Archive for 6月, 2014

2.競争原理から創造原理へ

② 創造原理への入り口 原発の廃止
1. 原発事故への反省の欠如
 人類が原子核を破壊してエネルギーを取り出すことに成功したのは今からわずか70年前の事であった。アラモゴードの核爆発実験に立ち会った責任者のロバート・オッペンハイマーは「“今われは死となれり。世界の破壊者となれり”というヒンズー教の聖典の一節を思い起こした」と回想している。また、この実験を指揮したマンハッタン計画の政府責任者であったヘンリー・スティムソン陸軍長官は「これは、フランケンシュタインとなって我々を食い尽くすかもしれない」と語っている。彼らは原子爆弾が人類の未来を破壊する可能性に対する恐れを抱いたのである。 原子爆弾と原子炉は原理的には同じもので、核爆弾が核エネルギーを一度に開放するのに対して、原子炉は制御しながらエネルギーを取り出すのだが、技術的には後者の方が困難をともなう。それ故に、原子炉は、チェルノブイリ、スリーマイル島、福島と3度の大事故をくりかえした。これらの過酷事故は、史上最悪の環境汚染を引き起こし、何十万に及ぶ人びとの人生を破壊した。それにも拘らず、”原子力ムラ”の科学者達、政府責任者達、経済界の指導者達には、オッペンハイマーやスティムソンのような真摯な恐れや謙虚な反省が感じられない。その傲慢さが再び事故を起こす最大の危険因子だと私は思う。

2. 原発の脆弱性と放射能の危険性の再確認
 安倍政権と財界が一体となって原発再稼働へ突き進んでいるのは、言うまでもなく、グローバライゼーションという競争原理に基づく市場獲得競争で後れを取らないためという経済成長至上主義の考え方による。今週開かれた電力9社の株主総会では、脱原発を求める株主提案は、予定通りすべて否決され、経営陣は再稼働の必要性を強調した。科学者自身が「科学に100%はない」と認める中で、国民民多数の生命を危険にさらし、国土を半永久的に汚染するリスクに目をつぶり、見切り発車することは許されないと私は考える。
 福島第一原子力発電所(福一)の過酷事故から、すでに1200日を超え、事故の記憶が風化しかかっているのではないかと思う。そこで、繰り返しになるが、原発の脆弱性と放射能の危険性についてもう一度確認しておきたい。 

 ⅰ 地震、津波、火山噴火などの自然災害には常に想定外のリスクがつきまとう。
 ⅱ 人為的災害、つまり戦争におけるミサイル攻撃やテロ攻撃に対してはほとんど無防備である。
 ⅲ 原子炉建屋内にある使用済み核燃料棒の保管体制が極めて不完全である。
 ⅳ 福島原発の溶融核燃料の取出し、老朽原発の廃炉の技術が確立されていない。
 ⅴ 核のゴミの最終処分の方法も場所も未決定であり、見通しさえ立っていない。
 ⅵ 一旦放射能で汚染されれば、完全な除染は不可能である。現在行われている除染は、単なる移染にすぎない。数万年もの半減期を持つ放射能が今後、いつ、どこで漏れ出すかわからない。
 ⅶ 絶対安全なら必要のない避難計画だが、再稼働を進めるため、絵に描いた餅のような実効性のない計画がたてられている。
 ⅷ 原子力ムラを生み、育て、未曾有の災害を生んだ岩盤組織が徹底した反省もないまま、再び動き出している。

 私は、3年前の3月11日、福島第一原発で事故が発生してから今日まで、毎日欠かさず「原発災害日録」をつけている。その第1ページには次のように記されている。
* 東日本に大震災 震度7 沿岸に大津波 M8.8 国内最大(2日後に9.0に修正)死者多数。
* 福島第1原発から半径2キロ圏内に避難要請。緊急炉心冷却装置動かず。政府は、初の原子力緊急事態を宣言したが具体策なし。
菅首相は午後5時、国民へのメッセージを発表し、地震の被災者への見舞いを述べた後、「なお原子力施設につきましては、一部の原子力発電所が自動停止しましたが、これまでのところ外部への放射性物質などの影響は確認されていません」と追加した。なお書きの追加である。私は“コイツはバカか”と思った。地震の物理的被害はいかに大きくても、一過性のものである。今最大限の警戒を要するのは、放射能災害であることが分からないのかと思ったのである。地震と津波は天災だ。しかし、原子炉事故は安全神話によりかかた故の人災であった。当時の民主党政権や東電をはじめとする原子力ムラは、「原発の大事故は絶対起きない」という安全神話に寄りかかり、事故が起きれば放射能が人間や自然環境に与える深刻な影響を明らかに軽視していた。中性子爆弾の研究を通じて放射能が人体に及ぼす恐るべき影響について、ある程度の知識があった私は、家内と相談して、二人とも80歳を過ぎていることだし、避難せずにここで死ぬことを覚悟した。
次回から2回は、原発災害日録をつける中で知り得た事実の一部をとりあげ、原発再稼働を判断する際の参考に供したい。(M)

(1)経済開発協力機構(OECD)が、日本の主に中学校教員の実労時間について報道したために、6月25日頃の新聞各紙は、大きく取り上げていました。新聞によって問題点の取り上げ方は違うようですが、中学校の教員構成では、加盟34の国の女性教員は68%であるのに、日本の中学校では39%だとのことです。OECDに指摘されるまでもなく、日本の女性差別、女性蔑視は百年以上も延々と続いているのです。それは何故でしょうか?

(2)日本は徳川時代の長い封建制度から明治維新(これを何年とするかは諸説があります)を迎えて、欧米の社会制度を取り入れたように見えても、中味まで封建制から脱したわけではなかったのです。そう思えば、最近の東京都議会における自民党議員による“野次騒ぎ”も、起こるべくして起こったと言えるでしょう。しかも、自民党都議たちは、多数を拠り所に、“トカゲのしっぽ切り”(広辞苑にあります)で幕を閉じてしまいましたから、今後も本質的な解決など望むべくもありません。

(3)日本人は何か権力を与えられると、それを“笠に着て威張る”という悪習があります。東京オリンピック・パラリンピック組織委委員長の森 喜朗(元首相)などはその典型で、4月にTBSラジオの番組に出演した時には、“君たち若い者は知らんだろうが…”と口癖のように繰り返していました。若い人たちが昔のことを知らないのは当たり前で、だからこそ年配者は分かるようにじっくりと話して聞かせる必要があるのだと思います。

(4)私は今でも“東京五輪返上論”(前回のブログ)で主張した見解を変えていませんが、森元総理のような人物が委員長をしているようでは、無理難題を押し通して、失言や環境破壊を繰り返すであろうと心配です。しかも、安倍首相の後ろ盾があれば、ご本人は自省などするつもりは毛頭ないと考えてよいでしょう。舛添知事は及び腰ながら、関連施設の見直しを提言しましたが、石原環境大臣は放射能対策で、“結局は金目でしょう”と言ってしまい、謝罪して発言を取り消しました。本当は謝罪や取り消しで済むような問題ではないと思います。

(5)安倍首相は、6月20日に記者会見をしましたが、「景気回復の恩恵を津々浦々に行きわたらせるつもりです」といった趣旨のもので、具体性は何もありませんでした。景気の良かった点だけを強調して、地方行政をどうするかなどの具体策は何もありませんでした。これは安倍首相の常套手段ですが、国民の知りたいのは“覚悟”や“決意”ではなく、具体的な対策です。

(6)例えば、認知症になった年寄りが、踏切から線路の方へと歩いて行ってしまって事故になると、何時間もその線が不通になって、鉄道会社は甚大な損害を受けます。認知症の患者を抱えた家族は、日頃から肩身が狭い思いをしているのに、事故を起こせば、何千万円という賠償金を要求される場合があるそうです。こういう老人をどのように看護していくかは、直接にはそれぞれの自治体の問題だと思います。

(7)しかしながら、財政の乏しい地方の行政には、とても対応が難しい問題です。労働者の移動で人口が増えているのは首都圏の一部であって、人口が減少している地方都市にはとても対応するだけの余裕がないと言われています。私が、安倍首相の記者会見には“具体性が無い”と思ったのはこういう問題が頭を離れないからです。“おごる平家は久しからず”と言われたように、“おごる自民党久しからず”が、一日も早く実現することを願わずにはいられない気持ちです。(この回終り)

これまで名詞句、形容詞句、副詞句などのフレーズの構造とその用法を見てきました。しかし少し複雑な内容を表わそうとすると、フレーズより大きな「クローズ」(clause節)という単位を考える必要が生じます。フレーズとは、その中に主語と述語動詞を含む語群のことです。たとえば「彼は1945年に生まれた」は “He was born in 1945.” ですが、これは主語と述語動詞を備えたクローズで、それだけで独立したセンテンス(sentence文)にもなります。では、このセンテンスに「その年に戦争が終わった」または「それは戦争が終わった年だった」という意味の情報を付け足すとどうなるでしょうか。

<比較的に単純な構造>その方法のひとつは、これら2つの情報を別のセンテンスとして並べることです。実際の話し言葉では、このような単純な方法で表現するのが普通です。次の(a)と(b)がそれです。

(a) He was born in 1945. The war ended in the year.

(b) He was born in 1945. That was the year (when) the war ended. [括弧内の語は省略可](注)

これらはそれぞれ2つの独立したクローズを単に並べたものです。(a)は「彼は1945年に生まれた」という意味のクローズと、「戦争はその年に終わった」という意味のクローズがそれぞれ独立したセンテンスとして並んでいます。(b)は「彼は1945年に生まれた」と「それは戦争が終わった年だった」という2つのクローズが独立したセンテンスとして並んでいます。しかし(b)の第2のセンテンスに注目してください。その中にさらにもう1つの小さなクローズが埋め込まれています。when the war endedがそれです。これはその直前のthe yearを修飾する形容詞節です。関係副詞whenのあとに「主語+述語動詞」という明確なクローズの形態が認められます。このように小さなクローズがより大きなクローズに埋め込まれることによって、センテンスの構造はしだいに複雑になっていきます。

<より複雑な構造>こんどは2つのセンテンスを並べるのではなく、それらを1つに結び合わせてみましょう。いくつかの結合法が考えられますが、代表的なものを3つだけ挙げます。

(c) He was born in 1945, when the war ended.

(d) He was born in 1945, and that was the year (when) the war ended.

(e) He was born in 1945, that is, in the year (when) the war ended.

これら3つのセンテンスを分析してみます。

(c)の文:前半が主要なクローズ(主節)で、後半のwhen the war endedが従属的なクローズ(従節)です。この場合のwhenは関係副詞でand thenのような意味を表わします。when the war endedは形式的には副詞節ですが、意味的にはandで結ばれた等位節のようです。

(d)の文:andは等位接続詞と呼ばれ、2つのクローズを対等に結びます。後半のクローズの中に、(b)のときと同じ「名詞句+when に導かれる形容詞節」(the year + when the war ended)が使われています。

(e)の文:that isは「すなわち」という意味の慣用句で、前に述べたことを言い換えたり、言い直したりするときに使います。すると後半のin the year (when) the war endedは全体としては「前置詞+名詞句」の形の副詞句で、その名詞句の一部に(when) the war endedという形容詞節が含まれていることになります。

以上に挙げた(a)~(e)はすべて内容的にはほとんど同じですが、だからと言って、どれも全く同じというわけではありません。表現の仕方が違えば少し感じが違ってきます。たとえば(c)のwhen以下のクローズは、主節の情報に比べてやや付けたしの情報という感じがします。(d)はandで続けられているので、前半と後半を同等の価値をもつ情報として伝えようとしている感じです。そして最後の(e)はやや改まった感じの言い換えになっています。話し手は可能な表現の中から、おそらく無意識的に、その時点でいちばん自分の気持ちに合っていると思う表現を選びます。意識していないのですから、なぜその表現を使ったのかは本人にも説明できないかもしれません。しかし多様な表現ができるということは、その言語に精通している人のいわば特権のようなもので、母語話者はすべてそういう知識や能力を使って言語を駆使しています。英語を外国語として学ぶ私たちも、英語の多様な表現法を知ることは、その言語の使い手の意図を正しく理解するためにも必須のことです。そういうわけで、初歩的な日常会話ではクローズなどというものを使う必要はないかもしれませんが、英語学習が中級程度に達した人にとっては、これは重要な学習項目になります。(To be continued.)

<注>the year when the war endedのwhen(関係副詞)が省略されることがあるのは、the year (month, week, day, time, etc.) when~ という言い方が頻繁に使われるので、whenを省略しても意味が充分に伝わるからだと考えられます。書き言葉ではこのwhenを入れて書く人が多いようですが、早口の話し言葉ではほとんど省略されます。同様のことが他の関係副詞についても言えます。たとえば次のようです。

・I know a good place (where) you can get butterflies.(蝶が取れるいい場所を知っているよ。)

・Tell me the reason (why) you got so mad at me yesterday.(昨日あんなに僕に腹を立てた理由を話してくれたまえ。)

・The way (how) you talked to me made me mad.(僕に対する君の話し方が気に食わなかったのさ。)

2.競争原理から創造原理へ

① 市場原理主義とグローバライゼーション

 新自由主義と市場原理主義について、経済学者の宇沢弘文東大名誉教授は次のように述べている。
「戦争が終わった1945年フランク・ナイトとF.A.ハイエクの二人のシカゴ大学教授の経済学者が、ナチズムによって人間破壊と社会破壊が徹底的に行われたことと共産主義が特に東欧で支配的になったことに危機感を持ち、ヨーロッパ文明を守るために1947年に立ち上げたモンペルラン・ソサエティの考え方が新自由主義です。市場原理主義は、新自由主義をもっと極端なかたちにした考え方です。
企業の自由が最大限に保証されるときに初めて、一人一人の能力が最大限に発揮され、様々な生産要素が効率的に利用できるという一種の信念に基づいて、そのためにすべての生産要素を私有化し、すべてのものを市場を通じて取引するような制度を作るという考え方です。水や大気、教育とか医療、また公共的な交通機関といった分野については、新しく市場を作って、自由市場と自由貿易を追求していく。
社会的共通資本の考え方を根本から否定するものです。パックス・アメリカーナの根源にある考え方だといってもいいと思います。市場原理主義はこの新自由主義の考えを極限まで推し進めて、儲けるために、法を犯さない限り、何をやってもよい。法律や制度を「改革」して、儲ける機会を拡げる。そして、パックス・アメリカーナを守るためには武力の行使も辞さない。]( 始まっている未来 宇沢弘文・内橋克人 岩波書店 )

 私がこの本を読んだのは5年ほど前のことだが、この傾向は、安倍政権のいわゆる3本の矢による経済成長政策によって、破廉恥なまでに顕在化してきた。

② グローバライゼーションとはなにか

 グローバライゼーション(globalization)について、亡くなったロシア語の同時通訳者でエッセイストの米原万里さんは、internationalizationと対比して次のように解説している。少し長いが、私も同意見なので引用させてもらう。「internationalizationというのは、国際化という意味ではなくて、国際共同統治下という意味です。では日本語で国際化という場合に当たる英語はなんでしょうか。私は同時通訳の時に、日本人が国際化と言うと、すぐ自動的にグローバリゼーション—ロシア語ですからグロバリザツィアという言葉ですが—とほとんどいつも同じ言葉に訳してきましたが、国際的な基準に自分たちが合わせるという意味に使っています」と述べ、さらに「アメリカ人にとってグローバリゼーションとは、自分たちの基準を世界に普遍させるということですから、同じ国際化といっても、大きな溝があるわけで、私たちはこれをちゃんと自覚すべきだと思います。」と警告している。(愛の法則 米原万里 集英社新書)

③ グロバライゼーションを支えているもの 

 思想家の内田樹さんは、グローバライゼーションと日本の現状を次のように分析している。
「グローバル化した企業は、(世界規模の競争に勝利するためとして)、法人税率の引き下げ、労働者の賃銀の引き下げ、公害規制の緩和、原発稼働による安価な電力の供給、社会的インフラのための国費支出をうるさく要求してくるだろう。その要求に従わなければ「生産拠点を海外へ移す」というのが。彼らの恫喝の常とう手段である。そして政府はその要求に屈服する。その結果、国民国家への帰属意識の小さい企業ほど国民国家から多くのサービスを期待できるという逆立ちした法則が成立したことになる。国富を私財に移し替える人間、公共の福祉より私利私欲を優先する人間を当の国家がほめたたえ、支援するというこの法則は、私の眼には倒錯したものに映る。…そして、この倒錯を合理化するのが“トリクルダウン”理論である。「選択と集中によって国際競争力の高いセクターに国民的資源を集中する。国家的支援を受けた企業は世界市場で競争に勝ち抜き、大きな収益を上げる。その「余沢」はいずれ「まわりの貧乏人」たちにも「滴り落ちるtrickle down」であろうという話である。」内田さんはこのように述べ、行き着く果てを次のように予測している。「階層の二極化はさらにさらに進行するだろう。教育機会を失った低学歴の下層労働者が大量かつ組織的に生み出されるだろう。消費は落ち込み、国内市場は縮小されるだろう。市民社会の相互扶助が空洞化する一方で、極右的、排他主義的な言説が、節度なく垂れ流され、隣国との軍事的緊張が、意図的に演出されるだろう。」( これからどうする—未来のつくり方 岩波書店 )

④ グローバライゼーションの行方

 グローバライゼーションのスタンダードであるアメリカでは、人口の上位1%の人達の所得がこの30年間で10%増えたのに対して、他の90%の人々の所得の割合は10%低下した。さらに上位1%より急速に所得を増やしているのは、上位0.1%や、0.01%の人達である。その原因について元財務長官のローレンス・サマーズ・ハーバード大学教授は、公共政策が政治システムに働きかけることを最も得意とするものに巨額の富を与える仕組みになっているからだと述べている。

 安倍政権の下記のような最近の政策を見れば、アメリカのスタンダードは、そっくり日本にも当てはまる。
1. 法人税率の引き下げ 2.成果主義・残業代ゼロの賃金制度の導入 3.公共事業の拡大
4. TPPへの加入  5.原発再稼働 原発輸出の促進  6. 武器輸出3原則の廃止と防衛
装備品移転3原則 7.年金積立金の株式運用 8.国家戦略特区での外資導入 9.カジノ解禁と賭博場の全国展開

 新しい経団連の会長は、就任に当たり、政治と経済は車の両輪だと述べ、政治献金の再開を検討することを明らかにした。政策ごとに採点するというのだから、サマーズ元財務長官の指摘する一部の人間が巨額の富を得る仕組みがさらに強化されるだろう。

 このような不公正な仕組みを改めるにはどうすればよいのか。マクロ経済学者で、かつては政府の経済政策の旗振り役をつとめた中谷巌・元一橋大学教授は、やがて“転向”して、人類社会がグローバル資本主義によって起きた危機を脱するにはもはや文明の転換が不可避となったとして次にように主張している。絶え間ない金融危機を生むグローバル資本の”投機的性格”を是正しない限り、国際金融危機を抑え込むことはできない。しかし、これはあくなき利潤追求と自己増殖を目指す資本主義思想と根源的に相いれないから、危機を脱するには資本主義思想の修正もしくは転換が不可避となる。またグローバルな競争激化が生み出す所得や富の偏在を是正するには、市場至上主義を修正するしかない。さらに、何事も技術によって解決できるという信仰や、自然は人間によって管理されるものという自然観を改めなければ、自然環境の破壊はとどまるところを知らず、原子力のような人間が棲む生態圏の中では制御不能な技術に、人間が振り回されることになる。( 資本主義以後の世界 中谷巌 徳間書店 )

 ここに掲げた4つの評言には、事実を超えた真実が宿っていると私は思う。だから、今、世界で、日本で起きている様々な事象を、これらの評言に照らすと、本当の意味が見えてくるだろうと考えて、引用させてもらった。  (M)

副詞句の形態は比較的に簡単であることを前回学びました。それは前置詞句か、そうでなければ前置詞のない語群か(名詞句のような形をしているものが多い)のいずれかでした。学習のポイントになるのはむしろその機能(文中での働きと使い方)です。そこでまず「時を表わす副詞句」「場所を表わす副詞句」のように、それらの表わす概念の種類によって副詞句を分類し、それぞれの代表的な使い方の例を挙げることにします。

<時を表わす副詞句>年月や日時を表わすときに注意すべきなのは前置詞です。たとえば「私は7 月1日の午後3時に彼と会う約束をした」を英語にするとどうなるでしょうか。きちんと書こうとするとけっこう面倒です(注1)。まず「時間にはat」「日付にはon」「月・季節・年にはin」と覚えてください。また「午前に」「午後に」「夕方に」の場合はinですが、「夜に」はatになります。

◆  atが使われる例:at 7 o’clock / at 7 a.m.(注2)/ at 5:30 p.m. / at Christmas / at night

◆  onが使われる例: on Saturday(s) / on July 18(th) <米>; on (the) 18th (of) June<英>/ on New Year’s Day / on my birthday

◆  inが使われる例: in the morning(s) / in the afternoon(s) / in the evening(s) / in August / in (the) summer / in 1995 / in the 1990s(1990年代に)/ in the 20th century

◆  前置詞が不要な副詞句(注3): this morning (afternoon, evening) / yesterday morning (afternoon, evening) / tomorrow morning (afternoon, evening) / tonight / last night / tomorrow night / this week (month, year) / last week (month, year) / next week (month, year)

<場所を表わす副詞句>場所を表わす前置詞句ではat, in, on, toがよく使われる前置詞です。基本的な区別は下記のようです。これらの前置詞の基本的な使い方は中学校の授業で教わったはずですが、その区別をあまり意識しないで過ごしてしまった方もあるかもしれません。ここで復習をしておきましょう。

◆  atの使い方(小さな点として感じられる場所に使う):Who is that girl standing at the door?(ドアのところに立っている女の子は誰ですか。)/ We arrived at the airport just in time.(私たちは時間ぎりぎりに空港に到着した。)/ I’ll be at home tomorrow afternoon.(明日の午後は家にいます。)

◆  inの使い方(広がりの感じられる場所に使う):They used to live in Kyoto.(彼らはいぜん京都に住んでいた。)/ There are lots of universities in the suburbs of Tokyo.(東京の郊外には沢山の大学がある。)/ About a hundred foreign students are enrolled in this university.(この大学には約100人の外国人学生が在籍している。)Cf. Both my sons are at university.(私の息子は二人とも大学に行っている。)

◆  onの使い方(何かに接触している場合に使う):I saw a small dictionary on his desk.(彼の机に小さな辞書がのっているのを見た。)/ She kissed me on the cheek.(彼女は私の頬にキスをした。)/ A new hotel was built on the site of the old one.(古いホテルの跡に新しいホテルが建った。)

◆  toの使い方(「~へ、~まで」という方向や到達点を示すのに使う):I walk to my office every day.(私は毎日オフィスまで歩く。)/ He is going to Canada this summer.(彼はこの夏カナダに行く。)/ There are mountains to the west of Tokyo.(東京に西の方には山がある。)

<目的や理由を表わす副詞句>時や場所を表わす副詞句と並んで、「~のために」という目的を表わす副詞句が非常によく使われます。たとえばWhy do you learn English? と尋ねられて、あなたはどう答えますか。いろいろな答えが予想されます。3つばかりありそうな答えを挙げてみましょう。

(a) I learn English in order to be able to communicate with foreign people I may need to talk to somewhere. That’ll be a lot of fun.

(b) Because I like to read English novels. I know they have a great tradition of literature in Great Britain. I have some English novels I wish to read in the originals.

(c) Just to kill time. As a school kid I didn’t like to learn English, but they forced all of us to learn it as a school subject. Thanks to that, however, I’ve got the ability to read easy English. I enjoy looking over foreign magazines or leaflets I find in bookstores.

上の例から、私たちが内容のあることを表現するためには、副詞句の研究からさらに進んで、より複雑な構造を作る副詞節の学びが必要になります。(To be continued.)

(注1)「私は7月1日の午後3時に彼と会う約束をした」に相当する英語は、 “I promised to meet him at 3 p.m. (on) July 1st.” [米] または “I promised to meet him at 3 o’clock on the afternoon of (the) 1st of July.” [英] が代表的な表現です。なお、in the afternoonがon the afternoonとなっているのは、特定の日(この場合は1st of July)の午後になっているからです。

(注2)at 7 o’clock a.m. (p.m.)とは言いません。またa.m. / p.m.は、最近ではam / pmと書く人が多いようです。

(注3)時を表わす前置詞の不要な副詞句」は非常に多く、日常生活での対話でも頻繁に使われます。したがって英語学習者は、前回に挙げたものも含めて、そのような慣用表現にできるだけ習熟している必要があります。

< 経済大国から人権大国へ >

< 人権大国への道 終章 : 前説 >
  
 私は来月で85歳になる。桐英会ブログには3年間に、200回ほど投稿を重ねてきたが、もはや耳も遠くなり、目もかすんできたので、そろそろ結末をつけなければならない。これまでは、過去と現在の日本の社会について、人権状況を中心に、私の体験や認識を述べてきたので、最後は未来についての私の展望を語りたい。いわば、戦争体験者のひとりとしての21世紀に生きる人達への遺言状である。

 戦後70年間平和に生きてきたこの国は、今、大きな曲がり角にさしかかっている。曲がり角の先にあるのは、戦争かもしれない。自分の体験から、実例を挙げて書いてきたように戦争とは人権の墓場だと思うのだが、“みんなで曲がれば怖くない”とばかりに、曲がれ、曲がれと大声でけしかけている人達がいる。集団的自衛権の発動とは、まごうかたなき他国との戦争である。戦後最も多くの戦争に加担してきたアメリカと一緒にやるというのだから、恐るべき方向転換であり、このような動きは断固阻止しなければならない。

 それでは、このような動きを阻止して、これまで通りの道を進めばよいのかと言えば、それは多分不可能であるし、今でも脅かされている人権状況は、ますます悪化するだろう。それで私は、早くベクトルをかえて新しいパラダイムを目指そうと主張してきた。このため、<第一部 日本における人権状況 >では、この国の人権状況を4つの自由に即して点検し、このような人権状況を改善するために、自らの人権を守り、外国人を含めて他者の人権を尊重する覚悟を持とうと訴えてきた。さらに、<第二部 所与の条件>では、ベクトルをかえ新しいバラダイムヲ目指す時に、考慮に入れなければならない与件をかなり詳しく説明した。

 これから展開する第三部 < 人権大国への道 終章 >では、第一部、第二部を踏まえ、次のような順序で、この国の未来につて私見を述べたい。* 論拠になるデータについては付表によって第一部、第二部の該当のアーカイブを参照されたい。

1. 競争原理から創造原理へ・・・新自由主義からの脱却
2. 自由と公正に基づく共生社会の建設・・・日本株式会社からの脱却
3. 私の安全保障論・・・自衛隊の国連軍化
4. 50年後の人権大国日本を想う

 私がこの国の未来を考えるにあたって最も参考になったのは、大平正芳元首相の「田園都市国家の構想」と石橋湛山元首相の「小日本主義」であった。

 大平元首相は、「田園都市国家の構想」について、都市の持つ高い生産性、良質な情報と、民族の苗代ともいうべき田園の持つ豊かな自然、潤いのある人間関係とを結合させ、健康でゆとりのある田園都市づくりである」と述べている。さらに、この構想では、否定されるべき国家建設の手法として「工業文明、近代合理主義と西欧的アプローチ、トップ・ダウン、縦割り行政」などを挙げ、採用されるべき手法として「脱工業文明、ボトム・アップ、共存の論理、自発的な創意工夫」などを挙げている。

 また、「小日本主義」は、石橋湛山が太平洋戦争中、東洋経済新報の主筆として、拡張主義の「大東亜共栄圏」に反対するテーゼとして主張したもので、日本は、満州・朝鮮を放棄し、産業主義、自由主義、個人主義を3本を柱として、本来の国土の中で繁栄を求めるとともに、安全保障の根幹として「日米中ソ同盟」の締結を主張した。戦後は、国連を平和を目指す国際システムとして、日本国憲法第9条戦争の放棄を、敗戦国からの脱却の梃子として高く評価していた。

私は志し半ばで世を去ったこれら二人の先人の英知に学び、ある部分については反面教師として、日本の未来像を語りたい。

 アメリカの国際政治学者で大統領の安全保障問題補佐官を務めたズビグニュー・ブレジンスキーは、日本の将来につて、”米中の谷間に咲くひ弱な花“になる可能性を指摘したが、安倍政権の対米依存の強化、中国に対する敵視政策をみていると、予言がかなり現実味を帯びてきたように思える。私は、50年後の日本が、小さくても凛として咲く花であってほしいと願っている。(M)

(付表)
    < 経済大国から人権大国へ > 

第Ⅰ部   日本の人権状況 

1. 人権を担う勇気 ・・・・・・・・・・・・・・・<2013−10−19>
2. 日本人の人権意識 ・・・・・・・・・・・・・・<2013−10−26>
3. 人権は守られているか 
① 言論の自由 ・・・・・・・・・・・・・・・・<2013−11−2>
② 信教の自由と政教分離 ・・・・・・・・・・・<2013−11−9>
③ 欠乏からの自由 ・・・・・・・・・・・・・・<2013−11−15>
④ 恐怖からに自由 ・・・・・・・・・・・・・・<2013−11−23>

第2部   人権大国への所与の条件 

1.総論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<2014−1−11>
2.所与の条件
① 激減する日本の人口と世界の人口爆発 ・・・・<2014−1−25>
② 地球資源の枯渇と日本 ・・・・・・・・・・・<2014−2−8>
③ 国土と隣国 
1.国土の特徴 ・・・・・・・・・・・・・・<2014−2−22>
2.隣国—1 韓国・北朝鮮 ・・・・・・・・<2014−3−1>
  隣国—2 韓国 ・・・・・・・・・・・・<2014−3−8>
       北朝鮮については 北の核参照・<2013−3−9~4−20> 
  隣国—3 中国—1 戦前、戦中の日中関係 (戦争の半世紀)<2014−3−22>
       中国—2 戦後の日中関係 (河野文書と村山文書)<2014−3−29>
       中国—3 現在の日中関係 (尖閣)・靖国)    <2014−4−5>
           中国—4 現在の日中間系 (強制連行等)    <2014−4−26>           中国—5 台湾                 <2014−5−10>
隣国—4 ロシア—1 ロシアへの不信感          <2014−5−31>  
     ロシアー2 北方領土問題            <2014−6−7>

第3部 私説:人権大国への道 終章 

1. 前説
2. 競争原理から創造原理へ — 脱新自由主義
3. 自由と公正に基づく共生社会の創造 — 脱日本株式会社
4. 私の安全保障論 − 自衛隊の国連軍化
5. 50年後の日本を想う
                      ( end )
 

副詞の使い方が上手にできることは、言葉を話すときにも書くときにも非常に重要なことです。その使い方で、言葉の感じが粗雑にもなり、優雅にもなるからです。しかし副詞は形容詞にくらべて、言語学習における重要度が認識されていないようです。たとえば最近の日本語でも、形容詞や他の副詞を強調する副詞として誰もが使うのは「ものすごく」で、テレビに出てくるタレントたちも「ものすごくおいしい」や「ものすごくきれい」を連発しています。何回も同じ言葉を聞かされると、この人たちの語彙はなんと貧弱なのだろうと嫌味を言いたくなります。しかし学校の国語の時間に副詞の使い方について学んだ憶えはほとんどありませんし、英語の授業でも、いろいろな種類の副詞の使い方を組織的に学んだり教えたりしたことはないように思います。副詞や副詞句は言語学習の盲点かもしれません。

そこで私たちは、ここで英語の副詞句の構造や使い方の問題を取り上げてみたいと思います。あるていど順序だてて述べるためには、やはり副詞句を何かの基準で分類する必要があります。どのように分類するかは重要な問題ですが、ここではまず形式面から分類し、続いて機能面から分類してみようと思います。そうすることによって、これまで副詞句などは些末なこととしてほとんど意識することのなかった学習者が、文を理解したり発表したりするときに、それをいくらか意識するようになるのではないかと思います。意識するようになれば、そこに変化が起こることが期待できます。

さて、副詞句を形式の面から「副詞的前置詞句」と「前置詞句以外の副詞句」に分けることができます。2語以上から成る副詞句の大部分はこれら2つの形のいずれかに分類できます(注)

<副詞的前置詞句>副詞句として用いられる前置詞句(「前置詞+名詞句」)は非常に多く、その数はほとんど無限に近いと言ってよいでしょう。ここで注目したいことは、同じ前置詞句が文字通りの意味に使われる場合と、比喩的な意味に使われる場合があることです。一つだけ例を挙げます。次の(a)ではin the openが文字通りの意味に、(b)では比喩的な意味に使われています。

(a) Children need to play out in the open.(子どもは戸外に出て遊ぶ必要がある。)[OALD]

(b) Government officials do not want these comments in the open.(政府官僚はこういうコメントを公にしたがらない。)[ditto同上]

<前置詞句以外の副詞句>この種類の副詞句の数もほとんど数えきれないほどで、中学・高校の教科書に出てくるものでも相当の数にのぼります。「時」に関係する副詞句だけでも、today, yesterday, tomorrowなどの副詞に続いて、生徒たちは次のような多くのフレーズを学びます。

next week [month, year](来週、来月、来年), last [week, month, year](先週、先月、去年), the next day(その翌日), the day after tomorrow(明後日), the day before yesterday(一昨日), one day(ある日), the other day(先日), every other day(一日おきに), all day(一日じゅう), day by day(日に日に), some day(いつの日か),  any day(いつの日でも), these days(最近は), one of these days(近いうちに), some time((未来の)いつか), any time(いつでも), all the time(その間じゅう、いつも), this time(こんどは), this period((学校の授業で)この時限に), long ago(ずっと前に), sooner or later(遅かれ早かれ), etc.

以上に挙げた副詞句の多くは、前置詞句も前置詞句以外のものも含めて、いわゆる「慣用句」(idiomatic phrases)になっています。英語の母語話者はその習得過程で、周りの人々がこれらのフレーズを日常的に使っているのを耳にしているうちに、自然に口を出てくるようになっているのでしょう。ですから外国語として英語を学んでいる私たちも、それらの慣用句をいろいろな機会に使ってみて、それぞれの使い方をマスターする必要があるわけです。次回には副詞句を意味と機能の面から分類してみることにします。(To be continued.)

(注)現代英語の文章に現れる慣用的な副詞句を多数集めて、「前置詞を含む副詞句」と「前置詞を含まない副詞句」とに分類した下記の辞典があります。取り上げたすべての項目に例文がついていて参考になります。しかしこれだけ大部な辞典でも、実際に使用される副詞句を網羅しているわけではありません。

多田孝蔵著『英語副詞句活用辞典』(大修館書店1977)

< 人権大国への道 >

所与の条件 隣国 4 

ロシア ② 北方領土問題
 
 北方領土というのは、北海道根室沖の歯舞・色丹・国後・択捉の4島のことで、歯舞はいくつかの島からなる群島である。現在これらの4島は、いずれもロシアが実効支配している。

 日本政府は、日露和親条約が締結された2月7日を「北方領土の日」と定めて、毎年返還促進をもとめる会合などを開いているが、あまり盛り上がっているとは言えない。それは、国民が無関心だからだ。無関心の原因は、多分「4島一括返還」という政府の方針に対し、多くの国民が実現の可能性が薄いと考えているからだろう。それはまた、あのロシアが返すはずがないという国民多数が抱くロシアへの不信感、警戒感の裏返しでもある。

 前回述べたように、これらの島が歴史上日本とロシアの外交交渉の対象になったのは、安政元年(1855)の日露和親条約であった。この時両国は、千島列島の択捉島とウルップ島の間に国境線を引き、いわゆる北方4島は日本の領土となった。ただ、この時の交渉はオランダ語で行われたため、千島列島(the Kurile Islands)の範囲について両国の条約正文には微妙な違いがあったという。その後明治8年の樺太・千島交換条約で、樺太を放棄する代わりに、千島全島(カムチャツカ半島先端沖の占守島まで)が日本領となった。

 太平洋戦争で1945年8月14日、日本が連合国側に無条件降伏を通告した後、ソ連軍は、8月18日北千島の占守島に侵攻し、日本軍守備隊と戦闘になって双方に千名を超える死傷者が出た。日本軍は軍司令部の命令により降伏した。ソ連軍は9月4日までに南千島の歯舞、色丹、国後、択捉を含む全千島で日本軍の武装解除を行い、シベリアへ連行した。

 無条件降伏に当たり日本が受諾したポツダム宣言には、「日本国の主権は、本州、北海道、九州および四国並びにわれらの決定する諸小島に局限されるべし」となっており、諸小島に北方領土が含まれるのかどうかが問題になるのだが、これについて日本政府は、南千島の4島は、千島列島に含まれず、ソ連の参戦は日ソ中立条約違反であり、占領に法的根拠はないと主張している。一方、元外務省国際情報局長の孫崎亨は次のように述べている。「北方領土という概念は後になってできたもので、その中身は『北海道の一部である歯舞島と色丹島』と『千島列島の南端である国後島、択捉島』に分かれます。そして後者に関しては、第2次大戦が終わる以前から、アメリカが『ソ連に引き渡す』と明言しているのです。」(戦後史の正体 孫崎亨 創元社)

 日本は戦後、アメリカ軍の占領下にあったが、朝鮮戦争でアメリカ軍が苦戦したため、アメリカは日本を同盟国として再建強化する政策をとり、講和条約の締結を急いだ。これに対し日本では日米軍事同盟体制の固定化に反対し、ソ連、中国を含む全交戦国との講和を望む全面講和論とアメリカとの単独講和を急ぐ単独講和論が対立した(世界大百科事典)。単独講和を急ぐ吉田茂首相は、全面講和論を展開した東京大学の南原繁総長、大内兵衛、丸山真男らを”曲学阿世の徒〝と批判した。吉田首相は1951年52か国とサンフランシスコ講和条約に調印し、条約は翌1952年に発効して日本は敗戦から7年を経て主権を回復した。ソ連、中国、インド、ビルマ、ユーゴスラビアなどは講和条約に参加しなかったので、法的にはソ連とは戦争状態が続いた。(現在も継続中という説もある)

 吉田茂に代わって政権の座についた鳩山一郎は、外相兼副総理に対米自主路線派の重光葵を据えてソ連と交渉、1956年10月、自らモスクワを訪れて、ブルガーニン首相と日ソ共同宣言に調印して国交を回復した。この共同宣言の中で、○ 両国は、戦争状態を終結して国交を回復すること ○ 引き続き平和条約締結交渉を行い、条約締結以後にソ連は、歯舞諸島と色丹島を日本へ引き渡すこと ○ ソ連は対日賠償請求権を放棄すること ○ ソ連は、日本の国連加盟を支持することなどを取り決めている。これによって同年12月日本の国連加盟が実現した。
しかし、平和条約締結の前提となる領土問題の交渉は、米ソの冷戦の下で、その後、ゴルバチョフ書記長の時代になるまでほとんど進展しなかった。

 冷戦が終結し1991年ゴルバチョフ大統領が日ソ間に領土問題が存在することを公式に認めた。 それからすでに4半世紀近く、両国の間では、北方4島の帰属をめぐってon-and-offの交渉が行われてきたが、見るべき進展はなかった。東郷和彦・元外務省条約局長によると、その間何回か交渉進展の機会があったが、実らなかったという。長く対ロ交渉を担ったこの元外交官によると「4島一括返還」はありえないし、「歯舞・色丹の返還を先行させ、国後、択捉についてはプラスαの形で交渉を続ける」ことが最善の策だとして、そのための交渉の機会もあったのに逃してしまったという。( 歴史認識を問い直す 東郷和彦 角川書店)

 プーチン大統領の再登場によって、再び領土問題が急浮上した。プーチン大統領は、お得意の柔道になぞらえて、早く両国の事務当局に「はじめ」の指示をだし、「引き分け」で終わらせようと提案した。これは日本にとって絶好のそして最後のチャンスであるかもしれなかった。しかし、愚図ぐすしているうちに、ウクライナ問題が起きてしまった。プーチン大統領にとってはもはや、領土問題で譲歩するのは難しくなってしまったのではないか。

 北方4島には現在1万7千人のロシア系住民がおり、ロシア政府は2007年からクリル社会経済発展計画に基づいてインフラの整備を進めている。事実上ロシアの領土化が進んでいるから、もし、ロシアがクリミア方式の住民投票を持ち出してくれば、日本側に勝ち目はないだろう。一方、1万7千人いた日本の旧島民は高齢化が進み現在7千人余りに減っており、平均年齢は80歳に達している。2008年野の内閣府の「北方領土問題に関する調査」では、「返還運動に参加したい」と答えたものは。わづか2%であった。

 これで、所与の条件<隣国との関係>を終わるが、日本の中学・高校では、近現代史の学習が十分行われていないという指摘がある。もしそうだとしたら,過去の事実を知らずして、どのように現状を理解し、今後、どうして、これら隣国との信頼関係を築いていけるのだろうか。(M) 

名詞や名詞句のあとに長々と修飾語句がくっつくのが英語の特徴です。この点で日本語とは文の構造が大きく違っています。日本語の場合には、形容詞などの修飾語が原則として修飾される語(被修飾語)の前に置かれるのに対して、英語の場合には、長い修飾語は被修飾語の後ろに置かれます。ですから、いくらでも修飾語を後ろに付け加えていくことができるわけです。このような修飾構造に慣れることは、日本人英語学習者の大きな課題の一つです。

そこで名詞や名詞句のあとに続く形容詞句にはどんなタイプのものがあるかをしらべてみましょう。よく使用される形容詞句のタイプを知っていれば、文を聴いたり読んだりして理解するときにも、また自分で文を発話したり書いたりするときにも、大いに役立つに違いありません。学校の英語の授業では、このような日本語と英語の修飾構造の違いについてあまり聞いたことがないかもしれません。しかし筆者は自分の経験から、この知識を得ることで、英語の理解力と発表力が飛躍的に伸びると考えています。

名詞や名詞句に後置される形容詞的修飾語句の主要なタイプは、次の5つです。(ただしここではフレーズのみを扱いますので、関係代名詞節のようなものを含む修飾語句については、後ほど別の項目(クローズ)で取り上げます。)

<タイプ1>形容詞を中心とした形容詞句:1語の形容詞は、下記の(a) のように、原則として名詞の前に置きます(ただし例外はあります)。これに対して「形容詞+前置詞句」や「形容詞+to不定詞」のような構造をなすフレーズは、(b) のように、名詞の後に置きます。

(a) It’s a useful book.(それは役に立つ本だ。)

(b) It’s a book useful for learning Spanish (= useful to learn Spanish).(それはスペイン語の学習に役立つ本だ。)

<タイプ2>形容詞的前置詞句:「前置詞+名詞(代名詞)」の形をしたフレーズを「前置詞句」と呼びます。それらが名詞や名詞句のあとに続いて形容詞句として用いられることがあります。しかしすべてが形容詞句となるわけではなく、副詞句として使われることもあります。名詞の後にくる前置詞句が形容詞的か副詞句かは、そのコンテクスト(前後関係)によります。次の前置詞句のうち(a)は2つとも形容詞句、(b)は直前の動詞句を修飾する副詞句の例です。

(a) The people in the park are mothers and their children in the neighborhood.(公園にいる人たちは近所の母親とその子どもたちです。)

(b) The children are going to play soccer in the park.(子どもたちは公園でサッカーをしようとしています。)

<タイプ3>-ing形(現在分詞)で始まる形容詞句:名詞や名詞句の後に-ing形が続いたら、多くの場合、それは次の(a)のように形容詞用法の現在分詞である可能性が高いでしょう。しかし(b)のように、その文が「see (hear) +目的語+-ing」の形式になっていたら、その-ing形は直前の名詞句(目的語)を修飾しているというより、補語(述語の一部)として使われていると考えるのがよいでしょう。

(a) The people gathering in the square gave a sudden great cheer.(その広場に集まっている人々はとつぜん大歓声をあげた。)

(b) We saw a lot of people gathering in the square and heard them giving great cheers.(我々はたくさんの人々がその広場に集まっているのを見、彼らが大歓声をあげているのを聞いた。)

<タイプ4>過去分詞で始まる形容詞句:下記の英文(a)のように、名詞や名詞句の後に過去分詞で始まる語群が続いたら、それは直前の名詞(句)を修飾する形容詞用法の過去分詞であると考えてよいでしょう。ただし(b)のような「see (hear)+目的語+過去分詞」の文型では、その過去分詞は直前の名詞句(目的語)を修飾しているというより、文の補語として使われていると考えるべきです。

(a) Here is a letter written in Hebrew.(ここにヘブライ語で書かれた手紙がある。)

(b) Many students saw the boy bullied in the classroom.(多くの生徒はその男の子が教室でいじめられるのを見た。)

<タイプ5>「to不定詞」で始まる形容詞句:名詞の後に「to不定詞」がついて名詞句を作るのはごく普通のことです。この場合のto不定詞は形容詞用法です。2つだけ例を挙げます。

(a) I have a plan to visit Hawaii this summer.(この夏はハワイに行く計画です。)

(b) His decision to retire from politics surprised everybody.(政界から引退するという彼の決意にみんなが驚いた。)

次回は副詞句の話に移ります。