Archive for 5月, 2015

「多文化の中に生きる」と言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、グローバル化した現代においては、私たちは否応なく多文化の中に生きています。まず私たちの生活の基盤である衣食住を考えてみましょう。皆さんは日本の伝統的な衣服である和服を着ることがありますか。学校の教師をしていたときには、私はたいてい洋服(背広にネクタイ)でした。和服を着る必要はまったくありませんでした。停年になってからはジーパンにTシャツを基本にしています。時々背広を着る必要が生じますが、とても面倒に感じます。

食についてはどうでしょうか。わが家の朝食はいつの頃からかパン食になって、ご飯に味噌汁という伝統的な朝食は消滅しました。昼食と夕食はたいてい家で作りますが、和食あり、洋食あり、中華ありで、その時の気分で何でもありです。半分くらいは伝統的な和食にしますが、時にはそば、うどんなどの麺類にしたり、スパゲッティー、マカロニなどのイタリア風パスタにしたり、たまにはステーキを焼いたり、朝鮮料理の焼き肉にしたりという具合で、まことに多文化的です。住宅はもともと和風の家だったのですが、三度増改築したために現在では畳の部屋は一つもなく、外見は和風ですが、中身はほとんど洋風ということになってしまいました。

現代の日本社会では、衣食住に関しては非常に多様になりましたが、他の分野ではどうでしょうか。日本は真に多文化を享受している社会だと言えるでしょうか。いちばん難しいのは、自分たちと異なる文化を持つ外国人との共生の問題です。日本人はそういう人々と仲良く暮らしているでしょうか。日本は全般的に、外国人にとって暮らしやすい国でしょうか。日本に住む外国人にとってどのような壁があるのでしょうか。

日本は単一民族の単一文化であると考えている日本人は案外に多いようです。農村の一部にはそういう古来の伝統を重んじる生活が今も残っているのかもしれませんが、都会では多くの人々は多文化的な生活をしており、周りにはいろいろな外国人が住んでいます。そもそも日本人は、単一の民族から成り立っているのではないようです。この東海の島国には、西に横たわる広大な大陸と南の海に点在する無数の島々から、いろいろな人種や民族や部族が移住してきて混じり合い、長い年月を経て現在の日本人になったと考えるのは自然なことです。国語学者の大野晋(1919―2008)が、かつて、日本語は南インドのタミル語と深い関係があると主張して研究者たちを驚かせましたが、遠く縄文時代や弥生時代までさかのぼれば、タミル語が稲作文化と共に日本に入ってきたと考えるのは、さほど突飛なアイディアではないように思われます。

現在の日本人の民族的構成はどのようになっているでしょうか。近年、多数の外国人が日本に住むようになっています。法務省のデータによれば、平成25(2013)年度末における在留外国人数は、中長期在留者数が169万3,224、特別永住者数が37万3,221で、これらを合わせた在留外国人数は206万6,445人となります。国別では中国から66万8千余でいちばん多く、次に韓国・朝鮮の54万2千余、以下ブラジル、フィリピン、ペルー、米国、ベトナムと続きます。ちなみに在留外国人(人口100人あたり)の全国平均は1.63人で、1位の東京は3.07人です。これらに短期の外国人滞在者(「来日外国人」と呼ばれる)を含めると、当然のことながら、その数はもっと多くなります。

日本の総人口から見て、在留外国人の数はさほど多いとは言えないかもしれません。しかし総人口1億2千600万に対して200万余というのは、その人たちの存在を無視することはできない数です。日本の人口がすでに減少しはじめ、その減少速度が次第に増すことを考えると、これからさらに多くの外国人が定住してくることは確実です。むしろ、外国人の存在なしには日本の社会が成り立たなくなっています。そのような人々との文化的摩擦を軽減し、友好的かつ平和的な関係を創り上げて行くことは、日本を安全で住みやすい国にするために非常に重要なことです。

単なる観光目的ではなく、中長期にわたって日本に住む外国人にとって重要なことの一つは、基本的人権が保障されていることです。この点で日本の法律は不完全のそしりを免れません。たとえば参政権に関しては、在日外国人には国政選挙だけではなく、地方選挙にも投票権が与えられていません。「OECD加盟30カ国およびロシアにおける外国人参政権」を調査した資料によると、国政の選挙権を認める国はごく僅かしかありませんが、地方選挙権をまったく認めないのは日本だけです(注)。これは民主主義国の国民として恥ずかしいことです。外国人を国や地方の政治からいっさい排除するなどという考えは、他の民主主義国では考えられないことなのです。

そして何よりも大切なのは、日本に住む外国人たちが直面するであろうさまざまな壁をどのようにして取り除くかについて、もっと多くの日本人が関心を持つことです。そうすることによって、その人たちと共に仲良く生きることができる社会を創り上げていくことです。それは時に日本の文化と他の文化との葛藤の中から苦しみながら生れてくるものであるかもしれません。質を異にする文化が出逢うとき、そこにはかならず軋轢が生じ、それを克服するために多大のエネルギーを必要とするからです。しかし日本の国土とそこに住む人々を愛する私たちは、そのような葛藤から逃げるのではなく、それらに積極的に関わって克服していくことが重要です。優れた文化は新しい文化を創り出すパワーを持ちます。次回にはそのような文化のパワーについて、いくつかの例を上げて考察します。

(注)ここでふれた外国人参政権に関する資料は、田中宏『在日外国人―法の壁、心の溝 第三版』(岩波新書2013)によります。著者の田中宏は、この資料について次のようにコメントしています。「日本の少子高齢化の進展は着実に進み、人口減少時代を迎えている。外国人の存在なしには社会が成り立たなくなりつつある。今まで自国民中心主義の社会、外国人を疎外する社会から、外国人、民族的マイノリティとの共存、共生を育む社会に舵をきらねばならないのである。日本が地方参政権を開放すれば、玄界灘をはさんだ東アジアの一角に、“EUの卵” が生まれることになる。」(261頁)

蟷螂の斧 ⑦ < メディアのいつか来た道 >

1. 翌朝の社説に思う                 

 安倍首相のアメリカ議会での演説の翌朝、私は、近くの駅で、朝日、毎日、読売、日経、産経、東京それに地元紙の神奈川新聞の朝刊を買ってきた。各紙の受け止め方、特に社説が、昨日の演説の中で私が前回のブログで問題だと指摘した”安保法制を今年の夏までに成立させる“と約束した点について、どのように論評しているかを知りたいと思ったからだ。

 翌朝の社説で、首相の議会演説を取り上げたのは、朝日、読売、日経、産経の4紙で、毎日は「大学病院の処分」「NHKクロ現」の2本立て、東京は「憲法を考える」、神奈川新聞には社説とおぼしき欄はなかった。

 驚いたことに、”夏までに成立“の問題に触れていたのは朝日新聞と産経新聞の社説だけで、朝日の社説は「痛みによりそう言葉を」という見出しで、「国会審議が始まってもいない安保法制の”成就”を約束する前に、沖縄県民への謝意や思いやりを米国民と分かち合おうという気持ちは、我が国の指導者にはなかったのだろうか」と述べ、産経の社説は「大きな約束には裏付けも必要だ。首相は安保法案を夏までに成立させることを表明した。法案が整う前から、他国へそういう約束をすることへの批判が日本国内にあるが、首相は国民の理解を得ながら、断固として信念を貫いてほしい」とエールを送っている。つまり、この発言を真っ向から批判する社説は、全く見当たらなかったのである。

 安倍首相の議会演説についての本記は、既に前日の夕刊に報じられているから、朝刊では、各紙ともかなりのスペースを割いて評価を載せており、朝日、毎日、東京は、中国や韓国の反応を中心に評価が分かれていると伝え、読売、日経、産経は演説を高く評価している。そして、”夏までに成立させる”と述べた点については、自前の記事は全く見当たらず、野党が一斉に反発しているとして、野党に語らせているのだ。

 新聞が言論機関であるならば、国の根幹にかかわる重要な問題については、社説で新聞社としての態度を表明すべきだろう。この点はNHKについては異なる。NHKは報道機関であって、言論機関ではない。したがって、意見の対立する個々の問題につてNHKとしての態度を表明することは放送法や国内番組基準によって事実上禁じられている。もちろん、それでも、工夫すればできないことはない。 翌朝の「社会の見方・私の視点」では、政府の21世紀懇談会の委員である同志社大学長が、安倍演説を礼賛したが、次の日には福山大学教授が、国民無視、国会軽視については、明確に批判していた。

 私は新聞の社説がどのような手順で書きあげられるのかよく知らないが、それを推測する手がかりはある。前にも引用したことがある丸谷才一の長編小説「女ざかり」である。この小説は、ある大新聞社の新任のMという女性論説委員の”筆禍”事件を取り上げたもので、新社屋の敷地の獲得で政府の世話になったこの新聞社の社長は、この論説委員をクビにすることで決着をはかろうとする。この新聞社で論説のテーマを決める手順は次のように描かれている。

 論説委員長が「では早速で恐れ入りますが、明日の社説は新任の方にお願いしましょうか。第一論説はU君、第二論説はMさん」と執筆者を指名する。Uが「書くこと用意してないですよ」と言うと、委員長と副委員長がどうやら示し合わせてあったらしく、「選挙違反なんかどうだろう。今月は地方選挙も多いし・・・みんなが手伝うから」と決められてしまった。手伝うというのつまり放談することで、
それから約1時間、論説委員たちは選挙違反について、いろいろのゴシップ、支局勤めの時の体験談、どこかの大学教授の受け売りらしい政治言論的考察、評論家から仕入れた警句、政局展望など多種多様な意見を語り合い、談笑し、Uはそれをせっせと書きとめた。やがて誰かが言った冗談に大笑いした委員長が、「ま、こういうのを参考にして、自分の意見を中心にしてまとめるんだよ。U君」と言った時この件は終わった。これを読んで、某大新聞の論説委員は、「これはわが社のことのようだが、よく取材しているなア」と感心したそうだから、社説の論題は大たいこういう風に決まるのだろう。

 だとすれば、安倍首相の米議会演説での国民無視、国会軽視の発言が話題にならなかったはずはないだろう。しかし、大方の新聞の社説は、そればネグった。何故なのか。取り上げるほどの問題だとは考えなかったのか。或いは、政府側との真っ向からの対決をさけたのか、または、政府広報紙と揶揄される新聞のように、首相や官房長官の「成立の時期を明確にするのは当然」という理屈に同調したのか。各紙とも、紙面の他のところで、この発言に対する野党の反発をかなり大きく伝えているから、問題意識はあったはずだ。

 アメリカ議会での演説の後、安倍首相は、対米言質について、内閣記者会との会見と、「安保法制」に関する法案の国会提出に当たっての趣旨説明で、「今まで通常国会で成立させると何回も言ってきた。それをアメリカ議会で繰り返しただけだ。」と述べて正当化し、国民には国会を通じて十分説明すると述べた。これはまさに語るに落ちたというべき詭弁であり、こんなことが許されるなら、国民主権も、3権分立もあってなきものとなる。国民はどうしてもっと怒らないのだろうか。

 ところで、安倍首相は演説を通じて日米の一体化を強調し、最後に“日米の希望の同盟は、一緒なら必ずできる”と結んだ。私はこの演説を聞いていて、彼の政策の根底にある「戦後レジームからの脱却」とどう結びつくのかと考えざるを得なかった。日本の「戦後レジーム」は、憲法をはじめ、財閥解体、農地改革、労働3法の制定など国の要となるレジームは、事実上ほとんどがアメリカ占領軍によってつくられたものだ。そこから脱却することと、アメリカと一体化することが、どこでどう結びつくのか。その上、先日の党首討論では、日本の戦後を規定したわずか13条の「ポツダム宣言」さえ、よく読んでいないと公言した。戦後日本の出発点である「ポツダム宣言」を本当によく知らないのであれば、どこから脱却してどこへむかうというのだろうか。(M)

< 参考書籍等 >

* 安倍首相のアメリカ議会演説  ユーチューブ
* 2015-5-1  各紙朝刊
* 放送法  
* NHK国内番組基準
* ポツダム宣言
* 女ざかり : 丸谷才一  文春文庫

○  次回は <メディアのいつか来た道> 2.メディアが煽った戦争への道 (6月6日)

文化と関連して、現在世界の多くの地域で問題となっている「人種(的)差別」(racial discrimination, racism)について考えてみましょう。人種は文化とも関係がありますが、両者は同じものではありません。人種というのは遺伝的に決定されているもので、人間の努力によって変えることはできません。それに対して文化は、人間集団の意志によって変えることができるものです。多くの文化は、長い時間をかけて人々が作り上げてきたものですから、一朝一夕に変えることはできないかもしれません。しかし辞書の定義にあるように、文化は「特定の時期の特定の人間集団によって作られた習慣、信念などの人間による思考の産物」(LDCE)ですから、その集団の意志によって変えることは決して不可能ではありません。

人種差別とは、「異なる人種に属する人々を嫌ったり、不公平に扱ったりすること」(dislike or unfair treatment of people who belong to a different race)と定義されます。人種差別は長い歴史を持っており、現在も多くの地域で紛争の種となっています。その典型的な例がアメリカ合衆国に見られます。そこでは白色人種が各種の特権を享受していて、アメリカ原住民を含む有色人種や、かつて奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人に対する偏見は、一部の(と言うよりも、かなり多くの)白人の中に今も抜きがたく残っています。とりわけ黒人は、白人から、劣った人種だという偏見の目をもって見られています。こうした偏見と差別との闘いは壮絶をきわめました。そして今もなお続いています。合衆国における黒人の差別撤廃に向けての概略の歴史は次のようです。

まず南北戦争を機に、1865年、連邦政府が奴隷解放を宣言しました。しかし連邦憲法が修正され、制度としての奴隷制度は廃止されましたが、その後もそれに従わない州がいくつもありました。また、アフリカ系住民の投票権を制限したり、乗合バスで白人との同席を禁止したりする不合理な法的差別が公然と行われていました。1950年代になって、黒人の間にこうした人種差別に対するボイコット運動が生まれ、しだいに広がりを見せ、1963年のワシントン大行進へと発展しました。そしてついに1964年、公民権法が成立し(注1)、これによって黒人差別の問題は法的に大きく前進しました。この運動の先頭に立ったのは、かの有名なキング牧師(Martin Luther King, Jr. 1929-68)でした。

しかしそれで黒人の闘争は終わったわけではありません。キング牧師は1968年、テネシー州のメンフィス(Memphis)で凶弾に倒れ、それを機に全米168の都市の市街地で暴動が起こったと言われています。そしてそれから約50年を経た今日、かつてのキング牧師の時代のような統一された黒人闘争は見られなくなりました。それに代わって、全米各地で散発的に起こる警官による黒人の射殺事件や暴行事件がしばしば報道されるようになりました。今年4月4日には、サウスカロライナ州のノースチャールストン(North Charleston)で、武器を持たない黒人を白人警官が背後から銃で射殺するという事件がありました(その様子は、たまたま近くにいた人がスマートフォンのカメラで撮影していました)。そして同じ4月12日には、メリーランド州のボルチモア(Baltimore)で、警官による黒人の暴行殺人事件が起こりました(注2)。これらの事件をきっかけに、現在、黒人差別に対する抗議運動が全国的な広がりを見せています。

このように、黒人の人権差別問題はキング牧師の死後も延々と続いています。2009年には史上初めての黒人大統領が誕生し、表面的には黒人への差別はかなり改善されたかのように見えました。しかし多くの白人の意識の中には、黒人への強固な偏見がまだ根強く残っていることを否定することができないようです。そのことだけではなく、その背景には黒人たちの失業と貧困という社会問題が横たわっています。そのことが黒人への偏見をさらに強固なものにします。そういう要因が重なって、警官による黒人の不当な逮捕や暴力が繰り返され、それに対して不満をもつ黒人たちが市街地を略奪するという悪循環を引き起こしているのです。

では日本での人種差別はどうでしょうか。そういう種類の差別は日本には存在しないでしょうか。たしかに合衆国のような人種差別というようなものはないようです。しかし人種という概念をもう少し広げて、それを民族や国民にまで拡大すると、そのような人々に対する偏見と差別は日本にも厳然として存在します。日本の場合は「人種差別」と言うよりも「人種的差別」です。いちばん顕著な例は朝鮮民族に対する偏見と差別です。最近大きな問題となっている在日朝鮮人に対するヘイトスピーチがその典型的な例と言えるでしょう。それは明らかに言葉による暴力です。なぜそのような暴力的発言がほとんど無制限になされるのでしょうか。ひとつには、日本ではこれまで法的な規制がなされてこなかったからです。しかしそれだけではありません。

その詳細な議論は次回に回すことにして、ここでは重要なことを一つだけ挙げます。その暴力は、これまでの日本の学校教育が、日本と朝鮮半島との交流の歴史をきちんと教えていなかったことが一因です(注3)。ですから、人々はヘイトスピーチが間違っていると感じても、なぜ間違っているのか、どこが間違っているのかを論理的に説明できないのです。教育は、望ましくない文化を望ましいものに変えることのできる、ほとんど唯一の武器なのです。

(注1)この1964年公民権法は11の個別の法律がまとめられたもので、公共の施設における人種隔離の廃止、公立学校での人種隔離と差別の排除、連邦政府との契約のもとで行われる事業での差別撤廃と差別を是正する措置などが定められており、公民権運動の10年間の成果を集大成する重要なものです。しかし、選挙権や住宅に関する差別、黒人に対する経済的な差別に関しては言及されていません。(辻内鏡人/中条 献著『キング牧師—人種の平等と人間愛を求めて』岩波ジュニア新書1993による)

(注2)今年4月12日、Freddie Grayという25歳の黒人が、手錠をかけられてボルチモア警察のパトカーに乗せられた。それから1時間足らずして出て来たときには、脊髄がひどく損傷し、昏睡状態であった。ところがボルチモア警察は、事件後2週間以上、Grayがなぜそのようなことになったのかを明らかにしなかった。Grayの葬儀が行われた4月27日の夜になって、市街地に暴動(放火、略奪、投石など)が起こった。その後黒人による同様の暴動がアメリカの都市部に広がっている。ボルチモアでは黒人に対する警官による残忍な暴力行為が頻発しており、2011年から2014年までの4年間に、100人以上の犠牲者が出ているという。(Time May 11, 2015 による)

(注3)師岡康子『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書2013)は、人種差別を撤廃する教育の重要性を強調して次のように述べている。「これまでの学校教育は現代史を軽視し、侵略と植民地支配の加害の歴史をほとんど教えてこなかった。朝鮮半島の出身者とその子孫が数世代にわたり、なぜ日本に住まざるを得なかったのかという歴史的経緯さえ、日本社会の共通認識となっていない。これでは旧植民地出身者に対する差別がなくなるはずがない。」(203頁)

蟷螂の斧 ⑥ < 安保法制の不可解 >    

 安全保障法制(安保法制)について連立与党の自民党と公明党が合意し、近く閣議決定されて連休明けの国会に法案が提出されることになった。安倍政権は国会での圧倒的多数を背景に、夏までには成立させるとアメリカに約束したが、安保法制をめぐっては不可解な点が多すぎる。不可解とは、広辞苑によると、複雑または神秘的すぎて「わけがわからないこと」「怪しいこと」となっているが、安保法制はほとんどの国民にとって「わけがわからない」だろうし、ここに至る過程については多くの国民が「どこか怪しい」と感じているのではないか。今後の国会審議やメディアの報道によって安保法制をめぐる不可解がどれだけ解消されるのか。私の疑問点やおかしいと思う点を記して参考に供したい。真実は細部に宿るというから、細部を検討することも必要だが、同時に細部にこだわることで、「この国のあり方」という大局的な判断を誤ることのないよう自戒している。
* ( 2015−4−19 NHK世論調査 政府は集団的自衛権を容認した理由についてこれまで国民に十分説明していると思うか 十分説明している 2%  或る程度説明している 30% あまり説明していない 49%  全く説明していない 12% )

 新聞報道によると、安保法制についての政府提案はおおよそ次のようなものになるらしい。
1. 集団的自衛権の行使の新事態(存立事態)の新設・・・いわゆる“客観的基準なき”3要件
2. 周辺事態の「周辺」を抜く抜本改正・・・いわゆる“地球の裏側まで”
3. 他国軍の後方支援についての恒久法の新設・・・ いわゆる“いつでも出せる”
4. PKOの武器使用の緩和・・・個人の正当防衛から部隊判断へ、つまり“武力衝突”
5. 海外での自衛隊による邦人救出・・・北朝鮮有事を想定
6. 日本周辺以外での船舶検査・・・相手が抵抗したらどうなる
7. グレーゾーン事態で米軍以外の艦船防護・・・オーストラリア軍などを想定

先ずは、安全保障法制の必要性と目的について説得力のある説明がなされるかどうか。
 
安倍首相は今国会冒頭の施政方針演説で「国際情勢が激変する中で、国民の命と幸せな暮らしは断固として守り抜く。そのためにあらゆる事態に切れ目のない対応を可能にする安全保障法制の整備を進めていく」と述べている。つまり、国際情勢が激変したから、このままでは国民の命と暮らしは守れない。よって、万全の法整備を行うということだろう。

そこで、私は、先ず、

○ 国際情勢は本当に激変したのか
○ 激変したとしたら、何時から、何が、どう変わったのか 
○ その要因は何なのか
○ それが、日本にどんな影響を与えたのか、また与えるのか。 
○ 日本(政府)自身はその激変にどうかかわってきたのか
○ 国際情勢の激変という言葉で国民の危機意識を煽っているのではないか
○ 日米両政府はTPPがアジア太平洋地域の安全保障の一環であることを認めているが、安全保障法制とはどのような関係にあるのか。中国が設立を主導したアジアインフラ投資銀行との関係はどうなるのか。貿易摩擦が太平洋戦争を惹き起こすことになった歴史を忘れてはならないだろう
○ 以上を含め、今後の対中国政策をどうするのか。つまりは、アメリカと一体になって中国を封じ込めようとしているのではないか。

などについて根本的な議論が聞きたい。

 次に、安倍政権が”積極的平和主義”の名のもとに、発足以来強引に推し進めてきた諸政策は、私には、“積極的戦争加担主義”としか考えられないが、もし憲法の歯止めがなかったら、アメリカが戦後実行した武力行使のうち、どれとどれに、「安保法制」と「改定ガイドライン」のどのような条文に基づき、どのように参加すべきであったのか、具体的に説明してもらいたい。その中で“切れ目のない”「安保法制」と”地球規模の協力”を謳った「改定ガイドライン」とはいかなるものであるのかが、明確になるだろう。抽象的な議論では国民には理解できない。
 
○ 朝鮮戦争  ○ 台湾海峡危機 (1次~4次) ○ レバノン派兵  ○ キューバ侵攻
○ ベトナム戦争  ○ ドミニカ派兵  ○  ニカラグア侵攻  ○ グレナダ侵攻
○ リビア空爆  ○ パナマ侵攻  ○ 湾岸戦争  ○ ソマリア派兵 ○ イラク戦争
○ ボスニア・ヘルツエゴビナ空爆  ○ アフガニスタン戦争

 更に、国民の理解を得ないままに、なぜこれほど急ぐのかについて疑念がある。急いだ理由の一つが、安倍首相の訪米に間に合わせるためであったことは明白であるが、国のあり方を変えるような“戦後以来の改革”は、順序が民主主義国家として根本的に間違っているのではないか。昨年7月に集団的自衛権の行使容認を、法制局長官をすげ変えるという姑息な手段で憲法を変えることなく閣議決定で済ませ、後は与党内協議という身内の論議で公明党の主張を一部取り入れることで反対論にも配慮するという擬態を見せつつ、蔭では各省庁を督励して膨大な「安保法制」案を仕上げた。あとは一強多弱の国会で、野党に適当に質問させ、足並みの乱れを誘いながら、“夏までに”圧倒的多数で国会を通過、成立させる。もはやこれは民主主義の擬制に他ならない。

 さらに重大なのは、憲法改正との関係である。「切れ目のない安全保障法制」というのがうたい
文句で、平時からの最初の切れ目は、離島での小規模武装集団との小競り合いのようだが、最後の切れ目はどこなのか。国際的な緊張状態のもとでは、偶発的な小競り合いがアッという間に戦争に発展するというのが歴史の教えるところではないか。つまり、一旦武力衝突が起これば、“切れ目”などは吹っ飛んでしまう。だとすれば「安保法制の整備」の狙いは他のところ、憲法改正への内堀を埋めること、つまり、憲法9条の第2項をはずし、自衛隊を国防軍にする布石ではないか。外堀は、”国際情勢の急激な変化”の喧伝によって既に埋めた。

 Last but not least !! 最後に、最も不可解なのは安倍首相のアメリカ議会での演説である。「安保法制」について彼はこう述べた。“ In Japan, we are working hard to enhance the legislative foundations for our security. … This reform is the first of its kind and a sweeping one in our post-war history. We will achieve this by this coming summer. “ ( 日本は今、安保法制の充実に取り組んでいます。・・・ 戦後初めての大改革です。この夏までに成就させます。)

 つまり、国民の大多数が“なにがなんだかよくわからず”、わからないが故に多くの国民が何か“怪しい”と感じて反対している「安保法制」を、日本の国会にはかる前に、アメリカ議会で「夏までに成立させる」と国際公約化してしまったのである。前代未聞の事態であり、暴走ここにきわまれりと言うほかない。
*NHK世論調査( 2015−4−19 集団的自衛権の行使 賛成 22% 反対 30 どちらともいえない 42% ) 共同通信世論調査(2015−3−29 安保法制今国会成立に反対 49.8% 賛成 38.4%) * 「自衛隊の海外活動についての」内閣府調査 (2015年3月)現状維持 65.4% 縮小すべきである 4.6% 取りやめるべきである 1% 計 71%に対し、これまで以上に積極的に 25.9%)

 
 このparagraphが終わると、議場からは、ひと際大きな拍手が起こった。眠気をこらえて演説を聞いていた私は、はっとして、一瞬これは自民党議員団かと目を疑ったが、そこ浮かびあがったのはアメリカの議員だった。国民の反対意見を一切無視し、まだ国会へ提出もされていない法案の成立を期限を切って外国の議会で約束するというのはいかなることか。民主主義のルールを踏み外した安倍政権のこれまでの行動に対して、本当に民主主義が根付いている国なら当然「倒閣」運動が起きてもおかしくないと私は思う。

これほどの貢物を持って訪れた客人をアメリカが大歓迎するのは当然だろう。しかしそれは日本を本当にequal partnerと考えてのことではなかったのではないか。首脳会談の後ホワイトハウスの前庭で行われた記者会見では、4分のⅠがボルチモアでの黒人の死亡事件のやり取りについてのものだった。日本の、たとえば内閣記者会での会見であれば、仕切り役の人物が質問を遮ったであろう。(もっともこういう人物がいることも不可解ではあるが。)場違いの質問に憮然として立ち尽くす安倍首相、しきりに謝るオバマ大統領、私はそこにアメリカの本音を見たような気がした。(M)

(1)しばらく私用で多忙でしたので、久しぶりのブログです。その間に、安倍首相の米国上下両院における英語でのスピーチがあって、様々な報道やコメンントがなされました。ある放送局では、「憲法は改正すべき」が51%%、「すべきでない」が49%といった放送をしていましたが、これはほとんど意味が無いと私は思いました。

(2)“憲法改訂”のような大問題を、賛成か、反対か、だけでその数字を示しても意味が無いでのは、個人個人によって、その理由や根拠が大きく異なっているからです。TBS ラジオ“荻上チキ・南部広美”の番組では、与野党の政治家や評論家を集めて討論をしていましたが、こういう形の議論が必要だと思いました。それでも、2時間足らずの時間では物足りなさが残りました。

(3)平日と土曜日の早朝にキャスターをしている“生島ヒロシ”は、司会とCMを兼ねていますが、安倍首相の英語について、「あれでは全然通じませんね」とコメントしていました。全く通じない英語でしたら、要所であれほど拍手が起きなかったでしょう。その内容に賛成か反対かは別として、外国の首相の話に耳を傾けるのは礼儀として当然のことです。別の機会には、米国の議場で人権問題の話し合いをしていましたが、北朝鮮の代表が指名もされないのに発言をし出したので、議長は「マイクを切りなさい!」と大声で命令しました、討論の在り方として当然のことです。

(4)話を戻しますが、“キャスターの生島ヒロシ”は、苦労して米国留学をしていますから、英語にはかなり自信を持っています。しかし、キャスターとしては珍しく、同じ番組の中で、CMも担当しています。例の“聞き流すだけで話せるようになる”という英語教材の宣伝も担当していますから、“安倍首相の英語では通じない”と言ったのでしょう。ある意味での“公私混同”で、無茶苦茶なコメントだと思いました。日本のジャーナリズムのレベルの低さが気になります。

(5)国会が始まると、野党は安倍首相の米国での発言を取り上げて、“国会を無視して米国と勝手な約束をした”と責めることでしょう。しかし、安倍首相はそんなことはとっくに計算済みで、うまく言い逃れると思います。彼ほど悪知恵の働く政治家はいないと思います。彼は特に“北朝鮮”と“中国”1が大嫌いです。では、なぜ嫌いな“北朝鮮”と交渉して、“拉致問題調査の委員会を発足させる”という言い分だけで、安倍首相が自ら課していた制裁の一部を解除までしたのでしょうか?私の推測では、2002年頃に小泉元首相が、北朝鮮に日本人拉致を認めさせて、数名でも拉致されていた日本人を連れ帰った姿が、安倍首相には羨ましく見えて、“自分もあのような格好良さを日本国民に見せたいと願ったのだと思います。

(6)米国のハーバード大学での講演では、学生から“慰安婦(comfort women)”のことを尋ねられて、“私たちはそういう事実に決して背を向けてはならないと思います”といった趣旨の答をしたと伝えられました。私はこういう返答の仕方は、彼の常套手段だと思っています。実際は、少しも反省や同情の気持ちを含んでいないのです。1

(7)他の例では、閣僚の不祥事が発覚して、その大臣が辞表を出すと、野党は首相の任命責任を追及します。彼は、“任命責任は私にあります”と明言します。そして、与党からは、“任命責任を認めているのだからいいではないか”という声が出て、そこの問題は曖昧のまま消えてしまうのです。確かに、閣僚が辞める度に、首相も辞めるようでは日本の政治そのものが成立しなくなります。ではどうすべきでしょうか?私は、総理大臣は問題の閣僚の辞表を受理する前に、その大臣の首を切るべきなのだと思っています。問題の閣僚に対して、“お前は見込み違いだったから辞めてもらいます”と言えばいいのです。安倍首相はこういう発言をしたことがあったでしょうか?

(8)このようなあ問題になると、“結局は選挙で投票する国民がバカだから”という評論家がいますが(TBS ラジオ “デイキャッチ”)、“なぜ国民が無知なのか”とか、“国民を啓蒙する教育はどうあるべきか”まで考えなければ意味が無いと私は思います。日本の政治問題とその批判はまだまだ未成熟です。(この回終り)

前回は文化の教育の重要性について述べました。そして「地球上のすべての人々が互いに尊重し合う文化の教育が普遍的に行われること」が、この地上から戦争を無くす唯一の方法であると言いました。しかし、「互いに尊重し合う文化の教育」とは具体的にどういうものなのかを、もっと深く考える必要がありそうです。なぜなら、「互いに尊重し合う」というのは理念としては理解できるけれども、そういう理念を学校の授業で単に頭の中の知識として教えられるだけでは、実際に異文化の人々と交わることはできないからです。

ほんとうに「互いに尊重し合う」ことができるようになるためには、文化的に異なる人々と実際に交わる経験をする必要があります。一般に、人は自分の文化と異なる文化に触れたときには戸惑いを感じ、時には怖れを抱くことがあります。小さな赤ちゃんは、知らない人を見ると、その人の顔をじっと見つめます。筆者もバスや電車の中などで、母親に抱かれている赤ちゃんによく見つめられます。たぶん、まったく別世界から来た人間のような気がして、怖れを感じるのでしょう。しかし笑顔を見せると、安心して警戒心を解き、自分も笑顔を返します。大人も同じように、異なる文化からやって来た人と交わるには、まず笑顔を顔に浮かべ、どんな初歩的な言葉であろうと、知っている言葉を使って挨拶を交わし合い、目を見つめ合うことが大切です。そうすることによって、相手も自分と同じように一個の人格をもった人間であることを確信するのです。

異文化理解は現代の教育でどのように扱われているでしょうか。わが国では、小学校や中学校の教育課程の中に「総合的な学習の時間」というのがあって、その授業の中で「国際理解教育」が行われることになっています。「国際理解教育」は「異文化理解教育」とは同じではありません。前者の中に後者も含まれると考えてよいでしょう。このような教育が行われるようになった背景には、ユネスコによる勧告があります。すなわち、1974年の『国際理解、国際協力及び国際平和のための教育ならびに人権及び基本的自由に関する勧告』によって、わが国は臨時教育審議会(1985~87年)の答申を踏まえて、そのような教育を推進することになったわけです。

その後1996年に中央教育審議会から答申された『21世紀を展望した我が国の教育の在り方について』には、「この教育(国際理解教育)を実りあるものとするためには、単に知識理解にとどめることなく、体験的な学習や課題学習などをふんだんに取り入れて、実践的な態度や資質、能力を育成していく必要がある」と書かれています。また、2002年度施行の小学校学習指導要領は、「総合的な学習の時間」の取り扱いについて、「・・・例えば国際理解、情報、環境、福祉、観光などの横断的・総合的な課題、児童の興味・関心に基づく課題、地域や学校の特色に応じた課題などについて学校の実態に応じた学習活動を行うものとする」と述べています。

上記の国際理解教育の方向性は新しい時代にふさわしいものです。しかしここに大きな問題があります。それは、これらの方針がほとんどすべて行政主導によるものであって、いわば上からのお仕着せの教育方針であることです。重要なのは、実際に子どもたちを指導する学校や先生方です。しかし教育現場からの盛り上がりは充分ではありません。そのことは文科省が行った実態調査にも現れています(注)。国際理解教育をほとんど、またはまったく実施していない学校が小学校は40%近く、中学校では75%近くにものぼるのです。そういうわけで、わが国の小学校や中学校で行われている「国際理解教育」は全般的に低調であると言わざるを得ません。

国際理解教育や異文化教育が学校教育の中にしっかりと根づくためにはどうしたらよいでしょうか。それはあらゆるレベルの学校教育の責任ですが、特に小学校の先生方の努力に期待するところ大です。なぜなら、幼い頃に体験した異文化との出会いは、その人の人生に大きく影響するからです。幼い子供たちは大人のように他の文化に対して偏見を持ちません。そういう人たちと一緒に遊んで友だちになることが容易です。青年期になって自己のアイデンティティーが確立してくると、それだけ新しい文化に対する抵抗感が大きくなります。

私たちは自分の属する人種を変えることはできません。それは遺伝的に決定されているからです。しかし文化は、自分の属する集団の人々が受け継いできたものですから、その集団に属する人々が皆でそれを変えようとする意思があれば、変えることができます。たとえば、日本の文化では握手をする習慣は無かったのですが、近ごろは日本人どうしで握手をする人を見かけるようになりました。握手に慣れていない人はお辞儀をしながら握手をしますが、これはヘンだと言う人もいます。しかし日本ではそういう形の握手もあるということを認めればよいので、とりあげて非難する必要もないと思われます。

そのような形式的なことよりも、文化の異なる人々が、お互いの文化を尊重しながら共に暮らすことができるような文化を創り上げていくことのほうがずっと重要です。文化の中には普遍的な価値という点で好ましくないものが数多く存在します。たとえば、これは日本だけではないかもしれませんが、激しいヘイトスピーチをする人がいます。それに対する法的規制をすることは可能でしょうが、それは根本的な解決にはなりません。少数者に対するそういう形の「いじめ」が日本文化の一部になっているとすれば、皆の力でそれを望ましい文化に変える努力をすべきではないでしょうか。また、かつてフランスでは、アフリカのマリ(Mali)からの移民の間で行われていた女子の割礼(circumcision)が問題になったことがあります。そういう文化はグロ−バルな観点から好ましくないというのです。フランス政府は結局、その人たちを説得してやめてもらうことにしたそうです。これは当然のことです。そこで必要なのは、きちんと説明できる論理です。

いろいろな種類の人々が交わることによって互いの文化を相対化し、新しい文化を創造していくことが、これからの教育のもっとも重要な課題になっているのです。この教育はグローバルな規模で行われる必要があります。日本の学校の先生方には、率先してそのような教育に取り組んでほしいものです。外国語の授業は、その目的のためにも、重要な役割を演じます。

(注)文科省から公表されている『公立小・中学校教育課程編成・実態調査』(2003年)によると、横断的・総合的な課題(国際理解、外国語会話、情報、環境、福祉・健康、その他)のうち、「国際理解」を実施している学校の平均パーセンテージは以下の通りです。

①小学校(第3学年~第6学年)における平均実施率 62.6%  ②中学校(全学年)における平均実施率 25.3%