Archive for 9月, 2012

〔113〕英語との付き合いー39

追憶 ⑩ 綱島分校での出会い

 茅ヶ崎方式英語会を設立して間もなく、初めての分校を東横線綱島駅近くの毎日スイミングスクールの中に開設することになった。子供の頃から水泳が好きで、近所の多摩川で泳い
で以来、蛙泳ぎと自己流のクロールであちこちの海やプールで泳いでいたが、いつかきちんとした泳ぎを身につけたいというのが長年の夢だった。NHKが渋谷に移ってからも、目の前のオリンピックブールで職場の仲間と泳いでいたが、ある時、石川デスクが、多分日本で初めての大人のためのスイミングスクールが出来ると聞き込んできて、早速二人で赤坂の紀尾井町にあった事務所へ申し込みに行ったところ、なんと私たちが最初の入会者だった。

 スイミングスクールは子供のものというのが常識の時代に、水泳はきっと成人にも広がるという岡田亘代表(元オリンピック強化選手候補)の着想は見事に的中した。 毎日スイミングスクールは数年のうちに会員1万人を超え、ハワイのオワフ島にも支部を持つ有数のスポーツクラブに成長して、綱島にインドアテニスコートとプールを備えた6階建ての本拠地を建設したのである。

 岡田さんは、私たちが最初の会員として、NHKの連中を次々にクラブへ送り込んだことをよく憶えていて、恩返しだと言って、この建物の一室を無料で我々の学習会に貸してくれた。綱島分校はスポーツクラブの会員やスタッフで直ぐ30人ほどの参加者が集まり、石川、高橋両氏が面倒を見てくれることになった。私は月に1~2回顔を出すだけだったが、それが貴重な出会いの場となった。会員の中には大変有能な人が多く、後年、綱島分校出身の3人が茅ヶ崎方式英語会の屋台骨を背負う存在になってくれたのである。

 岡田さんはまた、自分の体験に基づいて、我々の学習会の運営についていろいろアドバイスしてくれたが、個人的にも「松山さんは最初の会員だから」と言って、紀尾井町や綱島のプールで、いつでも好きな時にタダで泳いでよいという特権を与えてくれた。そこで、夜勤の前に泳ぎに行くと、ひと気のないプールで岡田さんが泳いでいることが多かった。私を待っていたように「今日は千(メートル)行きましょう」とか「千5百行きましょう」と言って一緒に泳ぐよう促すのである。彼は何も言わなかったが、私が希望欄に「本格的な泳ぎを身につけたい」と記入した入会届けを見ていたのではないかと思う。

”陸上カバ”とあだ名されるほど太っていたとはいっても、元五輪選手候補について泳ぐのは、私にとっては死に物狂いだった。岡田さんはちゃんとタイムをとっていて「ナガアシの進歩だ」などと褒めてくれた。やがて岡田さんに何とかついて行けるようになった時、私の泳ぎは本物になったのだと思う。価値ある技術を身につけようとすれば、「継続は力」は鉄則だが、一時期集中的に努力することも必要ではないかと思う。そのようにして苦しみながら身につけた技術、いわば”泣きの入った技術“は、生涯の宝物になる。岡田さんはいささか強引な経営と無理がたたって、50代の若さで突然世を去り、クラブも人手に渡ってしまった。

 戦中・戦後の栄養失調で、血管が細くてもろいから長生きは無理と医師にほのめかされていた私が、80歳を過ぎる今日まで生きながらえることができたのは、生活の一部となった水泳のおかげだと思っている。そしてそれは、岡田さんという風雲児との出会いの賜物であった。(M)

最近のマスコミ報道で気になること
(1)ここ1週間(2012年9月18日~)のテレビの“トーク番組”は、同じような顔ぶれの連続でした。例えば、作家の林真理子は「はなまるカフェ」(TBS系)で、自分のことを赤裸々に語っていました。自著の『桃栗3年、美女30年』(マガジンハウス)の宣伝もしていましたが、確かに彼女は以前よりも痩せて美人になっていました。30年かければ、女性は美女になれるというのは、多くの女性には福音でしょうが、同じような話を繰り返し聞かされると少々うんざりします。

(2)タレントの綾小路きみまろもよく見かけましたが、テレビ朝日では4時間の特番を組んでいたのですから当然でした。新婚当時と40年後の夫婦の姿をからかう毒舌は大歓迎されて、中高年の多い会場はいつも笑い声に満ちているようです。フジテレビの朝の番組では、「還暦を過ぎた女性は悪口を言われるとかえって喜ぶ」という仮説を実証していました。女性の環境への適応性の一面でしょうが、特に大阪を中心とした関西の女性に多く見られる特徴のようです。

(3)このことは、一部の外国人には、「日本人は本音を言わずに笑って誤魔化す」と批判されますが、評価は分かれるところでしょう。もちろん、責任のある政治家が「笑って誤魔化す」ことをしてはいけませんが、では真面目に考えているかというとそうは思えないのです。今日(9月26日)は、自民党の安倍元総理が、決選投票で総裁に決まりました。記者会見では、派閥のことや、“三党合意”のことなど、2時間以上かけて質問に答えていましたが、どうも言い訳がましい答弁と乱暴な結論が多いように私には思えました。

(4)野田首相も安倍総裁も、細かいことへの配慮が出来ない人物です。消費税を上げることにしても、実際は大きな実施上の問題があるわけです。特に3.11 大震災の被災者たちは、まだ生活に困っている人たちがとても多いはずです。数年のうちに2回も消費税を上げられたら、消費者ばかりでなく、事務を扱う市役所や区役所の人たちにも大変な負担が生じるでしょう。おまけに、「消費税は社会保障のためにだけ使われるとは限らない」といった話が流れるようでは、政治不信は深まるばかりです。

(5)韓国の小中学校で、「日本がいかに悪い国か」ということを教えている映像には、戦争を知らないタレントたちは、「ひどいことを教えている」と非難していましたが、私などは、第2次大戦中の教育を受けていますから、他の情報を一切断たれた状況での教育がどんな不幸をもたらすかをよく知っているつもりです。それはともかく、「日本維新の会」に参加することを希望した国会議員たちは、「何とか次の選挙では当選したい」という気持ちだけで、本当に国を思う意欲があるかどうか怪しいものだと思います。小沢新党にしても、日本維新の会にしても、代表を無競争で決めてしまうようでは、信頼出来る政党とは言えないでしょう。細かい規約はいずれ決めることにはなっているようですが。

(6)9月23日の朝日新聞は、第1面に大きく、「ひらがな看板も隠さず営業 『反日』聞こえぬ街大連」と報じていました。反日デモが激しくて、警備の警官と衝突して死者が出たり、略奪、放火まで行われたりしていた直後のことです。中国は広いので、どこの地域でも同じというわけにはいかないでしょうが、大連における過去のデモ騒ぎが、反政府運動に発展した経験に懲りて、当局が取り締まりを緩めたのであろうという解説がありました。

(7)野田総理は国連のスピーチで、「日本は、法律を守る法治国家だ」ということを強調していましたが、最近の国内の事件を見ているととても法律など守られていない状況だと思います。「暴力団お断り」という掲示を出している店の関係者が殺される事件などは典型的な例でしょう。日本は正に内憂外患の状況にあるのです。どうにかして欲しいものです。(この回終り)

日本人の英語学習は、多くの人が指摘するように、それにかける個人の総体的努力の割に成果が上がっていないように思われます。しかし一部の人が言うように、すべての学習者がまったく無駄な努力をしているわけではないでしょう。一定の成果を得てい人もあるはずです。そこで、どのくらいの人がどの程度のレベルに達しているかを、TOEICの受験者のスコアから推定してみましょう。もちろん、TOEICは英語力のレベルを測定する国際的なテストであるとはいえ、そこからすべてが見えてくるわけではありません。しかし日本人の英語力の現状を知るには、これが有力な手掛かりを与えてくれます。

 TOEICは毎月実施されているテストですが、日本では3月が最も受験者が多く、毎年10万人を超える受験者があります。2012年3月に日本国内で行われたテストの受験者数と平均点は次の通りです(TOEIC公式データによる)。

受験者数:148,181(大部分が日本人ですが、若干の外国人も含まれます) 

リスニングとリーディングのトータル平均点:573.4(SD 171.6)

このテストの最高は990点で、平均は毎回570点から580点くらいです。上記のテストではSDが171.6ですから、その得点分布が正規曲線を描いていれば、401点から744点の間に68% の受験者が入ることになります。平均の573点というのは海外旅行で買い物ができる程度とされています。

 TOEICを受験する人たちの多くは、本気で英語学習に取り組んでいる人たちだと思われます。そうでなければ、このような面倒なテストを受験するはがありません。しかしそこには中学生から一般人まで多様なレベルの人々が含まれていますから、573点という平均点が高いか低いかを一概に言うことはできません。諸外国の受験者に比べて日本は低すぎると言う人もいますが、それぞれの国の英語学習環境は異なっており、日本人受験者の結果を他の国の受験者と単純に比較することはできません。ただ、日本の大学卒業者(大学卒社員)の平均が450点くらいというのは気になります。それは英検ならば準2級程度とされているレベルで、大学卒業者としては低すぎます。

 TOEICで「ほぼ適切なコミュニケーションが取れる」としているレベルの最低点は730とされています。最近日本の企業でも、大学新卒者の採用をTOEIC 730以上とする条件を付したものが現れました。外資系求人サイトでは平均して790点くらいが応募資格とされています。TOEICテストのスコア分布を見ると、受験者のうち730点以上をクリアする人は全体の約20%、790点以上をクリアする人は約13%です。つまりそれくらいの受験者は、日本の社会において期待される英語習得レベルにある程度到達していると言うことができます。ただしTOEICテストも英語達成度テストの一種であり、それに良い得点を取ったからと言って、完璧な英語力を保証するものではありません。事実、TOEICテストで800点以上取っても満足に話せない、書けないという人がいるというので問題になっています。TOEICはリスニングとリーディングのほかに、最近スピーキングとライティングのテストを開始しましたが、それらのテストの受験者はまだ多くはないようです。

 以上に見てきたところから、日本では多くの英語学習者が英語の達成感を味わっていないことが分かります。TOEICの点数でいうと、730点に達していない約80% の人たちは、英語学習に多大の関心を持っているにもかかわらず、またそれなりに努力をしているにもかかわらず、満足なコミュニケーションができないことに悩んでいると想像されます。また730点は取ったけれども、スピーキングやライティングに悩んでいる人もあると考えられます。そして、これから英語学習に本格的に取り組もうとしているさらに若い世代の多くの人々がいます。そのような人たちが各自の学習を効率よく進めるためには、英語学習環境をどのように改善したらよいのでしょうか。それには学習者だけでなく、指導する側も一緒になって考える必要があります。筆者は元英語教師でしたので、英語を学ぶ意志を持っている多くの方々のために、何とかしてあげたいと祈るような気持ちでいます。そして、これまでに実践されてきた教え方と学び方を再検討する必要があると感じています。

 次回には、この問題を教える側から見ていくことにします。(To be continued.)

<英語との付き合い-35> 松山薫

追憶 10話 (3)

7. 動かなかった時計の針
 
  前に、listeningの学習は原子炉の臨界に例えられることがあるという話を書いたが、駅の大時計に例えた人もいた。昔はどこの駅のプラットフォームにも、天井から吊り下げられた大きな電気時計があった。見ていても針がまったく動かない。故障かと思うと、一定の時間が過ぎるとピッ動く。この話を学習会ですると、70近いAさんは、大変気に入ったらしい。私の顔を見ると「わしの時計は何時動くのじゃ」と言う。これは答えられない難問だ。それ
ぞれの蓄積の度合いにもよるし、ピッではなくて、チクタクと動く人もいる。皆勤賞のAさんがある日欠席し、奥さんがみえて、昨日亡くなりましたと告げ、告別式の案内状を置いて帰られた。数人の仲間と告別式に行くと、奥さんが「死に顔を見てやって」と言う。柩を覗いてハッとした。中ほどに私がガリ版で刷り、タコ糸でとじた初・中級用の「基本2000語」の用語集が入れてあった。Aさんが亡くなる前に必ず入れるように奥さんに頼んだのだそうだ。私は軽い冗談だと受け止めていたが、ご本人は本当に時計の針が動く日を目指して一生懸命に勉強していたのだと思うと、胸が詰まった。出棺の時が来て親族の代表が挨拶し、冒頭「英語なんか勉強しなければ、もっと長生きできたろうに、英語が恨めしい」と言って私の顔をにらんだ。

8.先生と呼ぶな。棟梁か師匠ならOK

 私はもともと教師落第生だから、”先生”と呼ばれるのを好まない。特に成人のための英語学習会を始めてからは、人生の先達に当たる人達やいろいろな部門の専門家も大勢いるから、ますます、先生はやめてくれという気持ちになった。ドル円の為替レートの話などしている時に、先に紹介した有名な経済記者の松本さんあたりから、「先生一寸質問が」などといわれたら、○○が縮み上がるだろう。私は英対話を学ぶ人達をサポートするinstructorに徹しよう。英語会のスタッフにも、「オレを先生と呼ぶな」と厳しく言い渡したが、なかなか徹底しない。日本人はどうも先生と呼ぶのが好きらしいし、先生と呼んでおけば、問題がないと思っているようだ。中国のマネか。国会議員などがいい例だ。ある時スタッフの1人から、「それじゃあ師匠か棟梁でどうですか」といわれた。そうか、棟梁か師匠または親方なら考えてもいいなと思った。実は、私が本当になりたかったのは、大工の棟梁或いは細工物の職人であった。家作りの通信教育に入り、土地を求めて伊豆の山中を走り回ったことがあるし、箱根細工の工房などに行くと、思わずのめりこんで、畑宿の狭い道に大型車を長時間止めておいて警察に怒鳴られたこともある。今でも、団地のベランダの陽だまりで小筥などを作っている時は、時間を忘れメシを忘れて家内に迷惑をかけている。しかし、いまだに、棟梁または師匠と呼んでくれた人はいない。

⑨ < 軍人勅諭 >

 旧制中学校に入ると直ぐ渡された軍事教練用の教本の冒頭に「軍人勅諭」が載っていた。
“吾が国の軍隊は世々天皇の統率し給うところにぞある。昔神武天皇自ら大伴、物部のつわもの共を率い、中つ国のまつろわぬ者どもを打ち平らげたまいしより2千五百有余年を経ぬ”
という書き出しで延々と続く。我々はこれを必死で暗記した。佐官級の軍人がやって来る査閲の時に指名されて、間違ったらえらいことになるからだ。軍隊ではこれが憶えられず、古兵に強烈な制裁を受けて脱走し、自殺したり射殺された初年兵もいたという。
 茅ケ崎自由大学の最初のクラスで、この話をして、2千語の初・中級用語集を渡し、それに較べれば、この2千語を憶えるくらいはチョロイものだとハッパをかけたところ、実際に2ヶ月くらいで全部憶えてしまった人がいた。毎時間学習会の最初に語彙のテストをすると、いつも満点なのである。小川信子さんだ。小川さんは医学系統の学部の出身で、英語が専門ではなかったが、とにかく頑張り屋だった。その後の小川さんの進歩はめざましく、後に私が会員の中から初めて講師になってもらった人である。
このような単語の丸暗記が、学問的にどのような評価を受けているのかはわからないが、それが大変効果的な場合があることは確かである。会議・放送通訳者の篠田顕子さんは、11歳で香港の英国系の学校に入った時の体験を次のように述べている。「猛烈な忍耐力で単語を覚えていき、授業がわかるようになるのに半年かかりました。・・・忍耐力が道を開くという体験が、その後の人生を左右する香港でつかんだ宝でした。」(M)

逐次通訳の場合も同時通訳の場合も、通訳者のすることは、結局、「相手の言うことを正しく理解して、その内容を聞く人に分かりやすく表現する」(小松達也『英語で話すヒント』3頁)ということになります。そうだとすれば、これは通訳者だけでなく、すべての英語学習者の学習目的と何ら変わるところはありません。違うところがあるとすれば、通訳者はそのタスクをすばやく、正確に遂行しなければならないことです。しかし一般の学習者も、通訳者ほどではなくても、ある程度のスピードと正確さは望ましいものです。大学入試センターのリスニング・テストやリーディング・テストを見ても、それぞれのテスト項目にかけることのできる時間はかなり制限されており、正確さだけではなく、相当のスピードが要求されています。では、学習者はどのようにしたらそのような要求に応じることができるでしょうか。

 まず、どうしたら人の話をもっとよく聴くことができるようになるでしょうか。これは英語の聴き取りだけでなく、母語である日本語の聴き取りについても言えることです。第1に、話についていけるだけの予備知識が必要です。原発の話を理解するためには、まずそれに関連する語彙の知識が必要です。今朝の新聞に「原発ゼロ」の矛盾点が挙げられていましたが、そこには「原子力規制委員会」「安全確認」「核燃料サイクル」「再処理施設」「中間貯蔵施設」「廃炉計画」などの用語がたくさん出ていました。そして語彙だけではなく、これまでに原発についてどんな議論がなされてきたか、また現在どんな事柄が問題になっているかを知らなければなりません。通訳者たちはもちろん事前にそのような準備をします。自分の不得意な分野ではそのために多大な時間を必要とするでしょうが、そうすることが通訳者たちの仕事の一部となっています。これは一般の英語学習者にも言えることです。耳から入ってくる話の内容がある程度予測できるようにならなければ、充分には理解できないものです。

 第2に、話し手の人柄や話し方の癖(くせ)をよく知っておくことが重要です。特に初対面の人と話すときには誰でも緊張するものです。相手が何をしている人でどこの出身であるかを知っていても、標準的な話し方をするとは限りません。実際に会ってみるとものすごく早口だったり、言葉に独特の訛りがあったりしてまごつくことがあります。小松達也氏がハーマン・カーンという未来学者(1970年代に「21世紀は日本の世紀だ」と言って注目を浴びた人)の通訳をした経験が書かれています。ここに見られる通訳者の態度は、一般の学習者も見習うべきものです。

「実際に彼の通訳をしてみると、逐次通訳の時でも同時通訳の時でも言うことがさっぱり分かりません。そこで私は彼の発する単語を聞き取ることを半ばあきらめ、彼の考えを勉強することにしました。彼の本や論文を片っ端から読み、彼をつかまえて、どんなことを言いたいのか、これはどういう意味かなどしつこく質問しました。そうしたら彼の話がだんだん理解できるようになったのです。彼の発する言葉は10語のうち3つか4つしか聞き取れなくても、それをつないで考えれば彼が言わんとしていることが分かってくるのです。そうすれば何とか彼の話を聞く人に分かってもらえるような通訳をすることができます。こうして私は1983年に彼が亡くなるまで、彼の通訳を何度も務めることができました。」(前掲書37頁)

 次に、聴いたことを単に理解しただけで終わるのではなく、その内容を自分の言葉で他者に伝えるという訓練は、英語学習者にとって非常にチャレンジングな活動になります。通訳者たちは、実際に、そのような困難なタスクに日常的にチャレンジしているわけです。通訳者の行っているこのタスクは、英語学習者にも応用できるのではないでしょうか。つまり、英語を聴いてその内容を日本語にして他者に伝える、また逆に、日本語を聴いてその内容を英語に通訳するという活動を行うのです。そのような活動をするには少なくとも3人がティームを組んで行うことが必要になります。学校の授業でそういう活動を取り入れてくれるとよいのですが、そうでなければ、そういう活動を行うティームを自分たちで立ち上げるとよいでしょう。最初はうまくいかないかもしれませんが、学校で学んだ易しめのテキストを利用するなどして練習すると、だんだんスムーズにできるようになると思います。そのような活動から、通訳という職業に興味を持つ人も出でくるのではないでしょうか。通訳者はこれまでしばしば表舞台に現れない「陰の人」とされていましたが、ハリウッド映画の ‘The Interpreter’ (2005) に取り上げられているように、最近はその役割が多くの人に注目されるようになっています。(今回で「訳」の項を終ります。)

「勝負の時」について考えること
(1)“勝負”と言えば、大相撲が熱戦を繰り広げています。大関3人が怪我で休場してしまったのは感心出来ませんが、それよりも私が気になるのは、中継担当のNHK アナウンサーの言い方です。解説者の親方に対して、「今場所は日馬富士が横綱になれるかどうかが焦点ですが、親方はこの3日間の相撲ぶりをご覧になって、その可能性をどう思われますか」のように、予測を強要するのです。親方は、「まだ2日や3日では何とも言えんですよ」と不快感をにじませていました。こんな質問は止めて欲しいと思います。

(3)国家間の外交交渉などは、常に“勝負時”があるものです。野田総理は、石原都知事が早くから、尖閣諸島を買い占めることを発言し、行動もしていたのですから、すぐにでも総理官邸に呼んで、話し合いをすべきだったと思います。それをしないで、島の所有者と直接交渉を始めるなんてどうも理解出来ません。その経過は、中国側にはすべて筒抜けですから、交渉にも何もならないのです。

(4)様々な受験も“勝負”とみなしてよいでしょう。その結果は本人にも周囲の人たちにも大きな関心事です。2012年9月12日の読売新聞は、一面のトップに、「司法試験 予備試験組7割合格 法科大学院2割止まり」と報じていました。司法試験の仕組みについては、解説記事も載せていましたが、要するに、大学院までいかなくても、法学部生や学部卒業生が司法試験を受けられる制度です。その成績が、法科大学院よりも合格率が高いというのですから、「どうしてなのだろう?」という疑問が湧きます。

(4)学校行政については、文科省の見通しの甘い、行きあたりばったりの方針が問題だと私は思います。20年ほど前には、少子化で受験生が減ることが見えていたのに、私立大学の設立申請を次々と許可しました。現在は欠員のある大学が多く、日本橋学館大学(千葉県柏市)などは廃校にすることに決めたために大騒ぎになり、それは民放のテレビでも報じられました。学校は在学生を卒業させなければならないので、簡単に「今日で廃校にします」とは言えないのです。

(5)今朝(2012年9月22日)のNHK のテレビでは、宮城県の被災地の問題を取り上げていました。市街地がどうにか整理されて、何軒かの店が店主たちの懸命の努力でやっと開店できたのですが、そこへ市当局から道路を拡張する計画が示されて、ある薬屋の主人は、「移転しろということになったら、廃業するよりない」と嘆いていました。正に勝負の時に水を差された感じです。

(6)家が建ってから道路を拡げるという話は、被災地に限らず、これまでもいたるところであった話です。役人はある部署で仕事をするのは長くて4,5年ですから、将来の見通しなど全く持っていないわけです。しかも、「先輩の残した計画は実施しないとその先輩の落ち度になる」ということで、現状はどうであろうと計画を変更しようとしないのです。そのために、日本中いたるところで、住民とのとのトラブルが生じているようです。

(7)素人政治家の多かった民主党が、そんな役人にうまく牛耳られてしまった結末は国民が経験したばかりです。この点では、自民党の党首選立候補者たちも同様だと私は思います。今は自信満々に、「私が当選すれば日本を完全に立ち直らせてみせます」と主張していますが、官僚組織の崩壊を見る日はいつ来るのでしょうか。候補者の当落よりも、私はこのことのほうが気になります。(この回終り)

追憶—10話−(2)

4. 連想記憶法

 戦後しばらくして神田神保町の古書店街を歩いていると、よく東大の角帽を被った偽学生が路地の奥で露店を開いて本を売っていた。連想記憶術を教える本で、この技術( mnemonics )を会得すれば英語の単語などは面白いように憶えられるというのである。偽学生は、客たちに路地の奥から大通りを走る路面電車の4桁の車体番号を読ませて、大きな紙に書いていく。30台分ほど書き取ったところで紙を頭上に掲げ、客のほうを見ながら数字を大声で諳んじる。全く間違わないので客の中から嘆声がもれ、「さあ1冊50円、買った買った!」と呼ばわると方々から手が伸び、何回目かに私もとうとう誘惑に負けた。帰宅して読んでみると、中身はたわいのないもので、”単語を自宅の家具と結び付けて憶える”などと書いてあったが、全く実用にならなかった。ただ、mnemonicsそのものには、利点があるように思う。学習会を始めたばかりの頃、最初に参加者のレベルを知るために、用語集の中から100語を選んでテストをした。なかにassassinate(暗殺する)という語を入れておくと正答率はいつも数%以下であった。そこで、1期6ヶ月、20回の学習会の終わりにもう一度同じテストをすると、この語の正答率だけはいつもほぼ100%になった。それは多分、「assassinateは『朝死ね』と憶えると忘れないよ」と言っておいたからだろう。

5.「過去は過去として、小異を捨てて大同につく」

 これは、日中国交正常化の際の、周恩来首相の歴史的な発言である。個人的にも私の好きな言葉だ。国交正常化の調印式の後、人民大会堂での晩餐会の日中両国代表の演説を北京
からの入り中(スタジオへの生中継)で取材することになり、石川啓一デスクが田中首相を、周恩来首相を私が担当することになった。田中首相の演説を聴いていて、「両国は一衣帯水の間柄にして・・・」さて英語の原稿ではどう表現するのかななどと思っているうちに私の出番が来た。そして出てきたのが「過去は過去として・・・」というくだりである。タイプを打つ私の手が一瞬止まったのを見て、石川デスクが、直ぐ紙に何か書いて渡してくれた。そこにはエッピツで“ Let bygones be bygones ・・・”と走り書きされていた。助かった。石川さんは私と同じ時にNHKに入り、年齢は私よりひとつ下だったが、英語力でははるかに上だった。英語ニュース班の総括デスクをつとめていた50代の半ばに、膵臓ガンに侵されてしまった。訃報を受けた日、私は一人で引越ししたばかりの事務所の整理をしていた。見舞いのたびに衰えていく様子を見ていたので、覚悟はしていたが、突然の電話に思わず立ち上がった。暮れなずむ国道一号線を行き交う車のヘッドライトを見るともなく眺めながら、しばらくは受話器を持ったまま立ち尽くしていたらしい。電話局からのジージーという呼び出し音で我に返った。英語会の仲間のうちでも飛びぬけて英語力があり、大きな後ろ盾だっただけに、56歳での若すぎる死はショックだった。

6.イラワジ川の光る石

 学習会の参加者には高齢の方も多かったが、中でも熱心に通ってくる60代のSさんという白髪の男性が時々質問に見えるので、ある時「何か目的があって英語を勉強しておられるのですか」と訊ねてみた。Sさんの話は衝撃的だった。「インパール作戦は御存知ですか?」「はい、一応は知っています。」インパール作戦は太平洋戦争の末期、日本軍が中国への連合軍の補給路を絶とうとビルマ・インド国境地帯でイギリス軍と交えた戦闘である。この無謀な作戦で、参加した日本軍8万5千人の内90%近い7万3千人が帰らず、日本軍が敗走した死屍累々の山岳道路は“白骨街道”と呼ばれた。Sさんの話「私たちはイラワジ川の河畔で毎年戦友の慰霊祭をしています。イラワジ川の河畔に立つと、太陽にキラキラと輝く白い小さな石があちこちに転がっています。それが上流から流れ砕かれ丸くなった戦友たちの遺骨です。現地の人達はそれを拾って集めておいてくれるのです。私は、どうしても、英語で現地の人達に直接、感謝の思いを伝えたいと思って勉強しています。」 (M)

小松達也著『英語で話すヒント』(岩波新書2012)の中に、「通訳の英語学習への応用」として4つの項目が挙げられています(同書20~25頁)。これらは英語学習者にとってとても参考になる記述ですので、ここにその要点をまとめておきます。

 (1)「逐語訳」の誤り:通訳というと「言葉を訳す」と考える人が多いようです。しかし日本語を英語に訳す場合も、英語を日本語に訳す場合にも、いわゆる「逐語訳」(word-for-word translation)ではとても自然な訳にはなりません。日本語と英語のように、言語間の距離が遠く離れている場合には、訳語が1対1に対応するケースは非常に少ないですし、文の構造も表現の仕方も大きく違っています。小松達也氏は、「通訳では話し手が言わんとしたことの意味を捉えて、それを相手に分かりやすい形で表現します。分かりやすいように話すためには、自分の言葉で話さなければなりません。」と述べています。ここで言われている「自分の言葉で話す」というのが通訳の要諦であるとすれば、それは一般の英語学習者の到達目標と変わるところはありません。

[ 注 ] ここで「逐語訳」を ‘word-for-word translation’ と訳すのは一種の逐語訳ですが、この場合にそれが許されるのは、このような専門用語(この場合は外国語教育に関する専門用語)はそのまま置き換えることが可能だからです。

 (2)「英語で考える」は正しいか:英語を話すときにはできるだけ英語で考え、英語で話すべきだと言う人がいます。完全なバイリンガリズムでは(現実には稀にしか存在しないと思われますが)そういうことも可能なのかもしれません。しかし私たち普通の日本人には、それは難しいのではないかと思われます。この点に関して小松氏は次のように述べています。

「しかし私は英語を話そうとする時、母国語である日本語を意識することは避けられないことだし、決して悪いことではないと思います。むしろ日本語の中で暮らす私たちにとって、まず日本語が頭に浮かぶのは自然なことではないでしょうか。不自由な英語で考え、それから英語で話そうとすると、かえって時間がかかるだけでなく思ったことが言えなくなります。」

これはすでに述べた私の考えとも一致します。英語を理解するときに日本語で考えていてはだめだとか、英語を話すときに日本語で考えてそれを英語に変換してはそれだけ時間が余分にかかるという主張がこれまでありましたが、同時通訳の経験豊かな小松氏がそんなことはないと明言しているのですから、これは経験的に確かなことです。理論的にも、耳から入る日本語または英語をアイディアのレベルでとらえ、ほとんど時間をかけずにそれを自分の言葉として英語または日本語に表現することは決して不自然ではありません。

 (3)「違い」に気づくことの効果:英語を日本語にしたり日本語を英語にしたりするときには、必然的に、日本語と英語の表現の違いに気づきます。そのことは語や語句のレベルだけでなく、センテンスの構造や文章の構成法にも及びます。たとえば、日本語には主語のないセンテンスが多数現れます。コンテクストから明瞭な場合には、むしろ主語を省くのが普通です。一方英語では、くだけた会話ではそういうこともありますが、フォーマルなセンテンスではすべて主語を表面に出します。そのような違いに気づき、そういう例を数多く経験することによって、日本語と英語の構造の違いに敏感になり、慣れてくると瞬時に判断することができるようになります。とにかく英語は主語をはっきりさせないとセンテンスにならないのですから、英語を話すときにはそのことを意識しないわけにいきません。「昨日山本君に会ったら、去年結婚したと言っていた。」を英語で表わすと、 “I met Yamamoto yesterday and he said he got married last year.” のようになりますが、ここには日本語には現れない主語が、英語では3つも表面に出てきます。英文和訳問題や和文英訳問題は大学入試には今も多数出題されていますが、最近の中学・高校の検定教科書にはあまり取り上げられていません。しかし日本語と英語の表現や文構造の違いを知るためには、英語学習初級段階の後半(つまり高校段階)では組織的に取り上げてよい練習項目だと筆者は考えています。

 (4)自国文化の重要性:日本人が国際的に活躍するためには、単に英語が使えればよいというのではありません。英語が上手なだけではなく、小松氏によれば「正しい日本語を話し日本人として優れた教養を持った人」でなければなりません。この点について私も考えるところがありますので、次回にそのことを述べて「訳」の項目を終りたいと思います。(To be continued.)

話は英文読解から翻訳へと進みました。今回は通訳と通訳者について考えてみましょう。翻訳はある言語で書かれた文章の内容を他の言語で表現することですが、通訳はある言語で話される音声言語の内容を他の言語で表わすことです。いずれの場合にも「内容」という語を挿入しましたが、日本語と英語のように言語間の距離が遠く離れているときには、1語1語を他の言語に移し替えて訳文を作ることはできないからです。翻訳の場合も通訳の場合も、文章や発話の内容を捉えて、それをもう一つの言語で表現し直すことになります。翻訳も通訳も高度な訓練を必要とする高等技術ですが、一般の学習者がここから学ぶことのできる事柄も多いと思われます。

 通訳には「逐次通訳」(consecutive interpretation)と「同時通訳」(simultaneous interpretation)とがあります。前者は、スピーカーが話の区切りでポーズを置き、その後に通訳者がその部分の訳を言うものです。これを録音すれば、スピーカーの「起点言語」(source language)と、通訳者による「目標言語」(target language)への訳が交互に現れます。これに対して同時通訳は、スピーカーの話と並行して通訳者による訳を与えるもので、聴衆はスピーカーの起点言語と通訳者の目標言語が同時に聞くことになります。

 逐次通訳は古くから行われていたもので、言語の異なる人たちの間で話し合いをするようなときに、両方の言語に通じている人が通訳者となって、一方の言語を他方の言語に訳して伝えるという仕事を受け持ちました。フォーマルなプレゼンテーションや講演や会議などの場合には、スピーカーによって予め原稿やハンドアウトが用意されることがあります。そのような場合には通訳者は用意されたものを読んで準備し、必要な箇所については翻訳をしておくこともできます。しかし比較的にカジュアルな会合などではそういう原稿は用意されないので、通訳者はぶっつけ本番でやることになります。

 一方、同時通訳が私たちに知られるようになったのはそれほど古くはありません。それがいつ頃から行われるようになったのかを筆者は知りませんが、日本で注目されるようになったのはアポロ月面着陸の報道であったようです。1969年7月20日、人類最初の月面着陸のテレビ実況放送には多くの人々が釘づけになりました。アームストロング船長(本年8月死去)の最初の一声は、 “That’s one small step for (a) man, one giant leap for mankind.” だったということです。テレビ視聴者はその声をいくらかの雑音と共に耳にしました。日本のNHK放送は間髪を置かず「この一歩は小さいが、人類にとっては大きな躍進だ」と日本語にしました。こんな聴き取りにくい音をよくキャッチでききるものだと誰もが感心したものです。そこで活躍した同時通訳者の一人が、以前にバイリンガルの話の中で紹介した西山千氏でした。

 通訳は翻訳とは違います。第1に、最初にふれたように、通訳は話し言葉を対象としています。話し言葉は音のつながりですから、それは瞬時に消えてしまいます。録音ならば何度でも繰り返すことができますが、実際の話し言葉は一度だけのものです。通訳者は集中して聴き、スピーカーの言わんとする話の内容を瞬時に把握しなければなりません。この点が翻訳とは大きく違います。翻訳の場合には知らない単語があれば辞書を引くことができますが、通訳ではそれができません。知らない単語が出てきても、知っているように振る舞わなければなりません。悪く言えばごまかさなくてはならない。大づかみに内容を伝えるようにして切り抜けるか、その部分を省いてしまうか、その時々で臨機応変に対処します。通訳者というのは、そういうことが平然とできる人でなければなりません。

 話し言葉が瞬時に消えてしまうということは、言われたことについて熟考する時間がないということです。翻訳の場合には好きなだけ熟考することができますが、通訳ではそうはいきません。話はどんどん先に進みますから、考えていては仕事になりません。話を聴いて、数個のチャンクごとにすばやく意味を把握することが重要です。そのためには、通訳者にとって新しい情報が次々に出てくるような話にはついていけません。通訳者は話の内容について、少なくともその概要は承知している必要があります。実験によれば、私たちが話を聴いて瞬時に理解しようとする活動を行っている場合には、その内容が予測できる割合に応じて容易になります。つまり、話の先がよめる場合には理解が容易になりますが、先がよめない場合には理解が困難になります。私たちはいつも話の先を予測しながら話を聴いているのです。

 こういうことを考えると、同時通訳などというのは神技のように思えますが、彼らも普通の人間ですから、それほど特殊な仕事をしているわけではありません。しかし高度な技能が要求される仕事ですから、誰でもできるというものではないかもしれません。さいわい、同時通訳者として知られる小松達也氏の『英語で話すヒント』(岩波新書2012)という本が出ました。その中に私たちの英語学習に関する有益なヒントが与えられていますので、それを次回にまとめてみましょう。(To be continued.)

「野田首相の言動」で考えたこと
(1)「近いうちに」と解散が近いと思わせておいて居座ることになってしまった野田首相に批判の声があるようですが、実際は政治に無関心な者がますます多くなったようです。しかも、騙されたはずの自民党も“三党合意”を無視して不信任案に賛成したりして、脚元がしっかりしていません。その間(9月8・9日)には、野田首相はロシアAPEC に出席して、中国国家主席と会談したり、韓国大統領とは握手をしたりしています。さらにロシアとは、資源開発や北方領土の話をしたとも報じられています。

(2)外交交渉というものは、なるべく友好的な雰囲気の中で、長く続ける覚悟が必要なわけですから、ここでまた日本の外務大臣や首相が交代してしまうのは望ましくないことだとは思います。それにしても、野田首相のように、国民までも騙すようでは、“無党派層”が増えるばかりでしょう。「だから野田首相でいい」という意味ではなく、居座るなら、多くの国民を納得させるだけの説明をすべきだと思います。

(3)ところで、この「近いううち」が、英語でどう報じられているかに関して、旧友の奥津文夫氏(ことわざ学会会長)が知らせてくれました。仏の AFP 通信は ”in the near future” と表現し、ロイター通信は“soon”と訳していたそうです。ただし、前者はやや硬い表現で、日常の表現では、“soon” や“one of these days” が使われると奥津氏はコメントしています。私は、「日英比較文化学会」には時々出席してお世話になっていますが、奥津氏はこの学会の会長でもあって、会合の挨拶では、必ずいくつかの諺を引用して、興味ある、そして為になる話をしてくれます。

(4)さらに、奥津氏は英語には、”One of these days is none of these days.” という諺があって、それは、「近いうちにという日はない=近いうちにという言葉は当てにならない」という意味だと教えてくれました。私はこの諺は知りませんでしたので、「さすが、ことわざ研究の大家だなあ」と感心もし、勉強になりました。そして、ひょっとしたら、野田首相はこの諺を知っていたのかも知れないと考えたりしました。そんなことはないでしょうが。

(5)今朝(9月9日)の、TBS テレビ「時事放談」は、石破氏(自民党前政務会長)と前原氏(民主党政調会長)が出演していました。石破氏は重要なポストを歴任していますから、知識も豊富な論客です。前原氏も民主党が野党の頃の代表を務めたほどですから、話もうまく、落ち着いて話せる人物です。ただし、「いざという時には冷静さを失う危険性がある」と私は感じています。民主党が政権についた時は、八ッ場ダムに行きもしないで、「工事中止」を宣言するような軽率なところがありました。

(6)この時事放談は、出演者に人材を得ても、「双方の意見を聴く」というだけの番組になっています。そういう意味で、御厨貴(みくりや・たかし)氏の司会にも大きな不満があります。米国の大統領選では、クリントン元大統領が、オバマ大統領の応援で、現役時代よりもはるかに勝る名演説をしたと報道されています。アメリカでは、政治家にはスピーチ・ライター(speechwriter)が付いていて、巧みな演出をします。日本の政治家も、官僚の書いた文書を読むのではなく、自ら書いた原稿を専門家に手直ししてもらうような演出をしたらよいのにと私は思います。(この回終り)