指導における教師の裁量は決して小さなものではありません。子どもの学びに直接かかわるのは教師であり、文科省がどんなに細かく教育内容を指定しても、学校で実際に行われる授業を完全に支配することは不可能です。たとえば、前回改訂された高等学校学習指導要領において、「授業は英語で行うことを基本とする」という文言が挿入されて侃々諤々の議論をよびました(注)。しかし常識的に考えて、これを文字通りに授業で実践するのは容易ではありません。その使用の範囲と程度は授業の目的によって異なるものであり、一概に決められるものではないからです。授業でどのように英語を使用するかは、指導する教師が考えるべき問題です。そもそもこのような指導の細部に関する事項を学習指導要領で規定しようとするのは無理なことです。この文言には文科省の焦りが感じられます。

授業がどのように進められるかは基本的に教師の手の中に握られています。生徒にとっては、どんな教師にどのように教わるかは、英語習得の決定的要因となる可能性があります。それだけに教師の責任は重大です。よくあることですが、教師の中には「発音には自信がない」と平然と言う教師がいます。むしろそのように告白する教師は良心的な人で、自信がないのにある振りをする人のほうが悪質かもしれません。すでに本ブログで述べたように、日本人の英語発音がネイティブの発音と違うことは一向にかまいません。世界に広く通用する発音であればいいのです。しかし中学校や高校の英語教師が自分の発音に自信がないというのはあってはならないことです。そういう人は生徒に英語を教える資格がありません。ただし付け加えますが、全ての人はどのような言語の発音でも、努力すれば、自信が持てる程度のレベルに達することは可能です。そのように努力することは教師の責任です。

(注)「授業は英語で行うことを基本とする」という学習指導要領の文言は次のコンテキストで使われています。

「4.英語に関する各科目については、その特質にかんがみ、生徒が英語に触れる機会を充実するとともに、授業を実際のコミュニケーションの場面とするため、授業は英語で行うことを基本とする。」(2009年3月9日文部科学省告示による改訂高等学校学習指導要領 第3款 英語に関する各科目に共通する内容の4)