Archive for 2月, 2013

「直感」は人が複雑な事態に直面したときに、その解決に大きな力を発揮します。事態が複雑であればあるほど威力を発揮します。学校で数学の問題に真剣に取り組んだことのある人はみな、そういう経験を持っているのではないでしょうか。何としても解けなかった幾何の問題が、あるとき直感的に図形に線を1本引いただけで、たちまち解決したというようなことです。あるいは、一日中あれこれ考えてこんがらがっていた問題が、翌朝目が覚めたらいつの間にか解決していたという経験もあるでしょう。湯川博士をはじめとして、ノーベル賞を受賞した著名な日本人科学者の多くがそのことを語っています。「直感」は「気づき」の道具として、だれもが持っている偉大な力なのです。

 しかし使徒パウロがダマスコの途上で経験したような大きな「気づき」と、私たちが日常的な言語の学習や使用の過程で得る小さな「気づき」との間には、あまりにも距離があり過ぎると考える方もあるかと思います。しかし両者の間には、自己と関係している全体が見えたときに起こるという点で共通しているように思われます。パウロの場合には、ダマスコの途上にある時まで、自分が直面している事態の全体を把握することができませんでした。彼は物事の半面(自分の立場)しか理解していなかったのです。ですから、イエスの教えを説く人々がけしからぬ連中であるという想いにとらわれていました。しかしダマスコへの途上で、彼は突如、事態の全体を把握したのです。おそらく、そのとき彼に降り注いだ「天からの光」がきっかけを与えてくれたのでしょう。その「気づき」は間違いなく直感によるものでした。しかしそれは、これまでの彼の立場を全否定する過酷なものでしたので、大混乱が起こったわけです。

 次に、私たちが文章を作る場合のことを考えてみましょう。たとえば、病院に入院している友人を訪ねた経験を他の友人にメールをする場面を想定してみましょう(これは筆者が実際に先日経験したことです)。まず次のような断片的な事柄が想起されました。

*昨日○○君を見舞いに行った。*彼は新宿区の△△病院に入院している。*昨日は寒かったが良い天気だった。*病院の近くまで地下鉄に乗った。*△△病院は大きな病院だった。*彼の病室は見晴らしのよい13階にあった。*○○君はあんがい元気そうだった。*治療のためにもう3週間くらい入院している予定だと彼は言った。

私たちは文の最初の語を書く前から、上記のような「想い」(thought)を全体的に把握しています。そしてその想いを表現するのにふさわしいと思われる語を選択し、それぞれを適切な語形にし、語順を整え、一貫した論理的な文章になるようにします。筆者は最初次のような下書きを作りました。

* 昨日は寒かったが良い天気だったので、地下鉄に乗って、入院している○○君を見舞いに行きました。彼は△△病院という大きな病院に入院していて、あんがい元気そうでした。彼の病室は13階にあって、見晴らしのよい部屋でした。治療のためにもう3週間くらい入院していると言っていました。

 私たちはこのような文の組立ての大部分を意識下で行っています。しかし時おり、途中で適切でないと思われる語が選ばれたり、文法的におかしいと感じられたりすることがあって、分析のために意識がそこに集中することがあります。そして出来上がった下書きを読んでみると、いかにも事務的で面白みに欠け、友人を見舞いに行った報告として何かが欠けている感じがします。直感的にそう感じます。そこで何が欠けているかの分析に入ることになります。文章を作るプロセスでは、意識が全体と部分の間を往来し、直感と分析が交互にやってきます。そしてこれは、文章を読んだり聴いたりするときにも共通していると思われます。

 用いる言語が母語以外の、まだ充分に習熟に達していない言語の場合には、この直感が使えないことがあります。その一因として、選ぶ語彙が限られており、候補として挙がってくる語彙をいちいち分析的に検討する必要が生じるからです。また、それぞれのセンテンスを構成する語の形態や配置にも意識を集中しなければなりません。そうして出来上がった文章は、しばしば落ち着きのわるい、すっきりとしないものになりがちです。それは文章の一部に意識が集中してしまって、全体への目配せが欠けるからです。部分の分析に集中しながらも全体を意識するという二つの意識の配分が、直感力を排除しないための重要なポイントであるように思われます。これは難しい仕事ですが、私たちは自分自身をそのように訓練する必要があります。どのようにしてそれを訓練するかが次の課題となります。(To be continued.)

(131)<英語との付き合い‐47>

終章 夢をつなぐ

 2010年の春、30周年の記念集会を終わり、夢は果たしたと思ったのもつかの間、1冊の本を読んで、何かやっていないと落ち着かない昭和一桁生まれの性分が、またまた頭をもたげた。その本は佐々木俊尚著「電子書籍の衝撃」であった。この著者によると2010年が日本での“電子書籍元年”になるという。電子書籍には前々から興味を持っておりOEDや広辞苑が電子化され、新聞のデジタル化も進んできたので、この本を読んで、いよいよ日本にも電子書籍の時代が来るかといささか興奮をおぼえた。

 そこで、茅ヶ崎方式英語会の中核メンバーの皆さんに「私の新しい夢」というメールを送り、残りの人生をこれまでに出版した教本類9冊の電子書籍化にかけたいという決意を伝えたところ、4人のメンバーから「一緒に夢をみよう」という申し出があり、5人で「夢クラブ」を結成することにした。おおいに意気込んで作った「夢クラブ規約」では、かなり壮大な夢をぶち上げた。

 ところが、この本の御託宣にもかかわらず、日本には電子書籍元年は一向に訪れなかった。その原因についてはいろいろ分析されており,もっとものようでもあり、負け惜しみのようでもあるが、昨年末に発行された日経BPの「電子書籍」によると、それらの原因は克服されつつあり、2013年こそ「遅れてきた電子書籍元年になる」という。これまで何回も羹に懲りているので、今の私は電子書籍にのめりこんでいるわけではなく、紙の本と電子書籍の共存論者だ。両方に向くものもあれば、どちらかに向くものもあるだろう。要はコンテンツ次第だ。

 そういう観点から考えると、我々の教本類は、もっとも電子書籍化に向いていると私は確信しているのである。30年にわたる教本編集の過程で、私が一番苦心したのは、全体を有機的につなげることだった。例えば、全教本の用例を4000語の範囲内で書くという基本方針のもとで、4000語を易から難へ5段階にわけ、合計約2000の用例の中で出来るだけ繰り返し使用するため、用例の長さを15語から段階的に35語まで増やすという方針を貫いた。

 例えば、developという語は、用例語数15前後のBOOK−0後編で初出し、6回使用、用例語数20前後のBOOK−1では10回、用例語数25語前後のBOOK−2では15回、などBOOK−5までに100回以上使用されている。どの用例に使用されているかは、巻末のWORD LISTに示してあるから、進歩の度合いに応じて、手間を惜しまず自分用のLISTを作れば、develop-という語についてはconnotationを含めて十分に理解できるはずである。

 電子化すれば、4000語全てについて、ボタン一発でLISTが出来る。

 重要なsyntaxについても、同じ様な工夫をした。例えば、「分詞構文の付帯状況を示す構文」を学習したければ、これもボタン一発で、易しい単語を用いた短い用例から順に、何十もの構文が出てくるわけである。学習は紙の本より何倍も効率的になるだろう。

 それに教本類自体も紙の本では、ページ数つまり定価(紙の書籍の定価で一番比重が大きいのは紙代)の制約から、自由な編集が出来ず、かなり使いづらくなっている他、詰め込みで、文字が小さく、BOOK−5などは、私には天眼鏡がなくては読みづらい。こういう制約は、電子化すれば一挙に解決する上、紙代などが不要だから、定価もかなり下げられ、「よい教材を安く」という我々の設立以来の念願も果たされる。

 それに、文字と音声の一体化が図れる。今は紙の本にカセットやCDをつけているが、紙の本を電子化する際、音声を一緒に端末に入れれば、音声重視の茅ヶ崎方式の真価が発揮できる。
さらに、電子黒板と連動させれば、教本、週刊教材との一体化によって学習会は今よりはるかに効率化される。講師は板書などに煩わされることなく、学習者ひとりひとりに本来の自律学習の指導により専心できる。

 真によいことづくめであるが、これはほんの一例でアプリを工夫知れば、まだまだいろいろなことが出来そうだと思うと、夜中に飛び起きるほどわくわくせざるとえないのである。 それで、この2年は、電子化の前提である9冊の教本類の改定に全力を注ぎ、間もなく完了というとことまでこぎつけた。同時に我が寿命も終わりに近づいている。

 50回近くにわたった<英語との付き合い>はこれにて終るが、特に英語が好きなわけでもない私が、結局、なんだかんだ言いながら、ここまでやってこられたのは、独自の教本類の作成という創造の喜びがあったからだろう。今や新たな夢がどこまで実現できるかは、神のみぞ知る私の寿命にかかっているが、後は志を同じくする人達が引き継いでくれるものと信じて三途の川を渡りたい。 ご愛読有難うございました。(M)

「石原慎太郎議員の発言」のこと
(1)先々週(2013年1月28日)から開かれている国会では、「維新の会」を代表して、石原慎太郎氏が予算委員会で久しぶりに質問に立ちました。憲法問題については、「戦後のどさくさに米軍司令部が勝手に決めたものなんか、すぐにでも廃棄してしまえ」といった調子でした。憲法を改訂したいという点では、安倍首相も同意見のはずですが、7月の参院選を控えてか、首相の発言は慎重でした。というよりは、経済対策の方に関心があるのでしょう。

(2)「靖国参拝をするのか、しないのか」という石原氏の質問にも、安倍首相は明確な答はしませんでした。それは、韓国や中国と交渉することを前提にするならば、当然の配慮だと思います。石原氏の“相手国と戦争になっても構わない”という姿勢に挑発されてはいけないのです。そういう意味でも、「他国とのもめ事を解決するのに、戦争という手段には訴えない」と主張している現憲法は正しいのだと思います。しかし、私は条件付きで、憲法も改訂してよいと考えています。「米国から押し付けられた」という改憲派の言い訳を封じる必要もあるからです。

(3)石原氏は時間のほとんどを、“質問”ではなく、“演説”に使っていましたが、自説を披露したいのであれば、雑誌や書物で公表すればよいので、税金で運営される国会を利用すべきではないと思います。あるラジオ番組のコメンテーターは、「新聞も石原慎太郎議員の発言に批判的な記事が少ないのは、若い記者たちには、戦争へ突入していく社会の動きが分からないのであろう」という趣旨のことを述べていましたが、私も同感です。北朝鮮と同じで、一部の指導者に導かれる国民の末路は哀れです。日本はそういう経験をしていることを忘れてはなりません。

「国会で聞かれる敬語の使い方」について
(4)政治問題と離れて、「国会で使われる日本語の問題」を考えてみます。予算委員会などでは、同僚議員に答えるのに、やたらと敬語や謙譲語を使う傾向があります。「先生のご質問にお答えいたしますが…」などのように。今後は超党派の議員が集まって、「国会での望ましい表現集」といったものを作ることにしたらどうでしょうか。「同僚議員を“先生”と呼ぶのは止める」とか、「敬語は最小限に留める」とか、決めるべきことは沢山あります。そうでなくても国会では、一言答えるのに10秒もかかってマイクの前に立つことが多いのですから、速記録しか議事録として認めないというのもおかしな話です。映像で記録しておけば、いちいち委員長が発言者の名前を言う必要も無くなります。

(5)敬語(謙譲語を含む)の使い方が難しいことは確かです。ましてや、カメラの前でとか、時間制限がある場合などでは、間違えてしまうことは誰にもあることです。国会の例では、「今の私のお答え(→答弁)でよろしいでしょうか?」などがあります。しかし、こういう難しさも、小さい時からの訓練でかなり克服できるはずです。まず小学校の国語の授業方法を改善すべきだと思います。その方法の1つは、短い文で言う練習をさせることです。子どもは、「それから、ええーとご飯を食べて、そして、ゲームをして、それから…」のようにだらだらと続けがちです。もっと「ワンセンテンス」を短くして言う訓練をさせたいと思います。言い方が短くて分かりやすかったのは、小泉元首相でした。「…と私は考える(次第であります)」の( )の部分は言わないで、「…と考えます」のように言っていました。

「大阪市の幼児行方不明事件」のこと
(5)最近の報道で気になったのは次の件です。大阪市の担当の職員が、1人の女の子が小学校への入学通知に応じていないことに気づいて、調べていると、児童手当を詐取していた疑いで、その子の両親が逮捕されるという事件になりました。市の職員が父親に面会しても、いろいろ言い訳をするだけで、その子に会わせてもらえなかったのです。いつもすぐに記者会見で“パフォーマンス”を見せる橋下市長は、私の知る限りこの件については沈黙しています。法律を変える必要があるのであれば、すぐにでも政府に訴えるべきでしょう。行政というものは、上から目線で見ていただけでは分からない問題があるのです。

前回の訂正とお詫び:
前回のこのブログで、「日米安保協定」と書きましたが、これは「日米地位協定」か「日米安保条約」の間違いではないか、とブログ仲間の松山薫さんから指摘を受けました。その通りで、ここでは私は、「日米安保条約」のつもりで書いたのですが、「安保条約」は、日本側から変更を申し出られない「不平等条約」であるとのとの説明もしてもらいました。ただし、私は安倍首相に対して、「自衛隊を国防軍に変えるなど、そこまで米軍の肩代わりをしたいのであれば、いっそのこと“安保条約”も白紙に戻してもらったらどうか」という皮肉を込めたつもりでした。したがって、「日米安保協定」を「日米安保条約」に訂正します。私の書き間違いを読者の方々にお詫びいたします。(この回終り)

使徒パウロの衝撃的な「気づき」は、ルカの記述では何の前触れもなく突然やってきたように描いてあります。しかし実際には、パウロの心の中にはそのようなことが起こる兆候が以前からあったに違いありません。彼はエルサレムの祭司や律法学者の中にあって、イエスとその弟子たちを迫害する側についていました。しかしそのことの正当性については、以前から疑問を抱いていたと思われます。パウロほどの学識と論理的思考力を持った人が、そのことに疑問を持たなかったはずはありません。しかしパウロには確信がなかった。イエスをキリストと認めることは、自分のこれまでの生き方をすべて否定することになったからです。福音記者ルカの描いたパウロの回心は、その劇的な転換の瞬間を、彼の個人的な宗教的・神秘的な体験として描きました。私たちは、これに対して、「気づき」という、より一般的で現代的な用語によって再解釈しようというわけです。

 パウロの回心に見られるような、心の中に突発的に起こる大きな出来事というのは、そう滅多にはないことです。それでも私たちの多くは、一生に一度か二度そんな経験をするのではないでしょうか。そしてそれらの多くは理性の働きを超えた出来事で、言葉でうまく説明することが難しい。ある人は「ひらめき」と言ったり、「天啓」(天の啓示)と言ったり、宗教的な体験では「霊感」と言ったりします。私たちはそれを「気づき」という言葉で表わしたいと思います。そしてそれは、主として、私たちに本来的に与えられている「直感」(intuition)の働きによると考えます。

 「直感」と言うと、それは捉えどころがないものとして、これまでの教育では敬遠されがちでした。「どうしてそういう答えを得たのですか」と生徒に尋ねて「直感です」と答えられると、先生は困ってしまいます。学校の授業では、問いに対する答えは論理的に説明できるものでないと具合が悪いのです。ですから、「先生、どうしてそんな答えになるのですか」と問われて、先生は理屈で納得させることができなければなりません。「うまく説明ができない」では生徒は納得しないでしょう。しかし小さな「気づき」は日常的に起こっています。多くの場合、私たちは「自分が気づいたことに気づかない」だけなのです。

 どの分野でもそうでしょうが、言葉の学習場面でも、「直感」に頼らなければならない場合は非常に多いと思われます。もしすべての言語現象が理性的・論理的に説明されなければならないとしたら、学校での英語の授業は成り立たないでしょう。教師は説明することに追われて、1時間の授業で1つか2つのセンテンスしか扱うことができず、それでも完全には説明しきれないことになります。むかし、そういう授業をすると公言する同僚教師が実際にいました。そういう教師は、人間言語はすべて理性によって解明できる、また解明すべきだというおかしな言語観を持っていたのでしょう。

 「言語学習における直感の役割」というのは興味あるテーマですが、そういう研究はあまり多くはないようです。筆者は言語学習には「直感」が重要な役割を果たしており、学習者は自分の持っている直感力をフルに利用すべきだと考えています。ひとつ、言語学者チョムスキーの挙げた有名な例を引用します。次の (a)と(b) の英文は、英語の母語話者ならば、その違いは明白でしょう。

(a) John is easy to please.  (b) John is eager to please.

母語話者はいつの間にかその違いを習得し、それですませています。ということは、彼らは幼いときの言語習得で、それらが使われるいろいろな状況から、必要な文法感覚を直感的に身につけてしまうのです。しかし、これらの違いを合理的に説明することは、可能ではありますが、簡単ではありません。

 もう一つ、直感による言語習得と考えられるものに「冠詞」があります。冠詞を持たない日本語を話す日本人にとっては、それはもっとも習得困難な文法項目とされています。本ブログの執筆者の一人である松山 薫氏(NHK国際放送元記者)も、以前のブログの中でそのことを述べておられたと記憶します。自分の書いた原稿で、最後までネイティブ・スピーカーに頼らなければならないのは冠詞であったという趣旨のものでした。そのネイティブ・スピーカーですら、意見の一致しない場合があるというのですから、冠詞はまったく厄介です。しかしそれに似た問題は、私たちの英語学習には数えきれないほど存在します。そういう問題を解決する方法の一つは、明らかに、幼児の言語習得にならって「直感」をフルに活用することです。言語を学ぶとき、私たちは直感を研ぎ澄ます必要があるのです。(To be continued.)

(130)英語との付き合い‐46

<30周年記念集会>

 2010年の4月、茅ケ崎方式英語会の設立30周年の記念集会が、茅ケ崎市の後援をえて、市民文化会館で開かれ、小ホールを埋めた400人の来場者を前に、創設者として私は次のような開会の挨拶をした。

 「茅ヶ崎方式英語会が生まれた1981年(昭和56)は、アメリカではレーガン大統領が就任し、最初のスペースシャトルが宇宙へ飛び立った年でした。日本ではローマ法王の訪問があったくらいで、あまり記憶に残る年ではなかったと思いますが、私の立場からすると、3つの記憶すべき出来事がありました。ひとつはNHKを辞めて英語会を始めたこと、茅ケ崎海岸で松下政経塾が活動を始めたこと、もうひとつは、大阪のたこ焼屋の2階に英会話学校のNOVAが誕生したことです。それから30年、NOVAは莫大な負債を抱えて倒産し、松下政経塾も昔日の面影はありません。何故でしょうか。私は基本的な考え方が間違っていたのではないかと思います。NOVAは学習より金儲けを優先しました。政経塾はエリート政治家を育てて社会を変えようとしました。

 私は社会を変えるものはカネや一部のエリートではなく理念であり、その理念に共鳴して自ら考え、行動する市民の力であると考えています。迂遠なようでも市民のレベルが上がれば、それにふさわしいリーダーが生まれる。市民のレベルを上げるには、徹底した地方分権と、それを支える地方の草の根の文化が必要だと思います。草の根の文化の一つとして、この湘南の地から、一隅を照らす存在になるようがんばりたい。そう考えて、茅ヶ崎方式と言う名前をつけました。30年よく続いたものだと思いますが、最大の要因は、国際化、情報化、高齢化という時代の流れに茅ヶ崎方式の理念がマッチしていたからだと思います。つまり時の運です。同時に、この記念集会の裏方として働いてくれた中核的メンバー、そして我々の学習法に共鳴して全国に拡がった150の協力校の代表、会員の皆さんの人の和がそれをバックアップしてくれたのだと思います。
   
 さて、今から60年以上前、つまり、英語会の設立からさらに30年の昔、戦争で焼け残った窓ガラスの無い校舎で、焼け跡から拾ってきたトタン板の残骸で窓をふさぐと、暗らくてテキストが読めないから、昼間から電燈をつけて講義を聴いた時代、ともに学んだ東京高等師範学校の同期生が記念講演に駆けつけてくれました。土屋澄男さんは、この茅ケ崎にもキャンパスがある文教大学の元大学院教授で、茅ヶ崎方式が依拠するサイレント・ウェイの研究者として、設立の頃から御協力をいただきました。本日は「自律的学習の8原則」について特別講義をお願いしてあります。浅野博さんは、我々の母校を継承した筑波大学の名誉教授で 英語教育界の重鎮であり良心であります。今日は「英語教育では何故同じことが繰り返されるのか」という多くの人が持つ疑問に答えていただきます。また、田崎清忠さんは、16年間と言う前人未到の長きにわたりNHKTV英語会話の講師をつとめ、今も全国に多くのファンを持つ方で、地元に縁の深い横浜国立大学の名誉教授でもあります。お得意のユーモアやウィットを交えて「英語の楽しみ方」について様々な実例を披露してもらいます。それでは講演会を始めます。」

 挨拶を終えて、講演を聞こうと楽屋裏からホールへ入ったが、全く空席が見当たらなかった。キョロキョロしながら階段を上がっていくと、天井桟敷の端の席で手を振っているのが見えた。そこに座っていたのは、同志の中でも、自らの後半生をかけて協力してくれた高橋義雄さん(英語会第2代代表)と柴田誠さん(茅ケ崎出版代表)だった。二人の間に座って講演を聞きながら、30年の歳月をかけて独自の英語学習法とそれによって学ぶ組織を創りあげることができた創造の喜びをかみしめていた。(M)

(お断り)前回の「日本人英語学習者の考え」 7 <日本語学習との関係。基本問題>の中で、小学校の英語教育に触れたところがありますが、これはアンケートを実施した2004年の記述であり、その後、2008年の学習指導要領の改訂で「外国語活動」という時間ができ、英語はそこで教えることになりました。小学校での外国語教育活動については、土屋澄男編著「新編英語科教育法入門」(研究社)に簡潔にまとめられていますので、御参照下さい。 

「気づき」はすべての学習の中核「をなすものなので、先に挙げた女子柔道選手たちのような例は、いくらでも挙げることができます。そういう具体例をジャンルごとに集めて、「気づき」に関する全集や選集をつくることも可能です。きっと面白くて為になる読み物になるでしょう。読者の皆さんの中でこの企画を面白いと思われる方は、ぜひおすすめください。

 さてここで、歴史的に最もよく知られていると思われる「気づき」の例を一つだけ挙げます。非常に有名なので、多くの方はすでにご存じのことと思います。それは新約聖書の使徒書に記録されている使徒パウロ(またはサウロ、サウル)の回心の話です。多くのキリスト教徒は、この逸話を実際に起こった神秘的・奇跡的な出来事として理解しているようです。しかし筆者は、これをパウロの「気づき」の話として読みたいと思います。そしてここに語られているのは、パウロ個人に特殊的に起こった歴史的出来事と言うよりも、私たち誰にでも起こり得る衝撃的な「気づき」の経験であると考えます。その経験を、福音記者であるルカは、文学的な手法を使って見事に語っています。その部分だけを引用します。

 「さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、ダマスコの諸教会あての手紙を求めた。それはこの道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。」(使徒言行録9章1—9節)<新共同訳による>

 使徒書のこの部分については、多くの神学者や説教者が解説を書いていますので、詳しい説明はそれらに譲ります。キリスト教徒でなくても、この文章のコンテクストを知れば、何が起こったのかは容易に理解できるでしょう。サウロ(のちの使徒パウロ)はこの出来事をきっかけに、イエスを信じる者たちの迫害者から、イエスをキリスト(救い主)として信じる信仰者に転換したのでした。そしてキリスト教は、このパウロの劇的な転換を「回心」(conversion)と呼び、彼のこの経験によってキリスト教が成立したと考えています。新約聖書の使徒書の後半は、回心をした後にパウロが何をしたかを記録したものです。それを読むと、もしパウロが存在しなかったならば、あるいはパウロがこのとき回心をしていなかったならば、今日のキリスト教は存在しかったのではないかと思われるほどです。

 このパウロの回心の記録を注意深く読んでみると、「気づき」の興味ある特性がいくつか見えてきます。まずここに書かれている逸話全体は、パウロの「気づき」の状況描写と見ることができます。彼はダマスコへの途上で、今まで迫害していたイエスとその信徒たちが真理の側に立っていることに気づいたのです。それは、「突然、天からの光が彼の周りを照らした」(3節)というように、あるとき突然やってきました。「気づき」はしばしば、このように突然やって来ます。そしてそれは、「天からの光」としてやって来ます。パウロは同時に天から呼びかけるイエスの声を聞きます。これを神学者たちは「啓示」(revelation)と呼んでいますが、それは心の深部での「気づき」にほかなりません。

 次に、「気づき」は個人の内部で起こるものですから、周りにいる人々には何も見えません。「同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた」(7節)のです。そして「サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった」(8節)とあるように、何が起こったのかは本人にもよく分からないことが多いのです。それが心のずっと深い場所での「気づき」であるほど、その本当の意味を理解するのに多くの時間がかかります。「サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった」(9節)とあるように、しばらくの間、彼は完全な混乱状態の中に置かれます。彼は結局、自力では回復できず、他の人の助けを借りることになります。それについては先の使徒書の続き(10—19節)を参照してください。(To be continued.)

前回は、胎内にいる赤ちゃんが、お母さんの話す言葉を聞いてその音の変化に気づき、いろいろな音の区別をすでに学び始めていると書きました。また、筆者が中学生になって初めて英語に接したとき、それは日本語とは違って、音を構成する単位が母音と子音の単音であり、それらがおおむねアルファベットの文字と対応していることに気づいたと話しました。先生はそのことを正確には説明されませんでしたが(もし丁寧に説明されたら生徒はチンプンカンプンで、みな英語が嫌いになっていたでしょう)、先生の挙げるいろいろな例から、そのことに気づかされました。そういうふうに、私たちの言葉の学習は「気づき」から始まることを理解していただけたと思います。

 ところで「気づき」はすべての人に与えられている基本的な特性ですが、それはもちろん、学習の初歩的なステップだけで発揮されるのではありません。そもそも人の一生は学習の連続です。よりよく生きて行くためには、人は常に学習する必要があります。もちろん、すべての生物にはDNAに刻印された基本的な設計図が与えられています。人もそうです。しかしそれだけでは人は生きていけません。生まれてきた赤ちゃんは、面倒を見てくれる母親がそばにいてくれれば、しばらくは生きていけるでしょう。しかし、たぶんあまり長くは生きられないでしょう。この世に生まれてきた者はすべて、その複雑な環境に対処するために、常に多くの学習を要求されるからです。生きていくことは学習することなのです。筆者は老人になって知りました。歳をとればとるほど、学ぶべきことが増えるということを。なぜそうなるかというと、歳をとると、人は気づきのアンテナを増し、これまで気づかなかったことに気づくようになるからです。

 先日の新聞で「気づき」という言葉が使われている好い例に出合いました。ご存じのように、日本の女子柔道選手15名が、監督らの暴力やパワーハラスメント行為をJOCに告発しました。そのことに関して、山口香氏(84年柔道世界選手権優勝者・88年ソウル五輪銅メダリスト・現在、筑波大学大学院準教授)がインタービューの形で意見を述べています。以下の引用はその一部です。

「彼女たちの行動には賛否両論あると思いますが、彼女たち自身が起こしたものであるとはっきり言いたい。声明文にもあるように、彼女たちは気づいたんです。何のために柔道をやり、何のために五輪を目指すのか。『気づき』です。監督に言われ、やらされて、ということでいいのか。それは違うと。」(2月7日付『朝日新聞』朝刊)

 ここに「気づき」という言葉が実に適切に使われています。そしてこのようなコンテクストでそれが使われていることに、筆者は感動をおぼえました。15人の女子選手たちは、その声明文にあるように、「監督の存在におびえながら試合や練習をする自分の存在に気づいた」のです。選手たちはそれぞれ、自分が勝つためには、そのような体罰や暴力に耐えていかなければならない、その苦しさはメダルを取るために自分に課せられた苦行なのだと、自分自身を説得していたのでしょう。しかしある時ふと気がついたのです。いったい自分は何のために柔道をやっているのか、人間としての尊厳を傷つけられながらメダルを狙うことにどんな意味があるのか、と。そのことに最初に気がついた人が、仲間の誰かにそれを語ったに違いありません。そうして15人の選手たちが同志となったのでしょう。全日本柔道連盟という伝統ある強固な組織を動かすことは一人や二人ではできません。15人でも少ないかもしれません。しかし彼女たちは立ち上りました。現代社会では人々へのアピール力が成否を左右します。筆者はこの選手たちの成功を祈って、今後の動向を注視しています。

 このように「気づき」は、自己の人生の意味を問うというような、重大な決定に関わる問題にも大きな役割を演じます。もし誰かに訪れた最初の「気づき」がなかったならば、これら15人の選手たちには何も起こらなかったでしょう。暴力はずっと前からありました。しかし選手たちは、その暴力が自分たちの柔道家としての自立を妨げていることには気づきませんでした。彼女たちはしばしば、そのことについて疑問に感じてはいたでしょう。しかし気づかなかったのです。学びと決断と行動は「気づき」に始まりました。

 話が英語学習の問題から逸れましたが、私たちは「気づき」が私たちの学習の(そして人生の)様々なレベルで起こることを知りました。では、「気づきは」どういう時に訪れるのでしょうか。また、気づきはすぐに行動として現れるのでしょうか。こういうことについて考えてみたいと思います。(To be continued.)

(129)英語との付き合い-45

<日本人英語学習者の考え> 7

7.日本語学習との関係。基本的問題

● アンケケート回答者の選択

7.日本語あるいは日本語学習との関係をどう考えるか

* 英語を日本語に訳すとき、後ろから前に戻りながら訳すという人が多いですね。私は前から頭ごなしにやっていったほうがいいと思っています。頭ごなしにやると、「ここは置いといて」という留保事項が多くなるでしょう。すると、その留保事項を頭にメモする能力が必要になってくる。あるいはカッコに入れて数学の式のようにしてしまう。「まずはこうである」、その他の付属部分を入れて、「次はこうなる」というように予測しながら次を読んでいく。そういうふうに頭から訳すことと、日本語で論理的に分解することは矛盾しません。...後ろから訳す場合、それにとらわれて、肝心な主語や動詞を見逃して誤訳するケースもありますからね。...やっぱり文の構造、骨の部分を見なくてはダメです。...どれがこの文章の骨かを見抜くのは論理能力です。(1)
* カナダの言語学者カミンズは、母語と第二言語との間には、相互依存する共有の部分があるのではないかというか仮説を立てた。母語と第二言語とは、音声構造・文法構造・表記法といった表層面は異なっている。しかし、論理的に分析し、類推比較し、まとめる力といった抽象的な思考に必要な能力、文章構造や文章の流れをつかむ能力といった認知能力にかかわる深層面では共有する部分があるという。この仮説が正しければ、第二言語を学習する際に、母語での認知能力が大いに役立つということになる。(7)
* 「英語と日本語を1対1で対応させることはできない」という事実は、最初に英語を習い始めた中学生にはわからない。勉強を進めるにしたがって、多くの学生は日本語と英語は違うと気がつく。しかし、いつになっても気づかない学生もいる。(3)
* グローバル化した社会において多くの人々にとって必要なのは、ネイティヴ並みの英語力ではなく、結果的に正しく通じる英語力、さらにその裏づけとなる「中身」であることが理解できたと思う。私たちが英語を母語とする国々の人々と比べて決定的に不足しているのは、論理的に自分の考えを組み立て、説明する力だ。英語力以前に、母語である日本語において、論理的思考力の訓練がなされていないことが、外国人とのコミュニケーションを行う際の大きな壁となっている。(7)
* 日本語と英語の構造的な差異もわきまえず、日本の風土も理解しない欧米の学者が開発した音声中心の「実践的な」言葉を奨励した挙句,ビジン英語話者を大量生産し、その一方で表現のニュアンスを生かして政治や文化を語ったり、高度な議論を展開するには使えない、そんな英語を学習することが「科学的」とはとても思えないのです。...そんな教育よりも、当面は実用的ではないにしても、個々人が必要に応じて学習を積み上げていけるように基礎力を与えることのほうが、よほど重要ではないでしょうか。逆に言えば、学校で出来るのはそこまでなのです。(1)
* 言語が第一義的にコミュニケーションの道具であるなどというのは自明の理であり、日本の英語受容史上、それを否定した英語教育が行われたためしはない。ただ、日本語と英語がそれぞれまったく違った語族に属し、音韻体系も統語体系も、さらにはそれを用いる時の文化的、理念的前提も違う以上、日本人が英語を自在に使いこなすまでには相当な修練を積まなくてはならず、その過程でどうしても必要となる文法・読解学習が一見機械的印象を与えるために、そしてまた多くの日本人の英語学習がその段階で止まってしまうために、いかにも今までの英語教育が英語の伝達機能を軽視してきたかのように見えてしまうだけなのだ。(1)
* 日本人が英語を話せないのは、英語力以前に、欧米人が培ってきた思考スタイルを身につけていないことが大きく影響していると思わざるをえない。(7)
* 本書の訴えんとするところは、ごく簡単に要約すれば、国語教育を充実させよ、英会話ごっこにも似た低劣な早期英語教育を止めさせよ,型の訓練を中心とした骨太の教育を実現させよということになろうか。(1)

8.言語についての基本的な問題

* 中学校で卒業時までに教えるべき単語の数は、学習指導要領の変更により、1000から900に減りました。その900にしても、どの単語を教えるかの基準は決まっておらず、現実には単語を覚えさせることはさほど熱心に行われていないと思いますね。...英語において単語の占める比重は非常に高く、英語でものを考えるときの土台になるはずです。(1)
* 最近の心理言語学の知見によれば、われわれが言語を話すときには、言おうとする内容に意識を集中し、その内容を表現するキーワードを記憶貯蔵庫から引き出し,その語を中心にセンテンスを組み立てていくというプロセスをとる。(4)
* 日本語の「コミュニケーション能力」は、英語の‘ communicative competence ‘と同義と考えてよいであろう。これに関するカナーレイとスェイン研究では、次の4つの下位能力を認めている。(1)文法的能力:語彙,統語、音韻などの言語形式を操作する能力である。(2)社会言語学的能力:言語が使われる社会的文脈を理解し,その場にふさわしい言い方で表現できる能力(3)談話的能力:一連の発話や文章をまとまりのあるものとして理解し、与えられた文脈において一貫した発話や文章を構成する能力(4)方略的能力:自分の言語技能の不完全さを補うために、いろいろなストラテジーを用いてコミュニケーションを続行する能力。(4)
* 語彙はどれだけ必要か: Voice of America のニューズ番組SPECIAL ENGLISH NEWSは、使用単語を1500に制限している。従ってこれだけの語彙でも実用になるわけだ。逆に言えば、これ以下ではどうにもならないとも言えるだろう。...三省堂の「新コンサイス英和辞典」は中学校で習得すべき語は、約2000語、高校は約6000語としている。...大学受験で必要な語数は約5000語程度と言われる。英検では必要語彙を2級(高校卒業程度)で5100語、1級(大学上級)で10000語~15000語としている。...ネイティブ・スピーカーの語彙は5万語程度と言われる。ただし、頻繁に使う語彙は、専門職でも5000語程度と言われる。(3)
* 英語を聞き取るためには、「おおよその内容がわかっている」ことが必要だ。知らない単語は聞いてもわからない。これは当たり前のことだが、内容そのものも、概略がわかっているから聞けるのである。逆に言えば、まったく新しい内容はわからない。...人間はばらばらの個別部分を積み上げて全体を理解するのではなく、まず全体に対する大まかな把握があり、そこに位置づけることによって、部分を理解するのである。外国語の場合にもまったく同じことが言える。(3)
* 言語学は、人間の言語能力の根底にある知識を「語彙」「統語」「音韻」「意味」などの分野に区分けして研究し、それぞれの分野でかなりの言語的事実を明らかにはしている。しかし、人間がそのような知識をどのようにして獲得していくかという習得原理やその使用プロセスには諸説があり、解明から程遠い状態にある。(4)

● 私の見解

7.日本語及び日本語学習との関係 8.基本的な問題
 
「ゆとりの教育」という考え方のもとで、小・中学校に「総合的学習の時間」が設けられ、小学校ではその時間の一部を英語の学習にあてているようです。「ゆとりの教育」にも「総合学習」にも私は考え方としては賛成です。しかし、現在の日本の社会のありようを考えると、それらが目指す目的が本当に達成されるかどうか危うさを感じざるをえません。先ごろ発表された経済協力開発機構(OECD)の世界41カ国を対象にした学力テストでは、日本の子供達の、文章を読み、論理的に考え、表現する力が、4年前のテストより落ちていることが指摘されました。するとたちまち、“総合学習”は失敗した、授業時間を増やせ、週休5日制をやめよ、英語より国語が先だ“といった性急な意見が出てきました。このあと発表された、国際教育到達度評価学会のテスト結果では、理科や数学の点数も10年前の調査の時より下がっています。つまり、日本の子供達の学力は総体的に低下しているのであり、その原因は社会の状況に深く根ざしているのであって、授業時間を増やすなどの対症療法だけで解決できるものではないと思われます。社会状況のなかでもっとも心配されるのは、てっとり早く成果を上げようとする安易な考え方の蔓延です。それは、バブル経済時代に、本業を忘れ,土地ころがしでeasy moneyを得ることに狂奔した後遺症でしょう。つまり、大道を忘れた”つけ“です。バブル崩壊後の失われた10年では、皆が自信を失いました。これも大道を歩かずに失敗したあとで必然的に起きる現象です。藁をもつかむ思いですがったのが、アメリカ式競争主義でした。その結果富の配分の2極分化が起こりました。

年収300万円以下の所帯が既に40%に達しています。いわゆる一流私立校に通うことの出来る子供と,塾にも行けない子供の学力格差は開くばかりです。前述のOECDのテスト結果でも、日本には一番低いレベルの成績の子供が多く、これが全体の成績を押し下げていることが指摘されています。こうした状況を根本的に変えないと、子供の学力を本当に底上げすることはできないと私は思います。

教育行政においても、学校現場の地道な取り組みや試行錯誤の結果を積み上げて、間違いのない道を見出していくというよりも、管理強化による上意下達でことを運ぼうとする姿勢がうかがわれます。こういう風潮の中では、教師自身が深く考え、悩み、互いに意見を出し合って、大道を歩む努力が薄れていくのではないか。英語教育で言えば、“中学校の教員は、指導技術に、高校の教員は英語の語法に関心が強く、前提になる「どういう英語を教えるべきか」「英語教育はどうあるべきか」といった問題に関心のあるものが少ない”という指摘があります。(浅野博氏の論文「英語の脱英米化と英語教科書」中央教育研究所 中研紀要NO.2)。基礎学力を、自ら考え、問題を解決していく力と考えるならば、総合学習こそが最善の方法ではないのかと私は考えますし、教育を百年の大計とするならば、目先の成果だけでなく、ゆるぎない大道を見出す努力と、それを歩む覚悟が求められると思います。

小学校の英語教育については,社会の風潮と関連して、もうひとつ心配なことがあります。とくに、英語を教科として導入した場合い指導する側が、現状のような状態であると、デジタル・ディバイドならぬイングリッシュ・ディバイドが生じかねないことです。子どもの教育が、親の資力によって決まるという現状が、英語についても追認され、入り口における平等という民主主義の根本がさらに後退することになりまねません。英語が日本の社会において重要な役割を果たすようになればなるほど、社会のひずみは大きくなります。それで、教科としての英語は、小,中,高を通じて全て選択制にせよという議論もあるようですが、私はそうは思いません。義務教育である中学校では、全員に英語を必修させるべきだと考えます。その後は英語を止めてもよい。中学校できちんと基本を学習していれば、自分の人生で英語が必要になったとき、再び始めても十分に間に合います。そうゆう基礎だけはきちんと作ってやることが義務教育の目的ではないでしょうか。茅ヶ崎方式を始めて25年、現状ではそれもほとんど出来ていないことを痛感しています。それが、BOOK−0「0からの英対話」を作らねばならないと考えた理由のひとつです。

次に、日本語と英語の違いについてふれます。(有)茅ヶ崎方式英語会には、協力校などから、茅ヶ崎方式英語教本の用例に付けられた日本語訳は、“わかりづらい”、“AWKWARDだ”、“日本文になっていない”などの苦情が多数寄せられているという報告を受けました。これについては、英語会を通じて私の考えを詳しくお知らせしましたが、その中で、私が10年間、対話クラス(C−4)で英文作成を担当したときの体験談として、「日本文に引きずられて、論理的に意味を成さない英文を書く人が多い」ことを指摘しました。じつは、これは、私がNHK国際局にいたときの体験でもありました。自分で取材した原稿の場合そういうことはないのですが、国内放送の記者が取材した原稿や、共同通信の記者の原稿を英語のニュースにするときに、陥りやすい「わな」でした。日本語の原稿を英語ニュースにするときは、原稿を2,3度読み返したら、あとは原稿を見ずに、自分の頭で整理して英文ニュースにする、書き終わってから、元の原稿を見てチェックするというのが鉄則ですが、それでも、なお「わな」にはまることがありました。そうすると、英語のネイティブ・スピーカーであるリライターは、何を言っているのかわからないわけで、時にはお互いに、「この野郎、頭がおかしいんじゃないか」と喧嘩になることもあるわけです。年間何百本という英文ニュースを書くプロでさえそうなのですから、対話クラスの人達が、「わな」にはまるのは無理もない話で、「わな」にはまっているよと注意されても、まだ理解できないという事態も出てきます。学習会の場でなら、わかるまで説明することもできますが、教本では不可能です。それで、教本では、論理を優先して、(つまり英文のCHUNKINGを重視して)日本文としての完全性を犠牲にしました。本当は両立できればよいのですが、私の能力と、持ち時間の範囲ではムリだとあきらめたのです。

ところで、つい最近、旧友の浅野博氏から、氏の編集した ADVANCED FAVARITE JAPANESE−ENGLISH DICTIONARY をおくってもらい、読んでみて、「うーん」と唸りました。私があきらめたところを、埋めようという努力がされていたのです。見出し語に続く用例に「発想指示」という、これまで見たことのない項目があり、たとえば、峠という見出し語の、“仕事はやっと峠を越した。“という用例に「発想指示」として、”最も難しい部分を過ぎた“とあって、At last, I have gotten past the most difficult part of the work. という英文用例が載っています。日本語→英語の中で、最も難しいと思われる部分について、こういう地道な努力がなされていることを知って、本当に嬉しく思いました。 (M)

                   

                    

日本語で「気づく」はよく使われる言葉です。しかし「気づき」という名詞形はそれほど耳にしません。それに相当する英語は「アウェアネス」(awareness)ですが、これは英米の心理学や教育学の分野で学問的な用語になっています。また一般の人の会話にもしばしば使われます。英語の「アウェアネス」に影響されて、日本でも最近「気づき」を使う人が出てきました。筆者もそれを好んで使うひとりです。そしてこの語が身近な語として、もっと多くの人に使われるようになることを期待しています。

 いま筆者の手許に Introducing Language Awareness by Leo van Lier (Penguin English Applied Linguistics, 1995) という本があります。著者はオランダ出身の教育言語学者で、英国ランカスター大学で学位を取得し、1984年から米国の大学院で教育言語学(educational linguistics)のコースを担当している人です。この本の目的は、言語についての人々のアウェアネスを高めることにあります。一般に、人は自分のふだん使っている言語についてあまり意識をしていません。意識するのは、たとえば、慣用から外れた言い方をして他の人から注意されたり、笑われたりするときです。それだけではなく、言語についてアウェアネスを欠いた無意識的な使用は、しばしば重大なコミュニケーションの齟齬をきたします。著者van Lierによれば、こういうことは自分の使用している言語についてのアウェアネスを欠いていることに起因しているといいます。ですからこの本は、人々が言語についてのアウェアネスを高め、言語を使用している過程で起こるそのような問題に対処できるようにしようというわけです。

 上に紹介したvan Lierの本は、人々の言語生活の向上を目指す実用的な本です。しかし「アウェアネス」という概念は、もっと学習の基本的な概念に関わる重要なキーワードであると筆者は認識しています。そのことを、筆者はカレブ・ガテーニョ(Caleb Gattegno 1911-88)のセミナーに参加して知りました。彼は1980年代に毎年来日してセミナーを開催していましたが、あるとき講義の中でこう言いました。「教育可能なものは、アウェアネスだけである。」(What is educable is only awareness.)と。この言葉を聞いて大きな衝撃を受けたことを、今でもはっきりと覚えています。そしてそれから今日まで30年近く、筆者はこの命題を反芻してきました。いま筆者が理解している「アウェアネス」とは以下のようなものです。

 すべての学習は何かに気づくこと(つまり「気づき」)から始まります。 赤ちゃんもたぶんそうです。言語学習についても、赤ちゃんの学習は母の胎内から始まっています。最近は生まれたばかりの赤ちゃんの脳機能を「光トポグラフィー」によって調べることができるそうです。それによると、生後5日以内の赤ちゃんがすでに言葉に反応し、大脳皮質が活発に活動していることが分かるといいます。つまり、赤ちゃんは母の胎内で、お母さんの話す言葉を聞いてその音の変化に気づき、いろいろな音の区別を学習しているのです。日本でもそのようなことを、産経新聞の「新・赤ちゃん学取材班」が取材して紹介していました(『赤ちゃん学を知っていますか?』新潮社 2003)。

 「気づき」はすべての学習のきっかけをつくります。「気づき」のないところに学習はないのです。私たちは自分の赤ちゃんであった頃のことは思い出せませんが、英語という学国語を学び始めたとき、いろいろなことに気づいたことを思い出せるのではないでしょうか。筆者が英語を習い始めたのはちょうど太平洋戦争が始まった時期でしたから、英語に初めて接するのは中学校に入った時でした。それまで英語らしい英語を耳にすることもありませんでした。英語のアルファベットの文字は多少知っていて、それは左から右に横書きにされるくらいの知識はあったと思います。しかしそれぞれの文字が、基本的に一つの音を表わしていることは知らなかったので、そのことを知って驚いたことを思い出します。先生はそんなことは当たり前のことと思われていたのでしょう。説明もありませんでした。ただ、それぞれの音が日本語の音とどう違うかを熱心に説明し、反復練習をしてくださいました。日本語の音の単位が音節であるのに対して、英語の音(と文字)は母音と子音に分節されるなどという「メタ知識」は、何年もあとになってから知りました。しかし日本語と英語の音の単位がはっきりと違うものだという「気づき」は、中学1年生の時にすでに持っていたと思います。そうでなければ、英語の単語を正しく発音することも、それを正しい綴り字にして書くこともできなかったでしょう。(To be continued.)

 *  カレブ・ガテーニョは、外国語教育では「サイレント・ウェイ」(the Silent Way)の提唱者として知られていますが、実際にはもっと幅広く活躍した人で、自分自身は「教育科学者」(an educational scientist)と呼んでいました。1911年エジプトのアレクサンドリアの生まれ、1937年にスイスのバーゼル大学で数学博士号を取得、1951年にフランスのリール大学で心理学博士号を取得。その後ロンドン大学で教え、1952年にイギリスで「数学教育学会」(the Association for Teachers of Mathematics)を創設、1954年に数学教材会社を設立。1966年から活動の本拠をニューヨークに移し、1968年にEducational Solutions, Inc. という出版社を設立。自分の著作や数学教材、およびサイレント・ウェイによる外国語教材を多数出版し、世界各地でセミナーを開催。博士は45の言語に通じており、英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、日本語、中国語など、多くの言語についての教材を開発しました。

*  ちなみに筆者(土屋澄男)は、ガテーニョの著作のうち次の2点を翻訳して出版しています。① The Universe of Babies『赤ん坊の宇宙—その驚くべき自我のはたらき』(リーベル出版 1988) ② What We Owe Children『子どもの「学びパワー」を掘り起こせ—「学び」を優先する教育アプローチ』(茅ヶ崎出版 2003)。

「体罰問題と責任者の対応」のことなど
(1)「教員の生徒に対する体罰問題」についての橋下大阪市長の発言を聞いて、不謹慎なようですが、ゲームセンターにある「もぐら叩き」を連想しました。ご存知の方も多いと思いますが、これは70センチ四方くらいの芝生のような平面に、もぐらの形をした人形がひょっこり顔を出すので、すかさずプラスチック製のハンマーでそれを叩くゲームです。うまく叩ければ点数になりますが、1匹叩いても、次々と顔を出すのでとても忙しいものです。

(2)橋下市長は、体罰問題のあった大阪市立高校の体育科の入試を中止させて、受験を希望していた生徒たちに直接自分の意図を説明したと記者会見で語りました。「どうして問題を起こした教員には会わないのであろうか」と私は不思議に思いました。昨年の春に当時の田中真紀子文科大臣は、「申請中の大学の設置を認めない」と言い出して、物議をかもしました。橋下市長の姿勢に、それと似た軽率さを感じたのです。案の定、“もぐら叩きゲーム”のように、似たような問題が全国で次々と出て来ました。それは大阪市長の責任ではありませんが、橋下市長の「入試中止」の姿勢を批判する応援団などが結成されて、ネット上では様々な見解が飛び交っています。

(3)教育委員会や学校がいじめ問題や体罰問題について隠ぺい体質があるものですから、事の真相を知るのは大変難しいのです。先週のTBS ラジオ「Dig」では、自民党の「いじめ対策基本方針」の問題点を2時間ほど議論していました。「基本方針」では親の責任を重視しているが、いじめられている生徒にしてみれば、先生にも言えない、親にも言えないと悩んでいるのではないか、親子関係がうまくいっている場合でも、心を開こうとしないのが、そういう生徒の心境であろう、と語っていました。私もこの点は同感です。

(4)自民党は“保守党”ですから、あらゆる面で“保守的”なのは当然だとしても、まるで戦前の“道徳教育”の復活を意図するようでは困ると私は思います。安倍首相は機会あるごとに“新しい自民党”を宣伝していますが、沖縄県知事との会談でも新しい解決策は出て来ませんでした。この問題は、「日米安保協定」を1度白紙に戻して話し合わなければ、解決策は見つからないでしょう。株価が上昇したくらいで喜んではいられない難問が山積しているのです。例えば、ガソリンの値段がじりじりと上がって、いずれ諸物価に跳ね返るだろうとも言われています。多くの国民が危惧するように、「物価は上がったが、給料は上がらない」という現象が現実味を帯びてきています。

(5)1月30日の夕方のニュース番組(フジテレビ系)では、税金滞納者の家へ家財の差し押さえに出向いた“税金ジ—メン”の様子を報道していました。その家の主婦がいきなりキッチンから包丁を持ち出して来たり、所帯主の男は開き直って、ロッカーの前に座り込んだりしていました。ジ—メンの仕事が命がけだということがよく伝わってくる映像でした。

(6)こういう苦労は、「財源が足りなければ、通貨を増やしたり、国債を発行したりすればよい」と考える政府関係者には理解できないことだと思います。彼らが、「全身全霊をもってことに当たる」などと国会で答弁しても、その場限りの言い訳としか思われません。国会の本会議場における、“代表質問と答弁”などは、止めたほうがいいと私は思います。野次と居眠りが横行するだけです。

(7)生活困窮者の援助の問題も根が深いものがあります。日本の社会では、「生活困窮者に、「お前が悪いのだから、面倒は見ない」とは言えないのです。しかし、こつこつと働いてきた真面目な人間がやっと年金だけで生活しているのに、困窮者の貰う生活費のほうが多いとなったら、正に“正直者がバカをみる”世の中です。安倍首相も心構えばかり口にしないで、早く具体的な手を打たないと民主党の二の舞を舞うことになるのではないでしょうか。(この回終わり)