Archive for 5月, 2013

「音節」(syllables)という言語単位は日本人にはなじみの深いものです。なぜなら、私たちは日本語の発話を意識的に細かく区切るとき、音節が自然な最小単位となるからです。「あ・し・た・て・ん・き・に・な・あ・れ!」というふうに。たいていの子どもは就学前に「い・ろ・は・に・ほ・へ・と」を知っていますし、多くの子どもが「あ・い・う・え・お・か・き・く・け・こ」の50音を言うことができます。日本語の「カタカナ」と「ひらがな」は音節文字ですから、口で言うことのできるものを文字で表わすこともさほど難しくはありません。日本人に文字の読み書きができない人 (illiterates) が少ないのは、そのことも関係しています。小学校に入って、子どもたちが苦労するのは漢字の学習です。漢字は表意文字ですから、話せるようになっても、簡単には覚えられません。小学校6年間でいちばんの思い出は何かと尋ねられたら、筆者のように、「来る日も来る日も漢字の書き取り練習とテスト」と答える人も多いのではないでしょうか。

 これに対して「音素」(phonemes)という単位は、その存在に自然に気づくというものではありません。日本語を母語としている私たちは、「音節」という単位には比較的に早く気づくのですが、「音素」という単位にはなかなか気づきません。なぜなら /ka/ という音が /k/ という子音と /a/(または /α/ )から成るものと意識することはないからです。文字を習うようになっても、日本語の表記では /ka/ は「か」または「カ」と音節で表記されますから、文字を知っても、それらを音素に分析する必要がありません。その必要が生じるのは、おそらく、日本語をローマ字に表記するときです。近年は国語の授業でローマ字を扱わないようですから、子どもたちが音素という単位を知るのは、英語を学ぶようになってからかもしれません。

 そこで英語を学び始めたとき、子どもたちは「母音」や「子音」という発話の単位に戸惑うのではないかと思われます。まず母音ですが、英語には日本語の「あ・い・う・え・お」に代わって20個もの母音があると聞いたなら、彼らは驚くはずです。筆者は中学生時代に、残念ながら、そのことをきちんと教えてもらった記憶がありません。そういう知識を得たのはずっと後の段階になってからだったと思います。英語の授業では、ケースバイケースで、「hat とhut の母音は違うことに気をつけて発音するように」というような注意をされていました。前回紹介したカラー・チャートは、間違いなく、英語の母音システムの全体像を生徒に把握させるのに役立つ優れた方法です。しかしカラー・チャートでなくても、中学生以上の学習者に対しては「英語の基礎母音表」(注1)のようなものを教師が工夫し、それを常に参照しながら授業を進めることができます。そうすることによって、生徒はいま学習している母音が、英語母音システム全体のどの位置にある音かを、頭の中で確認することができます。

 具体的には、生徒はそれぞれの母音の前後に子音を組み合わせることによって、有意味な単語を構成することができることを実体験することになります。たとえば、/æ/ という母音を中心として構成されている単語の発音を練習するとして、生徒たちの知っている英単語の中から、その音を含むと思われるものを当て推量で言わせます。生徒が「バット」と言うと、先生はそれを /bæt/ と正しく発音します。生徒が「ラケット」と言えば、先生はそれを正しい発音で言って聴かせます。そこで注意すべきことは、先生はそれを何度も繰り返さないことです。先生ではなくて、生徒が自分で満足するまで練習することが重要なのです。教室で行われる練習は、一般に、先生が2回も3回も反復して聴かせ、生徒はそれを1回だけ発するというようなことが多いように思います。これはあべこべです。先生が1回言ったら、生徒はその音の感覚を自分自身にインプット(またはインテイク)できたと思うまで何回も言ってみるべきです。そして先生は生徒の出す音を一人ひとりチェックして ‘Good’ と言ってあげます。そのようにして生徒は、発音に関する自分自身の内的評価基準を創り上げていくのです。

 以上は母音を中心に見てきましたが、母音と並んで、子音に注意を向けることも大切です。子音のシステムは、日本語と英語とでその総数には大きな違いはありません。英語の辞書や音声学書の多くは区別すべき子音の数を24としています。日本語の子音の数も大体それくらいです。しかしその中身はかなり違っています。特に注意すべきものは、英語にあって日本語にはない音(f, v, θ, ð, l, rなど)です。それらは日本人にはとくに習熟が難しいものです。また日本語にあって英語にはない音(, ç など)(注2)についても、生徒は日本語の音を英語の類似した音に代用する傾向があるので注意を要します。さらに、子音の現れる環境(その前後にどんな音がくるか)の違いがあります。たとえば /m/ や /n/ は日本語にもある子音ですが、それらは語の末尾にくることはありません。加えて子音連結の問題があります。それらも日本人には難しいものです。というわけで、日本人の英語学習者は学習の開始時から、発音に関して多くの問題を抱えています。それらのすべてを学習の初期に完成させることはできませんので、学習者が自分の抱える問題点が何であるかを知り、それらに意識を向けながら学習を進めていくことが重要です。そうしなければ発音の進歩はあり得ません。私たちの母語の習熟も、基本的には、そのようにして達成されたものなのです。(To be continued.)

 (脚注1)英語の基礎母音表については次のものを参照してください。(1) Daniel Jones, English Pronouncing Dictionary (London: Dent).(2) 土屋澄男編著『新編英語科教育法入門』(研究社)第7章 発音の指導.

(脚注2)// は唇を丸めて出す両唇摩擦音で、日本人は英語のfanを「フアン」のように発音しがちです。/ç/ は「ヒ」を強く発するときに出る硬口蓋摩擦音です。日本人の多くはhe, hereなどを発音するときにこの音を使います。そのほかに、日本語の「ん」は鼻音で、英語の /n/ とは異なる半母音です。An egg は「アン・エッグ」となりがちです。また、日本語の「ラ行」の子音は英語の /r/とも /l/ とも異なる口蓋破擦音です。したがって、英語の /r/ と /l/ は日本語の子音システムから欠けている音と考えるべきです。

「“ささやかな体験”から考えたこと」
(1)20年ほど前の3月に、私は東京都内のある駅で、山の手線の電車を待っていました。やがてホームの反対側に外回りの電車が着いて、ラッシュアワーは過ぎていましたが、まだ大勢の乗客が降りて来ました。その中の若者二人が、言い争いを始めました。降りる時に肩がぶつかったらしく、「謝れ!」「そっちこそ謝れ!」といった調子の口げんかでした。

(2)その二人はスーツ姿ではなかったので、サラリーマンではなく、体格の大きい体育系の大学生のようでした。一人が拳を振り上げたので、「殴る気か?やるならやってみろ」と激しい口調になりました。そのうちに、どちらからともなく殴り合いが始まって大げんかになってしまいました。その時、私の乗る内廻りの電車が来て、急いでいたのでそれ以後の様子は分かりませんでした。駅員も駆けつけていたので、恐らく警察を呼ぶような騒ぎになっていたことでしょう。

(3)私がなぜこんな話を書いたのかと言いますと、安倍内閣と一部の国会議員たちの“国防論”の危険性を指摘したかったからです。最近の北朝鮮の挑発的な脅しや、中国海軍の日本の領海侵犯事件などは、駅のホームでの喧嘩と同じで、手を出したら引っ込みがつかなくなるようなきわどいものです。しかも、「“自衛隊”なんていう受け身の存在では国は守れない。攻められる前に攻めろ」とまで主張する議員もいます。「戦争になってもかまわない」と考えての外交を国民は本当に望んでいるのでしょうか。

(4)安倍首相は、委員会での答弁は、もたもたと弁解がましい言動に終始していますが、国会の外ではえらく元気がいいようです。「横浜市が保育所の待機児童を零にした」と報道されると、早速、横浜のある保育所を訪れて、にこにこ顔で所員や園児と話していました。首相は、そんなことは担当大臣にまかせて、もっと大所高所からの政治力を発揮すべきだと思いました。

(5)5月24日の東京新聞は大きな見出しで、「改憲・護憲派声そろえ“96条守らねば憲法破壊”」と書いていました。憲法はその時の政治権力の行き過ぎを抑えるためにあるものです。それを自由に改訂出来るようにしたら、憲法の意味は無いことになります。憲法改訂論者の言い分の1つには、「敗戦後に米軍に押しつけられたものだから」というのがあります。しかし、当時のGHQ の意図は日本が再び軍国主義の国にならないようにすることでした。敗戦当時の中学生だった私は、憲法普及協会会長 芦田 均の名前で出版された小さなテキストで、「平和憲法の意義」を教え込まれました。つまり、日本国民にも考える機会は十分にあったのです。政治家たちは、その後も言を左右にする傾向がありましたが。

(6)それから、“朝鮮戦争”のような予期せぬことが起こって、日本の再軍備が論じられるようになりました。そして、原子爆弾の使用を主張したマッカーサーは米大統領に解任されたのです。私は、現憲法に書いてある、“文民統制”(civilian control)の重要性も歴史の先生から教わりました。そういう事実も知らない、あるいは、勉強をしようとしない政治家たちに勝手な理屈を言ってもらいたくないと心底から思うのです。(この回終り)

(143)<教育問題私見>

Author: 松山 薫

(143) 教育問題私見

⑥ 道徳教育考−2

  戦前・戦中の日本人の道徳観の基盤をつくった修身教科書(修身書)は、明治37年から太平洋戦争が終わるまでのおよそ40年間に5回改定されている。この改定が何を狙いとして、どのように改定されたのかを、映画評論家の佐藤忠男が「草の根軍国主義」(平凡社)という著書の中で跡付けている。

  佐藤忠男は、私より一歳余り年下で、敗戦時に14歳、皇軍(日本軍)最年少の兵士であった。彼は新潟の生まれで、旧制中学校受験の時に、校長が詠む明治天皇の御製に対し、直立不動の姿勢をとり頭を下げる動作が遅れたという理由で不合格とされ、愛国心を顕示するために海軍の志願兵になった。彼が受験した新潟市立中学は、戦後県立高校になり、私が2番目に赴任した学校である。 教師の主観的で理不尽な道徳観によって人生の進路を狂わされたことは共通している。

 彼は、軍国主義教育を含む思想教育、道徳教育が学校教育の中でどのように形づくられたのか知るために、東京書籍という出版社に保存されている修身教科書などを閲覧させてもらい、結果をおよそ次のように総括した。

 明治天皇の儒学の教師だった元田永孚が中心になって明治15年に「幼学綱要」という道徳書がつくられ、宮内省から全国の小学校に下賜された。「幼学綱要」には次の20の徳目が挙げられている。孝行、忠節、和順、友愛、信義、勤学、立志、誠実、仁慈、倹素、忍耐、貞操、廉潔。敏智、剛勇、公平、度量、識断、勉識で、一の孝行から二十の勉識まで、この順番に番号がふってあり、それは重要度を示すものであったと考えられる。士農工商の身分制度が廃止され、多数派となった農・漁民には武士と違い、忠義の概念がなかったので、まず、家族労働の中で培われた孝行の徳目から教え、時間をかけて忠君愛国思想を植えつけて行った周到な過程が見て取れるという。  

 「幼学綱要」から8年後の明治23年「教育勅語」が発布され、以後「教育勅語」の徳目に従って修身教科書が編集されて、敗戦まで道徳教育の大方針を示すものになった。教育勅語にも、「幼学綱要」とほぼ同じ徳目が並べられているが、全体を通じて「忠義」が全ての徳目の根幹だと認識できるよう巧みに構成されている。

 なお、教育勅語は、1948年6月の衆参両院の決議によって、失効が確認されている。

  修身教科書や国語の教科書で、知らず知らずの間に、忠君愛国思想を骨の髄まで浸透させられて成長した私達日本男児にとって、最も肝要なのは、尽忠報国の志のもと“撃ちてしやまむ”の大和魂を持つことであった。兵士達はさらに、“生きて虜囚の辱めを受けず“ の戦陣訓をたたき込まれ、全く勝ち目のない戦いの中で、”万歳突撃“を繰り返し、玉砕していった。私自身も大和魂を持っていると自負し、身を鴻毛の軽きに比して、先輩達の後に続く覚悟であった。「散る桜、残る桜も散る桜」。
ところが、ある時を境に、この覚悟がぐらつくことになった。敗戦の年の4月、勤労動員中の月に何回かの登校日の国語の時間中に隣の机から、B-29の撒いた電単(宣伝ビラ)が回ってきた。それを見て私の頭は混乱した。そこには、沖縄戦で投降し米兵に囲まれて地べたにしゃがみこんでいる日本兵数十人の集合写真があった。大和魂を持った日本兵が命おしさにこんな姿をさらすはずはないという拒絶感と、怖いもの見たさの好奇心が入り混じって何がなんだか分からなくなった時、軍人まがいのビンタで鬼とあだ名された教師が机の横に立っていた。50数発殴られ、”憲兵隊に突き出す”と脅されて、土下座して謝った。殴られた痛さより、教師が怒鳴ったように、自分が大和魂を持っていると思ったのは錯覚で、自分には降伏した敗残兵と同じく、大和魂が欠けているのではないか、卑怯未練な非国民なのではないかという恐怖感に襲われ、うつろな目で眺めた教室の窓の外には、大和魂を象徴するものと教えられていた桜が爛漫と咲いていた。

 修身教科書の変遷と、資料の第4期修身書の内容、「精選尋常小学修身書」それに「新しい国へ」「自民党憲法改正案」「橋下・石原談話」などを重ね合わせてみると、かなり恐るべき事態が進行中なのではないかと思えてならない。

 ところで、佐藤忠男によると、「幼学綱要」以前に自由に発行されていた道徳書は、修身教科書のように徳目を暗唱させせるものではなく、一貫した思想体系を説くものだったという。

 私は、道徳教育が不必要だと言うのではない。もっとおおらかに、子供たちが自らの問題として自ら考える方法で学習すべきであると思うのである。安倍首相は「新しい国へ」の中で、「大草原の小さな家」を読むよう推奨している。それもいいだろう。有識者会議で学年別に何十冊かの本を選び、国民の声を聞いたうえでリストを作成する。その中から教師が選んで、クラスで輪読させ、内容について話し合いをして最後に全員に作文を書かせる。それについて教師がコメントするというような形が望ましいと思う。(M)

* 参考資料 昭和9年(1934)に編纂され、私が学習した第4期修身書の内容(2)

( 修身書 第4学年) * 巻頭に「教育に関する勅語」 全文
1. 明治天皇 <明治天皇の国民に対するいつくしみ。質素な日常>
2. 能久親王 <北白川宮の台湾征伐での活躍>
3. 靖国神社 <天皇の思し召しにより忠義の士をまつる。大祭に多数の参拝者>
4. 孝行 <渡邊崋山の話。教訓 孝は親を安んずるより大なるはなし>
5. 兄弟 <同上>
6. 勉強 <同上 教訓 艱難汝を玉にす>
7. 規律 <同上>
8. 発明 <エドワード・ジェンナーの話>
9. 迷信に落ちいるな
10.身体
11.沈着
12.仕事に忠実に<丸山応挙の話>
13.自立自営
14.わがままを言うな
15.謙遜 <貝原益軒の話>
16.寛大 <益軒が誤って庭の牡丹を折った書生をとがめなかった話>
17.祝日・大祭日 <新年、紀元節、天長節、明治節が祝日。原始祭、春季皇霊祭、神武天皇祭、秋季皇霊祭、神嘗祭、新嘗祭、大正天皇祭が大祭日。これらのいわれを説き、臣民は国柄の尊さを思い、忠君愛国の精神を深くせよ。国旗を掲揚せよ。
18.我が郷土 <南米からの一時帰国者の故郷を思う気持ち>
19.公益 
20.博愛 <ドイツの難破船を救った石垣島の話>
21.志をたてよ <野口英世の話>
22.皇室を尊べ <豊臣秀吉の尊王の志>
23.国歌 <祝日には国民は「君が代」を歌って天皇陛下の御世万歳を祝う。この歌は“天皇の御世がいつまでもいつまでも続いてお栄えになるように”という意味である。君が代を歌うときには立って、姿勢を正し、真心をこめて静かに歌う>
24.礼儀 
25.人の名誉を重んぜよ
26.よい習慣 <教訓 習い性となる>
27 よい日本人<臣民は、心から皇室を尊び、君が代の万歳を祝わねばならない。靖国神社に祭られた人々に習い忠君愛国に道を尽せ。忠義は臣民の第一の務め。このほか孝行、礼儀、郷土愛、謙遜、博愛などをわきまえ、実行せよ>

( 修身書 第5学年) * 巻頭に教育勅語 
1. 我が国  <我ら皆天皇の臣民。神武即位2千6百年。万世一系の唯一の国>
2. 挙国一致 <元寇、日露戦争、支那事変での美談と挙国一致の勝利>
3. 国法を重んぜよ <ソクラテスが投獄されても国法を守った話>
4. 公徳 <乃木大将が外套が雨に濡れたため電車で座らなかった話>
5. 礼儀 <大国民としての品位を保て>
6. 衛生 <伝染病にかからぬよう身体を鍛えよ>
7. 公益 <熊本でダムを作った庄屋の苦心談>
8. 勤労 <田畑を切り開いて自作農になった小作人の話>
9. 倹約 <上杉鷹山が一汁一菜、木綿の着物で家臣に範を垂れた話>
10.産業を興せ <鷹山が養蚕を振興した話>
11.進取の気性 <伊勢の醸造家が横浜で製茶・製糸で成功し輸出で国益に尽した話>
12.自信 <コロンブスのアメリカ発見>
13.勉学 <勝海舟が洋書を筆写して勉強した話>
14.勇気 <勝海舟の咸臨丸での太平洋横断>
15.度量 <西郷隆盛が、藤田東湖と橋元左内には遠く及ばずとその能力を褒めた話>
16.朋友 <新井白石が自分に対する召抱えの申し入れを友人に譲った話>
17.信義 <加藤清正が朝鮮出兵中、自分の危険を顧みず友軍に兵力を割いた話
       教訓 義を見てせざるは勇なきなり>
18.誠実 <秀吉の恩顧に報いるため清正が家康に反抗して秀頼を守った話>
19.謝恩 <秀吉の正妻高台院が、昔世話になった夫婦を探し出して恩に報いた話>
20.博愛 <ナイチンゲールの話。日露戦争で撃沈した敵の艦隊の乗組員を救った話>
21.皇太后陛下 <昭憲皇太后が関東大震災の被災者をいたわった話>
22.忠君愛国 <吉田松陰が、松下村塾で日本人は国体の尊さをわきまえることが最も大切と教えた話。辞世「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちんとも。。。。。」
23.兄弟 <松蔭が兄や妹に送った手紙。父母の教えを大切にせよ>
24.父母 <松蔭の父母が家族を大切にした話>
25.孝行 <京都の貧しい農夫が病弱な養母によくつかえ、天皇に褒美をもらった話>
26.徳行 <中江藤樹が村人を感化し、近江聖人と呼ばれて死後まで敬われた話>
27 よい日本人 <万世一系の天皇は臣民をいつくしみ、臣民は天皇を親と仰ぎ、忠孝の
   道に尽した。これが我が国の世界に類のないところ。我々は祖先の志をついで忠君愛国の道に励み、君国の大事に臨んでは、挙国一致奉公の誠を尽くせ。国法を重んじ、礼儀、公徳を守り、健康で学問に励み、国力の充実を図れ。父母に孝に兄弟仲良く助け合え。これらの心得を守って「教育に関する勅語」の趣旨にそい、あっぱれ日本人とならなければならない>

( 修身書 第6学年) * 巻頭に「教育勅語」と「青少年に賜りたる勅語」
1. 皇大神宮 <皇室の尊崇する皇大神宮を、国民は一生に一度は必ず参拝せよ>
2. 皇室 <国民は天照大神の子孫である天皇を神と仰ぐ。国民の至上の幸せである>
3. 忠 <後醍醐天皇と楠木正成の七生報国>
4. 孝 <正成・正行桜井の別れ。教訓 忠臣は孝子の門にいず>
5. 祖先と家 <我が国古来の美風。一門の名誉を高め、不心得者を一門から出すな>
6. 勤勉 <伊能忠敬の話。教訓 精神一到何事かならざらん>
7. 師弟 <忠敬の19歳若い天文学の師、高橋至時への感謝>
8. 自立自営 <実業界の隆盛を築いた渋沢栄一>
9. 公益 <フランクリンの図書館設置、新聞発行、消防施設などへの貢献>
10.協同 <筑後川改修に尽した5人の庄屋の協力>
11.職分 <沈没潜水艇長佐久間大尉の遺書。教訓 人事を尽して天命を待つ>
12.憲法 <帝国憲法は天皇がこれによって国を治める大法。皇祖皇宗の教えの基づく>
13.国民の務め(1)<一朝ことあれば、一身一家を忘れ義勇公に奉ずるべし。
            17歳から40歳は兵役の義務。>
14.同上   (2)<軍備、教育、公共事業、殖産のための納税の義務>
15.同上   (3)<奉公の精神を以て、選挙における投票の義務を果たせ>
16.国交 <天皇は国際平和を希求。日本はまず東亜の安定を保つ>
17.徳器 <孔子の弟子3千人。その徳を説いた論語>
18.仁愛 <戦乱に敗れた会津藩士の子供達を救った瓜生岩に藍綬褒章>
19.勇気 <高田屋嘉兵衛、択捉・樺太でロシア軍艦の艦長らと対決して説得>
20.至誠 <陸軍大将伯爵乃木希典の至誠を貫いた一生と天皇平癒の水垢離>
21.国運の発展 <明治・大正・今上天皇の大御心と国民の翼賛による発展>
22.同上 づづき<産業の発展、日・満・支三国による東亜の発展へ>
23.創造 <田中久重日本初の汽船をつくる。国家有用以外の工夫は断る>
24.教育 <明治23年教育勅語下り、教育の大方針定まる。国体に基づき忠良なる臣民を
       育成するを本旨となす>
25.教育勅語 <第一段 朕惟うに・・教育の淵源またここに存す。の解説。
         皇室は万世にわたり手本を示し、国民はこれに従って忠孝を尽くしてきた。
         これが、国体の純美なところであり、教育の基本である。
26.教育勅語  つづき <第二段 璽臣民父母に孝に・・・祖先の遺風を顕彰するに足らん。までの解説。忠良な臣民の守るべき徳目を列記。
27.教育勅語  つづき <結語 斯の道は以下・・・拳々服膺して皆その徳を一にせんkとを庶幾ふ。この勅語にお示しになった道は、我ら臣民の永遠に守るべきものであり、至誠を以て日夜御趣旨を奉戴せよ。>
                    以上

日本語のように母音が5つしかない言語を母語とする人が、20以上もの母音を区別しなければならない言語を学ぶときには、非常な困難に遭遇します。これまでの日本人学習者の何パーセントがその困難を乗り越えることができたでしょうか。このように言うと、「私はそんなことはあまり感じなかった」と言う人もいるかもしれません。しかし高校生や大学生の音読する英語を聞くと、たとえばhatとhut、fillとfeelなど、母音の区別がきちんとできていないことがすぐに分かります。話し言葉としての英語を習得しようとする人は、必ずこの難関を乗り越えなければなりません。これまでの日本人の大部分が話し言葉としての英語の習得に失敗したことの原因の一つは、明らかに、この英語の母音システムの習得に失敗したことがその一因でした。そしてその複雑なシステムは、幼児期の柔軟な脳の働き(特に聴力に関係するすばらしい能力)を失った人たちには、特別な指導がなされないかぎり、自力では習得が困難なものなのです。

 音素は発音記号で表わすのが普通ですが、それを色で表わすことを思いついた人がいます。そのようにすれば、発音記号というような余分な記号を使わずに、色によって音の違いを表わすことができます。そしてそれぞれの音素を色別に長方形で表わし、二重母音は二つの色を組み合わせます。このようにすれば、発音記号のような抽象的な記号と違って、どんな年齢の学習者にも利用することができます。それを考案したのは、「サイレント・ウェイ」(the Silent Way; SW)という外国語指導法を編み出したカレブ・ガテーニョです(注1)

 英語学習の場合には、母音と子音のそれぞれに異なる色を振り分け、上段に母音を、下段に子音を並べて一枚のチャートにします。これを「音のカラー・チャート」(the sound / color chart)と呼びます(注2)。ただしガテーニョのものは母音23、子音は連結音を加えて35にもなっていて、日本人には複雑すぎます。もう少し単純なもののほうがよいでしょう。日本人学習者のための音のカラー・チャートには、次の母音20個と子音24個があれば十分でしょう。

・英語の母音:see, sit, ten, cat, father, got, saw, put, too, cup, fur, about, say, go, my, boy, now, near, hair, pure.

・英語の子音pen, bad, tea, did, cat, get, chain, jam, fall, van, thin, this, see, zoo, shoe, vision, hat, man, now, sing, leg, red, yes, wet. (注)例として挙げた単語はOALD に示されているもの。

 このような英語の母音・子音を表わすカラー・チャートを用いるメリットはいろいろ挙げられます。第1に、英語で使われる母音・子音の全体像を学習者に鳥瞰させることができます。学習者はこれらの音を区別できるようになることが当面の学習目標となることを知ります。

第2に、それぞれの母音の前後にいろいろな子音を付加することによって多くの音の組合せ(音節)を作ることができ、その中のあるものは有意味な英単語であることを知ります。そして英語の音節の多くが CVC(子音・母音・子音)またはCV、VCから成ることを自然に体得します。

第3に、このチャートによって、学習者は音節よりも小さな「音素」(phoneme)という単位を知ることになります。この単位は、おそらく、日本人学習者の多くが母語の習得では気づかなかった単位です。これを知ることによって、表音文字であるアルファベットの学習へとスムーズに移行することができます。表音文字は音素の気づきなしには決して学ぶことのできないものです。

第4に、英語の音素を表わすカラー・チャートに慣れることによって、他の同系統の言語(ドイツ語、オランダ語、フランス語、スペイン語、イタリア語など)の音素を学ぶときに大きな助けになります。英語はその母音体系が他のどの言語よりも複雑ですので、いったん英語の母音・子音の区別ができるようになれば、他の言語(特にヨーロッパの言語)の音韻システムは比較的に容易に習得できます。ガテーニョがカラー・チャートの使用を思いついた最初のきっかけはそこにありました。

 カラー・チャートの用い方としては、数詞やアルファベットの名前のような、意味に負担がかからない語を使って、音節単位で声を出させる練習がよいでしょう。One, two, three, … ten や、a, b, c, … x, y, z を発音することにはほとんど記憶の負担がかかりませんので、音そのものに集中することができます。かつて『なんで英語やるの』(1974年)の著者として有名になった中津燎子さんは、日系二世のアメリカ人に英語の個人教授を受けたとき、毎日アルファベットを大声で言わされて、しまいには目が廻るほど消耗したと書いていました。(To be continued.)

(脚注1)カレブ・ガテーニョについて知りたい方はインターネットで調べてください。「カレブ・ガテーニョ」または「サイレント・ウェイ」で入力すれば、およそのことは把握できます。またサイレント・ウェイの外国語教材については、「SWランゲージセンター」(大阪市北区中崎西1−4−22)に問い合わせてください。

(脚注2)カレブ・ガテーニョの考案した「サイレント・ウェイ」の外国語指導法と教材について興味のある方は、ガテーニョの著書の拙訳『子どもの「学びパワー」を掘り起こせ—「学び」を優先する教育アプローチ』(茅ヶ崎出版、2003)をご覧ください。その末尾に、拙論「外国語教育におけるサイレント・ウェイとその学習理論」が付録として掲載されています。

(142)<教育問題私見> 松山薫

⑤ 道徳教育考−1

  安倍政権の教育改革の方向性を定める教育改革実行会議は、2月末第一次の提言として「いじめ問題への対応」5項目を発表し、その第一項目で、「道徳を新たな枠ぐみによって教科化する」と述べている。
  
  教科にしなければならない理由として、現在の道徳教育が所期の目的を果たしていないことをあげ、教科書の充実、この教科を教えるリーダー的教員の養成などのあらたな枠組みを創り、教科化することにより、人間性に深く迫る教育を行なうとしている。さらに、教材としては、具体的な人物や地域、我が国の伝統と文化に根ざす題材や人間尊重の精神を培う題材などを重視すると言う。また、文科省の義家弘介政務官は「道徳を徳育と改め、教科にはしても、点数での評価はしない」と述べている。

  具体的に徳育で何を教え、“人間性に深く迫る教育”の結果をどのようにして評価するのかは、小学校で操行・丙をもらって、希望の中学の受験ができなかった私としては、大変気になるところだが、中央教育審議会の答申などを見ないとわからない。ひとつの手がかりになるのは、安倍首相のブレーンのひとりで、教育改革実行会議の主要メンバーである「新しい歴史教科書をつくる会」の八木秀次・元会長(高崎経済大学教授)が監修した「親子で読みたい精撰・尋常小学修身書」(小学館文庫)である。

  この本は、明治から昭和のはじめにかけて文部省が発行した修身書から、19のテーマに分けて、113話を”精選“している。例えば、最も力を入れている「12.家族を尊ぶ」に収められた13話は次のようになっている。
1.家庭  2.孝行  3.兄弟  4.勉強  5.規律  6.忠君愛国  7.兄弟  8.父母  9.父と子 10.師に仕える 11.松下村塾 12.男子の務めと女子の務め 13.私達の家

このうち、6.忠君愛国の話は、私たちが学習した第4期修身書の5年生の本に載っていた吉田松陰に関するもので、「松陰は『我が国は万世一系の天皇がお治めになる国であって、我らは祖先以来天皇の臣民である。・・・天皇と臣民は一体をなし忠と孝とが一致している。これが我が国の万国にすぐれたところである。誰でも日本人に生まれたものは、我が国体がかように尊いことをわきまえることが最も大切である。』と信じ全国の人にこのことを知らせて忠君愛国の精神を奮い起こさせようとしました。」とあり、最後に“身はたとひ武蔵野の野辺に朽ちぬとも留めおかまし大和魂”という辞世が付してある。これを親子で読もうというわけだ。 ” じぇ、じぇ、じぇ!“。
 
 私は小学生の頃、この話を学んで吉田松陰に心酔し、松陰の肖像画を買ってきて子供部屋の襖に貼り付けた。それには辞世も書き入れてあったので、時々弟達をその前に並ばせて、一節ずつ私が唱え、後について斉唱させていた。家内に聞くと、北海道では、この辞世を唱歌にして、歌わせていたという。

 こうして私達は、修身書にある”よい日本人“(資料3年生の修身書末尾参照)の鋳型にはめ込まれ、国のために命を捧げる忠君愛国少年に育てられていったのである。敗戦のとき16歳であった私は、この呪縛から逃れるのに1年半を要した。このような体験を持つ私としては、安倍政権の教育改革は、個性を押しつぶし、型にはまった人間を生み出す徳目教育によって権力の都合のよいように動くロボット人間を生み出すのではないかと危惧する。

 家族については、前々回取り上げた安倍晋三著「新しい国へ」の第7章「教育の再生」の中でも “家族のモデルを提示しない日本の教育”と題して採り上げている。この中で安倍首相は、ジェンダーフリー(性差別の克服を意味する日本英語)の考え方を厳しく批判し、家族のモデルとして“お父さんとお母さんと子供がいて、おじいちゃんもおばあちゃんも含めてみんな家族だ」「そういう家族が仲良く暮らすのが一番の幸せだ」という価値観を子供達に教えたいと述べている。 また、自民党の憲法改正案の第24条では現行憲法の両性の本質的平等をうたった第2項は完全に削除され、その代わりに「家族は互いに助け合わなければならない」という条項が入っている。さらに、現行憲法では、国務大臣、国会議員、公務員について憲法を守る義務を定めているが、自民党案では102条1項を新設し、国民はこの憲法を尊重しなければならないと付け加えている。つまり、権力を行使する側に箍をはめる規定が、国民全体に網をかけるものになっており、家族が互いに助け合わないと憲法違反になる。

 これらの事実は、安倍政権の教育改革が憲法改正と表裏一体であることを物語っている。社会を変えるものは短期的には政治、長期的には教育であることを、もう一度確認しておきたい。

 私は家族の絆の大切さを否定するわけではない。しかしそれを憲法で義務化したり、政権がモデルを示すことには反対である。それは本来人間の心の問題であり、政治が介入すべき問題ではないからだ。 

桐英会ブロガー仲間の田崎清忠さんから教えてもらったのだが、アメリカには次のような伝統的な祈りの言葉があるという。
   
 Let us take care of the children,   
For they have a long way to go.
Let us take care of the elders,
For they have come a long way.
Let us take care of those in between,
For they are doing the work.
 
 こどもを大事にしよう、
 これから長い道のりを進むのだから。
 年寄りを大事にしよう、
 長い道のりを歩いてきたのだから。
 その中間にいる人たちを大事にしよう、
 仕事の真っ最中なのだから。     ( 田崎清忠訳 )

 これで必要にして十分ではないか。家族にはそれぞれの事情があり、それぞれの形がある。絆のあり方もそれぞれに異なる。政治は、そういう家族の心の問題に踏み込んではならない。そういう絆が経済的な困難で破壊されないような環境整備に専心すべきなのである

 NHKの連続TV小説「あまちゃん」の家族は、安倍首相がいうようなモデル家族とは程遠いが、私はこの家族の中に確かな絆を感ずる。母に反抗して、すけ番だった一人娘は家出して東京で勝手に結婚し、夫を捨てて20何年かぶりに三陸海岸の故郷に帰ってくる。父は遠洋漁業の船員で一年に10日しか家にいない。帰宅して何日かたつと母と猛烈な喧嘩を始める。家出娘と一緒に帰ってきた16歳の孫娘が、祖母の後を継いで海女になる話だ。高校生海女は、見るもの聞くもの珍しく、この地方の方言を模した驚嘆の間投詞 ”じぇ、じぇ”を連発して丸い目を輝かす。一寸驚いた時は2回、かなり驚いた時は3回、びっくり仰天した時は5回と言うのが相場らしいが、今や今年の流行語大賞候補という呼び声さえある。

 あまりTVをみない私も、はまりこんで、夜11時の再放送をみてから床に就くが、暗闇の中で狭心症の恐怖に悩まされることもなく、さわやなで可愛い高校生の笑顔に癒されながら安らかに眠りにつくことが出来る。 

  一方、「新しい国へ」や「精選・尋常小学修身書」それに自民党改憲案などを読んで寝ると、「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友相信じ」と教育勅語を奉読する小学校時代の校長先生の声が聞こえてくるような気がして、この国はまた全体主義国家に逆戻りしてしまうのかという妄想が頭を駆け巡る。四つん這い兵隊検査の悪夢にうなされ、真夜中に飛び起きることになる。じぇ、じぇ、じぇ! もひとつおまけにジェ、ジェ、ジェ、ジェ、ジェ!!!!! (M)  

* 今週と来週、ブログ本文の後に資料として、私達が学習した第14期修身書の内容を紹介します。

1学年 27項目  32pp
2学年 27項目  80pp
3学年 27項目  98pp
4学年 27項目  129pp
5学年 27項目  136pp
6学年 27項目  126pp
* 文字は段々小さくなっている。 27x6= 162項目 総ページ数 601 

(修身書 第1学年) * 10課までは、絵のみ。以下色刷り挿絵つき

1. よく学びよく遊べ 2. 天長節 3. 先生 4. 友達 
5. 喧嘩をするな 6. 元気よく 7. 食べ物 8. 始末をよく9. 生き物  10.夏休み 11.決まりよく  12.物を大事に
13.過ちを隠すな  14.ウソをいうな 15.人のもの  16.近所の人  17.思いやり  18.人に迷惑をかけるな
19.私のうち  20.お正月  21.勉強  22.お父さんお母さん 23.親を大切に  24.親の言いつけを守れ  25.兄弟 26.忠義 <木口小平が死んでもラッパを話さなかった話>  27.よい子供

( 修身書 第2学年) * 漢字交じりカタカナ文 * 挿絵は一部のみ

1. 2年生  2. 自分のことは自分で  3. 工夫 <噴水を自分で庭に作る> 4. からだをきれいに  5. からだを丈夫に  6. 孝行  7. 兄弟仲よく 8. 親類  9. 祖先を尊べ  10.年寄りを敬え  11.なまけるな <蟻の話>
12.辛抱強く  13.氏神さま  14.遠足  15.規則に従え  16.無作法なことをするな  17.友達に親切に  18.人の過ちをゆるせ 19.悪い勧めに従うな 20.人の難儀を救え  21.天皇陛下 <大日本帝国に生まれ天皇のもとで生きる幸せ> 22.紀元節 <神武天皇の東征。祭日には日の丸を> 23.忠義 <軍神広瀬中佐の話> 24.約束を守れ <同  25.正直 <教訓 正直は一生の宝>  26.恩を忘れるな <忠犬ハチ公>  27.よい子供 <天皇陛下の恩>

(修身書 第3学年) * 漢字交じりひらがな文  * 冒頭に伊勢神宮の一枚色刷り絵

1. 私たちの学校
2. 先生を敬え <上杉鷹山とその師の話>
3. 友達 <大砲を作った二人の友情>
4. 孝行 <二宮金次郎の話>
5. 仕事に励め <同上>
6. 学問 <同上>
7. 整頓 <本居宣長の本棚が暗闇でも本を取り出せるよう整頓されていた話>
8. 行儀 
9. 生き物をあわれめ
10.恩を忘れるな
11.物事にあわてるな
12.堪忍 <木村重成の話。教訓 ならぬ堪忍するが堪忍>
13.勇気 <同上)
14.正直 <馬方が客の忘れた財布を届けた話>
15.健康 <教訓 薬より養生>
16.明治節 <祝日のいわれ。明治天皇のご恩を忘れるな>
17.国旗 <全戸に日の丸。競技会で揚がる日の丸に涙>
18.規則を守れ <松平定信の話>
19.倹約 <徳川光圀の話>
20.慈善 <教訓 我が身をつめって人の痛さを知れ>
21.皇大神宮 <伊勢神宮のこと。天皇の祖先。伊勢参り>
22.忠君愛国  <支那軍に捕まった陸軍兵士の立派な最後>
23.協同 <毛利元就3本の矢>
24.近所の人 
25.公益
26.皇后陛下 <皇后の慈善活動>
27 よい日本人 <常に天皇、皇后の徳を仰ぎ、皇大神宮を敬い、忠君愛国に徹せよ。祝日のいわれを知り、国旗を大切に。父母に孝行を尽くし、先生を敬え。このように身をつつしみ、世のため人のためをはかって天皇陛下に尽すのがよい日本人になる道である>

                     以上

「荻上チキの日本語」で感じたこと
(1)例えば、私はTBS ラジオの“Dig”(午後10時~)をよく聴いていましたが、問題の取り上げ方や、題名の通り“問題点を掘り下げる”姿勢には賛同することが多くありました。今年(2013)の4月からは、名称も出演者も変わりました。「荻上(おぎうえ)チキ Session-22」となって、原則として月~金の午後10時から2時間ほど放送しています。アシスタントとして、南部 広美フリーアナウンサーが出演。

(2)“荻上チキ”という人は、1981年生まれですから、とても若い評論家です。私は彼がこの番組に出る前に、数回その発言を聞いたことがありました。ただし、短い発言だったので気づかなかったのですが、この新番組を聴くようになって、その正確な日本語に驚嘆しています。その都度、テーマについてはよく調べ、メモも書いているようですが、原稿を読み上げるような正確さではないのです。他の評論家や記者などを交えて議論するような場合でも、言い淀んだり、言い直したりといったことがほとんどありません。

(3)私だけかも知れませんが、あまりにも理路整然とした発言を聞かされると、「ちょっと疲れるよ」と勝手なことを言いたくなるのです。テレビやラジオで、コメンテーターたちが、「なんと言いますか…」とか、「そこのところは…なんですね…」のように曖昧な言い方をする人が多いのでいらいらするのに、荻上チキ氏のような話し方にも反発を感じるのは、私を含めて、日本人が日本語による“コミュニケーションのための話し方”を訓練されていないからだと思うのです。

(4)文科省には、道徳とか愛国心とか言う前に、日本語でのコミュニケーション能力を付けることを目標にしてもらいたいと強く要望します。五月14,15日の安倍首相の国会答弁を聞いても、いかにコミュニケーション能力に欠けているかが分かります。人間だれでも、自分の不利な立場を弁解する場合は、だらだらとした発言になるものですが、今回の国会での答弁は特にひどいと思いました。

「安倍首相の国会答弁」のこと
(1)安倍首相は、「それはですから、度々申し上げていますように、そうは考えていないと、まあ、そのように思っている次第ですと、こうお答えするよりないわけでして、ご理解頂きたいと願う次第であります」のような発言が目立ちました。自民党の他の議員が発言したことについてコメントを求められると、「そういう発言は直接に聞いてはいないので、コメントは控えさせてもらいたい」と逃げるのです。数日前には、プロ野球の始球式に主審として出席し、はしゃいでいたのですから、他の議員の発言を検討する時間は十分にあったはずです。国民栄誉賞を与えた長島元監督や、松井選手が始球式に出るからといって、付き合う必要は全くなかったと思います。

(2)飯島参与の北朝鮮訪問についての質問に対して、“ノーコメント”を通したのもひどいですね。「承知はしているが、現段階では誰と会って、どういう話をするかは言えません」くらいのことは言うべきだと思いました。首相の言動には、何でも自分の手柄にしたいという、いやしい本音があるように感じました。韓国、中国、米国にも根回しをしていないらしいので、今後の外交交渉に望ましくない影響があるのではないかと私は心配します。(この回終り)

赤ちゃんの喃語をヒントに、私たちの英語発音練習について考えてみましょう。通常の英語の授業(特に初級段階)では、発音練習はたいてい先生や録音の音声を模倣することから始まります。これは生徒にとって正しい学習法なのでしょうか。もし生徒が英語の音韻システムの基本を身につけた後であれば、それは良い方法かもしれません。なぜなら、生徒は英語の音声を口から発する方法を知っており、自分の出す音声を耳から入ってくるモデルの音声と比較することができるからです。赤ちゃんも喃語の時期を過ぎた後では、他の人の出す音声を真似ることができるようになります。彼らは喃語の期間に、自分の口から出す音声をどのようにしてコントロールするかを学習したからです。

 しかし、英語の正しい音声の出し方を知らない小学生や中学生は、初めて聞く英語の音声を正しく真似ることはできません。なぜなら、それらの音声には、母語とはまったく違う性質のものが数多く含まれているからです。子どもたちの大部分は、確実に、それを正しく行うことに失敗します。しかもクラスで模倣練習を行うときは、その練習法には大きな落とし穴があります。それは、音の模倣に長けている生徒がどのクラスにも何人かいて、先生はそういう生徒を見てクラス全体がうまくやっていると誤解をすることです。そんなわけで、この単純な模倣練習が最も優勢な発音練習法となっているのですが、実際には、これは大多数の生徒にとって非常に有害な練習方法なのです。

 生徒が英語の音声を正しく模倣できるようになるためには、英語学習初歩の段階で英語の音韻システムを身につけることが肝要です。それにはどうしたらよいかを考えてみましょう。まず母音から始めます。実際には音節の単位で練習するので母音と子音を同時に扱うことになるのですが、ここでの説明の便宜上母音から始めます。まず母音日本語の「あ・い・う・え・お」の5つの母音に対して、英語の母音は非常に複雑で、少なくとも20個(単母音12、二重母音8)もあることに注目しなければなりません。大人の英語学習者は、まずこれらの母音を区別して発音し、聴き取ることができるようにする必要があるのです。

・英語の母音:see, sit, ten, cat, father, got, saw, put, too, cup, fur, about, say, go, my, boy, now, near, hair, pure. (注)Oxford Advanced Learner’s Dictionary (OALD) に示されている23の母音の中から20を選定。

 「あ・え・い・お・う」の5つの母音を区別することを学習した日本人が、中学生(あるいは小学校高学年生)になって英語に接するやいなや、いきなり20の母音を区別しなければならないのです。これは容易なことではありません。多くの人(教師も含む)が安易に考えているように、モデルを真似るだけで達成できるものではないのです。生徒の直面する事態は非常に深刻です。しかしこれまでの学校での指導では、英語の母音が20も存在することを生徒が知るのは、学習がずっと進んだ後になってからでした。英語の学習用辞書にはその辞書の用いる発音表記を詳しく説明しており、筆者は旧制中学生の高学年になって英語の母音が20以上もあることを知りました(もっとも筆者の中学生時代の大半は戦時中だったので、現在とは事情が違っていました)。

 赤ちゃんの母語の習得では、脳は与えられる事態に即して柔軟に対応しています。人間言語であるかぎり、赤ちゃんの脳はどんな言語音をも受け入れることができるように用意されています。そして喃語という、半年間にわたる長期の自己研修期間が与えられています。赤ちゃんはその期間に自分の出せる言語音をいろいろと試すことができるのです。これに対して、母語の基本を習得した子どもや成人の場合には、そのような悠長な研修は許されません。学ぶべきことがあまりにも多いからです。そして彼らの脳は、赤ちゃんの脳とは違って、格段に柔軟性を失っています。

 そういうわけで、20個の母音の区別は、英語学習初期の段階できちんと指導されなければなりません。その点に関して、これまでのわが国の英語教育は概して無頓着でした。「先生の口をよく見て、それと同じ口になるようにして真似てごらんなさい」というのではダメなのです。発音するのに肝心なところは外からは見えないからです。いちばん重要なことは、それぞれの生徒が、英語の20個の母音を区別することができる脳を創り出すことです。そのためには、英語の音声訓練のための特別な教材と方法が考案されなければなりません。これまでの中学校用英語教科書を見ても、学習すべき英語の母音の全体像を示してその区別を組織的に練習するというようなものは見当たりません。しかしそのような教材はすでに工夫されています。それを次回にご紹介しましょう。(To be continued.)

(141) 教育問題私見

Author: 松山 薫

(141)<教育問題私見> 松山薫

④ 教科書検定

  安倍首相は、2013年4月11日の国会で「第一次安倍内閣で教育基本法を改正し、教育の目標に、伝統文化の尊重や愛国心や郷土愛も書いたが、検定基準では改正基本法の精神が生かされておらず、検定官自身にその認識がない」と述べて、教科書検定の見直しに強い意欲を示した。

  安倍首相の言う検定官とは、文科省の教科書調査官のことである。高等師範時代の友人が調査官をしていた頃、文部省に彼を訪ねて教科書についていろいろ教えてもらったことがあるが、その時彼は、「調査官が内容に踏み込むことはない、事実関係の正誤を見るだけだ」と語っていたように憶えている。私は、検定が必要だとしても、それが限度であると考えている。なぜなら、それ以上は国家権力による言論・思想の自由に対する介入になるからである。もっとも、事実関係の正誤に手をつければ、内容が変わることもありうるから、簡単に割り切れるものではないだろうが、節度は守ってもらいたい。安倍首相や下村文科相は、どんな“精神”を “ 検定官”に“ 上から目線 ”で子供達に叩き込ませようとしているのか。

 学校教育法に基づいて行われる教科書検定の内容は従来全くのブラックボックスであったが、平成6年度の検定で、沖縄戦の記述の修正をめぐって批判が強まったことから、一部が公開されるようになった。現行の日本の教育体系の中では教科書は重要な位置を占めるから、民主主義の基盤である国民の知る権利を重視するならば、検定の内容は最大限公開すべきだろう。

  もう60年以上前のことだが、国電の大塚駅から学校のある茗荷谷まで、いつもは歩いている道を、めずらしく都電に乗ったことがあった。中ほどに日本史の講義を受けている家永三郎教授が重そうな黒いカバンを提げ、つり革に掴まって揺られているのが見えた。細身の体、透き通るような白い腕を見ているうちに、柔道着だけしか持っていなかった私は思わず近づいて、「先生、カバン持ちましょう」と声をかけた。私は左耳の聴力が低いため、いつも一番前の席で先生の講義を聴いていたので憶えておられたのだろう「ア、君ですか。大丈夫ですよ。有難とう。柔道やっているの、頑張ってください。」と言って眼鏡の奥の優しい目で笑われた。

  家永教授は1965年教科書検定裁判を提起するに当たって次のような声明を発表している。

「 私はここ一〇年余りの間、社会科日本史教科書の著者として、教科書検定がいかに不法なものであるか、いくたびも身をもって味わってまいりましたが、昭和三八・九両年度の検定にいたっては、もはやがまんできないほどの極端な段階に達したと考えざるをえなくなりましたので、法律に訴えて正義の回復を はかるためにあえてこの訴訟を起こすことを決意いたしました。憲法・教育基本法をふみにじり、国民の意識から平和主義・民主主義の精神を摘みとろうとする 現在の検定の実態に対し、あの悲惨な体験を経てきた日本人の一人としてもだまってこれをみのがすわけにはいきません。裁判所の公正なる判断によって、現行 検定が教育行政の正当なわくを超えた違法の権力行使であることの明らかにされること、この訴訟において原告としての私の求めるところは、ただこの一点に尽 きます。」

  家永先生は、その後、30年をこえる「教科書検定裁判」を闘われた。勝訴は地裁の1件のみであったが、この裁判は、その後の教科書検定に大きな影響を与えたといわれる。また、ギネスブックにも載るほどの長期間、言論の自由を守るために闘った業績に対し、ノーベル平和賞候補に推す動きもあったと聞く。

  家永先生が亡くなった時の新聞で、あんなか細い体でよく30余年の裁判闘争を闘い抜いたという趣旨の論評を読んだ。私は家永教授の闘いを支えたのは、声明文にもあるように、太平洋戦争への悔恨と二度と同じ過ちを繰り返してはならないという決意であったと思う。先生は旧制新潟高校の教授から戦争の終わる前年に東京高等師範学校の教授に就任しているから、多くの教え子を戦場へ送ったことだろう。先生にはまた、皇国史観に基づき「教育勅語」を礼賛した過去があった。この記事を読んで、私は、過ちを再び繰り返さない不退転の決意を秘めて理不尽な権力に立ち向かった先生の在りし日の温顔を偲んだ。(M)  

前回の文章をブログに投稿した後、『自己を変革するイチロー262のメッセージ』という本の広告を新聞で見ました。これはイチロー自身が書いたものではないようですが、野球の天才と言われるイチローの才能開花の秘訣が「自己変革」にあるというのは正しい見方だと思います。そうでなければ、彼がかくも目覚ましい活躍を長年続けることはできなかったでしょう。そして同様の自己変革は、英語などの外国語の学習においても、最も重要な学習原理となるはずです。なぜなら、自己変革なしにはいかなる外国語も習得できないからです。自己変革を拒む頑固な人は、間違いなく失敗者となるでしょう。母語とは異なる体系をもつ言語を受容しそれを意のままに使えるようになるためには、個々の学習者は必然的に大きな自己変革を要求されるのです。

 では発音の習得はどんな自己改革を必要とするでしょうか。まず言語を作る音の単位から考えてみます。英語の発音に関する解説書は母音や子音の「音素 」(phoneme) から始めるのが普通ですが、日本人が英語の音声を学ぶ場合には、音素よりも「音節」(syllable)から始めるのがよいと思われます。なぜなら、日本語のひらがな・カタカナは音節文字なので、日本人が音素を意識することはほとんどないからです。そして音節は、すべての言語において、発話で意識される最小単位であると考えられます。幼児の初期の母語習得においても、言語音の変化に気づくのは音節の単位であって、音素ではないと考えられます。

 音節は母音を中心にして構成されます。1個の母音だけで構成される音節もありますが、むしろ多くの場合、母音の前、後ろ、または前後に1個または2個以上の子音を伴って構成されます。子音だけで音節を構成することはありません。日本語の音節構造は非常に単純です。基本母音は「あ・い・う・え・お」の5つで、これらだけで1つの音節を形成することができます。また、これらの母音の前に子音が付いて、か(k+あ)、さ(s+あ)、た(t+あ)などの音節を作ることができます。したがって日本語の基本的な音節構造は、母音をV、子音をCで表わすと、次のように簡単なものになります。

・日本語の音節構造:V or CV (e.g. 赤(あか)い屋根(やね):V+CV+V+CV+CV)

これに対して英語の音節構造は、日本語のそれに比べて非常に複雑です。何がそれを複雑にしているかというと、英語には少なくとも20個の母音が区別されること、そして子音がそれらの母音の前、後ろ、または前後に付くことです。さらに、付加される子音が1個とは限らず、2個、3個と複数の子音がつながることが多いのです。これを「子音連結」(consonant cluster)と言いますが、日本人学習者にとって、これは乗り越えるのにたいへん苦労する障壁です。英語の音節構造は次のようになります。

・英語の音節構造:V or CV or VC or CVC ; C:C or CC or CCC (e.g. the green hill : CV+CCVC +CVC)

次の単音節の語彙から成る英文を、音節構造に注意して読んでみてください。

・Once there lived an old man and his son in a small hut near the lake.

 さて、英語を話す環境に生まれた赤ちゃんたちは、英語の音節構造をどのようにして習得するのでしょうか。彼らはもちろん、英語の音節構造が複雑だからといって、日本語の環境に生まれた赤ちゃんたちよりも不利な立場にあるわけではありません。どの言語環境に生まれても、人間の赤ちゃんはその環境で話される言語の音声をキャッチし、その音声パタンを身につけます。しかしその習得の順序は、一般に考えられているものとはまったく違います。

 赤ちゃんは、実は、周りの人々の話す言葉を真似ることから始めるのではないのです。生後半年くらいから数ヶ月間、赤ちゃんは多音節で子音要素を含むダーダーマーマーバーバーのような発声をします。これを「喃語」(babbling)と言いますが、この現象は普遍的に見られるものです。これは赤ちゃんが自発的に発する音声ですが、この時期が後に有意味な単語を発するようになるための大切な準備期間なのです。赤ちゃんはここで言葉を話し始めるための基礎練習を行っているのです。やがて赤ちゃんは自分の出す音を聞き、自分がそれを記憶することができることを知り、その知識を他の人の出す音声と比較して研究することができるようになります。このように赤ちゃんは聞く前に「しゃべる」のです。そして誕生前後のある日、突然言葉らしきものを口にします。すると周りの人々がそれに気づき、「この子はいま言葉を話した!」と言って大喜びをするわけです。この赤ちゃんの言語習得における喃語の存在は、大人が新しい言語を学ぶ際の発音学習に興味ある示唆を与えてくれます。そのことを次回に述べることにします。(To be continued.)

(140)教育問題私見 松山薫

③ 安倍教育改革の段取りについて 

 安倍首相は、前回総理就任時に刊行した「美しい国へ」を今回の就任時に「新しい国へ」に改定し、この中で、「戦後レジームからの脱却」の一環としての「教育の再生」と題し、次のような項目を挙げている。

* 誇りを回復させたサッチャーの教育改革
* 国に対して誇りを持っているか
* ダメ教師には辞めていただく
* 学力より時間がかかるモラルの回復
* 「大草原の小さな家」にみる家族
* 家族のモデルを提示しない日本の教育
* 「家族、このすばらしきもの」という価値観
* 映画「3丁目の夕日」が描いたもの
* 「お金以外のもの」のために戦った野球チーム (WBC)
* 日本は格差社会になったのか
* 警戒すべきは格差の再生産
* 再チャレンジの可能な社会へ

 教育再生と言うからには、現在の教育は重病か死んでいるというが現状認識で、上記の「新しい国へ」を集約すると病原菌は ① 国家観の喪失 ② 家族の崩壊とモラルの欠如 ③ 格差否定の悪平等 ということになるようだ。この病原菌を駆除するために対置する価値観は次のようになっている。       

 ① について「新しい国へ」では、志ある国民を育て、品格ある国家をつくること。
 ② は、道徳を徳育として教科にすること。モラル回復のための家族の再生。
 ③ は、フェアな競争のもとで努力が報いられる社会。結果としての格差は当然。

 安倍首相のこのような価値観に基づいて、官邸に第2次安倍内閣の教育政策の方向性を提言する首相直属の有識者会議、「教育再生実行会議」が設けられた。メンバーは15人で、保守系の学者や元官僚、企業経営者、反日教組の教職員団体の委員長、老女性作家、「新しい歴史教科書をつくる会」の元会長ら“安倍色の強い人選”(朝日新聞・共同通信)になっている。第一次安倍内閣の閣僚の人選は「お友達内閣」と揶揄されたが、教育再生実行会議のメンバーもどうやらそれに近い。つまり、半藤一利のいう”タコツボ”型である。この会議は次のような問題について提言し、それに基づいて文科省の中央教育審議会が具体案を審議する仕組みになっている。

☆ いじめの解消
☆ 大學のあり方の見直し
☆ 世界トップレベルの学力を目指して学力向上
☆ 教育委員会の教育長を首長任命とし権限を強化
☆ 教育バウチャー制度
☆ 教科書検定の見直し
☆ 6・3・3・4制のみ直し
☆ 大学入試のありかあの見直し
☆ 飛び級、秋入学
☆ 競争意識を高めるための全員参加の全国学力テストの実施

 教育再生実行会議は、とりあえず(つまり参院選挙前)は、controversialな国家観の問題などは避け、いじめの問題やそれに関連して教育委員会の改革など誰も反対できないような項目をとりあげて、参議院選挙の結果を見て、本丸である教育内容についての提言を行なうという。まず経済問題で点数を稼ぎ、憲法改正へという政治課題と同じ手法をとる。

 「新しい国へ」を読んでいると、「千万人といえどもわれ行かん」とか「誰がなんと言おうと、(自分の考えが)正しい」といった自信過剰の思い込みが感じられる言葉がみうけられる。
「火の玉となって総裁選を闘った」という言葉を見たときには、思わず「進め1億火の玉だ」という戦時中の標語を思い出した。前回、総理大臣を途中辞任した際の弱弱しいイメージを払拭するための擬勢かも知れないが、人間としての本性は逆境のときにこそ現れること、勇ましい言動には大きな危険が伴うことを、戦中戦後の国家の指導者達がとった態度を見てきた戦中派はよく知っている。

 また、”タコツボ型小集団”の弊害は、身内の論理や歴史・社会観を固執して、反対論に耳を貸そうとしないことである。この会議の提言が、サッチャリズムやレガノミックスには賛否両論があるにもかかわらず、サッチャーの教育改革を一方的に礼賛している安倍首相の主張に沿った一方的な内容になる危険を予感させる。(M)