Archive for 9月, 2014

(208)< 人権大国への道 終章 >

4.人権大国への基盤を創る 
                
①  居住環境の抜本改革と国土の保全

 今朝、NHKの連続TV小説「花子とアン」が終了した。前回のブログで、生活の基盤である居住環境の貧困について述べたが、私の理想の住居(すまい)は、ずっと前から「赤毛のアン(Anne of Green Gables)」 の緑の切妻屋根の家だった。アンは11才の時、孤児院からこの家に住む兄妹に貰い受けられて青春時代を過ごした。アンは、階段を昇って東側の部屋で、窓を開け肘をついて外を眺めながら、想像の翼を広げた。庭の果樹園の側を通る小径を下った松林の中に、腹心の友ダイアナの家が見え、原作には書いてなかったと思うが、多分その先の海も見えたのだろう。アンはやがて教師となり、地域の街づくりの中心となって、豊かな想像力は創造力へつながっていった。私のイメージの中にある「緑の切妻屋根の家」は、ドラマのタイトルバックに写っていた明るい家よりもう少し古びた感じのものだが、アンが輝かしい将来への夢をあきらめてまで守ったこの家は、人間にとっての住居とは何かを示しているように思う。

 70代の初め、私は伊豆高原に書庫を兼ねた小さな部屋を買った。ここからは眼下に相模湾が一望でき、初島へ通う連絡船や操業する漁船が見えたし、水平線からの日の出はまさに圧巻だった。裏の廊下からは、富士山と大室山が指呼の間にあった。この部屋に、買いためた300冊余りの古代史関係の本を置き、茅ヶ崎方式英語会を完全に引退したら、週2・3日はここで雄大な自然を眺めながら、小さな想像の翼を広げたいと考えていた。日本の古代というのはよくわからないことが多く、想像の翼を広げるにはもってこいなのである。江上波夫の騎馬民族征服王朝説、宮崎康平の「まぼろしの邪馬台国」それに黒岩重吾や松本清張の古代史小説など、何度読んでも新たな想像をかきたてられる。私は天皇制の起源を探り、できたら本を書きたいと考えていた。日本人が天皇制の影響についてあまりにも無自覚であると感じていたからである。この計画は、酒の飲みすぎという自業自得による大手術で、車の運転を禁じられて潰えたが、我が生涯一度の贅沢な空間と時間だった。

 今、団地の私の机が置いてある部屋の窓の外に見えるのは、前の棟の裏側で、全く同じ規格の窓がずらっと並んでいる。コンクリートの壁と窓を眺めていても、閉塞感がつのるばかりで、想像の翼などは拡げようがない。こういう居住環境の貧弱さが、多くの日本人の現実追随志向、想像力の貧しさ、さらには創造力の乏しさにつながっているのではないかとさえ思う。総理府統計局によると、一戸当たりの平均床面積は、アメリカが210、フランスが120、ドイツが110、日本が84平米で、我が団地はさらに狭く77平米だから、アメリカの3分の1強だ。その上天井の低さ、我が家を訪れた190センチのイギリス人は手の届くような天井を見上げてため息をついた。

 ただ、居住環境の貧しさは、地方、特に田園地帯へ行けば事情がかわってくる。私は教師だった若い頃、長岡、新潟、浜松に住み、休日にはよく生徒の家庭訪問かたがた田園地帯を歩いたが、これらの地方都市周辺の田園地帯には、立派な家屋と居住環境が散在した。時には招じられて、生活の様子なども垣間見ることができたが、3世代、10人家族で8部屋、10部屋の家は珍しくなかった。そこには周囲の自然を含めて、居住環境への愛着とstockとしての富の蓄積が感じられた。

 ところが、最近、「農村不要論」という主張が力を得てきているという観測がある。人口減少によって近い将来、地方都市の半数は消滅するという「日本創世会議」(議長増田寛也・元総務相)の報告によって、将来消滅が確実なら税金が無駄になるから、過疎地からは撤退すべきだという議論が起きているというのだ。〝亡国“というような大袈裟な言葉は使いたくないのだが、将来予想される世界的な食糧危機や国土の環境保全を考えれば、これはやはり“亡国の議論”だと私は考えざるをえない。

 私はむしろ、今のうちに、税金を使っても農漁村の振興を図ることが、この国の未来のために必要だと考えている。ばらまきの象徴になっている現在の補助金(年間7000億円)を転用すればばよいのである。

  日本には約500~600万町歩の耕作可能地がある。50年後の推計人口8000万人余りのうち、半数が10人の世帯に分かれてこの耕作可能地に入ると一世帯1町歩(3000坪)以上の田畑を所有できることになる。4分のⅠの2反半あれば、食糧は自給できるから、居住地として十分な敷地を確保できる。3世代かけてここに100年住宅を建設する。コンクリートの団地の耐用年数は60年程度だが、本物の木造住宅はきちんと手入れすれば、200年でも300年でも持つ。地方にはそういう住宅が散見される。

 こういう3世代住宅をどう活用するかについては次回以降に私見を述べるが、とっかかりは、40万町歩に達した耕作放棄地と5万町歩の遊休農地だ。耕作放棄地は、占領軍による農地解放の欠陥、その後の自民党政府の農業政策の失敗(猫の目ノー政)によって生まれた。農家の高齢化、後継者不足、それにも拘らず農地を個人財産として手放さない農家、このままでは、50年後には国土の60%が無人の地になるというのだから、田園まさに荒れ果て、国土の荒廃を招く。そこで、安倍内閣は地方創世計画なるものを実施するというが、製造業の41%が空洞化するなど、成長路線の果てに生じた地方の衰退を成長路線で回復することは不可能だろう。

 そこで、私は、まだ余力があるうちに、社会のパラダイムを変えるべく、根本的なベクトルの変更が必要であると考える。そのためのincentiveが、居住環境の根本改革であり、それによる国土の保全である。

 幸いなことに、若い人達を中心とする農村回帰の動きも強まっているという。ヨーロッパでは、都市から地方への流出が続いているが、その背景には、成長志向から脱成長への価値観の変化があり、日本でも東日本大震災後はその傾向が強まっているという。つまり、「なんのために」「だれのために」働くのかを問い直す動きが拡がっているのだ。GDP信仰から抜け出すことが必要ではないか。GDP(国内総生産)は、国民が一年間かかって生み出す財貨の総量であるから、人口が激減していく日本がGDP大国であり続けることは不可能である。しかしGDPが大きいことは本当に大多数の国民の幸せにつながるのか。私は、多くの国民が“成長ボケ”から抜け出す時がやがて来ると考えている。

 私はプールで泳いだ後、ギャラリーでコンビニで買ったサンドイッチを食うことがある。いつも感じるのは、どうしてこんなに高いのかとうことだ。たとえば、三角形の薄い食パンに、ハムとレタス、ツナマヨ、ポテトサラダを挟んだ三切れのサンドイッチが税込みで290円である。そこで、先日自分で
同じような材料をコンビニで買って着て、家族分を作り、一人あたりの原価計算をしてみたら190円足らずですんだ。差額の100円の粗利益の中に何がふくまれているのか。材料費、包装費、製造にかかる人件費や場所代、コンビニまで運ぶ運送費、コンビニの人件費や建物およびその維持費、チラシ広告などの宣伝費、賞味期限切れで3分のⅠは捨ててしまうという食品ロス代などが主なものだろう。食品ロスの処理にも、運送費や焼却費がかかる。自宅でつくるサンドイッチも結構高くつくのは、材料をコンビニで買うからである。これらの材料を製造、運搬して売るにも同じような費用がかかる。そしてこれらの費用がGDPに積み上げられていくのである。これを、農村での地産・地消にすれば、サンドイッチは、多分100円でできる。GDPは3分のⅠに減るが、それで幸福感は3分の1に減ることはない。それでもコンビニで買うのは多分手間が省けるからだろう。しかし、自分でつくれば自分の好みのものを作れるし、家族3人分で15分もあればよい。それに地産・地消であれば、有害な添加物を気にしないで済む。どちらを選ぶか。それには多分、人生をどう生きるかという価値観がかかわってくる。そして、上から”滴り落ちる”恵みで生きることを拒否する自主独立の志を立てることでもあると思う。私としては、その志をコメ作りに注いでもらいたいと願う。

 コメは日本人にとって単なる食品のひとつではなく、特別な食物である。弥生時代以来2千年、日本人はコメと共に生き、コメを背景とした文化を育んできた。コメはいわば、日本人のidentityを育ててきたのである。また、コメを育てる水田は、巨大な保水ダムとして国土を風水害から守り、地下水を蓄えて清浄な水を供給するとともに、山の森林、河川、海と一体になって、この国の原風景となり、美しい国土を形成し、保全してきた。コメと水田をいかに守り、子孫に伝えていくか、これは単なる経済問題ではなく、日本人の生き方の根幹にかかわる問題であると私は考えている。(M)

参考書籍他
* 井上ひさしと考える日本の農業: 山下惣一編  家の光
* 地方都市は生き残れるか 小田切徳美 朝日新聞 2014−8−20 オピニオン

次の投稿は、9月27日(土)に < 人権大国の基盤を創る ② 食糧・資源危機にそなえる農林水産業の再構築 > を予定しています。

(4)「何かを」受け入れる、受け取る:「私のアドバイスを聞き入れてください」という意味のことを、英語では “Please take my advice.” と言います。この場合のtakeは「受け取る」の意味です。また、会話では “Take it easy.”(気楽にやりなさい)という表現をよく使いますが、この場合のtakeも「(物事を気楽に)受け取る」という意味だと考えられます。このようなtakeの使い方に習熟するのは非常に難しいのですが、takeの目的語(特に抽象名詞の場合)に注意して、次の例文を研究してください。

<例文> If you offer me a job, I’ll take it. [OA](君が仕事をくれるなら、僕はやります。)/ I’ll take the call in my office. [ditto](その電話はオフィスで受けます。)/ The school doesn’t take boys (=only has girls). [ditto](その学校は男子を入れません。)/ Do they take traveller’s cheques (=traveler’s checks)? [LD](あそこではトラベラーズチェックが使えますか。)/ I don’t see why I should take the blame for this? [ditto](なぜ私がこのことで非難されるのか分からない。)/ This is my last offer—you can take it or leave it. [ditto](これが私の最後の提案です—受けるか受けないかはあなたしだい。)

(5)(時間・労力などを)必要とする:「その問題を解くのに30分かかった」という意味のことを英語で言うとき、takeを使っていくつかの似たような表現ができます。3つだけ挙げてみます。(1) I took thirty minutes to solve the problem. (2) It took me thirty minutes to solve the problem. (3) The problem took me thirty minutes to solve. これらに用いられているtook(takeの過去形)という述語動詞は、「(時間を)必要とした」という意味を表わしている点で共通しています(ただし主語や目的語が違っているので、文の意味が全く同じとは言えません)。このような用法のtakeを次の例文によって自分のものとしてください。

<例文> The journey takes two hours. (=You need two hours to make it.) [LD](そこへ行くには2時間かかる。)/ The flight took us ten hours. [ditto](その飛行機の旅は10時間だった。)/ It took her all afternoon to finish it. [ditto](それを終えるのに彼女は午後いっぱいかかった。)/ The machine only takes 5-pence coins. (=only works if you put 5-pence coins in it.) [ditto](その機械は5ペンスコインしか使えません。)/ It took ten men to break the door down. [ditto](そのドアを破るのに男10人がかりだった。)/ It doesn’t take much to make her angry. [OA](彼女を怒らせるのは簡単だよ。)

(6)(何かの行為を)する:動作を伴う名詞を目的語にとって行為を表わすことがあります。たとえばtake a walk(散歩をする)やtake a bath(入浴する)などの場合で、このような例は相当数あります(注)。辞書に載っている例文から、覚えておくと便利だと思われるものをいくつか挙げます。

<例文> I’m going to take (=have) a walk / a bath / a break. [LD](これから散歩/入浴/休憩するところです。)/ Take (=Have) a look at these figures! [OA](これらの数字を見てごらん!)/ He took a very deep breath. [COBUILD](彼は深く息を吸い込んだ。)/ We need to take a different approach to the problem. [OA](その問題には別のアプローチをする必要がある。)/ No decision will be taken on the matter until next week. [ditto](そのことに関しては来週まで決定はなされないだろう。)

(7)その他:①「食べる」や「飲む」の意味でtakeが使われることがあります。「朝食・昼食・夕食をとる」はhave (=eat) breakfast / lunch /dinnerでtakeは使いませんが、「お茶を飲む」はhave / drinkのほかにtakeを使うことがあります。「薬をのむ」や「麻薬をやる」はtake medicine / take drugsです。②「写真を撮る」はtake a picture / a photo / a photographです。アメリカではtake a pictureがいちばんよく使われるようです。

<例文> Do you take milk and sugar in your tea? [OA](お茶にミルクと砂糖を入れますか。)/ The doctor gave me some medicine to take for my cold. [LD](医者は風邪のための飲み薬をくれた。)/ He started taking drugs (=illegal drugs) at college. [OA](彼は大学生のときに麻薬をやり始めた。)/ We had our picture taken in front of the hotel. [ditto](私たちはホテルの前で写真を撮ってもらった。)

(注)take a walk / a bath / a shower / a nap / a break / a rest など、「take (a) +名詞」の形は多くの慣用的なフレーズを作ります。筆者の手許にある数冊の学習辞典には、口語英語ではtakeに代わってhaveが使われることが多いと書かれています。しかしCOBUILDによると、have とtakeでは意味に微妙な違いがあるようです。この辞書は、「take (a) +名詞」の表わす行為はより意図的であると述べています。(COBUILD =『コウビルド英語辞典』)

<訂正>前回の(3)に挙げた例文の中に、Eating an unripe apple made him ill.というのがありました。この文中のappleapplesと誤記されていました。お詫びして訂正します。

今回は動詞takeを取り上げます。これもまたhaveやmakeと同様に厄介な動詞です。厄介というのは、意味があまりにも多様化して、捉えどころがないほど拡がってしまったからです。takeは元来「手を置く」または「触る」という意味でしたが、しだいに「つかむ、握る」の意味に変わり、さらに「自分の行為または意志で物を自分自身に移す」という行為の結果を表わすようになりました(小西友七編『英語基本動詞辞典』による)。それが現在のようなさらに広範な意味に発展したのは、この動詞の主語と目的語の多様さによります。主語が人を表わす語かどうか、目的語が人か物か抽象的な概念かなどによってtakeの意味はどんどん変化してきます。takeの意味を正確にとらえるには、それが用いられる状況を正しく理解することが重要です。

そういうわけで、たいていの辞書は、この動詞の意味・用法を30項目から40項目にも分けて説明しています。OALDは42項目に分けています。しかしこれでは辞書の利用者にとって読むだけでも大変です。おそらく多くの学習者は、いま自分の前に広げているテキストの中のtakeがどの意味に使われているかを探し出すために、ざっと目を通すだけで精いっぱいではないかと思います。それも辞書の利用法の一つであり、大切な学習のひとこまです。しかしこの動詞のエッセンス(中心的な意味構造)を捉えておかなければ、自分で使うことはできません。高校まで英語を学んだ人ならば、takeを「持っていく」「連れていく」という意味の動詞に使うことはできるでしょうが、この動詞の他の用法を自分のものとしている人は意外に少ないのではないかと思います。今回もLDCEのやや大きめの分類法を参考にして考案した筆者自身の分類法によって、この動詞のエッセンスに迫りたいと思います。

(1)(何かをある場所から他の場所へ)動かす、移動させる:目的語が物ならば「動かす」や「持っていく」ですが、人ならば「連れていく」のような日本語になります。この意味で使われるtakeは日本の英語教科書の多くが中学校で取り上げていますので、誰もがよく知っている用法だと思います。ただ日本語は場面によっていろいろと異なる表現を使いますので、次の例文の訳に注意してください。例文の多くはOALD またはLDCE によります。

<例文> Don’t forget to take your bag when you go. [LD](出かけるときにバッグを持っていくのを忘れないように。)/ Take this to the bank for me, would you? [OA](これを銀行に持っていってくださる?)/ Shall I take a gift to my host family? [ditto](ホストファミリーにお土産を持っていこうかな。)/ We usually take the children to school in the car. [LD](私たちはたいてい子どもたちを学校まで車で送ります。)/ It’s too far to walk—I’ll take you by car. [OA](そこは歩くには遠すぎます—私が車でご同行しましょう。)/ I don’t want this chair—take it away. [LD](この椅子はいらないよ—どこかへ持っていってくれ。)/ Take your mother a cup of tea. [ditto](お母さんにお茶を持っていっておくれ。)/ The drug was found to be dangerous, and was taken off the market ( = so that it could no longer be sold). [ditto](そのドラッグは危険なことが判明したので、販売が打ち切られた。)

(2)(何かを手で)取る、つかむ:この用法はtakeの基本的な意味に近いので、私たちにも分かりやすいものです。ただし次の例文にもあるように、「誰かの腕を取る」というような場合には、日本語と異なる表現法がありますので注意してくだい。

<例文> She took me by the arm and led me across the road. [LD](彼女は私の腕を取って道路を渡してくれた。)/ She took the child in her arms and kissed him. [OA](彼は子どもを腕に抱いてキスをした。)/ Can you take ( = hold) the baby for a moment? [ditto](ちょっとの間赤ん坊を抱いていてくださる?)He took a spade and planted the potatoes. [LD](彼はスコップを手に取ってそのジャガイモを植えた。)

(3)(何かを自分のものとして)獲得する、占有する:この定義では分かりにくいかもしれませんが、下の例文を見れば納得していただけるでしょう。これらは「誰かが何かを自分のものにする」という概念を表わす点で共通しています。たとえばtake a seatは「座席を自分のものにする」、take second prizeは「2等賞を自分のものにする」、take one’s penは「誰かのペンを自分のものにする」という具合です。日本語は場面によって多様な表現になります。

<例文> Come in; take a seat. [OA](入って席についてください。)/ She took second prize. [LD](彼女は2等賞を取った。)/ Someone has taken my pen. [ditto](誰か僕のペンを盗ったな。)/ We took a room at the hotel for two nights. [OA](私たちは二晩ホテルに泊まった。)/ Enemy forces have taken the airport. [LD](敵軍は空港を占拠した。)/ She took my bishop and I took her queen. ( = in chess) [ditto](彼女は私のビショップを取り、私は彼女のクィーンを取った。)

(1)9月8日には、安倍内閣最初の改造人事が公表されました。目玉の1つは女性の登用で、5名の女性大臣を誕生させたのは、最近にしては珍しいことでした。しかし、私はそれだけで日本社会における男女平等が実現していくとは信じられません。男性の意識は古いまま温存されているからです。

(2)日本語には、昔から“女のくせに”とか、“女だてらに”といった言い方があって、男性優位の封建制が永続しているのです。女性蔑視の表現は、広辞苑で“おんな”を引けば、古くからの例が沢山示されています。徳川時代における3百年に及ぶ鎖国時代は学ぶべきことが多いようですが、男女平等は更に別な視点が必要だと思います。

(3)国会議員の大きな役目の1つは法律を作ることですが、“人間と誘惑”の問題となると、法律で決めても効果はほとんど期待出来ないようです。“酔っ払い運転”や“危険ドラッグの使用”などがその例です。身体障害者や知的障害者の雇用は、法律で決められていて、ある程度効果も上げているようですが、完全に満足のいく状態とは言えないでしょう。さらなる努力が必要です。

(4)今回の安倍内閣の中で、“貧乏くじ”を引いたのは誰でしょうか?私は、石破元幹事長だと思います。総裁選の強力なライバルである石破氏を内閣に取り込むことを熱望した安倍総裁は、早くから石破氏の意向を打診していました。石破氏は、「次の総裁選に出ても勝ち目は無い」と読んで、「私も組織の人間ですから、総裁のお決めになることに従うのは当然です」と殊勝ことを口にしたものですから、安倍総裁にしてみればシメシメというわけで、彼を“地方創成担当大臣”に任命してしまいました。

(5)それ以後は、台風や“ゲリラ豪雨”による災害は絶え間なく起こっています。何百軒もの家屋が流されて、避難所暮らしの庶民は何十万人という数になっています。政府も緊急対策を講じてはいますが、財政に与える影響は決して軽くありません。特に地方財政は火の車で、どう処置をするのかの責任は、石破大臣にかかってきます。

(6)戦国時代で言えば、徳川家康よりもはるかに狡猾な安倍首相に弱みでも見せようものなら、とことんやられてしまいます。今回は完全に石破氏の作戦負けでしょう。女性大臣が国際的な問題を起こしているようですが、今回はこの問題には触れないでおきます。男性議員からは、“そら見ろ”という声が聞こえて来そうで、男女平等問題が益々遠ざかってしまうからです。

(7)前にも指摘しましたが、欧米でも女性の権利の確保には長い苦闘の歴史があるわけですから、敗戦から70年程度の日本で、男女平等が実現しないのは当然かも知れません。まず学校教育で“男女平等”をどう教えるか、ということから議論すべきでしょう。日本では、女性の“ねたみ”や“そねみ”が、いかに平等観を阻害しているかを知ることから始めなければなりません。

(8)“人間は感情の動物”と言われるように、男女共に感情を排除することは出来ませんが、どの程度まで理性を働かせられるか、が勝敗の分かれ目となるでしょう。そういう姿勢を失わずに努力を続けるより無いと思います。(この回終り)

(207) < 人権大国への道 終章 >    

3.人口減少は人権大国へのチャンス

 前回のブログで「原発廃止は人権大国への入り口」であると述べたが、所与の条件からして、この入口はそんなに狭くないと私は考える。ここで言う所与の条件とは ① 人口の減少 と ② 産業構造の変化 である。
 
 日本の人口(現在:1億2千7百万人)は、50年後には3分の2程度まで急速に減っていくと推計されている。当然、家庭用や社会的な電力の需要は大幅に減るだろう。また、原材料を輸入し加工して輸出するという貿易立国は、空洞化などによって、すでに過去のものとなりつつある<製造業が日本を滅ぼす 野口悠紀雄>から、電力を大量に消費する産業構造も変わっていくだろう。そうなれば、壊滅的なリスクをともなう50基もの原発を存在させる必要はまったくないから、常識的に考えれば、自然淘汰がすすむ。

 このようなトレンドに歯止めをかけるべく、安倍政権は「50年後に人口1億を維持する総合計画」を立てるという。この狭い国土に、なぜ1億人を超える人口が必要なのか。言うまでもなく、〝経済成長至上主義”にとりつかれているからである。

 日本の国土面積は世界61位、人口は世界10位、人口密度は21位で、しかも、いわゆる平場の土地は国土の2割程度しかない。明らかにovercrowdedな状態なのである。所与の条件<2014−1−25>で詳述したように、このようになったのは、国力つまり軍事力増強のために兵力を増やそうとした明治以来の富国強兵政策と、経済成長つまりGDP拡大のために産業戦士を必要とした戦後の経済政策いわば第二の富国強兵策の故であった。

 経済成長の行き詰まりとともに、人口が減少に転じているのは工業先進諸国に共通の現象で、日本だけの問題ではない。OECDの加盟国と旧東欧諸国で、一人の女性が一生に産む子供の数が、持続的に二人を超える国はない。だからどの先進国でも人口の減少に直面しているのであるが、人口の減少自体を問題にしている国はあまりないという。社会がきちんと運営さえできれば、子供の出生数は個人の問題と考えているからである。<人口減少社会の設計 藤正巌 他> 無理に出生率を引き上げようとすれば、先頃、晩婚、晩産問題を取り上げた女性都議にたいして「あなたが生まないのが悪い」と言わんばかりの野次を飛ばした都議会のような雰囲気が蔓延し、社会構造の問題を個人の責任にすりかえるという人権無視がまかり通ることとなる。お国のために8人の子供を産み、お上からは軍国の母とたたえられながら、それがもとで早逝した自分の母を思う時、このような人権侵害を断じて許してはならないと思う。

 ところで、人が減るとどういうことが起きるのか。安倍政権の人口政策にも影響を与えたという「人口問題研究会」(増田寛也・元岩手県知事・元総務相ら)の報告によると、都市圏への人口集中によって、日本は今、全国が”限界自治体化“する危機を迎えており、全国自治体の半数にあたる約900の市町村が遠からず壊死するとしている。 今年1月の人口調査では、東京、名古屋、関西の3大都市圏に住む人は、過去最高の51%に達し、特に東京への一極集中が加速している。この研究会は、このような事態の解決策として、① 人口の維持・反転 ② 人口の再配置 ③ 人材の養成・獲得 を挙げているが具体策は示していない。

 では、都市への集中がどうして起きるのか。農漁村の衰退によって、地方では仕事が見つからないからである。そこで若い人たちが都会へ流出するのだが、都会へ行けば仕事が見つけられ、結婚して満足な生活が送れるのか。内閣府の調査では、未婚男性の55%、未婚女性の37%が、未婚や晩婚の理由は経済的に余裕がないからだとしている。

 経済的に余裕がない原因は何なのか。先日ポストに入っていた不動産の広告を見る。東海道線の辻堂駅からバス10分、下車して徒歩7分のところにある戸建て住宅の広告では、36坪の土地に30坪足らずの箱のような四角い家が建っており、カーポートがあるだけで庭はない。この住宅の値段が4000万円であるから、35年元利均等返済すると月12万円くらい払わなければならない。この家を30歳で買うとすると、平均の手取り月収は25万円程度だから、毎月半分近くをローンの返済に充てなければならない。その結果どういうことになるのか。
① 結婚して妻子を養うことは不可能である。よって共働きの相手をさがすことになる。
② 運よく相手が見つかっても、女性の賃金は男性の約6割であるから、二人の賃金を合わせても二人以上の子供を育てることは容易ではない。
③ 辻堂から東京までは湘南電車で約1時間かかる。私自身辻堂から渋谷まで通ったが、通勤電車は文字どおり地獄の混みようだから、ただ立ってゆられているだけで本を読むこともできなかった。会社までドアto ドアだと2時間近くかかるから、年間約1か月分は無駄に過ごすことになり、35年のローンを完済するまでには、丸々3年間はただ息をしているだけの時間になる計算だ。
④ 客観的にみれば、格子なき牢獄に入っているようなものだが、ローンに縛られて、何が何でも職場にしがみついていなければならないことになる。労働者をfrontierにしたい側にとっては、こんな好都合なことはないだろう。だから、ブラック企業がなくならない。

 しかも、ローンを払い終えるころには安普請の家はガタがきて、退職金をはたいてリフォームしなければならなくなっている。あとは、やっと食えるかどうかの年金で細々と暮らすことになる。そこで襲ってくるのが老後不安である。今月発表された内閣府の国民生活世論調査では、6割近くの人が老後の生活設計に不安を感じている。認知症やうつ病になる高齢者が増えても不思議はない。

 それでも、ローンを組んで住宅を買える人は、よい方だ。私がスーパーへ買い物に行く途中にあった木造のアパートが先頃取り壊された。跡地に建てられたのは、カーポートがあるだけで庭の全くない四角い箱のような家だった。アパートが建っていた時には、この敷地に8世帯が暮らしていたのである。

 かく言う私は、日夜米軍機の騒音に悩まされながら、すでに35年にわたり、現在の集合住宅に住んで死期を迎えようとしている。たまに、土曜日の夕方6時のNHKTVニュースを見ることがあるが、少し早めにonにすると、直前のアニメ漫画「団地ともお」のエンディングシーンで団地の一棟が写っていることがある。この羊羹を横に立てたようなコンクリートの箱に、数十世帯が住み、その多くが一生をここで過ごすのかと思うと、人間が鶏舎のブロイラーのように思えてくる。

 多くの国民が、まさに兎小屋や鶏小屋のような住宅のために、人生の最も大切な時期をローンの奴隷となって過ごすことになるわけだが、このこと自体は、住居というものがそれだけ、人間の生活にとって重要な要素であることを示している。最近、福島地裁は、原発事故で自宅から避難を強制された高齢の女性が、一時帰宅して自殺した事案について、原発事故との因果関係を認め、東電に賠償支払いを命じた。人間にとって住宅、住居の持つ重要性を改めて思い知らされる。

 貧弱な住居の最大の原因は地価である。司馬遼太郎は「諸悪の根源は土地問題である」として次のように述べている。「日本は土地を公有にしなきゃどうしょうもないと思う。農業もなにも解決不能だと思うね。地面そのものに途方もない値段がついていて、地面を転がすことによって金がもうかる。自他ともに加害者・被害者の一人二役を演じていて電子レンジの中にいるみたいです。こんな社会はどこの国にもないことでしょう。」<司馬遼太郎対談集 野坂昭如との対談> 名目的な所得は増えても、幸福感は減少するという、いわゆる「イースタンパラドックス」の原因は、日本の場合、間違いなく土地にある。

 人口の減少は、この「諸悪の根源」を取り除く絶好のチャンスだと私は思う。そのためには松下幸之助が言ったように「土地を金もうけの手段として使うことをやめねばならない。」つまり、土地をfrontierとしてはならないということだ。これが新たなパラダイムへ向かう重要なベクトルの変更となる。国土交通省の試算では、人口減少によって,2050年には国土の60%が無人になるという。人口減少は、土地を公共のものとして取り戻すための絶好のチャンスなのである。

 戦後の農地改革に当たって、農地を取り上げられた地主たちから「私有財産の保護をうたう憲法に違反する」という訴訟が起こされた。これに対して最高裁は、農地は食糧の生産という公共のために存在するのであって、所有者の利益を優先的にかんがえるものではないという改革の意図を踏まえ、改革による農地の買収、売り渡しは、憲法第29条3項にある「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」として、地主の訴えを退けている。

 日本と同じように、国土が狭く、人口が多い韓国では、「経済正義実践市民連合」という運動が広がり、盧泰愚大統領は、「土地は公のものである」と宣言して、「土地公原則」に基づく法律を成立させた。また、住宅政策発祥の地として知られるイギリスでは、サッチャリズムの下で、住宅政策の市場化が進み、イングランドの住宅平均価格は日本円で5000万円に高騰して、日本と同じような状態になり、ブレア政権は、その是正の追われたのである。住宅政策を市場化すれば、多くの国民がaffordable(手ごろな)住宅を取得することは不可能になる実例だと言えるだろう。

 人口減少を人権大国へベクトルを変える重要な手がかりとして、私は居住環境の抜本的改革を提案したい。(M)
 
参考書籍等

* 製造業が日本を滅ぼす: 野口悠紀雄  ダイヤモンド社
* 土地と日本人: 対談集 司馬遼太郎   中公文庫
* 人口減少社会の設計: 藤正巌 松谷明彦   中公新書
* 人口減少社会という希望: 広井良典   朝日新聞出版
* 壊死する地方都市: 中央公論 2013年12月号特集
* 次回の投稿は9月27日(土)に <4.人権大国の基盤を創る ① 居住環境の抜本改革と国土の保全>を予定しています。

(3)(人や物を以前とは異なる状態に)する:makeは目的語の後に名詞または形容詞の目的補語をとって、「人や物をある状態や立場にする」という意味になります。たとえばThey made him director.(彼らは彼をディレクターにした)のように。この場合はhimが目的語で、名詞のdirectorが目的補語です。この場合、主語は人とは限りません。いろいろな生物や無生物が主語になります。たとえばThe hot weather made us sleepy.(暑さが私たちを眠くした→私たちは暑くて眠くなった)など。ではいろいろな例文でこの表現法を自分のものとしてください(例文中、出典記載のないものはLDCEによる)

<例文>The news made him very happy. [OA](そのニュースを聞いて彼はとてもうれしかった。)/ She made her objections clear. [ditto](彼女は反対の理由を明確にした。)/ Eating an unripe apples made him ill.(熟していないリンゴを食べて彼は気分が悪くなった。)/ The decision made her very unpopular with the staff.(その決定で彼女はスタッフの人気をなくした。)/ We made the house more secure by putting locks on the windows.(窓に錠をかけて家をより安全にした。)/ He shouted to make himself heard across the room.(彼は部屋の向こうまで聞こえるように叫んだ。N.B. heardは過去分詞の形容詞用法)

(4)(人に何かを強制的に)させる:これは「使役のmake」と呼ばれる用法です。この場合のmakeは「make+目的語+動詞の原形」の形を取ります。このような形になっていたら、そのmakeは「使役のmake」と考えて間違いありません。たとえばThe teacher made me repeat the sentence three times. はその形になっています。repeatが動詞の原形です。その意味は「先生は僕にその文を3回繰り返して言わせた。」となります(注)

<例文> The pain made him cry out.(痛みのために彼は大声をあげた。)/ If you won’t do it willingly, I’ll make you do it!(きみが進んでやらないのなら、ぼくが無理にでもやらせるぞ!)/ Don’t make me laugh!(私を笑わせないで!)/ Can’t you make that dog stand still?(その犬をじっとさせておけないのか。)/ She was made to wait for hours.(彼女は何時間も待たされた。)/ The extra cargo made the ship sink.(余分の積み荷のために船は沈んだ。)/ This photograph makes her look very young.(この写真は彼女をとても若く見せている。)

(5)~になる、~に達する、など:上記(1)~(4)以外にも、makeにはいろいろな使い方があります。たとえば「2たす3は5です」は英語でどう言うでしょうか。知っている人には簡単ですが、知らないと思いつかないかもしれません。 “Two and three make(s) five” です。では「60秒で1分になる」はどうでしょうか。答えは “Sixty seconds make a minute.” です。これらのmakeも「作る」の意味に由来していますが、ここでは「(合計が)~になる」の意味です。この表現法を知らないと困ることがあるかもしれません。ほかにもmakeを使った独特の表現がたくさんあります。よく使われるものをいくつか取り上げてみます。

<例文>①「~になる」:Two and two make four.(2たす2は4。)/ This story makes good reading.(この物語はよい読み物になる。)/ The hall would make a good theatre [=theater].(そのホールは良い劇場になるのに。)/ This makes our third party this month.(これで今月は3つ目のパーティーになる。)

②「~に達する」:We made the station in time to catch the train.(ちょうど列車に間に合う時間に駅に着いた。)/ That makes four who want to go.(それで行きたい人が4人になる。)

③「(お金などを)得る:She makes a lot of money.(彼女はお金をたくさん稼いでいる。)/ He makes a living by repairing cars.(彼は車の修理で生計を立てている。)/ The company has made a loss this year.(会社は今年赤字になった。)/ I see you’ve made a new friend.(きみは新しい友だちができたようだね。)/ His ruthless behaviour [=behavior] made him many enemies.(向こう見ずな行動のため、彼は多くの敵を作った。)

(注)センテンスの中で使われる「動詞の原形」は、文法書では「toなし不定詞」(an infinitive without to)または「原形不定詞」(a bare infinitive)と呼ばれています。普通の不定詞は「to+動詞の原形」の形をしていますが、to がなくて動詞の原形だけが使われる場合があるのです。「使役のmake」の構文でも目的語の後にこの形が使われます。しかしその文が受け身になると、省かれていたto が現れるので注意が必要です。たとえば次のようです。The teacher made me repeat the sentence three times.→(受け身)I was made to repeat the sentence three times (by the teacher).(僕はその文を3回繰り返して言わされた。)/ They made her wait for hours.→(受け身)She was made to wait for hours. (彼女は何時間も待たされた。)

今回は動詞makeを中心とする表現を見ていきたいと思います。筆者の英語学習経験では、動詞の中でも特にhave, make, take, give, getがいつも曲者でした。どこまで行っても新しい意味や用法に出合って、「あれ!こんな意味にもなる」、「こんな使い方もある」と際限なく続いたように思います。現在でもこれらの動詞を完全に使いこなせる自信はありません。それは悲しいことではありますが、同時に楽しいことでもあります。悲しいというのは自分の学習能力の乏しさを実感するからですが、楽しいのは言葉の偉大さや深さを実感できることです。何歳になっても、いつも新しい発見があるということは幸せなことです。そう言えば、自分の母語である日本語だってどれだけ知っているか、知らないことだらけのような気がします。

さてmakeですが、これもhaveと同じくらい複雑な意味を表わし、複雑な構文を作る動詞です。多くの辞書はこの語を10項目以上の意味に分類しています。OALDはこの動詞を19項目に分けて説明しています。英語のテキストを読んでいてその意味を確定する場合には、19項目というのはたいして気になりません。辞書の分類は細かいほど、テキストで使われている意味を確定するのに役立ちます。しかし自分がmakeを使う段になると、あまり細かな分類は役には立ちません。なぜなら、自分が使うときにそのつど辞書で確かめて使うかどうかを判断するなどという手間は非現実的だからです。そのやり方では一つのセンテンスを作るのに時間がかかり過ぎて、頭の中に在る肝心のアイディアが逃げてしまいます。makeを使うときには、その語義のエッセンスが予め把握されていなければなりません。そこで数種類の辞書を並べてmakeの項目を比較してみました。すると、LDCEの分類法が筆者の要求にいちばん応えてくれていることが分かりました。これから述べるmakeの語義・用法の分類はそれを参考にしたものです。

(1)(何かをすることによって新しい形のものを)生み出す、作り出す:多くの日本人学習者はmakeを「作る」と覚えます。筆者の手許にある中学校用英語教科書では ‘make sushi’ が最初に出てくるmake の使用例です。それはそれでよいのですが、やがて学習者はmake がそれだけの意味ではないことを知ります。この動詞はいろいろなコンテクストで使われるようになって、次第にその意味範囲を広げていきます。「作る」というのは「物を作る」(e.g. to make a table / dress / cake)から始まって「ある状態を引き起こす」や「物や人を~の状態にする」という意味に発展します。さらには「人が(何かの行動を)する」から「人に何かをさせる」という使役の意味が生じます。いくつかの例文を見てみましょう(出典の記載のないものはLDCEの例文です)。

<例文>She made a cake.(彼女はケーキを作った。)/ Did you make this dress or buy it?(この服は自分で作ったの、それとも買ったの。)/ The children are making a lot of noise.(子どもたちはやかましい音を立てている。)/ He’s always making trouble.(彼はいつもトラブルを起こしている。)/ Parliament makes laws.(議会とは法律を作るところだ。)/ He made a shelter from some branches and leaves.(彼は木の枝と葉で避難場所を作った。)/ I’m going to make a shirt out of this material.(この素材でシャツを作ろう。)/ Will you make me a cup of coffee?(コーヒーを一杯入れていただけますか。)

(2)(何かの行為を)する: “We decided.” と言えるところを “We made a decision.” のように言うことがあります。日本語でも「決めた。」と言うところを「決定をした。」とも言います。それに似ているかもしれません。つまり動詞1個で済むところを動詞と名詞に分けて表現するわけです。こういう例はかなりありますが、無制限にあるわけではありません。「宿題をする」はdo one’s homeworkで、makeは使えません(注1)。さしあたり次の例文を覚えて使ってください。

<例文>We made an important discovery. (=We discovered something important.)(われわれは重要な発見をした。)/ I think you’ve made a mistake here.(きみはここで間違いをしましたね。)/ She made an offer of £10 for it.(彼女はそれに10ポンド提供した。)/ The president is determined not to make any concessions to the terrorists.(大統領はテロリストにはいかなる譲歩もしないと決意している。)/ ほかにto make an effort, to make a requestなど(注2)。  —To be continued.

(注1)日本語の「~をする」を英語にするときに、私たちはdoを使いたくなります。たしかに「宿題をする」はdo one’s homeworkですが、「決定をする」は *do a decisionではなくmake a decisionです。ではdoとmakeはどのように使い分けたらよいのでしょうか。この点に関してLDCEのコラム(USAGE)は次のように解説しています。

「doとmakeはdo a favour [=favor], make warのような多くの固定した表現で用いられます。この場合、どちらの動詞を使うかに関する規則はありません。しかし一般的に言って、doは単に「行為をする」ことであり、makeは「以前に存在しなかった物や状態を新たに作る」ことです。たとえばto do the shopping / the ironing / your exercisesの場合はdoですが、to make a fire / a noiseの場合はmakeです。また “What are you doing?” に対しては “Cooking.” と答えられますが、 “What are you making?” に対しては “A cake.” のように答えます。」

(注2)さらに多くの「make+(a)+名詞」の固定表現(慣用句)を収集したい方は、小西友七編『英語基本動詞辞典』(研究社1980)p.910を参照してください。