Archive for 3月, 2012

< 英語との付き合い ⑰ > 松山薫

英語との付き合い⑰ 貿易商社(1)入社 

 3行広告を頼りにその貿易商社に電話をしてみると、優しい声の女性が入社試験の日取りと会場を丁寧に教えてくれ、失業疲れの身にはなにかホッとするものを感じた。教師廃業とともに英語とも縁を切ったつもりだったが、背に腹はかえられず、当日履歴書を持って試験会場へ行ってみると、銀座裏のレストランを借りた会場には既に30人ほどの受験者が集まっており、最終的には50人くらいが受験した。この人数を見て、なべ底不況の深刻さをあらためて肌で感ずるとともに、義兄との約束がよみがえった。

 試験問題は商業通信文(correspondenceコレポン)の英訳と和訳で、内容はさほど難しいものではなかったが、通信文のしきたり等はまったく知らなかったので、多分ダメだろうと思っていたら面接の通知が来た。社長は40代の人物で、元教師というのが気に入ったらしく,「元先生なら悪いことはしないよな」と言って、あっさり月給1万8千円で入社となった。当時としては悪くない給料だった。会社は京橋の木造家屋の2階に間借りしており、社長室と事務室で男女数人の社員が働いていた。本社は大阪にあり、社長の弟がボスで、つまり典型的な同族企業だった。取り扱っているのは西ドイツの活版印刷機を中心に印刷関連機器やインクの輸入が主体であった。私の机は10畳ほどの社長室の片隅に、応接セットを挟んで社長の大机の対角線上にあり、常時監視されているような具合だったが、幸いなことに、社長は海外出張や得意先回りで出歩くことが多くて助かった。来客も多く、社長や担当者が彼らと話すのを聞いていると自然に仕事の内容が分かるようになっていったから、私をそこに座らせたのは、はやく一人前にしてやろうという社長の配慮だったのかもしれない。

 6人の社員は皆私を暖かく迎え入れてくれたし、優しい声の年長の女性は本当に親切な人で、社内のしきたりや貿易実務を初歩から懇切に教えてくれた。コレポンはそれまで、経専出身で英語自慢の社長が書いていたらしいが、形式が決まっているので、トラブルでもなければ特に面倒なことはなく、だんだん馴れていったが、それが油断を呼んだ。

 入社3ヶ月で犯した大失敗は、英文のカタログを読み違えて、orderを間違えた上invoiceを十分確認していなかったことが原因だった。或る日横浜税関から呼び出しが来て、「あんたの所はいったい何を輸入したのか。説明に来い」と言うので行ってみて愕然とした。当時日本にはなかったノートの背中を螺旋で閉じる機械をスイスのメーカーに5台注文したはずだったのだが、保税上屋にあったのは、punching machine(穴あけ機)だけで、肝心の螺旋を巻きつけるspiraling deviceが入っていなかった。社長に「自分で後始末をしろ」と怒鳴られて、通産省にお百度をふみ、さんざん油を絞られた上、何とか追加の輸入を許可してもらった。当時外貨は割り当て制で、勝手に輸入することは不可能だったのである。管理貿易の下ではお役人は神様だ。東京税関に輸入申請に行くと、延々待たされた上、昼休みになると全員昼食に外出、帰ってくるとタバコを悠然とふかし、囲碁や将棋に興じ、1時までは金輪際仕事をしない。その間申請者は列を作って、彼等の様子をただ黙ってみているのである。

 会社の主力商品はドイツ製の活版印刷機で、FOBで一台100万円の機械が、300万円で売れるのだから、まことにうまみのある商売であった。したがって会社の幹部は、何台分の外貨割り当てを受けられるかに血眼になり、当然通産省の担当官へは賄賂、政治家には盆暮れの付け届けというお賽銭をばら撒いていた。役人の中には女とどこかへしけこんで、そこへカネを持ってくるよう電話をしてくる輩までいた。こういう連中はたいてい定年間際のノンキャリの課長補佐クラスで、キャリアの若手官僚は、”愛国心“に燃えて別の悪行を重ねていた。外貨を節約するために、外国製品のコピーを日本のメーカーに作らせるのである。この活版印刷機のコピーは大手機械メーカーが作った。しかし、売れなかった。活版印刷機というのは極めて精密な機械で、微小なドットの中に3原色を打ち込むのだから、ちょっとでもずれると、印刷が不鮮明になってしまうのである。最大の得意先である進駐軍はもとより原色版の印刷会社がそんなやわな機械を買うはずがなかった。当時の日本の工業製品は”安かろう、悪かろう”の代名詞だったから、官民一体となって”先進国にまなべ“とばかり、西欧の模造品作りに励んでいたのである。(M)

センター試験のリスニングテスト問題の全般的評価は、筆者の採点では50点以下だと前回書きました。どこがそんなに悪いのか、筆者は今回それを説明する義務があると感じています。

 まず挙げなければならない欠陥はリスニングテストの本体である対話スクリプトにあります。それらはテスト問題25問のうち19問(76%)を占め、17種類のスクリプトから成っています。それらはすべて男女二人の対話で構成されており、受験者は録音された彼らの対話を聞いて、話しの内容について問われたり、対話の先を予測させられたりします。しかも17種類の対話スクリプトはすべて、対話のなされる場面が異なっています。ある場面はだれかの家、他の場面は学校の教室や図書館、路上、鉄道の駅、ファミリー・レストランであったりします。したがってスクリプトに登場する男女の声は同じでも、その役割は場面によって異なります。登場する男女は級友であったり、会社の同僚であったり、親子やきょうだいであったり、先生と生徒であったり、中には夫婦と思われるペアもあります。声だけを聞かされる受験生は、対話ごとにどんな場面か、話している男女はどんな関係かを想像しなくてはなりません。次の対話はどうでしょうか。これはどんな場所での、どんな関係の男女の対話でしょか。

Question No. 7   W: We have to leave at 6 o’clock tomorrow morning.  M: Should I set the alarm?  W: That would really help.

そして受験者は、この最後の発言に対する相手の応答を、問題冊子に印刷された次の四つの選択肢の中から選ぶように要求されます。

① No, never mind. ② No problem. ③ No way. ④ No, you can’t.

 以上に述べた事柄から、このようなリスニングテストの欠陥は明らかです。第1に、受験者は録音された音声がどんな場所での、どんな関係の男女の対話か分からずに耳をそばだてて聴くという、異常な行動を取ることになります。私たちの日常生活でそんなことがそれほどあるでしょうか。もしあるとすれば、盗聴した録音を聴くときです。たしかに、私たちが日常ふと他人の会話を耳にすることはあります。しかしそれは電車の中とか、公園のベンチとか、病院の待合室とか、特定の場面での会話です。そして会話者の人間関係は、その人たちの年齢や容貌や話し方から推定します。しかしここで問題にしているのはリスニングテストです。受験生は、どうしてこんな自分とは関係のない他人の対話を盗聴するような行為を強要さなければならないのでしょうか。そういうわけで、このリスニングテストは通常には存在しない状況設定でのリスニングですから、テストとしての妥当性を著しく欠いていると言わざるを得ません。

 第2に、対話の場面と対話者の人間関係が不明の録音を聴いて、その内容を理解することは大変困難な作業です。英語の先生方はぜひこの録音を聴いてみてください。録音を聴きながら、いちいちそんなことを考えていたら時間がかかって、設問に答えるのに間に合わないでしょう。筆者がこれまで幾人かの受験経験者に尋ねてみたところ、だれもが一様に、深く考えずにそれこそカンで正答を捜すという作業に熱中したと言います。そのような活動が外国語としての英語学習の本質的部分とは思えません。テストの信頼性も当然低いでしょう。

 そして第3に、これらの対話スクリプトの多くが(17種類のスクリプトのうち最初の16)きわめて日常的な内容で、英語をふだん使用する環境で生活する人にとっては容易でも、英語を使用するのがほとんど教室に限られている日本人高校生にとっては、その理解と運用は決して容易ではありません。日本におけるコミュニケーションのための英語教育というのは、英語使用者が日常生活で用いる種類の英語習得を目指しているのでしょうか。センター試験のリスニングテスト問題作成者は、おそらく、そのように考えているのでしょう。しかし筆者の考える英語教育の理念からして、そのような認識は間違っています。

 もう一つ指摘すべきことは、選択肢による解答法です。先に挙げたQuestion No. 7 をもう一度ご覧ください。これは目覚まし時計をセットするかどうかという男女の対話ですが、その最後の女性の発言に対する男性の応答はどれかという問いです。「あなたはどう応答しますか」というクイズならばともかく、「四つの選択肢のうちから一つ選びなさい」というような設問の仕方はおかしなものです。筆者は最初この選択肢を見たとき、対話の状況が分からなくては答えられないと思いました。多くの受験生もきっと同じように戸惑い、結局、消去法によって正解を捜しだすほかなかったものと想像します。これが真っ当なリスニングテストと言えるでしょうか。(To be continued.)

“便利さの拡張”と“権利のグローバル化”の問題のこと
(1)上記の用語は私のものなので、徐々に説明していきます。毎日新聞(2012年3月25日)はトップで報じていましたが、インターネットでグーグルを使用してある人の姓だけを入力すると、その姓の人物がフルネームでぞろぞろと並べられるのです。そして、その人の職業まで分かってしまうのです。これは「サジェスト機能」と呼ばれるもので、私の言う“便利さの拡張”です。

(2)しかし、“便利さの拡張”は、何らかの危険を伴うものです。車やケータイがその例です。ある人物が、グーグルの「サジェスト機能」によって、何か大きな犯罪に加担したかのような中傷記事と結びついてしまい、その結果、職を失い、その後も就職が出来なくなってしまったのです。そこで、日本の裁判所に訴えた結果、グーグル側の“プライバシー侵害”と認定されて、勝訴したのです。

(3)しかし、米国のグーグル側は、「この裁定には従わない」と主張しています。これを“権利のグローバル化”と私は呼びたいのです。グローバル化は、経済問題などでは良い点もありますが、インターネット上のこととなると、その影響は1つの国に留まらなくなって、とても複雑になります。中国による自国の権利は認めて、他国の版権は無視する判決も、問題の質は違いますが、グローバル化に伴う問題と考えてよいでしょう。

(4)毎日新聞は、ネット上の問題に詳しい弁護士の「国際的な法の整備が必要」という趣旨の発言を載せています。国際的に関係する法律の改訂など法務省の役人にはやる気がないでしょうし、消費税の値上げばかり考えている野田総理には、国際問題の処理には頭が廻らないでしょう。結局損をするのは国民ということになりそうです。

前回の「世相を切る!」について
(1)前回は、いつも批判や暗い話しばかりではいけないと思って、和民の会長(私が“社長”と書いたのは間違いでした)のことに言及しました。その直後に、友人や知人から、「彼は信頼出来る人物ではないようだ」とか、「元従業員の不慮の死亡について、裁判で有罪判決が出て賠償を命じられた」といった情報が寄せられました。それで、ホームページを見ようとしましたが、「このページは削除を検討中」といったメッセージが出て読めませんでした。やはり問題があったのだと思いました。

(2)しかし、3月27日現在では、ホームページは完全に復活しています。真意は分かりませんが、控訴して争うつもりかも知れません。そうだとすれば、結果が分かるまで見守るよりありません。それにしても、テレビで見る人物についての評価は難しいものです。私もいっそう慎重に判断するように努めたいと思います。(この回終り)

今回はリスニングの評価について考えてみます。大学入試センター試験のリスニングテストは、2006年度の試験で導入されて以来、今年で7回目になりました。毎年50万人もの高校卒業生が受験するのですから、その影響は大きいものと想像されます。センター試験にどのような問題が作成されるかは、受験生にとってはもちろん重大な関心事でしょう。事実、リスニングに関する学習者用参考書が数多く出版されていることからも、それへの関心が増大していることが実感できます。

 一方、英語を指導する側はどうでしょうか。センター試験のリスニングテストは、英語の先生がたにとっても一大関心事であるはずです。特に高校において、それがどのように日常の授業に影響を与えたのか、ぜひ知りたいところです。しかしその影響は今のところはっきりしないようです。そのことを幾人かの高校の先生方に尋ねてみましたが、受験指導の一環としてリスニングテストを意識するようにはなったけれども、センター試験のテストのために日常の英語指導が大きく変ったというようなことは見えてこないと言います。学校でのリスニング指導についての実践報告も聞こえてきません。センター試験にリスニングを導入するために膨大なエネルギーと費用が注がれましたが、いったんそれが実施されてしまうと、実施上のトラブルだけが注目されて、その内容についての実質的な議論があまりなされていないのは不思議です。全国英語研究団体連合会や高等学校教科担当教員からの意見・評価は公開されていますが、それらはかなり形式的・部分的で、実質的・包括的な論評にはなっていません。

 そこで私たちは、学習者の立場に立った独自の観点から、今年1月に実施されたセンター試験のリスニング問題を見てみることにします。そこではどんなリスニング力をみようとする問題が作成されているのでしょうか。そして学習者は、センター試験のリスニングテストを受験することで、どこまで自分のリスニング力を知ることができるのでしょうか。これらのことを検討してみたいと思います。

 今年のセンター試験のリスニング問題は第1問から第4問までの四つの大問から成っています。第3問と第4問はAとBの二つの設問に分かれていますので、問題の種類としては6つになります。それらの形式と内容は次のようです。

1問:男女2人による短い対話(30語前後)を聞いて、問題冊子に印刷された問いの答えとして最も適切なものを、与えられた4つの選択肢の中から選ぶ。問いは6問ある。選択肢は6問中2問がイラスト、1問は図で示されている。

2問:男女2人による短い対話(20語前後)を聞いて、最後の発言に対する相手の応答として最も適切なものを、印刷された4つの選択肢の中から選ぶ。問いは7問。選択肢はすべて短い英語の応答表現。

3問A:男女2人による対話(40~50語)を聞いて、印刷された問いの答えとして最も適切なものを、与えられた4つの選択肢の中から選ぶ。問いは3問。形式的には第1問と同じであるが、内容的にやや難度が高い。

3問B:男女2人によるかなり長い対話(約140語)を聞いて、印刷された表の中の3箇所の空白を埋めるのに最も適切なものを、与えられた6つの選択肢(距離を表す数字)から選ぶ。註として、「二人の友人が、モロッコで行われる長距離マラソンについて話しています」という対話場面が書かれている。

4問A:第4問はA,B共に対話ではなく、まとまりのある説明文(100語前後)を聞いて、印刷された問いの答えとして最も適切なものを、与えられた4つの選択肢の中から選ぶ。説明文は3つあり、それぞれについて1つずつの問いがある。

4問B:これも音声で与えられるテキストはやや長めの説明文(約210語)で、これについて3つの問いが印刷されており、それぞれ与えられた4つの選択肢の中から最も適切なものを選ぶ。内容はハワイのアロハシャツの由来に関するもの。

 これらの問題をここで詳しく論じることは本稿の目的ではないので、筆者の検討の結果だけを簡潔に述べることにします。まずセンター試験のリスニングテスト問題の全般的評価ですが、筆者の出した結論ははなはだ芳しくありません。100点満点で評価するならば50点未満、つまり落第です。問題の構成の仕方や難易度だけでなく、テストの根本問題である妥当性・信頼性に関して重大な疑問があります。このテストはもっと改善していかなければ、日本の英語教育を著しく損じる危険さえあると筆者は考えます。何が問題であるかについて、次回にいくつかの項目に整理して述べます。(To be continued.)

< 英語とのつい合い ⑯ 失業 >  松山 薫

⑯ 失業

 教師を辞めて東京へ帰った翌日義兄が訪ねてきて、いきなり、「貴様、それでも長男か!」と怒鳴られ、猛烈なビンタをくらって廊下から庭へふっ飛ばされた。10歳年上の義兄はシベリア帰りの元関東軍少佐でビンタはお手のものだったから、よける間もなかった。義兄もまた長男で、復員後は、心ならずも元部下の経営する製薬会社に勤めて年老いた母親と弟妹を養っていた。義兄の気持ちもわかるので、抵抗せず、「親、兄弟を餓えさせるようなことはしない」と誓って許してもらった。

 しかし、私の見通しは甘かった。朝鮮戦争による特需がなくなり、丁度戦後最悪の“なべ底不況”の真っ最中で、なかなか仕事が見つからなかったのである。赤羽に住んでいた私が、朝8時に王子の職安(現在のハローワーク)ヘ行ってみると、既に何百メートルもの求職者の列ができていた。最初に紹介された職は、自衛隊小牧基地の英語の教官だったので、即座に断った。英語も教師ももう一度やるつもりはなかったからだ。一度断ると1ヶ月は次の職を紹介しないのがルールだと言う。まあ、若干の貯金は用意したし、そのうち共済組合の退職金が来るから何とかなるだろうと思って帰った。1ヶ月は貯金とアルバイトで食いつなぐつもりで、「蛍雪時代」という受験雑誌の懸賞英作文の添削と近所の柔道の道場での代稽古をやったが、病気の母と狭心症でまともな仕事の出来ない父、それに高校生と大学生の家族を養うに足る収入には遠く及ばなかった。

 1ヶ月たって職安へ行くと、紹介されたのは、双眼鏡のセールスだった。人に頭を下げたことがないのでセールスは向いてないと思って、「柔道3段で体力には自信があるから、ニコヨンになりたいんだが」と頼むと、「ふざけるな!」と怒鳴られた(昔の役人は威張っていた)。ニコヨンと言うのは日給240円(実際にはもっと高かったが、昔の呼び名が通称になっていた)の日雇労働者である。そのお役人は、「一応の学歴がある者がニコヨンになったら、学歴も職歴も無い者はどうなるのだ。外に並んでいる人達の顔をよく見て来い」と言うのである。
2時間近く列に並んで中年の失業者達の疲れきった生気のない顔を見るともなく眺めていたので、お役人の声は心に響いた。1週間以上やってダメなら次の仕事を紹介するというのでセールスマンになることにした。板橋にあった双眼鏡の製作工場で、保証金を入れて双眼鏡を10本ほど預かり、飛び込みで売って歩いたが、一月たっても1本も売れなかった。

 この先どうなるのかとだんだん不安になってきて、自宅の前の坂道を帰る足取りがだんだん重くなり、病気の父母や弟達の心細げな顔がチラついた。頼みは20万円ほどの共済会の退職1時金だったから、学校や県教育庁に何回か催促の手紙を書いたが、ナシのつぶてで、手元に届いたのは結局その年の暮れになり、もはや貯金は尽きかけていた。

 体力勝負が駄目ならやっぱり英語に頼らざるをえないのかと思い始めていた或る日、新聞の求人広告欄を見ていると、「貿易商社。コレポン求む。未経験者可」という3行広告が目に入った。(M)

「大学生の就職問題」で考えること
(1)先週の土曜日(2012年3月17日)に早朝のラジオを聞いていましたら、「大学を卒業して就職をした者を3年間くらい追跡調査したら、半分くらいが辞めていた」というのです。高校卒で就職した者は、40%がやはり辞めているようです。その後の詳しい報道は見そこなったのか、辞めた理由などはよく分かりませんが、深刻な社会問題だと思います。

(2)雇う会社のほうも、「どうせすぐに辞めるだろう」といった考えで、アルバイトとか派遣社員とかですませているとしたら、働くほうもやる気になれないと思います。“デフレスパイラル”に似たような悪循環です。政治家は、「まず雇用を増やす」ということをよく言いますが、今の若者は、仕事を与えるだけではダメなのです。なぜなら、その背景には、親の育て方、学校教育のあり方などの大問題が隠れているからです。

(3)大都市の各地にチェーン店を展開している飲み屋の「和民(わたみ)」の社長は、テレビでもよく発言していますが、「私のところでは、学歴、性別、年齢などを問わず応募者を受け付けます。本当に“やる気”があるかどうかは、面接で判断します」と言っていたことがあります。この社長は、渡邊美樹(わたなべ・みき)という名前で、その頭文字を取って、「わたみ(和民)」という店名にしたようですが、商売のことだけではなく、社会問題、政治問題などもよく考えている人物だと思います。東北の被災地の復興についての発言など注目に値すると思います(「和民」ホームページ参照)。

「小沢裁判問題」で思うこと
(1)衆議院議員小沢一郎氏の裁判が結審して、判決は来月(4月)にも出るとのこと。小沢氏は最終弁論で、「この裁判は、政治家小沢を抹殺するための検察の暴挙であり、民主主義の破壊である」と反論をしたと報じられています。私ならば、「民主主義を破壊してきたのはお前ではないか」と言いたいところです。一方では、検察が“勇み足”から大失敗をして、この件を余計に複雑にしているのも確かです。

(2)議員が自分のお金で土地を買うことは、正直に申告すれば違法ではないのは分かります。しかし、これまでの報道によると、彼は自分の金だと言いながら、それを担保に銀行から借りたように見せかけたり、五億円と言われる大金の動きを「秘書に任せていて知らなかった」と発言したりして、言うことが揺れているのです。野党からの証人要請には民主党が応じようとしませんし、「どうなっているのだ」という国民の不満は募るばかりです。

(3)裁判の進行中は、議会の証人喚問に応じたとしても、「裁判の結果に影響するので、その質問には答えません」と逃げられてしまうでしょう。前にもそういう例がありました。したがって、判決が出たならば、国民の疑念を晴らすために正直に説明責任を果たしてもらいたいと思うのです。(この回終り)

大学入試問題に使われる長文テキストには、多くの場合、エッセイまたはエッセイの一部が用いられます。エッセイというのは、あるテーマについての小論、評論、随筆などですが、英語文化では論理的に構成されたエッセイが好まれるので、入試問題のテキストとしてそういう文章が選ばれることが多いわけです。エッセイを書くときには、著者はアイディアごとに数個のセンテンスから成るパラグラフにまとめ、それらをいくつか統合して一つのエッセイを構成します。それぞれのパラグラフは、英語でも日本語でも、行を改めることによって他のパラグラフと区別します。大学生が受講する科目の中で課される「レポート」がエッセイ・ライティングの一例です。「OOについて2,000字くらいの文章にまとめよ」というような課題が与えられ、それについて学生はエッセイを書くことになります。また、文筆家があるテーマについて自分の考えを表明するために書く文章なども、エッセイ・ライティングの典型的なものです。その場合には、そのエッセイは本や雑誌やブログなどに掲載されることが前提で書かれます。

 今年の大学入試センター試験のリーディング問題に使われているテキストも、その大部分がエッセイと言えます。ここでは特にその第6問に注目します。これは6つのパラグラフから成るエッセイで、エッセイ全体の主要テーマに関する設問と共に、それぞれのパラグラフのヘッドにパラグラフ番号が付され、それぞれの内容について問いが作成されています。これは明らかに高校の英語の授業でしばしば行なわれている「パラグラフ・リーディング」を意識した問題です。そのパラグラフ(1) は次のようです。

(1)  A high school student has a science test on Monday but spends most of the weekend playing video games and does not start studying until late Sunday night. This kind of avoiding or delaying of work that needs to be done is called procrastination. It has been estimated that up to 95% of people procrastinate at least sometimes, and about 20% of them do it too much. Traditionally, people who procrastinate have been considered lazy, but research tells us that this is not true. Learning about the roots of procrastination can help us understand why most people do it to some extent and also help us decrease our own procrastination. Although researchers do not agree on all the reasons behind procrastination, there is general agreement about some factors that can explain it.

ここでこのテキスト全体のテーマが示されています。つまり、この文章の筆者が何について述べようとしているかが書かれています。最初の2つのセンテンスでテーマの提示がなされ、この文章のキーワードが ‘procrastination’ という語であることが分かります。この語は多くの受験生にとって未知語と思われますが、そこで躓いてしまう人は、リーディングの基本技能の一つである「未知語の推測」に欠けていることになります。冒頭の2つのセンテンスから、この語が「する必要のあることを避けたり、先に延ばしたりすること」という意味であることが分かるからです。そして、このパラグラフの最後の2つのセンテンスから、この文章の筆者は ‘procrastination’ をもたらす要因について以下に述べようとしていることが分かります。

 そこで次をみると、パラグラフ(2)~(5) において、‘procrastination’ の4つの要因が順に提示されていることが分かります。それぞれのパラグラフの冒頭のセンテンスは次のようです。これらを読むだけでも、著者がどんな要因を挙げようとしているかをほぼ理解することができます。

(2) The first factor is how pleasant or unpleasant people find a task.

(3) In addition to how people feel about the job at hand, the amount of confidence they have in their ability to do a task is also related to procrastination.

(4) Another factor is whether or not people can exercise self-control.

(5) Lastly, there is a link between procrastination and how long people must wait before they see the reward for an effort.

こうして読み進んでいくと、筆者は最後のパラグラフ(6) でこの文章の結論を導いていることが分かります。このようなパラグラフ構成は、エッセイ・ライティングの典型的なものです。そのことを知っていれば、この種のエッセイは短時間で、効率的に読むことができます。このテキストは全部で約600語ですが、このような文章を読み慣れた高校生3年生には、5,6分もあれば全体の内容を把握することはさほど難しくないと思います。まだその域に達していない人は、それが当面の到達目標になります。                             (To be becontinued.)

< 私見TPP ③ > TPPと自主防衛論

③ TPPと自主防衛論

 TTPをめぐって、私にはもうひとつ心懸りなことがある。TPPを安全保障問題、特に自主防衛論に結びつける傾向である。その底流にはTPPにいたる日米貿易交渉でのアメリカの一方的な要求への反撥、中国の軍備増強に対応するアメリカのアジアにおける軍事的プレゼンスの再編成とそれに伴う強引な対日要求などがあると思われる。

 先日の新聞に小林よしのりの「反TPP論」という漫画本の大きな広告が載っていた。怒った著者の似顔の吹き出しに“日本がアメリカみたいな国になってもいいのか!!”とある。また、TPPに反対する7つの要点の第一に「TPPとは、アメリカとの逃げ道・白旗なき戦争である」と記している、これほど極端ではなくても、ブログの資料にしたTPPに関する8冊の本の中にも、アメリカの一方的かつ強引な手法を強く批判するものが多かった。敗戦以来、日本人の心の底にある“軍事的宗主国“アメリカへの鬱積した感情がTPPをきっかけに吹き出してきた感がある。

 日本より一層安全保障でアメリカ依存度の高い韓国では反米感情も根強く、昨年末の米韓FTA批准国会で催涙弾が飛び交い、野党は、4月の総選挙と12月の大統領選挙で勝利した場合には米韓FTAを破棄すると宣言している。(3月15日発効)。経済学者の伊東光晴一橋大学名誉教授は、日本は米韓FTAに注目する必要があるとして、コバグワティ・コロンビア大学教授の次のような見解を紹介している。「アメリカは対日要求の前には対韓要求を行なう。韓国は北朝鮮と対峙し、国防上アメリカの要求に従わざるをいえない政治上の弱者である。これに経済的要求をのませ、次いで日本に同じ要求をのませる」。

 確かに、”守ってやっているのだから、言うことを聞け”というアメリカの露骨な態度は、「沖縄密約」や「非核3原則」、地位協定の改定に応じない姿勢、それに最近では海兵隊のグアム移転などに象徴的にあらわれている。現在進行中のアメリカ海兵隊の再編計画では、沖縄の海兵隊8千人のグアム移転を4千7百人に減らすので約100億ドルの予算のうち米側の4割の負担は減らすが、日本側には予算を増やせというのだ。 こういう一方的なアメリカの態度に反撥して、“小林よしのり”的自主防衛論が顔を出す。

 これに対して、日米基軸論者が反論する。矢内正太郎元外務次官は「TPP参加は強い安全保障、強い経済への分水嶺」という論文で「環太平洋自由貿易構想を戦略的観点から眺めれば、日本が飛び乗るべきバスであることは自明である」と述べている。ところが、この論文を「TPP亡国論」で紹介した中野剛志(京大大学院助教)は、矢内(及び彼が代表する外務省)は、戦略的思考に欠けると批判し、次のような自主防衛論を展開している。「アジア太平洋地域にアメリカ中心の同盟網が必要であれば、アメリカは日本がTPPに参加してもしなくても同盟網は維持するし、そうでなければ日本の安全保障を放棄することがあるかもしれない。つまりTPPと安保は関係ない。」とした上で、アメリカが日本を守ってくれない時が来ることを考え、万一の場合には独力での防衛も可能になるによう防衛力を強化せよと自主防衛論と展開している。

 だが、独力で防衛が可能になる防衛力とはどのようなものなのか。日本の仮想敵国が中国であることは明らかであり、すでに、日米韓三国が在韓米軍司令部の下で、中国軍を迎え撃つ図上演習を実施している。その作戦を日本独力で展開するとすれば、どれほどの軍事費がかかると考えているのか。中国は公表されただけでも日本の2倍を超える軍事費を支出している。相手よりすぐれた軍備を持たなければ負けることは必定であるから、軍備競争は必ず“いたちごっこ”の軍拡になるのである。

 そうなると、安上がりの自主防衛論として出てくるのが「核武装」である。
日本には既に原発の燃えカスとして長崎型原爆数千発分のプルトニウムが蓄積されている。原爆の製造技術は既に周知のことであり、日本がその気になれば極めて短期間に製造できるとみられている。その上、日本は運搬手段も既に持っている。H−2などのロケットは、本質的にミサイルと変らない。これを組み合わせれば日本は短期間に核兵器保有国になりうる。そうすれば、通常軍備の拡大よりもはるかに安上がりで、自衛隊の削減も可能になるだろう。

 このような背景の中で、自民党青嵐会の時代から「核武装」を出したり引っ込めたりしてきたのが石原慎太郎東京都知事であるが、最近は国政復帰を見据えて、公然と「日本核武装」を唱えている。また、前回紹介した「資本主義以後の世界」の著者中谷巌一橋大学名誉教授もある種の核武装論者である。彼は、「日米同盟に日本人全ての運命を預けてしまってよいものだろうか」と疑問を呈した後、イザと言う時のために国営の最新鋭原子炉を2~3基建設し、プルト二ウムヲを蓄え、最新鋭の原子力研究を続け、これを抑止力とすることを提案している。

 私はこのような意見には断固反対する。核武装の行く末は「共滅」であると考えるからである。核武装論者の多くは核を持つのは抑止のためであって、使用するためではないと主張するが、絶対に使わないのであれば、持つ必要はないから、使うことを前提にしなければ”核抑止”は成り立たない。万一、核兵器を使えば、報復による「相互確証破壊」によって「共滅」にいたる。だから核抑止が利くのだという論者は、核抑止は相手が理性を有している時にのみ成立することを無視し、戦争が、理性を失った国家による殺し合いであることを忘れている。(M)

「東日本大災害の1年」の報道に思うこと
(1)2012年3月12日は、東日本の大災害から1年ということで、マスコミはその前からこぞって、様々な報道をしました。その2,3週間前からNHK は被災地の1年前と現状に関する特別番組を放送していて、その趣旨は、「この未曽有な体験を風化させてはならない」ということのようでした。この目的は私にも分かります。

(2)しかし、その少し前にはある精神科医が、「あの津波被害を経験したり、その時親や兄弟姉妹を失ったりした子どもたちには、悲惨な光景はトラウマになっているので、思い出させないような配慮が必要」という忠告をしていたはずです。今は、多機能の録画再生機器がありますから、録画したものを子供が寝てから見ることも可能でしょう。しかし、被災地の方々には、そうした余裕などないのが普通だと思います。「小さい子供には見せるな」と言っても、その対応は難しいのです。

(3)他局に遅れるな、とばかりに民放各局は、子供の心理などお構いなしに、同じような場面を何回も繰り返していました。中には、明るい復興の話もありましたが。失敗を公表して、その顛末を報告したのは、NHK の「家族に乾杯!」(3月12日夜)でした。この番組は、笑福亭鶴瓶がもう一人のゲスト(この回はマラソンの高橋尚子さんでした)とある地域を突然訪ねて、驚くその土地の人たちと交流するものです。

(4)この回では、東北の被災地(岩手県陸前高田市など)を訪ねていましたが、鶴瓶はある建物の中で、勉強している少女たち、後ろから声をかけて、「あんたら兄弟何人や」と問うたのです。少女の一人は振り向きもしないで、「ひとり」と答えました。その瞬間に鶴瓶は、「しまった」と思ったようですが、その子の親は消防士で、津波に流されて死亡していたのです。

(5)スタッフは後からそこを訪ねて、その子たちの元気な声をビデオレターの形でまとめたものを放送しましたが、私にはどうもすっきりしない印象が残りました。鶴瓶の反省で終わらせておいた方がよかったと思うのです。失敗があっても、後から修正ができて、いつもハピーエンディングに終わらせる手法ばかりでは、離れて行く視聴者も出てくるのではないでしょうか。

(6)「ぶらり途中下車の旅」や「所ジョージの“日本列島ダーツの旅”」(日本テレビ系)のように、突然にある地区を訪ねて、素朴なその土地の人たちとの交流を番組にすること自体は、私も反対しませんが、あまり事前事後に手を加えたような演出では、わざとらしさが目立ちます。ネット上では、こうした番組について、「やらせではないか」といった疑問も出されています。大勢のスタッフ(カメラ、音声、照明などを担当)を引き連れて、全く自然な“不意の訪問”などあり得ないわけですが、そういうことに考えが及ばない視聴者には無理もない疑問だと思います。こういう視聴者にも対応した“正直な”番組制作をしてもらいたいと思うのです。

(7)今回は、放射能汚染のことは、話が複雑になるので触れませんでしたが、重大な課題であることは認識しているつもりです。別の機会を見て考えてみたいと思っています。(この回終り)

前回のテキストの空所に当てはまる答えは、 与えられた選択肢の中から選ぶとすると、‘they share some interesting characteristics with each other’ です。この問題は、テキストを読んで談話の流れをつかむことができさえすれば、さほど難しくはないでしょう。しかしこれを完全な記述問題にすると、受験者は多くの言語技能を動員しなくてはならないので、たいへん難しい問題になります。その採点にも手間がかかり、実践面で難しくなります。入試センター試験には50万人以上も受験しますから、採点を考えると記述問題を取り入れる余地はないと思われます。一方、各大学で行なわれる試験では記述式が増えてきました。先月26日に行なわれた東京大学の英語でも、記述問題が相当部分を占めていました。現状では、センター試験のマークシート方式でリスニングとリーディングの基礎学力を測定し、各大学の入試では記述式によってより深い理解力や発表力をみるという傾向になっています。少なくとも国立大学入試はそういう方向に進んでいるようです。これに対して私立大学によるセンター試験の利用方法はさまざまで、国立大の場合とは事情が違っています。なかには学生を集めるためにセンター試験の結果だけを利用するというような、安易な選抜も行なわれています。

 以上で英語語彙と文法の基礎的知識・技能に関わる問題を見てきましたので、次に大学入試センター英語筆記試験から、その主要部を占めるリーディングに関わる問題を取り上げます。それらはリーディングのどんな力をみようとしているのでしょうか。また、それらの問題に取り組むことで、学習者は自分のどんなリーディング力を評価することができるでしょうか。以下に少し詳しく見てみましょう。

 今年のセンター試験のリーディング問題は、次の5種類の設問から成ります。

3問A:英文テキスト中の下線を施した語句について、その意味をコンテクスト(前後関係)から類推し、与えられた選択肢の中から正答を選ぶ問題。2問から成る。

4問A:英文テキストと図およびグラフを読み、下に示された問い(問1~3)の答えを選択肢の中から選ぶ問題。

4問B:コンサートの広告を読み、その内容に関する問い(問1~3)の答えを選択肢の中から選ぶ問題。

5問:英文テキストを読み、その内容に関する問い(問1~5)の空所に入れるべき語句を選択肢の中から選ぶ問題。英文テキストは、「留学プログラムの説明会の中で、バンクーバーの大学に3カ月間留学した二人の学生が、それぞれの体験を語っているもの」という設定になっている。

6問:英文テキストを読み、Aは下の問い(問1~5)の空所に入れるべき語句を選択肢の中から選ぶ問題、Bはテキストの各パラグラフの内容を表す語句を選択肢の中から選ぶ問題。英文テキストは6つのパラグラフ(段落)から成り、それぞれのパラグラフのヘッドに(1)から(6)までの番号が振ってある。

 まず第3問Aについて。これはリーディングテストとして注目すべきもので、未知語の推測というリーディングの基本的な技能をみる問題です。問1は説明文、問2は対話文になっていて、それぞれ60語前後の短いテキストです。いずれも受験者の多くが未知と思われる語および慣用句について、それぞれ下に与えられた選択肢(他の英語への言い換え)の中から答えを選ぶことになっています。紙面の都合で問1のみを引用します。

     Mr. Matsumoto is an English teacher who believes English classes should start with a joke. He always tries hard to create funny jokes. Some of his students have complained about his jokes being a waste of time. His colleagues also have advised him not to spend so much time writing jokes. However, Mr. Matsumoto is such an obstinate person that he will not listen to them and continues to spend a lot of time making up jokes for his classes.

In this situation, an obstinate person means a person who is ____________.

正解は選択肢の中の ④ unwilling to change his mind です。受験者がobstinateを知らなくても、その意味がコンテクストから容易に推測することができるようになっています。Bのテキストで問題にされているのは ‘right as rain’ という慣用句ですが、これもテキストの内容が理解できれば容易に推測できるものです。私たちは日常のリーディング活動の中で、このような推測(guessing)を常時行なっており、そのような推測能力を養うことがリーディング練習の重要なポイントの一つとなります。学習者は、辞書を引く前にコンテクストから未知語を推測するような読み方を、常時心がけるべきです。(To be continued.)