Archive for 5月, 2011

<私見 日本の生きる道 ③−1> 松山薫

 「農耕を基盤とした再生」という武村提案に心の共鳴板を叩かれたのは、日本が生きていく上で、私が根源的に重要だと考えている3つの視点 1.人間の復権 2.豊かな国土の保全  3. 独立と安全保障の確保、一言で言えば、安全、安心社会の構築という点でベクトルが一致していると感じたからだ。そこで、この3つの視点と安全・安心社会という観点から、私なりに想像力を働かせて、武村提案を敷衍してみたい。*ベクトル 目標を達成するための方向性

③−1 人間の復権  人生を一本のネジ釘として終らせないた    めに

 私は20代の終わりに教師を辞めて失業した時に、生きるすべを失うことが人間性をゆがめることを痛感した。失業が長引けば、だんだん気持ちがすさんで、破れかぶれになっていく。現在の若い世代が、まともな働き口も無く、年収200万円にも届かず、それさえ何時くびになるかわからず、結婚も出来ずに、希望はもはや戦争しかない(赤木智弘)というところまで追い詰められていくのがなんとなく理解できる。家族を持ってから失業したらもっと悲惨なことになる。まして中高年なら有効求人倍率は絶望的に低い。高齢者には、会社に再雇用してもらう以外にほとんど働き口はない。こうして、国民の20%がいわばworking poorの状態にある。いわゆる完全失業者(失業の定義が狭すぎる)だけでも350万人にのぼる。生活保護に頼る人はついに2百万人を超えた。10年以上にわたって、3万人を超える自殺者の多くが直接間接に経済問題をひきずっている。どんなに多くの働く人達が、なんとかこんな悲惨なことにならないよう、今の仕事にしがみつき、目先の出世競争に精力を使い果たし、定年後も元の会社で遠慮しながら働き、家族のために息を詰めて暮らしているのだろう。働く意思と体力があれば、働く場所があり、最低食っていける保証があるなら、もっと心豊かな人生が送れるであろうに。私の体験に基づく想像力が、武村提案は50年という長いスパンの中でその実現を目指し、人間の復権を志すものだと感じたのである。

 武村自身が認めるように、この提案には②で挙げたような解決の難しい問題が含まれているのは事実だが、50年をいくつかの段階に区切り、人知を集めて、実現を目指せば、乗り越えられない問題ではないと私は思う。例えば仮に第一期を震災復興にかかる10年間とする。震災復興の一環として東北にモデル農村を作る計画がある。東北地方はもともとお互いに助け合う共同営農が盛んなとろろである。ここに大規模な農業研修機関を作り、それを核として農耕人口を増やす。全国の耕作放棄地(35万町歩)、休耕田(20万町歩)のうち、最も条件のよいところから優先的に入植してもらい、そこでの生活ぶりを徹底的にPRして入植希望者を増やしていく。入植者が増えるにつれて第二期には、産業転換が必要になる。脱原発の新エネルギー産業を中核に、農耕社会を支える新しい産業を興し、全国的に分散配置していく。そうすれば、一家4人のうちの誰かが、事業主あるいは雇用労働者として現金収入を得られるようになる。民放TVの「人生の楽園」という番組で、定年後などに田舎暮らしを選んだ人達の生活を紹介しており、そこで生まれる家族、近隣の絆が、人生を豊かにする様子を描いている。勿論これは一握りの成功例だろう。しかし、50年という歳月をかけ、国を挙げてパラダイムの転換に取り組めば、これが普通の暮らしになる可能性は十分にある。

 心豊かに生きるために食糧とともに基盤となるのは住居である。rabbit hutchとよばれる日本の住環境の貧しさは、アメリカのsubprime loan問題で売りに出された低所得者向け住宅と比べれば、哀れなほどに明らかである。狭隘なコンクリートの函である集合住宅は、人間の住まいとはいえないものが多いが、それでも生涯かけてローンを払わなければならない。それが、日本には1500万戸もある。団地の高齢化対策理事をしていた時に、都会の限界集落と言われる新宿の戸山団地を訪ねたことがある。ここは、我々の年代の男なら誰でも知っている陸軍戸山学校の跡地に建てられた1200戸ほどの都営団地である。数百メートルもある団地の大通りには、文字どおり人っ子一人、犬の子一匹見当たらなかった。毎年10人の孤独死があるという。ようやく話を聞けた住民の1人は「コンクリートのカンオケだ」と呟いていた。築30年を超え耐震性の不十分な集合住宅が100万戸を超える。太平洋岸の住宅密集地帯で大地震が起きたらまごうかたなき「コンクリートの集合カンオケ」が出現するだろう。次の50年にも同じことを繰り返すのはあまりにも愚かではないか。

 世帯あたり450坪の土地があれば、耕作地を除いて、4人家族用のどんな住居でも建てられる。古い民家を活用したり、間伐材を活用し、必要なところには国産材を使って、林業の再建に役立てる。出来れば、自分達で、あるいは地域の助けを借りて、親子2代あるいは3代で暮らす住まいを充実させていく。日本の風土に合った、自然の中のお気に入りの住まい、つまり恒産を持てばは恒心も育つだろう。農耕生活の中で、自ら工夫して生活を豊かにすることには、辻井喬が言う産業社会の中での一本のネジ釘として働いていては味あえない充実感があるはずだ。この充実感が、全ての面で人間の復権につながって行くのだと思う。(M)

英語文法の学習(8)

Author: 土屋澄男

これまで、英文を理解したり産出したりするときに、学習者がまず知らなくてはならない語の連なり(コロケーション)について見てきました。しかしこれは英語の文法の入り口にすぎません。いろいろな語の連なりを聞いたり、読んだり、自分で使ったりして、英語という言語の語の連ね方を学んでいくことが、英語習得の最初の段階であり、そのような経験を通して、言葉の連なりの規則というようなものを身につけていく、ということが大切なわけです。

 そこで今回は、言語の学習者にとって文法とは何なのか、文法は本当に必要なものなのか、必要だとすればどんな文法が役に立つのか、などについて少し考えてみようと思います。不思議なことに、私たちは母語である日本語を話すときに、文法などほとんど意識することはありません。書くときには、編集段階で語法や文法をチェックすることがあります。自分の書いたものを読み返して、語句をより適切と思われるものに入れ替えたり、「れる・られる」の使い方をチェックしたり、助詞の「は」を「が」に変えたりします。しかし話すときには、ほとんど無意識的にそういう文法的な選択がなされています。「あの方は山田さんです」と言うか、「あの方が山田さんです」と言うか、瞬時に判断します。話した後で(または途中で)、文法の誤りに気がついて訂正することはありますが、あまり頻繁に行なうと話が途切れて面白くありません。昨年亡くなった作家・井上ひさしの講演をまとめた『日本語教室』(新潮新書)という本があります。その中で彼は言っています。「私たちは日本語の文法を勉強する必要はないのです。無意識のうちにいつのまにか文法を身につけていますから」と。もう少し正確に言うと、「私たちは日本語の文法をいつのまにか身につけていて、それを無意識のうちに使用しているのです」ということになります。言葉の使い方のルールは、子どものころの言語体験を通して、いつのまにか身につけてしまっています。そのプロセスはおとなになってから思い出すことはできませんが、すべてが無意識のうちになされたわけではないでしょう。子どもなりに意識を働かせて、努力して学んだこともたくさんあるでしょう。しかしその複雑なルールを、私たちは今ほとんど無意識的に使っているのです。私たちの母語の文法は、そういう無意識的に使用される知識の総体です。それは言語の研究者が「暗黙の知識」(implicit knowledge)と呼んでいるものです。日本で生まれて日本語を習得した人たちは、みな日本語についてそのような知識を所有しています。

 ここで重要なことは、その文法知識が暗黙の知識であることです。一般の人たちは自分の使用している言語について、いちいち説明できるものではありません。「象は鼻が長い」では、象と鼻のどちらが主語でしょうか。そういう議論はけっこう面白いものですが、言葉を正しく使うこととはあまり関係がありません。日本語の文法では時枝文法とか橋本文法とかがよく知られていますが、厳密に言うと、そういう文法は学者の数だけあります。そしてそのようにして整理され組織された文法知識は、暗黙の知識に対して、「明示的な知識」(explicit knowledge)と呼ばれます。しかし忘れてはならないのは、言葉を用いて説明することのできる明示的な知識は、どの言語の場合もそうですが、母語話者が持っている暗黙の知識のほんの一部にすぎないことです。母語話者の持っている言葉についての暗黙の知識は膨大ですから、そのすべてを説明し尽くすことはほとんど不可能なのです。

 私たちが外国語を学ぶ場合には、その言語の母語話者と同じような暗黙の知識を獲得することは容易ではありません。ですから、明示的な知識として確立している規則を学ぶことは、学習の効率を挙げるのに役立ちます。英語の原形動詞の語尾に付く-sは「3単現」の規則によって説明できるのですから、その説明を聞いてなるほどと思えば、それを自分の力で発見するよりもずっと手っ取り早いと言えます。ただし、その規則の説明を聞いて納得したとしても、それが直ちに技能に結びつくわけではありません。知識と技能は一体ではないのです。技能の獲得には練習と経験が必要です。何度も間違え、これはいけないと反省しながら経験を積む。技能はすべてそうして身につけるものです。しかも言語技能につながる知識の多くは暗黙の知識です。なぜなら、言葉を話すときには、その形式に関する規則は無意識的に使用できるものだけが役立つからです。話すときには話の内容に意識が集中しているので、話しながら3単現の規則を同時に意識することはないのです。以上の考察から、外国語の学習者が得る教訓がいくつかあります。その一つは、文法の知識は必要だけれども、明示的な文法知識だけでは言葉を使えるようにはならないということです。(To be continued.)

「NHK 朝のテレビ小説」
(1)この番組は、15分間ですから飽きないですし、CMで中断されないのが有難いので、よく見ていましたが、4月からの「おひさま」はあまり見る気がしません。何故かと言いますと、東日本大震災の前の企画でしょうから止むを得ない点もありますが、これから第二次大戦の暗い場面になると思うと、この時機にやらなくてもいいではないですか、と思ってしまうのです。

(2)たまたま、ある日の午後に NHK の教育番組を見たら、高校講座で日米開戦の問題を取り上げていました。開戦直前までの外交折衝がうまくいかないで、日本軍の真珠湾急襲が始まってしまった経緯を分かりやすく解説していました。日本人は、こいう問題は風化させずに、常に反省して後世に伝えていくべきだと思います。それならば、ドラマだっていいではないですか、と言われるかも知れませんが、戦争を知らない世代は、ドラマでは作り話としか受け止めないでしょう。事実は事実として分かりやすく教えることが大切だと思います。

「何人かのニュースキャスターのこと」
(1)まずは関根麻里です。1984年生まれですが、バラエティで売り出したので、キャスターとしては新人です。父親はお笑い芸人の関根勤ですが、この父親は、ユーモア感覚に富み、気配りもできる芸達者ですから、こういう父親なら明るい娘が育つであろうと思われる典型的な例です。関根麻里はボストンでの留学経験もあって、英語が得意ですが、うぬぼれることもないので、周囲からも親しまれているようです。TBS の番組によく出ていて、将来性はありますが、キャスターとしては未知数です。

(2)次は滝川クリステル。フジテレビの夜の報道番組で、正面の男性のキャスターから見て、45度の角度でカメラに近いところに座るので、「45度の美女」として有名になりました。父親はフランス人で、母親は日本人。日本在住のほうが長いですが、フランス語、英語、日本語を話せるとのこと。お笑い芸人などが彼女を好きになって何人もアタックしましたが、皆断られました。しかし、トーク番組で彼女が話しているのを聞くと、ざっくばらんで、“お高くとまっている”感じはしない女性です。美貌が邪魔をしていると言うべきでしょうか。ただし、キャスターとしての鋭さはあまり感じません。

(3)フジテレビと言えば、安藤優子キャスターを無視できないでしょう。彼女くらいになると、スキャンダルなどにもめげずに頑張っています。でも、その鋭い突っ込みは、時には行き過ぎて、中継の若いアナウンサーなど返事に困ってしまいます。どの報道番組もそうですが、例えば、ヘリコプターなどで事件の現場の上空からの中継はあまり意味がないことがよくあります。映像で分かるものを言葉で繰り返すに過ぎないからです。速報的な資料はスタジオのほうが得やすいことが多いので、それぞれの機能をもっとわきまえて画面構成をしてもらいたいと思います。(この回終り)

< 私見 日本の生きる道 ② > 松山 薫

 中国で文化大革命の嵐が収まった頃のことだから30年以上前だが、中国事情を聞く会で、経済学者の伊東光晴教授が「中国人が肉を食べ始めたら、大変なことになる。」と述べたのを聞きとがめ「日本人はたらふく肉を食べているのに、中国人には肉を食うなということですか」と質問した。伊東教授は「勿論そんなことではない。今中国では穀物をそのまま食べているが、牛や豚を育ててその肉を食べるようになると、穀物は今の5倍は必要になる。10億人の中国人が一斉に肉を食べ始めたら、世界はたちまち食糧難になりかねないということへの警鐘だ。」と説明された。

 先ごろ発表された国連の推計によると、現在70億の世界の人口は、アフリカ、アジア、中南米を中心に爆発的に増えて2050年までに93億人に達するという。ITの発達により、世界的な所得の平準化は急速に進んでおり、先進国の国民だけが肉を飽食するようなことはもはや許されなくなった。人口増加と所得・生活水準の平準化による穀物不足、それに地球の温暖化による異常気象で世界の穀倉地帯野で毎年起きる旱魃や洪水で、食糧、特に基本的な食糧である穀物の不足が深刻化する。農林水産省の試算では、10年後には世界で1億トンの穀物が不足し、穀物価格は2000年の3倍になるという見通しだ。そのうち、いくらカネを出しても買えない事態が起きるかもしれない。食糧と並んで生きるために欠かすことの出来ない燃料も、石油、天然ガスなどの化石燃料は、50年後にはほぼ枯渇するという。そのうえ、先進国の金融緩和でダブついた資金による資源の買いあさりという人災によって増幅され、食糧、資源の獲得競争は国家の生存を賭けたすさまじいものになりかねない。いや、既にその予兆が見えている。太平洋戦争の直接の原因が石油資源をめぐる争いであったことを忘れてはならないだろう。

 戦中、戦後の飢餓地獄の中で生きた我々世代の人間には、食料不足がなにより怖い。皆が食べ物を得るために、公園や猫の額ほどの庭を耕してイモを作ったり、川や池で鯉や鮒、鰻などをすなどって、飢えをしのいだ。東京地裁の山口判事や東大の橋本教授のようにヤミ米を食うのを拒否して餓死した人もいたが、大方は、食い物を求めて餓鬼になった。敗戦直後のインフレ時代には、農家はカネではコメや野菜を売ってくれなかった。和服、骨董品などとの物々交換を求めた。中には女に身体を要求する者までいた。船橋聖一の小説に生々しく描かれている。若い女たちはチョコレートや缶詰のために自ら米兵に身体を売った。いわゆるパンパンである。栄養失調だと寒さも骨身にこたえる。冬の最中に外套も着ずに闊歩するアメリカ兵達を見て、ちょっと前まで、鬼畜米兵を竹槍で刺し殺すことを崇高な使命と心得ていた私が、ああ、アメリカに生まれたかったなあと思ったこともある。人間とはそういうものではないか。30年後、50年後を見すえて、そういう事態を招かぬようにするのが、政治の最大の任務ではないのか。その意味で武村提案は国民の生存権にかかわる根源的な意味を持つ。

 確かに、武村自身が言うように、この提案には、大規模な人口移動が出来るのか、田畑をなかよく等分できるのか、高齢者は元気で働けるか、他の産業はどうなるのかなど、解決の難しい問題がふくまれており、多くの人達にとって想定外かもしれない。しかし、柳田邦男が言うように、今は未曾有の災害に直面して日本人の想像力が試されている時である。日本人の英知を集めて、自らの生きる道への想像力を極限まで伸ばしてみようではないか。これはそういう提案でもあるのだ。(M)

英語文法の学習(7)

Author: 土屋澄男

今回は副詞句・副詞節を取り上げます。形容詞が名詞を修飾するのに対して、「副詞は動詞・形容詞・他の副詞を修飾する」と記憶している人は多いでしょう。それ以外に、「副詞は文または節全体を修飾することがある」ということも覚えているかもしれません。そういう議論はいかにも文法くさくていやだ、とおっしゃる方もあるかもしれません。たしかに、こういう知識は文法好きな人の言うことで、一般の人々が言葉を使う時にそんなことを意識しているわけではないし、そんなことを気にしていたら言葉は使えないよ、と言いたくなる方もおられるでしょう。そこで、ここではそういう議論はさておいて、副詞句や副詞節というのはどういう場合に必要になるか、ということから始めたいと思います。これならば、文法アレルギーの方も参加していただけるのではないかと思うからです。

 私たちは、「何かが起こった」とか「誰かが何かをした」という情報を聞き出すとき、その情報をめぐって、いつ?どこで?どんなふうに?なぜ?なんのために?など、いろいろなことを知りたくなるものです。英語ではwhen? where? how? why? for what? などの問いになります。そしてこれらの問いに短く答えようとすると、回答の多くに副詞句または副詞節を使うことになります。いくつか例を見てみましょう。少し難しい語彙が含まれていますが、筆者の手許にある雑誌TIME の特集号(May 20) “THE END OF BIN LADEN” から情報を借用することにします。

(1) When was Osama bin Laden born? —–In 1957. (2) Where was he born? —–In the city of Riyadh, Saudi Arabia. (3) Where is Riyadh in Saudi Arabia? ——In the eastern central part about 235 miles from the Persian Gulf. (4) Where did he study when he was young? —–At King Abdel Aziz University in Jidda, a port city on the Red Sea. (5) How did he become a terrorist? —–It is said that when at the university he was very much influenced by a fiery Islamic-studies lecturer, Abdullah Azzam. (6) How was he linked to the hijacked airplanes crash into the World Trade Center towers of New York on September 11, 2001? —– It’s not certain, but bin Laden released a videotape in 2004 in which he acknowledged al-Qaeda’s involvement in the 9/11 attacks. (7) Why did he do such horrible things? —– Many Americans believe that one of the reasons was because he wanted the U.S. to withdraw its forces from the Middle East. (8) When and where was he killed? —–In Abbottabad, Pakistan on May 1.

上の例で見るように、一般にwhen? やwhere? の問いに対する答えは比較的に簡単です。時や場所を表す副詞句や前置詞句、または副詞節で答えることができます。これに対して、how? やwhy? の問いに対する答えは複雑です。これは日本語での問答でもそうでしょう。上記のビン・ラディンについての問答でも、相当に考えなければ答えは出てきません。彼がなぜあのような恐ろしいテロをする人間になったのか、彼にどれだけの実行責任があったのかは、彼が殺されてしまった今となってはよく分かりません。アメリカ政府は、むしろ、その真実を明らかにする手間と煩わしさを省くために殺してしまったのではないかとも思われます。

 そういうわけで、副詞句や副詞節は文の中の機能としては修飾語句ですが、内容的には決してお飾りなどではなく、非常に大きな情報を担っていることが多いのです。誰かと内容的に深いレベルの話し合いをしようとすれば、how? やwhy? の問いに真剣に立ち向かう必要があります。ここでそのような例として、聖書(旧約)の最初のセンテンスを取り上げましょう。これは皆さんご存じの有名な言葉で、本当は原典のヘブライ語で書きたいのですが、このワープロにはヘブライ語がインストールされていませんので英語にします。

In the beginning God created the heavens and the earth. (Revised Standard Version)

この一文が世界史に与えた影響は計り知れないものがあります。近代科学の発展は、この一文に込められたナゾ——宇宙は誰によって、いつ、どのように、どのような目的で創られたのか——を解くために人知を集めてきたと言えるのではないでしょうか。そのナゾは、一時はブラックホール理論によって解けそうに思えたこともありましたが、最近になってさらにナゾが増えたために、解決の見通しはまったく立っていないようです。(To be continued.)

< 私見 日本の生きる道 ① > 松山 薫

 我々の世代は、少年期から青年期へ移る頃、敗戦という開闢以来の惨禍に遭遇し,それに伴うパラダイムの大転換を体験した。しかし、60年を経て振り返ってみると、この歴史的大転換は極めて中途半端なものに終った。それはこの大転換が占領軍という他力によって実現したものだったからだろう。東日本大震災と原発事故という未曾有の災害に遭遇して、今もしパラダイムの大転換が必要であるならば、我々国民の内的な力を最大限に発揮して行なわれなければならず、それは、この国始まって以来初めての試みになる。国民のコンセンサスを得るためには、辻井喬が主張するように、公開された数多くの討論の場が必要である。私にはもはや大転換に参加する時間はないが、あずかり知らぬうちに実行され、中途半端に終った敗戦後の大転換の体験者として、せめて、新しい大転換のための討論には加わりたいと思う。

 そのため、日本のいわばオピニオンリーダー達がパラダイムの転換についてどんな考えを持っているのかを知ろうと、前回、前々回に書いたように、「文芸春秋」と「世界」の特集を読んでみたが、率直に言って、あまり共鳴できるものはなかった。社会改革に情熱を燃やしたドイツの社会学者マックス・ウェイバーの研究者だった大塚久雄(元東大教授)は、社会的な改革のうねりをつくりだすには、人々の心の共鳴板をたたかねばならないと述べていた。”識者”の意見の中で、たったひとつだけ、私の心の共鳴板をたたいたのは、前にも書いたように、元「新党さきがけ」代表、武村正義の「日本人よ、原点にもどろう」という提案であった。一見、荒唐無稽に見えるこの提案は、日本の生きる道について、最も根源的な視点を含んでいると思う。

 武村提案は、「日本は世界(の先進国)に先駆けて人口減少の時代に入っている。50年後には8千万人という予測もあり、世帯人数が4人くらいに復元すると、世帯数は2千万となる。この国には、かって5百万町歩の田畑があった。これを2千万世帯で割ると、一家族当たり2反半(450坪)となり、自給自足が可能だ。この土地の半分で4人家族に必要なコメはとれる。残りの半分で野菜を作り、鶏や豚を育て、池を作って魚を飼うこともできる。」と述べ、全ての国民が農耕で生きていくことを日本再建の基盤にすべきであると主張している。

 琵琶湖に近い農家に生まれ、青年期に農地改革を体験し、後に自治官僚、滋賀県知事から中央政界に入って官房長官、大蔵大臣をつとめた武村が、戦後のパラダイムの転換の中で、唯ひとつ、徹底的に行なわれ、農地の事実上の再配分となった農地改革に大きな衝撃を受けていたことは想像に難くない。今度の提案は、いわば、第二の農地改革である。また、武村の「小さくてもキラリと光る国」という政治的信条は、戦前から戦後にかけて石橋湛山(元首相)が唱えた「小日本主義」と通底するところがある。さらに、武村提案には、若い頃、自治官僚として留学した(西)ドイツの「緑の党」が、反原発を旗印に、現在のドイツ政界に大きな力を及ぼしつつあることも影響しているに違いない。(M)

* 農地改革: 江戸時代の社会の土台であり、明治維新においても手付かずであった地主制度について、占領軍は封建思想の温床であるとして、日本政府に対し、資産家や元貴族の不在地主が持つ全ての土地、在村地主の持つ1町歩以上の土地全てを買い上げ、小作人に安い価格で払い下げるよう命じた。戦後の改革の中で最も徹底して行なわれ、日本人の生活や思考に広く深い影響を与えた。 
* 小日本主義: 戦前、東洋経済新報の主幹であった石橋湛山は、軍国主義、全体主義を
  「大日本主義」の幻想であると批判し、満洲、台湾などの植民地の放棄や、官僚主義からの脱却、地方分権の確立、自己開発を目指す教育など中心に「小日本主義」の実現を訴えた。戦後、 湛山は、鳩山一郎の後を受けて、第55代総理大臣になり、外交政策では日中米ソ平和同盟の締結を唱えたが、遊説中脳梗塞で倒れて、在任2ヶ月あまりで退任した。後継首相に岸信介が選ばれ、日米安保条約を改定して今日の日米軍事同盟への道を開いた。
* 「緑の党」:正確には「緑の人々」The Greens。核兵器の大量生産とヨーロッパへの配備、地球を無惨に傷つけていく産業社会の仕組み、その中での息のつまるような人間関係の打破を目指し、エコロジーの旗を掲げて1983年の西ドイツ連方議会選挙で初めて議席を得た。福島原発事故の後に行なわれた地方選挙では、第2党に躍進して初めて州首相を出し、メルケル首相の原発推進政策に待ったをかけた。

英語文法の学習(6)

Author: 土屋澄男

名詞に後置される修飾語の話を続けます。前回は名詞に前置句が後置される例を挙げました。今回はto不定詞、分詞句、関係詞節、that節が名詞に後置される例を見てみましょう。まずto不定詞の例をいくつか挙げます

I want a book to read(読む本)/ a place to eat(食べる場所)/ something to drink(なにか飲むもの)/ someone to travel with me(いっしょに旅行に行く人)/ the courage to do it(それをする勇気).

このような例はいくらでも作れますが、それらをすべてコロケーションと呼ぶことはできないでしょう。しかし頻繁に使われるものはその名に値すると思います。そして興味深いことに、これらの多くは次のように関係詞節に置き換えることができます。

a book to read → a book that I will (can) read / a place to eat → a place where (at which) I can (should) eat  / something to drink → something that I can drink / someone to travel with me → someone who will (may) travel with me / the courage to do it → the courage with which I will (can) do it

ここで注意しなくてはならないのは、関係詞を使って言い換えると、前置される名詞と後続の不定詞との関係をはっきりさせなければならないことです。つまり、名詞が不定詞の主語なのか、目的語なのか、あるいはその他の関係にあるのかを明確にする必要が生じます。また、関係詞節の動詞の前にcan, may, should, willなどの助動詞を使って話し手の心的態度をはっきりとさせる必要もあります。話し手の観点からすると、不定詞を使うときは、その動詞に対する自分の態度を曖昧にしておけますが、関係詞を使うと、そういう曖昧さを避けざるを得ない(または避けることができる)ということです。すから、話し言葉では不定詞を使ったほうが簡単ですが、書き言葉(特に学術論文のようなフォーマルな文章)では、誤解を招くことのないように、関係詞を使ってきちんと書くのがよいと思われます。

 次に、名詞のあとに分詞句が続く例を見てみましょう。分詞には2種類あります。現在分詞(-ing形)と過去分詞です。これもいくらでも例を挙げることができますが、簡単なものを少しだけ挙げます。

Who was the pretty girl standing at the door?(戸口に立っているかわいい女の子)/ Could you read the letter written in a strange code?(変な暗号で書いてある手紙)/ He made a speech expressing hope for democracy.(民主主義への希望を表明するスピーチ)/ In the U.S.A. you must pass through the body scanner [being] installed in airports across the country.(国中の空港に設置されているボディ・スキャナー)

これらも関係詞節で言い換えることができます。たとえば、the pretty girl standing at the door → the pretty girl who stood at the doorのように、分詞では表せない時制が関係詞節では明確になります。(ただし、この例の場合は誤解を生じるほどの違いではありませんが。)

 次の名詞句は「名詞+that節」です。この場合のthat節は先行する名詞の内容を説明するものです。このパタンも頻繁に使われますので、その中のかなりのものがコロケーションと言えます。それらの例をいくつか見てみましょう。

They reached an agreement that they would have elections in July.(7月に選挙を実施するという合意)/ The idea that the two nations should be united (両国が統合さるべきだという考え)is not a new one. / Many people have the belief that the Universe was created by God.(宇宙が神によって創造されたという信念) 

 このようにして名詞句はだんだん長くなります。これに副詞句や副詞節が加わると、それはさらに複雑なものになります。クワークらが書いた有名な文法書A Grammar of Contemporary English に、そのような例として次の文が載っています(p. 857)。

The pretty girl in the corner who became angry because you waved to her when you entered is Mary Smith.

しかし、一見この文は複雑ですが、ゆっくり口で言ってみると、さほど面倒な文ではありません。 ‘The pretty girl is Mary Smith.’ という文の中に ‘who became angry because you waved to her when you entered’ という関係詞節が挿入され、さらにその中に2つの副詞節が埋め込まれているので複雑に見えるだけです。そこで次の話題は副詞句・副詞節ということになります。(To be continued.)

「大型連休後半のニュース」
(1)私が注目したニュースは2つあります。1つは、オバマ大統領発表の「アメリカ軍によるビンラディン殺害」です。ただしこの件は、アメリカの一方的な発表だけで、あまりりにも材料が少なく、テレビ番組でも推測の域を出ないコメントがほとんどでした。パキスタンの主権を侵したのではないか、という批判にも謝ることをせず、「パキスタンは共にテロと戦う仲間だ」と国務省が言うほど、外交のテクニックは複雑です。一方、日本政府は、「英米両国のテロとの闘いに敬意を表する」といった声明を出しましたが、報復テロに対する注意については何も述べていません。どうもこの内閣は、危機意識が希薄なようです。

(2)もう1つは、鳩山前首相の言動に関するするものです。この前首相は、連休中にカザフスタン共和国(旧ソ連領)を訪れて、そこで記者会見をして、管内閣の批判をしました。民主党内がバラバラなのは、今に始まったことではないので驚きませんが、外国にまで行って自分の党の内閣を批判する神経が私には理解出来ません。この人は、母親から毎月数十万円の“お小遣い”を貰っていて、「知らなかった」と言うくらいですから、常人とは違うのでしょう。沖縄の基地問題で責任を取って辞任したことなども、とっくに忘れているに違いありません。時あたかも、米軍が海兵隊の移転費用などを水増し請求していたことが、すっぱ抜かれました。結局、“つけ”を払わされるのは、日本国民なのです。

(3)私は「主権の侵害」の問題では、すぐに「金大中事件」を思い出します。若い人たちは、もうほとんど知らない事件ですが、1973(昭和48)年の夏に野党の党首だった金大中氏(1997年には大統領)が、東京の九段にあるホテルから拉致された事件で、当時私は、神田にある東京電機大学に勤務していたので、そのホテルの前まで行ってみました。こんなに人通りの多いとこで、どうやって男性一人を拉致出来たのだろうと不思議に思いました。警察は現場の指紋などから、韓国の大使館員が関与していることを掴んでいたようですが、その決着は当時の自民党政府による曖昧なものでした。

(4)金大中は、5日後にソウル市内の路上に放置されて、自宅に戻ることは出来たのですが、軟禁状態になり、国家権力による主権の侵害として世界的にも問題になって、日本政府も金大中氏の日本での現状回復を求めていたのです。しかし、韓国の首相が来日して陳謝したことで“政治的決着”となりました。その時韓国へ行った宮沢喜一外相は、韓国政府の弁明に何ら反論せずに帰国したのです。日本は外交上の手腕とかテクニックといったものは何もないのです。

(5)一方、管首相は5月6日の夜7時に、突然記者会見をして、「浜岡原発の全面停止を要請する」と発表しました。私は十分な説明がないので、こんな程度の要請ならば官房長官に言わせれば済むことだろうと思いました。浜岡原発に働く人は2千人近いそうで、関連の商売、例えば近くの飲食店なども閉店せざるを得なくなるわけです。「1にも雇用、2にも雇用…」と言っていた首相が、多くの失業者を出しても「後は俺は知らん」というのでは、あきれてものも言えません。案の定、翌日の新聞、テレビではかなりの批判が出ています。放射能汚染ばかりでなく、私たちはいつまで政治家の発言に“おびえて”いなければならないのでしょうか。(この回終り)

<日本の生きる道 文春vs世界 ②> 松山 薫

文芸春秋とは対極にある月刊誌、岩波の「世界」は「生きよう」というタイトルで、5月号全部を大震災と原発災害の特集にあてている。この雑誌の寄稿者はもともと反・非体制派、改革派の学者や評論家が多いが、この特集でも、多くの論者が、今回の災害によって、経済のあり方、社会のあり方、生活のあり方全てが変わる可能性があるとして、パラダイムの大転換を主張している。

 巻頭論文とも言うべき「巨大複合災害に想う」の中で、かねてから原発の危険性に警鐘を鳴らしてきた経済評論家の内橋克人は、「原発安全神話」が作られてきた経緯とその中で東電が主導する電気事業連合会が果たした役割を詳細に検討し、この「神話」をもとに、膨大なカネを使って反対論を封じ込め、政財官が一体となって「原発100基計画」を推し進めてきたと批判している。そして、その「神話」が完全に破綻した今、競争原理と核エネルギーを経済発展の原動力としてきた社会は、自然エネルギーを原動力に、「連帯、参加、協同」を原理とする「共生社会」への転換を求められているという持論を展開している。

 また、環境エネルギーの専門家である飯田哲也と映画監督の鎌仲ひとみの対談では、「安全神話」を作る中核となったいわゆる「原子力ムラ」は、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、原子炉メーカーそして電力会社による運命共同体であるとし、この共同体が、日本のエネルギーの未来には、あたかも、原子力エネルギー以外には選択肢が無いかのような誤まった情報を御用学者や御用メディアを通じて流してきたとして、自然エネルギーが、選択肢になりうると主張している。

 さらに、パラダイムの転換を前に、これまでの総括が必要であるという立場から、国際政治学者の坂本義和は、この「安全神話」をかばい続けてきた自民党から、今回の大惨事に対して責任を感じて詫びる言葉が全く聞こえてこないことは不思議であると強く批判している。
また、経済学者の金子勝は、今回の原子力事故について、政府から独立した第三者による事故調査委員会を早急に立ち上げ、事故原因の究明と、危機に際しての東京電力、安全委員会、安全院それに政府の対応が適切であったかどうかを厳しく検証することが、再発防止のためにぜひとも必要であると論じている。

 そして、今後の復興への道筋については、巻末の論考で、作家の辻井喬(元セゾングループ代表堤清二)が、日本は復興需要によって再生できるとして、その際、経済の負の側面である所得格差、性差別などをなくす努力をすること、武器輸出3原則の緩和やTPPによってアメリカとの経済の一体化をはかるのではなく、国際協調路線によって日本の独立性を強化すること、公的教育費の増加によって、人間を産業構造のネジ釘に均一化する現状を改め、ひとりひとりの能力を引き出して、全体としてのパワーの増大を図ることなどを提言し、パラダイムの転換をテーマにした数多くの公開された討論の場が必要であると述べている。
 
 「世界」の論者は、このようにほぼ一致してパラダイムの転換を主張しているが、原子力に代えて、何をどのように使っていくのか、その時の生活はどうなるのか、それにはどれくらいの時間と費用がかかるのか、原発の廃止によって生ずる経済の停滞、雇用の減少をどうするのか、など転換のための具体的な道筋を提示しなければ説得力は生まれない。人間はもともと急激な変化を好まず、現状に満足する習性をもっており。士農工商の身分制度で百姓は”活かさず殺さず”の境遇に置かれていた江戸時代においてさえ、国学者の本居宣長は「人は皆、今生きている世の中を一番よいと思っている」と書き残している。戦時中「日本よい国、強い国、世界に輝く神の国」と信じて疑わなかった自分自身を省みてもそう思う。これから始まるだろう「原発維持」「脱原発」のせめぎ合いの中で、パラダイム転換論者の力が試される。

 ノーベル文学賞を受賞した際「あいまいな日本の私」と題して講演した大江健三郎は、特集号の巻頭言で、「日本というあいまいな国」は、今度の原発災害で新局面に立たされており、もはやあいまいを続けることは出来ず、明確な態度決定を迫られていると述べている。それは当然、貴方にも私にも向けられた重い言葉である。態度決定の前には、事実を知る必要あるから、独立事故調の検証結果と辻井の言う開かれた国民的大論争を期待したい。原発に対する是非論は必然的に、社会のあり方にかかわってくるから、それは、我々全てに、「日本の生きる道」を問うことになるだろう。(M)

英語文法の学習(5)

Author: 土屋澄男

今回から名詞句の話に入ります。名詞句は動詞句と並んで文の主要部を形成します。主語や目的語は名詞句または名詞節です。名詞句・名詞節の構成を研究せずに英文は作れません。ですから、これは英語学習者の必修項目と言ってよいでしょう。名詞句は次の2つが基本的な形です。

(1)「冠詞+名詞」:(an) agreement(一致、協定)

(2)「冠詞+形容詞+名詞」:an international agreement(国際協定)

ここではagreementを例に出しました。この語は動詞agree(一致する、合意する)の語尾に-mentを付けて名詞にしたものです。通常の「一致」や「合意」を意味するときはuncountable(数えられない)ですが、具体的な「合意(書)」や「協定(書)」を意味するときはcountable(数えられる)になります。後者には不定冠詞(an)が付きますが、前者には付きません。ですから「合意に達する」は ‘reach agreement’ ですが、「協定に至る」は ‘reach an agreement’ です。

Agreementが数えられない名詞として「一致」や「合意」の意味を表すときには、この語は次のような形容詞と結びつきます。

basic (essential) agreement(基本的な合意)/ complete (full, total) agreement(完全な合意)/ mutual agreement(相互の合意)/ tacit agreement(暗黙の合意)/ solid agreement(しっかりとした合意)/ bipartisan agreement(超党派の合意)

また、数えられる名詞として「協定(書)」を意味するときにも、この語はさまざまな形容詞と結びつきます。既に挙げたinternational 以外の形容詞をいくつか見てみましょう。

a bilateral agreement(二国間協定)/ a multilateral agreement(多国間協定)/ a general agreement(一般協定)/ a tentative agreement(暫定協定)/ a tacit agreement(暗黙の契約、黙約)/ a verbal agreement(口約束)/ a written agreement(成文協定)

これらの名詞句は英語話者が非常によく用いるものなのでコロケーションと呼んでよいと思います。以前に名前を挙げたことのあるThe BBI Dictionary of English Word Combinationsには、他にもいくつかの組み合わせが載っています。

 ところで名詞を修飾するのは形容詞だけではありません。名詞が名詞を修飾することはごく普通のことです。Agreementという名詞も、その前にさまざまな名詞を伴ってコロケーションを作ります。それらのいくつかを挙げてみましょう。新聞によく使われるコロケーションです。

a peace agreement(和平協定)/ a ceasefire agreement(停戦協定)/ an armistice agreement(休戦協定)/ a secret agreement(秘密協定、密約)/ a trade agreement(貿易協定)/ a sales agreement(販売協定)/ a price agreement(価格協定)/ a labor agreement(労働協約)

ついでに「協定を結ぶ」という表現は英語ではどうなるかを見てみましょう。この場合の「結ぶ」は「(協定によって)互いに結びあう」の意味でしょうから、それにピタリの英語動詞は見当たりません。結局「協定書を作成する」という意味になりますので、英語ではmake, draw up, work outを使うことになります。これらもagreementを目的語にしてコロケーションを作ります。

They made (drew up, worked out) an agreement on arms reduction.(軍備削減に関する協定を結んだ)

 さて、英語は日本語と違って、修飾語が名詞の前に付くとは限りません。上の例文に見られるように(an agreement on arms reduction)、英語では修飾語が被修飾語の後に付くのはごく普通のことです。1語の形容詞はたいてい名詞の前に付きますが、前置詞句、to不定詞、分詞句などは2語以上になるので名詞の後ろに付きます。まず前置詞句の例をいくつか例を挙げてみましょう。Agreementはabout, between, on, withなどの前置詞と結びついてコロケーションを作ります。

an agreement on arms control(軍備管理に関する協定)/ a trade agreement between the two countries = a bilateral trade agreement(二国間通商協定)/ a new agreement about drug control(麻薬取り締まりに関する新協定)/ (a) disagreement with China on the territorial issue(領土問題に関する中国との不一致)

名詞に続くto不定詞や分詞句などの例は次回になります。(To be continued.)