Archive for 5月, 2016

< 統計数字の裏に見えるもの ⑦ 出生率 >

 調査とか統計の数字は、前提条件に問題のあるものも多いから、そのまま信ずるわけにはいかないが、社会の動きを知る上で欠かせないものの一つではある。今回は出生率をとりあげる。

1.合計特殊出生率 : 1.46 (2015)
(2005~2010 国連人口推計 ) 日本 1.27 世界190位 世界平均は 2.56   
  アメリカ 2.09  イギリス 1.84 ドイツ 1.32  フランス 1.89 ロシア 1.37  中国 1.77  インド 2.76  ニジェール 7.16(世界最高) 
  * 合計特殊出生率 : 1人の女性が生涯に産むと見込まれる子供の数。2.07が人口維持ライン。 
2.希望出生率 : 1.8 
  * 希望出生率 : [既婚者割合×未婚者の結婚希望割合×現在の子供数]×離別効果係数で、 結婚したい人の希望がすべてかなった場合の出生率。地方創生会議が編み出した用語。
3.人口密度 (人/㎢): 日本 335 
アメリカ 32 イギリス 267 ドイツ 229 フランス 116 台湾 652 韓国 507 インド 393 中国 143 

 日本の人口は、江戸時代の中ごろに3000万人に達し、明治維新までほぼ同じ水準で推移した。農地細分化を避けるための長子相続制の定着、農村の貧困による間引き、都市での疫病の流行などが人口増加を抑えたものと思われる。しかし、明治維新以後の富国強兵政策によって人口は急激に増え始め,第2次大戦終結時には2倍以上の7200万人に達していた。戦後も復員による第1次ベビーブーム、高度成長下の第2次ベビーブームで人口膨張は続き、2004年に1億2784万人のピークをつけた。敗戦によって植民地を失い江戸時代と変わらなくなった狭い国土に、江戸時代の4倍もの人間がひしめくことになったのである。

 人口膨張の時代はおよそ100年あまり続いたわけだが、2004年にピークとつけたあと、一転して減少の時代に入り、今後は急坂を転げ落ちるような傾向が予測されている。高齢者らの死亡数が2005年に初めて出生数を上回って、人口は自然減に転じ、マイナスの幅は年々拡大して2040年頃にピークに達する。それに、出生率の低下が追い打ちをかける形で人口が減っていく。

 日本の合計特殊出生が2を超えていたのは40年も前のことで、その30年後の2005年には1.26まで落ち込んだ。その後やや持ち直し昨年は1.46になっているが、人口増に必要な2.07には遠く及ばない。

 少子高齢化の結果、人口構成は逆ピラミッド型になり、労働人口が減少する。厚労省の推計によると現在のおよそ8000万人が今後30年間で2000万人減って6000万人となる。労働人口が減っては経済成長は見込めないから、安倍政権は「一億総活躍時代」のキヤッチフレーズの下で、「ニッポン一億総活躍プラン」によってで労働人口の確保を目指そうとしている。

 このプランでは、子育てや介護への支援、高齢者雇用の促進、非正規労働者の待遇改善、最低賃金の引き上げと結構づくめの5つの政策で、労働者の数を2020年度に117万人、2025年度に204万人増加させたいとしている。これまで2回放った6本の矢は、いずれも的に届かずに失速しているから、このプランを信じろという方が無理だろう。

 また、このプランでは、「希望出生率」という聞きなれない数字を1.8に設定しており、内閣の大番頭である菅官房長官がTV番組で、福山雅治、吹石一恵という人気芸能人同士の結婚を機会に「ママさんたちが一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれたらいいなと思っています。たくさん産んでください。」と発言して批判を浴びた。、この人は国際的に認められたreproductive health rightsを知らないのか、或いは知っていても、人権より“国益”が大事という政権の本音をもらしたものであることは間違いないだろう。

* reproductive health rights (性と生殖に関する健康と権利) : 1994年にカイロで開かれた国連人口・開発会議で国際的な承認を得た「女性が身体的、経済的、社会的な健康を維持し、子供を産むかどうか、いつ産むか、どのくらいの間隔で産むかなどについて、自ら選択し、決定する権利。
* 先進国の中で唯一出生率の向上に成功しているフランス(最近値は2.02)では、結婚の様態が多様化し、いわゆる婚外子が60%にのぼるという。自民党の憲法草案とはまるで整合性のない家族の多様化を認めなければ、希望出生率1.8も夢だろう。

 私などは”一億総○○”と聞くと、戦争中の”進め一億火の玉だ”とか”国民精神総動員”といった全体主義的な標語や、それに踊らされた自分を思いだしてイヤな気分になる。”国民総○○”という言葉の中に、異論を許さない国家主義的な権力の意向とそれに同調して行く一般国民の空気を感ずるからだ。

 明治から昭和にかけての「産めよ増やせよ」は帝国主義政策を遂行するための軍事力強化、つまり兵隊を増やすためであったから、男子が珍重された。私は8人兄弟で6人が男であったから、母親は“軍国の母”として表彰されたりした。しかし、母体への過重な負担が身体を蝕み、戦後は最後まで病で苦しみながら65歳で世を去った。息を引き取る際の断末魔の苦しみを私は見るに忍びなかった。

 では平成の「産めよ増やせよ」政策の目的は何なのか。”強い経済“をつくるための産業戦士の確保である。富国強兵のための戦士達は“お国のために死ね”と言われて若い命を散らして逝ったが、経済成長のための戦士達は、いつ垂れてくるのか、あるいはどのくらい垂れてくるのかも分からない成長の滴りを待ちながら、安倍政権の発足以来下がり続けている実質賃金と大企業では5割をこえる過労死寸前の長時間労働で死ぬまで働かされることになるのではないか。「資本主義の終焉と歴史の危機」の著者で経済学者の水野和夫が言うように、資本にとってのフロンティアがもはや労働者しかないのだとしたら、そして世界的な賃金の平準化が歴史の流れだとしたら、それは必然の結果だろう。私の知人の女性は、国立大学出のエンジニアだった自慢の一人息子が、連日の超過勤務の後、ある朝起きてこず、様子を見に行ったら息をしていなかったという。悲嘆のどん底に投げこまれた彼女の手紙に、私には慰める言葉もなかった。

 ところで、人口が減ることはこの国にとって、そして国民にとって悪いことなのか。私はそうは思はない。狭いけれど、自然に恵まれた風土を生かし、ゆったりとした生活を送るには、現状のままで行くと50年後に予測される8千万人程度が適正人口なのではないかと思う。この国土で、コメは800万トンはとれる。やがて必ず来る世界規模の食糧危機にそなえて、生存基盤の備えはしておかねばならない。コメが800万トン取れれば、8000万人は十分食っていける。戦後の飢餓時代を生きた私には、食い物がないことがどれほど悲惨な社会を生み出すか身に染みて知っている。どんなことがあっても「食を足らすこと」が古今東西を通じて政治の最大の義務だ。

 そのためには、1次産業を基盤とし、創造を原理としてその6次産業化をはかりつつ、追い立てられように働かされるのではなく、みんなで知恵を出し合い、自らのinitiativeで働き、成果は公正に分配する「共生社会」をつくることが必要だ。新自由主義的な競争原理がよいという人達は別の社会をつくって生活する。営利企業やその補助機関に就職しなければ生きていけないのでは、自由のある社会とは言えない。両方あって初めて選択の自由が生まれる。
*この問題についての私見は「人権大国への道で」提示した。
 
 私は保守の思想を一概に否定するつもりはないが、今のままでまったく変える必要がないというのなら論外だ。伝統的な価値観を守りながら、慎重に、漸進的に「平和・民主・人権」という人間社会の普遍的原理へむかって社会をかえていくというのでなければ、それは単なる陋習墨守主義でしかない。

 経済成長のための競争至上主義は、地球があと3つ必要なほど資源を濫費したあげく、格差を極限まで拡大し、1%の人間が90%の富を独占するという理不尽な社会を作り出した。このまま放置すれば、人類の生存を危うくするような環境破壊を進行させ、既得権を墨守しようとする人達への暴力的反抗、そして、globalizationのなかで激しさを増していく国家間のシェア争いは、世界経済の先行き不安が顕在化すれば、世界大戦を引き起こした時と同根の軋轢を生み、戦争へつながる危険を内包する。

 革命によらず、漸進的に社会を改革するには長い時間がかかる。この国の社会が進むべき方向を見定め、人口8000人の50年後を見据えて、新しいパラダイムへ向かって早くベクトルを変えることは、今生きている人間の、次の世代に対する責任ではないかと私は考えている。(M)

* 次回の< 統計数字の裏に見えるもの ⑧ GDP > は6月25日(土)に投稿する予定です。
 

小・中・高の学習指導要領の改訂が本年度中に行われ、4年後の東京オリンピック開催年に合わせ、2020年度から順次実施されることになっています。このことに関連して文科省は5月10日、新学習指導要領で学ぶべき知識の量を減らさないことを確認する文書を発表しました。また馳浩文科相は、同日の記者会見で、学校現場から学習内容が減るのではないかという懸念の声が上がっているとして、「ゆとり教育との決別を明確にしておきたい」と話したといいます。このような発表がなぜ今の時期に必要なのかは、「ゆとり教育」をめぐる議論が、文科省や教育関係者の間にいまだに続いている背景があります。まずその背景をざっと眺めてみましょう。そして文科省の今回の発表が、今後の学校教育の方向付けに大いに関係していることを多くの人々に知っていただきたいと思います。

「ゆとり教育」ということが大きな話題になったのは、1970年代後半になって戦後日本経済が急激に伸張した時期でした。国土の多くが焼土と化した敗戦のショックから立ち直って、国民はひたすら復興に励んだおかげで、1980年頃には世界を驚かせるような急速な経済成長を成し遂げました。その当時の労働人口はいわゆる「団塊の世代」と呼ばれる人々によって支えられており、子どもも大人に負けずに頑張りました。当時の学校は土曜日も授業を行っていたので、欧米先進国の学校にくらべて年間授業数も多く、よりよい生活を獲得するためには高校・大学への進学が必須であるとして、進学競争が年々激しさを増していました。そして一流企業に就職するには有名大学に入らなければならず。そのためには有名高校、有名中学、有名小学校に入ることが必要だと考えられました。いわゆる「受験戦争」の過熱化です。

1980年代に入って日本がバブル経済に突入するや、欧米諸国から日本人へのバッシングが始まりました。まず日本人は働き過ぎだという非難の声が上がりました。土曜、日曜を返上して会社のために働く日本人は異常だというのです。そういう非人間的な生活を強いられて安価な製品を世界中に売りまくり、黒字を拡大するのは許せないというのです。もっと労働時間を短縮して生活を楽しみ、残った時間とお金を消費に回すべきだ、子どもも土曜日は学校をお休みにして、親と旅行や買物を楽しむべきだというのでした。つまり資本主義経済は爛熟期に入って、先進諸国は新しい高度消費経済の時代に入っていたのです。「ゆとり教育」が話題になった背景にはそのような事情がありました。

「ゆとり教育」が教育現場で実施されるきっかけとなったのは、1978年/79年の学習指導要領改定でした。この改訂で、突如として(当時筆者は東京を離れていたのでそんな感じでした)中学校の週当たりの総授業時間がそれまでの34時間から30時間に減らされ、そのあおりを受けて、英語の授業が週3時間に減らされたのでした。これでは学ぶ生徒にとっても、教える英語の教師にとっても大変なことになるというので、いわゆる「中学校英語週3反対運動」が起こり、英語教師や英語教育専門家の有志たちが署名運動を展開し、代表団が国会陳情に行ったことを記憶している人もあるかと思います。この学習指導要領では、「ゆとり教育」とは単に授業時間を削減し、指導内容を軽減することだと考えていたようです。

このような「ゆとり教育」に拍車をかけたのが1980年代(1984~87)に立ち上げられた臨時教育審議会(臨教審)でした。臨教審はみずからを明治維新と戦後改革につぐ第三の改革と位置づけ、それまでの詰め込み主義の教育に代わって、「個性重視の原則」をこれからの教育の基本理念として掲げました。そしてこの臨教審の答申を受け、その後学習指導要領が2回(1989年度と1998年度)改定されました。それらがいわゆる「ゆとり教育」という革新的内容を含む指導要領と見なされているものです。最初の改定は「新学力観」、2回目は「ゆとりと生きる力」というキャッチフレーズで、それぞれの特徴が記憶されています。

ここで「ゆとり教育」が中学校の外国語(英語)にどのような形で現れたかを、週あたりの授業時数の変化で見てみましょう。比較のために「ゆとり教育」に入る前の1969年度から始め、「ゆとり教育」に入ってからの1977年度、1989年度、1998年度の学習指導要領総則に定められた中学校外国語の授業時数を順に並べます。なお後で述べる「脱ゆとり教育」のものと比較するために、現行の2008年度改定の授業時数も最後に加えます。(数字はそれぞれ中1、中2、中3の授業時間数です。)

<1969年度>4,3~4,4

<1977年度>3,3,3

<1989年度>3,3,3(いずれかの学年選択で+1)

<1998年度>3,3,3(選択で+1~2) *ここから中学校の外国語は必修になる

<2008年度>4,4,4

次に学習内容の変化を見るために、中学・高校における語彙制限の変化を見てみましょう。学習指導要領は指導すべき語彙や文法事項を細かく定めています。そして改定ごとに、その規定は少しずつ変化しています。そこで、その変化を数的に捉えることのできるものとして、中学・高校で指導する語彙数を並べて比較します。次の表は学習指導要領改定年度ごとの中学・高校での指導語彙数(指導すべき/または指導することのできる語数の上限)です。

<1969年度>中学1,100 高校3,600 合計4,700程度まで

<1977年度>中学1,050 高校1,900 合計2,950程度まで

<1989年度>中学1,000 高校2,900 合計2,900程度まで

<1998年度>中学 900   高校1,800 合計2,700程度まで

<2008年度>中学1,200   高校1,800 合計3,000程度 *ここで「まで」が消去されている

以上の数字の比較から、1977年度、1989年度、1998年度の3回の学習指導要領が「ゆとり教育」の理念の下に作成されたことがよく分かります。それが2008年度の改訂で「ゆとり教育」が見直され、いわゆる「脱ゆとり」の考え方に変化したことも見えてきます。そこで、1998年度の改訂で徹底的な「ゆとり教育」が展開することになったにもかかわらず、次の2008年度の改訂で「脱ゆとり」に転換することになったことについて、そこで何が起こったかを正確に知る必要があります。なぜ前世紀末の「ゆとり教育」が今世紀早々に見直されることになったのか。文科省は「脱ゆとり」という言葉を使って、次の改訂が再び「詰め込み」に戻るのではないと言っています。しかしそれは結局のところ「詰め込み」に戻ることになるのではないのか。「脱ゆとり」とはどういうことなのか。20世紀末の「ゆとり教育」を見直すとは、それが結局は失敗だった、あるいは行き過ぎだったということではないのか・・・ 次回にはそういう事柄について、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。(次回に続く)

最近の子どもは学校での内でも外でもテストまたテストで、年中追いかけられているのではないかと心配です。学校での授業の一環としてのテストは必要なものであることは誰もが理解できます。しかし学校での期末テストや進学のための模擬テストに加えて、各自の英語力を測定するための英検などの外部試験や、文科省の主催する学力調査のための一斉テストまで行われるようになると、生徒はいつもテストの点数が気になって、落ちついて学びに集中することができなくなるのではないでしょうか。もっとも、こういう点数主義教育の中にいると、テストで常に高い得点を取ることに無上の楽しみを感じる子どもが出てくることも事実です。しかしそういう生徒はごく一部で、大部分は満足な得点が取れないので、テストを受けることに苦痛を感じています。こんな教育はテストによる子どもの虐待だと非難されてしかるべきです。

先日の新聞で、大学入試では点数主義のほうが多様な人間を選抜できるという主張を読みました(注)。意外に思いましたが、いちおう筋は通っています。その論理はおよそ次のようです。

最近、文科省を中心にして大学入試を「人物をみる入試」へと転換する動きがあります。これに対してこの論者は、それは「本人の努力が届かない、育ってきた環境も含めて人を評価する」という選抜方法に転換することであり、したがって「本人の意思や努力や先生の教育よりも、家庭や周囲の環境に左右される」選抜方式であるというのです。他方、テストで合否を争う点数主義は、この論者によれば、「経済格差や家庭文化の影響を最小化し、本人の努力が反映されやすい」選抜方法であるというのです。学校の教科の中でも美術や音楽のような芸術科目は子どもの「育ち」(教育環境)の影響を強く受けるのに対して、国語や社会などの主要教科は相対的に環境に影響されにくいので、ペーパーテストという公平な競争を行うことで次世代のリーダー候補を選抜するのは、多様な人材を得る合理的な選抜方法であるというのです。

これは一見して合理的な見解であるように思えるかもしれません。しかし次の三つの観点から反論が可能です。第一に、ペーパーテストによる選抜が、資本主義経済の極度に欄熟した21世紀の今日においては、もはや公平な受験競争を保証してはいないことが挙げられます。たしかに戦後の日本経済復興途上にあった40年くらいは、ペーパーテストの得点が家庭の経済環境に影響されることは少なかったかもしれません。貧しい家庭の子どもでも学校での学びをしっかりとやり、受験参考書の何冊かをものにすれば、東大でもどこでも夢ではありませんでした。しかし現在ではそうはいきません。一流大学に入るためには莫大な資本を必要とする時代になっているのです。インターネットで得た情報によれば、東大生の約半数は親の年収(世帯収入)が1,000万以上です。そこには明らかに経済格差が反映されています。日本における貧富の格差は、子どもの大学入試にも大きく影響する時代になっているのです。

第二に、入試判定を主要科目の得点だけで行う点数主義は、あまりにも偏狭な物差しで人間を選別することです。入試の主要な目的は、入学を希望する受験生が、その大学の目指す教育目標を達成するにふさわしい能力と意欲を有しているかどうかを判定することです。より具体的には、そのための基礎能力を高校卒業時までに身につけているかどうか、そして同時に、当該大学においてその能力をどこまで発揮する意欲と可能性を有しているかを知ることです。しかし識者によってしばしば指摘されてきたように、これまでのところ、そのような目的にかなう信頼できるペーパーテストは開発されていません。何よりも問題なのは、それがペーパーテストであるという制約から、内容妥当性の問題を常に抱えているからです。つまり、テストの結果が真に測ろうとするものを表わしてはいないという問題です。

内容妥当性の問題を英語テストに当てはめてみると、その典型的なものとして発音のペーパーテストが挙げられます。そのテストで得られた結果が何を意味するのかまったく不明です。そういう指摘は多くの識者からこれまで再々なされてきたにもかかわらず、大学入試センター試験のベーパーテストからも発音問題がいまだに消えません。さらに深刻なのは、問題そのものの内容妥当性です。たとえば、センター試験の英語リスニング問題に毎年出題される、見知らぬ男女の対話を聴いて何を言っているのかを理解するというような問題(盗聴能力に関係する?)が高校修了者向けのテストとして妥当かどうか、大いに疑問のあるところです。英語の教師たちはこういうことに鈍感なようで、ほとんど指摘されたこともないようですが、こういうテストで受験生が1点を争うことにどんな意味があるのか、少し考えてみれば誰もが疑問を感じるところです。

それだけではありません。点数主義教育はさらに深刻な第三の問題をもたらします。それはマイナスの波及効果(backwash effect)です。典型的な例を挙げます。文科省は小学校6年生と中学3年生を対象に、2007年度から毎年4月に「全国学力調査」を実施しています。最初は抽出調査で学校別成績の公表は限られていたのですが、2014年度からは実質的に全国調査になり、地方教育委員会の判断で学校別成績の公表が可能になりました。そして今年の調査前に、とんでもないことが起こっていることが判明したのです。それは、学力調査に用いられた過去問題を授業で集中的に解かせるなどして、調査の点数を挙げることを目的とした取り組みをあちこちで行っているという情報があったことです。調査前の3月、4月の授業はもっぱらそんな授業が行われたという情報まであります。それで文科省は大慌てしています。さっそく都道府県の教育委員会宛に、行き過ぎた過去問題の使用を止めるように通知したということです。

これは重大問題です。しかしこの全国調査がこういう方向に進むことは最初から分かっていたことす。点数主義はすでに深く全国の学校教育の中に根付いていたからです。そのことを予想しなかったとすれば、文科省の不明は明らかです。そもそも全国一斉での実施に無理があることは最初から識者によって指摘されていました。何のための悉皆調査なのか、その目的が不明です。学力の実態を知りたいのならば、抽出調査で充分です。それを悉皆調査にしてしまった文科省の意図は、全国の教育委員会と学校を文科省の完全な支配下に置くという権威主義的目的以外には考えられません。もし文科省が現場に裏切られたと言うならば、それは自業自得というほかありません。かくて、日本の教育が今や重大な危機に瀕していることは、何人も疑う余地がありません。

(注)この記事のタイトルは「点数主義の方が多様だ」となっていて、人間環境大学副学長・芦田宏直氏に対する新聞記者のインタビュー記事としてまとめられています。芦田氏は大学・専門学校のカリキュラム開発、教員職能開発、学校経営などに関わっている人です。(『 朝日新聞グローブ180号』2016年4月3日発行)