Archive for 10月, 2010

今回は聴覚による音声理解(aural comprehension)の話に移ります。英語リスニングの学習はこれがメインになります。前回に述べた音声知覚(aural perception)はそこに至る最初のプロセスに過ぎません。そうだからと言って、音声知覚が完全にできるようにならなければ音声理解に至らないというわけではありません。赤ちゃんの場合には音韻体系の基本を獲得した後に音声理解へと進むと考えられますが、成人の外国語学習では両者は同時に進行するのが普通です。母語の音韻体系を獲得した人が新しい言語の音韻体系を完全に習得するのは非常に困難である上に、完全に近いところまで達するのに相当の時間と経験を必要とするので、その完了を待つわけにはいきません。しかし成人の場合はすでに母語によるコミュニケーション技能を習得しているので、音声知覚がいくらか不完全でも、さまざまなコミュニケーション知識を利用することによって、音声理解はある程度可能です。たとえば、あなたが東京の街路を歩いていて、 “Have you got the time?” といきなり英語で声をかけられたとします。最初はちょっとまごつくかもしれません。不意だったので、その音声が完全には聞き取れなかったかもしれません。しかし状況を分析できるだけの冷静さを保っていれば、聞こえた音声と場面から得られるいくつかのコミュニケーション知識を利用することによって、理解が可能なのではないでしょうか。手がかりはいくつかあります。その発話の音調、話者の表情やジェスチャー、あるいは発話の最後のtimeという語(この語は強くはっきりと発音されたはず)、など。つまり、ある特定の場面で発せられたことばの意味は、発せられたすべての音を正確に知覚できなくても、言語的・非言語的ないろいろな手がかりからその意味を推測することは可能です。

 逆に、発せられたすべての音を正確に知覚できても、言われたことばの意味が分からないことがあります。私たちは母語での日常生活でしばしばこのような経験をします。「きみ、あのことはどうなっていますか?」と同僚から言われて、すべての音声が正確に知覚されたにもかかわらず、「あのこと」って何のことだったかな、と一瞬まごつくというような経験は誰にもあるでしょう。つまり、ことばの音韻的・言語的理解は完全でも、話者の意図が読み取れないということです。私たちが通常ことばを聴いてその意味を理解するということは、語句の意味だけではなく、話者の意図を理解するというレベルのことを意味します。そしてその場合、発話者に問い返す必要が生じます。先の例では、「あのことって?」と問い返すことになります。そういうわけで、英語リスニングの技能は、たんに耳から言語的な情報をたくさんインプットすれば上達するというものではなく、話者の意図を理解するために相手に聞き返したり、非言語的な知識を利用したりすることが非常に大切です。

 では、どのようにすれば英語リスニングの学習をもっとも効果的に進めることができるでしょうか。ただひたすら聴くだけでよいでしょうか。たくさん聴くことはもちろん大切です。しかし、まったく理解できないものをいくら聴いても分かるようにはなりません。だいいち分からないものを聴くのは楽しくありません。以前にも引用したことがありますが、クラッシェンのインプット仮説(input hypothesis)は、「言語習得が起こるためには、学習者は現在の言語能力を少し超える程度の項目を含む言語インプットを理解することが必要である」と言います。これは言語習得仮説としてはいろいろ議論のあるところですが、リスニング技能の獲得のためには非常に役に立ちます。私たちは上記の仮説を、「成人における外国語(英語)のリスニング技能を向上させるためには、学習者は現在の言語能力を少し超える程度の項目を含む言語インプットを理解することが必要である」と読みかえます。そうすると、もっとも効果のある英語リスニングのトレイニングは、新しい言語項目(単語やフレーズや文法項目)を少し含む音声テキストを、さまざまな非言語的な手がかりからそれらの意味を推測できるような場面で聴くということになります。学校の授業でなされる先生の英語による新教材の説明(oral introduction)がそれにあたります。そういう授業を継続して受けた生徒のほうが、そうでない生徒よりも、リスニングの力が勝っていたという実験結果が報告されています。一般の方々はその目的で制作されたテレビの語学番組や各種DVD教材を利用するとよいでしょう。またある程度の基礎をかためた方には、解説付きのCD教材が役立つでしょう。(手前みそになりますが、テレビ番組やDVD教材については、このブログ執筆者の一人田崎清忠氏がその分野での著名なエキスパートです。また他の執筆者の一人松山薫氏の創設になる「茅ヶ崎方式英語会」は、ニュース英語を聴けるようになるためのすぐれたリスニング教材を出版しています。)

「サブリミナル効果」
(1)スーパーなどで、例えば缶コーヒーを買おうとして、種類が多いので迷ってしまうことがあります。ところが、ある種類に目がとまって、「これはテレビのコマーシャルでやっていたものだ。これにしよう」と思ったりします。普段はコマーシャルを嫌っていたのに、ついその宣伝につられてしまうのです。こういうのを、前回の終りで書いた「テレビの見えざる影響力」と考えていいと思います。

(2)これを心理学の専門用語では、「サブリミナルル効果」(subliminal effect)と呼んでいます。「無意識のうちに受ける何らかの影響」のことです。実は、この用語は 1995年3月に、オーム真理教が起こしたとされるサリン殺人事件の報道の際に問題にされました。逮捕された教祖の浅原彰晃の姿をテレビがニュースの度に画面に出すと、「信者には教祖のメッセージが何か伝わることになる」との批判があったのです。

(3)この事件では浅原彰晃が死刑判決を受けましたが、最終的な決着はついていません。日本における“テロ攻撃事件”として、海外にも有名になりました。しかし、国内ではこの事件がなぜ起こったか、こういう事件が起こらないようにするには、どうしたらよいか、などを十分に考えたり議論したりしなかったと思います。最近では、「テロ事件」は遠い国の出来事と考えている人たちがいるのは残念なことです。

「テレビ・コマーシャル」考
(1)テレビ・コマーシャルについては、“うるさい”“わずらわしい”という思いが強いですが、どうせ見るなら、所ジョージのやるような“のんきな”感じのものが私は好きです。以前の缶コーヒーの宣伝では、その直後に、女優の仲間由紀恵が出て来て、ズバッと発言するのを私は好きにはなれませんでした。高田純次は面白いですが、とにかく無責任な感じです。そこを売り物にしているタレントですが。

(2)のほほーんとした“天然キャラ”は、トーク番組でも愉快です。NHK の“歌のお姉さん”だった“はいだ・しょうこ”はだいぶ間抜けです。宝塚出身ですから、歌は確かですが、彼女の“面白い”面を引き出した「笑っていいとも」のスタッフはたいしたものだと思います。「はなまるマーケット」の岡江久美子も、しっかりしていて、ときどき“天然ボケ”を演じます。俳優の卵になった自分の娘に、「そろそろ私一人暮らしをしたいの」と相談されて、「一人暮らししたいのはお母さんよ」とマジで答えたとのこと。こういう性格だから、かなり神経質な相棒の薬丸くんとうまくいくのでしょう。
(3)テレビ・コマーシャルについては、天野祐吉氏が、新聞や雑誌に「広告批評」を連載していましたが、厳しい中に、ユーモアがあって、私は愛読したものです。とにかく。情報化社会では、一方的な情報に流されないような努力が必要だと思います。(この回終り)

 ”Hi, Kiyo!  Doing okay?” (やあ、キヨ。元気かい)という電話。かけてきたのは、マサチューセッツ州マーサズ・ビニヤード(Martha’s Vineyard, Massachusetts)のジム・エンジェル(Jim Angell)です。「友達の娘がICU(国際キリスト教大学)に留学することになったんだが、一度会ってやってくれないか」「いいとも」。秋のある日、本人を都心のレストランに呼び出して会うことになりました。アラベラ(Arabella)という名前の19歳、ふっくらとして可愛い大学生でした。「卒業したら何をしたいのかね」「まだ決まっていません」「フーム」・・・食事の前の日本酒を興味深そうに飲んでいるアラベラを見て、私が聞きました。「日本酒美味しい?」「はい」(ようしッ!)「どうだ、日本酒を造ってみるというのは?」それから私は、酒造りには「杜氏(とうじ)」という専門家(brewing master)がいること、杜氏になるためには酒蔵に入って修行をすること、そして杜氏になれば自分の酒を造りアメリカでも「ブランド日本酒」を広く販売することができるようになることなどを「杜氏の歴史」とともに説明しました。黙ってきいていたアラベラは最後にひとこと。”I think I’m interested.” (わたし、やってみようかしら)

 これには経緯(いきさつ)があります。アメリカをしばしば訪ねるようになって、その土地土地にある日本レストランに行くと、食事と一緒に日本酒を注文します。多くの店で出される日本酒は日本で大量生産されたポピュラー・ブランドか、そうでなければカリフォルニアあたりで作られた「まがいもの」。これじゃあ、アメリカ人が日本酒のうまさを知るわけがない。ぜひとも、日本で本格的に修行を積んだ杜氏がアメリカで酒を造るようにしなければ・・・と考えていたのでした。そこに降って湧いたのがアラベラの登場だったというわけです。彼女はマーサズ・ビニヤード出身ですので、この話の後私はケープ・コッド(Cape Cod) 沖にあるこの島を訪ね、アラベラの家を訪問しました。森林と湖を要する巨大な敷地の農家。湖のほとりのこのへんの林を伐採して酒蔵を建てれば、完璧に作業ができる・・・実地検証を終えて私の自信は強まりました。酒が出来上がったら、銘柄の名前が必要。アラベラの「アラ」とマーサズ・ビニヤードの「マサ」をとって、「荒正」がいい!これで準備が整いました。

 新潟県新発田市に市島酒造という酒蔵があります。当時ここには珍しく7人の女性杜氏がいました。ここならアラベラを引き受けてくれるかもしれない。冬のある日、アラベラを連れて新発田を訪ね、当主市島國子氏(現在は会長)にお会いしました。「たいへんですよ、杜氏になるのは」「大丈夫、本人にはよく説明してあります」「そうですか。それならお引き受けしましょう」。こうしてアラベラの修行が始まりました。市島氏は酒蔵の2階にある部屋をアラベラの宿所として用意してくださり、3食の食事も家族と一緒にいただけることになりました。杜氏になるには、化学を含む国家試験に合格しなければなりません。私はつぎに新潟県の醸造研究所に行き、事情を話してアラベラの受験勉強を個人的に指導していただけないかどうかとお願いしました。「アメリカ人の女性杜氏が新潟県で生まれます。これはまさに国家的大事業です」という私の話を聞いていた所長さんは、「わかりました。お手伝いしましょう。毎週一回ここに通ってください。誰か担当者をつけて指導します」。私の悲願に一歩近づいた瞬間でした。

 修行が始まりました。日本酒醸造は冬が勝負です。厳寒の新潟、朝早くから夜遅くまで、仕込みが進むと徹夜でもろみを監視する仕事もあります。トラックから米俵を運ぶ力仕事も、女性だから、外国人だからといって免除されません。日本酒作りは、自分との勝負なのです。そして半年後、アラベラから電話がありました。”Professor Tazaki, I would like to quit.” (センセイ、私やめさせてください。) 悲願が飛び散った瞬間でした。

< 英語との付き合い ⑤ >            松山 薫
旧制中学時代 (3)
これほどまでに痛めつけられながらも、私達はまだ、日本が負けるとは思っていなかった。「大日本は神国なり」と教え込まれ、最後には“神風”が吹いて日本が勝つと本気で信じていたのである。一寸心にすきま風が吹いたのは、この年の4月のことだった。月一回だったかの登校日、教室の窓の外には桜が満開だった。担任教師の精神訓話を聞いている時、隣から一枚の紙が廻ってきた。B-29が撒いていった電単(宣傳ビラ)だったが、内容が衝撃的だった。50人ほどの集合写真が一枚載っており” これは沖縄の日本軍の捕虜です“というキャプションが付けてあったのだ。そんなはずはない、と思いながらもついひきこまれて行った。中学生でさえ軍事教練で叩き込まれた軍人精神、「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓はどうなったのだ。わけの分からない思いが頭の中で回転し、ふと気がつくと教師が机の横に立っていた。教壇に呼び出されて10数発殴られた。その程度は日常茶飯事なので、席に戻って隣の奴と顔を見合わせてニャッと笑ったのがいけなかった。今度は徹底的に殴り倒された上、「貴様のような非国民は憲兵隊に突き出してやる。一生暗いところで過ごすんだ」と怒鳴りまくられ、すいませんでしたと土下座して謝った。住民を巻き込んだ沖縄守備隊の全滅、不沈戦艦「武蔵」「大和」の沈没も厳しい報道管制でほとんど国民には知らされず、飢餓状態の中で頑張っていた国民も8月6日、「新型爆弾」が廣島に投下されるに及んで、動揺は隠せなくなった。B-29の空襲にもなれて1機や2機飛んで来ても防空壕に入らず空を眺めていたものが、その後はあわてて防空壕にとび込み、「新型」を落とさないよう神様、仏様に祈った。
8月15日、私は大森の日本工学の工場で研磨工として働いていた。玉音放送なるものを聞いたが、雑音がひどく同室の誰も何を言っているのか分からなかった。そこへ担任の教師が飛び込んできて「戦争は終わった」と叫んだ。「勝ったんですね」と念を押すと、必勝の信念を持っているはずの彼は、「バカ、負けたんだ」と顔をゆがめた。呆然自失している我々に「今日は直ぐ帰宅して学校からの連絡を待て」という。工場の外に出ると社員達が書類を山積みにしてガソリンをかけて焼いていた。こうして日本中で事実を示す証拠は焼かれ戦争の真実は覆い隠されてしまったのだと思う。家へ帰ってラジオを聴くと、大勢の人達が宮城(皇居)前に集まって陛下にお詫びしており、中には腹を切っている人もいると伝えていた。我が高師同期生の中にも、短刀を腹に突き立てかけて思いとどまったという人がいるから、全国では随分多くの人が自決したのだろう。しばらくはなにもする気が起きず、家でごろごろしていたが、学校から出てこいという知らせがあって登校した。食糧難で田舎へ行ってしまった者も多く、細々と授業らしきものが始まった。ところがしばらくたつと、なんと驚いたことに、「非国民」と怒鳴って、私を殴り倒した同じ教師が、デモクラシーなど聞きなれない英語をまじえて、アメリカ民主主義の素晴らしさを礼賛しだしたのである。やがて、連合軍最高司令官のマッカーサー元帥が厚木基地に降り立った。東京近辺の英語教師達が通訳のため厚木に集められたという。通訳としては役に立たなかったらしいが、占領軍は1人ひとつづづ、K-ration(携行食糧)をくれた。英語の教師であった校長が、それを教室へ持ってきた。中からは、もう何年も見たころがないチョコレートやキャンデーが出てきた。少しずつでもくれるのかと思ったら、校長はそれらを大事そうに箱の中に収めて教室を出て行った。もはや何も信じられないという気持ちになって、私の少年時代は終わった。私と同じ時代を生きた作家、城山三郎の「大義の末」、妹尾河童の「少年H」、映画評論家佐藤忠男の「草の根の軍国主義」などを読めば、私の体験が決して特別なものでないことがわかるだろう。
< 付記 >
ここで、戦前の樺太で育った私の家内の敗戦の思い出を付け加えたい。家内は、北海道へ引き揚げる途中、家族の半分を失った。
(無蓋車)
今日は、平成14年8月16日、月齢7.30。昭和20年8月16日の月齢は何日であったのだろうか。
57年前にタイムスリップしてみました。明るい夜でした。暫しのまどろみから覚めると私は無蓋車に、見知らぬ人々と乗り合わせていました。つい30時間余り前までは樺太の玄関である港町に住んでいたのです。8月15日の正午、敗戦となるや、町は脱出するため大混乱となりました。
錯綜する情報の中から父が決断したのは、先ずその夜出港する駆逐艦に母、私、弟、妹が乗り、数日後に出港する連絡船で祖母、脚の悪い伯母、従姉が街を離れるというものでした。祖母は当時まれに見る長寿で80歳でした。
そうと決まるや私たちは夏帯を切って袋状に縫い、紐をつけた俄か作りのリュックサックに手当たり次第詰め込みました。その中には後に紙くずとなる国債も含まれていました。人々は駆逐艦に乗せられ、立ったままに近い状態で真夜中に出港しました。通常8時間かかる宗谷海峡をどのくらいかかったのか、朝日に輝く陸地が見えたときはホッとしました。稚内での時間は水を飲んだことも、何を食べたかも憶えていません。烏合の衆でした。夜になってやっと行き先別に振り分けられ、無蓋車は発車しました。
宗谷本線の名寄駅では土地の人々が、あの凶作の時に炒り大豆を小さな紙袋に入れたものを差し入れてくれました。その袋のあたたかさ、人々の顔は忘れられません。
ようやく人心地がつくと、まわりの様子が目に入ってきました。片方には挿絵画家・竹下夢二の絵とそっくりの若いお母さんと女の子、ハイカラなバスケットまで絵と同じです。お母さんは半ば泣きながら「お父さまはすぐ帰っていらっしゃいますからね。」と女の子に話しかけています。もう片っ方には、一目で漁師のおかみさんとわかるお母さんと元気な子供たちがいました。特大の鉄鍋に茶わん、しゃもじなどが入っています。肝っ玉母さんは、これからの心がまえを言い聞かせていました。
 結果として、祖母たちの乗った船は沈められ慶応生まれの祖母は留萌の海に還りました。家を出るとき私は「ひと足先に行くからね」と、祖母は「追っつけいくから気をつけるんだよ」と言いました。これが最後の会話となりました。      松山慶子

以上

 たばこは18歳(未成年!)のときに吸い始めました。東京高師の入学式が終わり、クラス担任の藤井一五郎教授がみんなを連れて戸外に。「さあ、もうたばこを吸っていいよ」と先生がおっしゃると、待ち構えていたように学生たちがポケットからたばこを取り出し火をつけます。猛烈な劣等感に襲われました。家に帰る途中でたばこ(赤いボックスの「光」)を買い、列車を降りた駅前で一服。急に目の前の景色が一回転し、ヘナヘナと道路に崩れ落ちました。それ以来80歳の今日まで、一度も禁煙など考えたこともなく、フィルターなしのLucky Strikeとピースを吸っています。「トム・ソーヤーの冒険」の作者マーク・トウエイン(Mark Twain)の名台詞があります。”It’s easy to quit smoking.  I’ve done that a hundred times!” (たばこをやめるなんて簡単じゃよ。わしなんか、もう百回もやめとるぞ)。

 ではお酒はどうでしょうか。いつどのように酒を口にし始めたのかは、はっきり記憶にありません。卒業してから藤井教授に誘われてキャンパス近くの料理屋に行き、宴会が終わって玄関まで歩いたとき、廊下の両側の壁が妙に馴れ馴れしく交互に近づいてきたのを覚えています。お勤めを始めてからは、何とかの一つ覚えみたいに、毎日缶ビールを一本飲み、それが長く続きました。学生時代、アルバイトで旭ガラスの重役のお嬢さん(中学生)の家庭教師をやったことがありますが、レッスンが終わるといつも立派なお弁当と一緒にJohnny Walkerというラベルがついたウイスキーが出ました。「ウイスキーはうまい」と舌が覚えていたのでしょう、やがて私はビールを卒業してスコッチの世界にのめり込みました。こんどは、スコッチをはじめ、アイリッシュ・ウイスキー、カナデイアン・ウイスキーと片っ端からトライし、酔い心地に満足しました。そこでアメリカ留学。今度はアメリカの地酒バーボン(bourbon)です。スコッチと比べるとちょっとクセはありますが、何とも言えない甘味があるバーボン。これもケンタッキー州、テネシー州産のブランドを総なめです。その次はワイン。日本航空のファーストクラスで提供されていた「シャトウ・マルゴー」(Chateau Margaux)の妙なる美味に圧倒され、今度はワインの世界にどっぷり。「白ワインならミュスカデ(Muscadet)か、カリフォルニア州ナパのロバート・モンダビ(Robert Mondavi)だな」などと、いっぱし通を気取る有様なのです。頻繁にハワイを訪ねるようになると、ポリネシアのカクテルに熱をあげ、さんざん飲みまくったあげくに「ロイヤル・ハワイアン・ホテルのビーチサイドにあるマイタイ・バーで飲むマイタイ(Mai Tai)がイチバン」との結論を得ました。元来凝り性なもんですから、いろんな酒を飲みまくったあげくに到達した最後のこたえは・・・日本人のふるさとは日本酒にあり、ということでした。酒は飲むもの、飲まれるものではありません。酩酊して自己喪失に陥ったり、いわんや他人に迷惑をかけたりするのはもっとも恥ずべきことです。したがって、食事を別にしてお酒だけを飲もうという気にはなりませんし、酒場やバーに入り浸りなどということもありません。日本酒は食事の味を引き立てます。ですから、水のように爽やかな、そしてそのお酒独特の風味を備えた酒を銘酒だと思っています。一度でいいから、自分好みの日本酒を自分で醸造してみたい・・・こんな思いで生まれたお酒の写真をお目にかけましょう。

英語リスニングの学習

Author: 土屋澄男

リスニング(聴くこと)の学習に関連する問題は非常に多岐にわたるので、そのすべてを取り上げることはできそうもありません。ここでは、英語学習においてリスニング技能を高めるにはどうしたらよいかという観点から、リスニング学習に関連するいくつかの中心的課題を見ていきたいと思います。言うまでもなく、リスニングは母語習得において子どもが最初に発達させる技能です。赤ちゃんまず周囲でなされる発話に注意を傾け、音声を聴き分け、それを口にして次第に話すことを学び、それからリーディング、ライティングへと進みます。第2言語や外国語の学習の場合にもそれが自然な順序なのですが、かつての学校ではそれを古典語の学習のようにリーディングとライティングを優先させたために、リスニングとスピーキングの技能の発達が阻害されたことがありました。英語をコミュニケーションの手段として学習させる現代の学校(特に中学・高校における基礎的コミュニケーションの養成段階)では、リスニングとスピーキングの技能をないがしろにすることはもはや許されないことです。

 さてリスニング学習の第一歩は、聴覚による音声知覚(aural perception)です。子どもの母語の獲得の場合には、音韻体系の獲得は非常に早い時期になされることが最近の研究で明らかになってきました。胎児は母親の子宮にいるときから母語の獲得を始めているのです。生後間もない赤ちゃんはすでに母語のリズムやイントネーションの基本をすでに獲得しており、それらの違いで母語と他の言語を区別することができることが分かっています。そして母語における母音や子音の区別についても、その獲得はすでに胎児のときから始まっており、生まれたばかりの赤ちゃんは母語の母音や子音の聴き分けができるようになっています。たとえば日本人学習者に不得意な英語の [ l ] と [ r ] の区別を、英語を母語とする生まれたばかりの赤ちゃんは、ちゃんとできるそうです。そして満1歳頃には、早くも母語の母音・子音の音韻体系を獲得するということです。しかもその能力は、満1歳を過ぎると、急速に失われていきます。つまり、赤ちゃんは自分の母語にさらされてそればかりを聴いているうちに母語の音韻体系を作り上げてしまい、そのために他の言語の異なる音韻体系を受けつけなるのです。(以上のことは、つい最近発行された今井むつみ著『ことばと思考』<岩波新書>の中にもふれられています。)

 このことの第2言語や外国語のリスニング学習に意味するところは重大です。なぜなら、新しい言語を学ぼうとする成人は、すでに赤ちゃんの持つ音韻体系の自然な獲得能力を失っていることを意味するからです。しかしそれは、成人が全く絶望的な状態に置かれているということではありません。赤ちゃんと同じようにはいかない、つまり、ただ聴いていれば赤ちゃんと同じように言語音声の聴き分けができるようになるわけではない、ということです。成人は、赤ちゃんとは違って、意識的な学習によって、新しい言語の音韻体系を身につけなければならないのです。日本人の英語学習では、すでに「発音の学習」で述べたように、まず英語のリズムと音調の規則を学び、英語音声の強弱や音調の変化を聴き分けることができるようにならなければなりません。母音については、英語の基本母音は少なくとも12個あり、2重母音を含めると20個にもなります。それらをきちんと聴き分けられるようになる必要があります。子音の数はそれほど違いませんが、英語にあって日本語にはない音(f, v, l, r, thなど)の聴き分けやそれらの区別が特に困難です。ここでは詳細は省略しますが、幼児期を過ぎた日本人が英語を学ぶときには、母語である日本語と外国語である英語の音韻体系の違いを意識的に学ぶことが必須となります。ただ反復して聴くだけでかなり上手になる人もいますが、そういう人は特殊才能に恵まれている人で、普通の人は英語の音韻体系を模倣と反復で身につけることは困難です。

 ところで音声の聴き分けは、ただ一方的に聴く練習をするよりも、自分でそれらの音を発してみることも大切です。外国語の初級クラスで、インプット中心の授業を受けたクラスのほうが、アウトプットも同時にさせたクラスよりも良い結果を得たという有名な実験(Postovsky 1974)がありますが、日本人の英語リスニング学習ではこの結果はそのままあてはまらないと私は考えています。英語と日本語のように音韻体系が(そして文字体系も)非常に異なる言語にあっては、アウトプットの仕方を同時に学ぶほうが有利なはずです。たとえば [ l ] と [ r ] の区別はただ繰り返し聴くよりも、自分で発音してみることによってその違いがよりよく認識できるからです。そしてこのことは、次に述べる「聴覚による音声理解」とも関係します。(To be continued)

「スポーツ番組」
(1)スポーツは人によって好き嫌いがはっきりしていますから、一般論を述べることは難しいことを承知の上で試みてみます。昨年まで、テレビのスポーツニュースでは、よく「楽天」の野村監督の“ぼやき”を放送していました。スポーツ嫌いの人でも見たことがあるのではないでしょうか。テレビの取り上げ方は断片的で、繰り返しが多いですから、あの監督は文句ばかり言っていると思う人が多かったようです。

(2)野村克也氏は、『あぁ、監督』(副題省略)(角川書店)という本を昨年2月に出版しましたが、なかなか立派な内容です。重要なポイントの一部は、毎日新聞(10月23日)の「余禄」に紹介されていました。野村監督が選手を動かす手法を6通り示していて、それは、① 恐怖で動かす ② 強制して動かす ③ 理解して動かす ④ 情感で動かす ⑤ 報酬で動かす ⑥ 自主的に動かす となっています。

(3)教員が「生徒を動かす」という点にも共通点があると思います。「恐怖で動かす」というのは、「単位をやらんぞ」とか「いい大学に入れないぞ」と言うのに、「報酬で動かす」は「生徒を褒めること」に当たるでしょう。「理解して動かす」とか「自主的に動かす」が一番望ましいと思いますが、実践は易しくはありません。

(4)スポーツと言えば、「フェアプレイ精神の象徴」のように昔から言われたものです。英語で “to play cricket” (クリケットをする)は、「公明正大にふるまう」という意味があることはよく知られています。ところが、大相撲の野球賭博のような事件があると、その信頼感が消えてしまいます。プロ野球選手は相撲賭博をやっているのではないかと勘繰りたくなります。

(5)そういう大きな事件でなくても、シンクロナイズド・スイミングとか、フィギュアスケートのような、審査員が主観で判断するような競技では、その採点方法が問題になることがあります。しかし、考えてみれば、スポーツにおける審判の判断は、どんな競技でも微妙な問題がついて廻ります。女子プロレスが普通のテレビ中継から姿を消したのも、余りにも不公平なレフェリーの存在にファンが反感を持ったためだと私は考えています。ファンの気持ちを軽視するような演出は自らの身を滅ぼすわけです。

(6)10年ほど前までは、小中学生の男子は、野球選手やサッカー選手になることを夢とする傾向が強かったのですが、最近は、ある調査によると「食べ物屋さんになりたい」というのが、男女とも上位にあるとのことです。これは「グルメ番組」の横行の影響と私は判断しています。次回は、この「見えざるテレビの影響力」について考えたいと思います。(この回終り)

< 英語との付き合い ④ >                 松山 薫

旧制中学時代 (2)

今年の8月NHKの終戦特集ドラマで、旧制愛知一中の悲劇が放送された。教師達に愛国心をあほられて3年生以上の生徒全員が予科練に志願したという実話である。その裏には、軍からの志願者割り当てがあった。我が中学にも割り当てがあったのではないかと思われる。私は“殴られるよりは、殴る方がよい”という浅はかな考えで、4年生の時に海軍兵学校を志願したが、視力不足で不合格になった。愛知一中では、視力不足で不合格になった生徒が、戦争に行きたくなくてわざと視力表を読めないふりをしたとして、親までが非国民と呼ばれ村八分にされるのだが、私の場合は正真正銘”天皇陛下のおんために命を捧げる“つもりであった。願書に貼ったパンツ一丁の写真が残っているが、なかなか獰猛にして精悍な面構えをしている。どうせ間もなく死ぬのだからと勉強はほったらかしで柔道をやっていたので、学科試験を受けても落ちていたかもしれない。まあこれで19歳までは兵隊に取られることはないと思うと、なんとなく安心したのも事実であった。ところが、空襲が激しくなって、今度はこれで二度死にかけた。相模川沿いの田名というところの農家に野菜の買出しに行った時のことだ。河原で釣りをしている人達を見ていたところ、川面すれすれに飛んできたグラマン戦闘機に、いきなり機銃掃射をうけた。河原に伏して目を上げると、グラマンが丁度反転してこちらへ向かってくるところだった。もう駄目だと観念していると、バリバリバリと機銃弾が数メートル脇を走りぬけ、グラマンは急上昇して消えていった。付近には10センチほどの薬莢がバラバラと落ちていたが、誰も死んだ人はいなかったので、あるいは操縦士のお遊びだったのかもしれない。この時のことは今でも夢に見て冷や汗をかくことがある。グラマンの操縦席から、鬼畜米兵が顔を出してニヤリと笑うのである。戦後も二度こういう顔の米兵に出あった。さて、戦局はいよいよ非にして、東京は焼け野原になっていった。敗戦の年の5月23日夜、私は、学校防衛隊の一員として級友達と宿泊していた。夜明け前にB-29の大空襲があり、学校にも数十発の焼夷弾が落ちたが、コンクリート校舎だったので屋上が焦げただけですんだ。我々の学校は、今の六本木ヒルズの真下の台地にあったのだが,崖下の都立第三高女の木造校舎が燃えだし、ものすごい煙が吹き付けてきた。息苦しくなって、これで死ぬのかと覚悟を決めたところ、灯火管制の暗闇の中で「全員裏のテニスコートへ出て、鉄兜で穴を掘って顔を伏せろ」という先生の叫び声が聞こえた。。全員奇跡的に助かった。この先生のことはもう一度書こうと思うが、まことに命の恩人である。六本木から、材木町、目黒方面は完全に焼けていた。もちろん都電も目蒲線も走っていない。すきっ腹を抱えて歩いているうちに、はて我が家は大丈夫なのかという心配が襲ってきた。目蒲線沿いのくすぶっている焼け跡には、焼けた木材と見分けがつかない黒こげの遺体が散乱し、吐き気を催す異臭が立ち込めていた。家族は秋田に疎開し、親父と長男の私だけが東京に残っていたが、親父はどうなったか、たぶん駄目だろうと悲観的になっていった。家は丸焼けだったが、親父は生きていた。翌日焼け跡を整理しているうちに、庭に本を火鉢に入れて埋めておいたのを思い出し、掘り出してみると、英語の参考書など20冊ほどが、無傷で出てきた。(M)                

発音の学習(3)

Author: 土屋澄男

今回は発音のトレイニングのお話をします。「トレイニング」というと苦しい努力を要求されるものという暗いイメージを浮かべる人もあるかもしれません。しかしスポーツ選手がトレイニングをしなかったら、たちまち選手からはずされてしまうでしょう。ピアニストやバイオリニストもトレイニングは欠かせませんし、オペラ歌手もそうです。話しことばのアーティキュレーション(音声表現)の場合も、発音に関係する身体的器官を自分のイメージした通りにコントロールことが必要ですから、やはりトレイニングが欠かせません。ただ、トレイニングを「反復練習」だと考えている人がいるとしたら、その考えは改めなければなりません。機械的な反復練習だけでは決して進歩しません。リハーサルは必要ですが、それを繰り返すごとに新しい「気づき」が得られなくては進歩を期待することはできません。なぜなら、トレイニングは単に発音器官のスムーズな動きを促すだけが目的ではなく、脳の中に造られる言語の音韻体系をより精密化するプロセスでもあるからです。それは決して苦しいばかりのものではありません。それはまた自分の進歩が実感されるすばらしい感動を与えてくれる体験でもあるのです。

 トレイニングの方法を少し具体的に述べましょう。先に文章の音読のことを書きましたが、テキストの音読が自分のイメージしたレベルに達したならば、次のトレイニング段階に進みます。それはテキストを見ずにその内容を語れるようにすることが目標です。それは必ずしも暗唱できるようになることではありません。私たちの中には機械的な記憶力のすぐれた人がいて、数回音読しただけで1~2ページのテキストを一語も間違えずに言えるようになる人がいます。また特殊な記憶術の訓練をすれば、かなりの人が暗唱技能を高めることができるようです。しかしここで私が言うのは、そういう暗唱とは違います。誰かが書いた文章をそのまま暗唱する技能は先生や友人の尊敬を得るのには良い手段ですが、必ずしも実用的な技能とは言えません。他人の文章は印刷されたものを手に取って読めばよいのですから。それよりも大切なのは、誰かの文章を読んだら、その内容を自分のことばで他者に伝えることです。これは日常的に要求される実用的な技能であり、誰もが母語によるコミュニケーション活動の中で頻繁に用いている技能です。そもそも私たちの脳は、読んだテキストの内容を一字一句記憶することは不得手としていますが、その内容は長期記憶にとどめることができるようになっています。こちらの方はトレイニングを積めば、誰でもできるようになります。先に朗読のテキストは会話文よりも物語文がよいと書きましたが、それは物語のほうがその内容を記憶に留めやすいからです。その具体的方法としては、ただ音読を繰り返すよりも「シャドウイング」(モデルとなる音声のあとを、テキストを見ずに、間を空けないように発声してついていく練習法)や「リピーティング」(モデルとなる音声をひと区切り聴いて、テキストを見ずに、少し間をおいてからその音声をリピートする方法)が有効とされています。ご自分でためしてみてください。こうすることによって、モデルの音声と自分の音声を意識的・無意識的に比較して評価することができます。ここまでのトレイニングは自分一人でできます。

 以上のことができるようになったら、発音のトレイニングは最終段階に入ります。それは他の人(または聴衆)にその物語を語ってみるトレイニングです。この場合は自分の語る話を聴き手に理解してもらうのが目的です。話す場合に手に何も持たずにすることもできますが、テキストが物語文の場合には、場面を表す絵を手に持って(あるいはボードや壁に貼って)それらを示しながらすると話しやすくなり、聴き手の理解を助けます。テキストが何かの説明文の場合には、内容の理解を助ける図表などを利用するとよいでしょう。またテキストの中のキーワードを書いたカードを手に持って、それを時々見ながら話すこともできます。これらはいずれも、いわゆる英語による「プレゼンテーション」(presentation)の常套手段で、研究者の学会での発表や、ビジネスマンの自社製品販売宣伝など、日本人がもっとも頻繁に英語の使用を要求される場面の一つです。このコミュニケーション技能はぜひ学校で経験して習得してほしい技能です。英語を学んでいる生徒さんや学生さんは授業でそういう機会をしばしば持つことができるとよいですね。そうでなければ、自分でそういう機会をつくる必要があります。友人やクラブ活動や近所に住む外国人を利用するとか、そういうプログラムを組み込んだ英語のインテンシブ・コースに参加するとか、いろいろ情報を集めて積極的に実行するようにしてください。私を含めこの分野の研究者たちは、発音の ‘intelligibility’ の高さは、そのような英語を話す経験の豊富さと深さに関係があると考えています。(「発音学習」の項目をこれで終ります)

「テレビ漫画 [アニメ] 」
(1)戦後間もなく新聞の4コマ漫画で親しんできた私には、「サザエさん」(フジテレビ系)は見やすいテレビ漫画です。サザエさん一家については、マニアが様々な研究をしているようですが、私はマニアではありません。ただ作者の長谷川町子さんが漫画のモデルとしたと言われる東京の世田谷区桜新町に、若い頃の勤務校が近かったので、親近感があります。

(2)現在のテレビ漫画では、30分間で3本の話にまとめていますが、どれも主役は弟の“カツオ”になっていて、“サザエさん”の面白さが生きていないように感じます。主題歌にあるように、「はだしでドラネコを追いかけ」たり「財布を持たずに買い物に出かけ」たりといった“愉快さ”が不足な点が私の不満です。同じ曜日に直前に放送している「チビマル子ちゃん」も、1990年から始まった人気のアニメですが、目つきの変化がちょっと異様な感じを与えます。そこが面白いという人もいますし、子どもの心情をよく捉えたストリーにはファンが多いようです。

(3)年を取ると全体的に視力が弱くなりますが、特に動態視力が衰えます。したがって、ディズニーの漫画でさえ、動きが早くてわずらわしく感じることがあります。宮崎駿のアニメは、動きに緩急があるのと、発想が面白いので、どれも楽しむことが出来ます。『となりのトトロ』などは大好きですが、『千と千尋の神隠し』はあまり好きにはなれませんでした。これはきわめて主観的な好みの問題です。

「3D画面」
(1)最近は家庭用テレビでも、3Dで見られるものがあるようです。でも、私は家庭用にはハイビジョン(Hi-vision は和製英語→high-definition TV)程度でよいと思います。昔から画家は、平面のカンバスに3次元に見える絵を描いてきました。それで見る方も想像力を刺激されましたから、それで十分ではないでしょうか。視聴者の主体性をもっと尊重するような番組制作を心がけてほしいものです。ちなみに、3-D は three-dimensions/ three-dimensional (三次元 / 三次元の)の略語で、特に形容詞の場合はハイフンをつけるのが普通のようです。

(2)昭和 30 年代には、日本でも、「シネラマ (Cinerama)」という立体感のある画面の映画が上映されました。設備に費用がかかるので上映館は限られていましたが、世界の景勝地、特にナイアガラやビクトリアの瀑布の音と映像は思わず息をのむほどの迫力でした。劇映画がつくられる前に姿を消してしまいましたが、この「シネラマ」という用語(商標)は、今の3D用の映画やテレビ番組にも継続使用されているようです。

(3)IT の進歩は必ずしも一般市民の便利さには貢献しない点がありますが、デジタル放送では、耳の不自由な人のために「字幕」を出せることなどは長所の1つでしょう。目の不自由な人には副音声による場面の解説も出来ます。アナログ放送の廃止が来年に迫って、最近の警告メッセージは何か脅迫めいた感じさえします。もっと前から、デジタル放送の利点を納得させるような親切な説明がなされるべきだったと思います。(この回終り)