Archive for 9月, 2016

最近、次の学習指導要領改訂を間近に控えて、しきりに四技能のバランスのことが話題になります。文科省によると、最近の高校生は「聞く・読む」に比べて「話す・書く」の学力が格段に劣っているというのです。これは、文科省が先に行った学力調査の結果から問題にしているようです。本稿では、第一に、そういう学力調査の結果についての判断が正しいのかどうかを検討します。第二に、四技能をバランスよく指導するということはどういうことなのか、それは学習段階、教師の指導の仕方、生徒の学び方などによって異なるのではないか、などについて考えます。

日本人の英語学習において、「聞く(聴く)・読む」に比べて「話す・書く」が格段に難しいことは今さら指摘するまでもありません。それは生徒も教師も十分に承知していることです。ですから文科省の学力調査でも、「話す・書く」の成績が「聞く・読む」よりも低いという結果に何も驚くことはありません。文科省が問題にするのは、おそらく、学力調査での「話す・書く」の結果があまりにも無残であったことによるものと思われます。その無残な姿を示す調査が、2014年度に行われた高校3年生約7万人を対象とする四技能別の学力テストでした。これはこの形の調査としては始めてのもので、その結果はおよそ次のような衝撃的なものでした(注1)

「読む」の結果:平均点は129.4(満点320);中学レベル(英検3~5級程度)が全体の72.7%、高校レベル(英検準2級程度)が25.1%「聞く」の結果:平均点は120.3(満点320);中学レベルが75.9%、高校レベルが21.8%「書く」の結果:140点満点で15点以下が55%、うち0点が30%;中学レベルが86.5%、高校レベルが12.8%「話す」の結果:調査校ごとに1クラスの抽出実施で、中学レベルが87.2%、高校レベルが11.1%

以上の数字だけを比較すると、「読む・聞く」が「書く・話す」よりは良い成績であるかのように見えます。しかしこれらを単純に比較することはできません。問題の質も回答形式もまったく違うからです。前者が多肢選択形式で後者は実技テスト(実際に書かせたり話させたりする)です。したがってこの調査の結果は、「読む・聞く」に関しても、けっして楽観を許すものではありません。この結果から「書く・話す」にもっと力を入れるべきだというのが適切な指示であるかどうかは疑問です。「読む・聞く」に関しても、もっと力をつける方策を考えるべきです。

言うまでもなく、四技能の相対的な難易は母語習得と外国語学習では違います。母語話者の場合には、一般に、「聞く・話す」に比べて「読む・書く」の方が難しいと思われます。前者は子どもの頃に自然に習得しますが、後者は学校で学ぶ必要があるからです。昔の小学校は「読み書きそろばん」を教えるところと言われていました。これに対して外国語の場合には、すべての技能を学校で学ぶ必要がありますが、特に「話す」と「書く」がだんぜん難しい。その理由は、「聴く」と「読む」は受容的技能なので、多くの場合はおよそのことが理解できればパスしますが、「話す」と「書く」は理解したものを土台にして自分で発話を作り上げる必要があるからです。後者では発音や語彙や文法の正確さが常に問題になります。そういうわけで、外国語の学びではまず「聞く・読む」で大量のインプットを吸収し、それに続いて(または同時に)「話す・書く」のアウトプット活動をふんだんに行うことが重要です。

ところで英語を学ぶ日本の中学生たちは、日本語についての四技能の基本はすでに習得しています。「聞く・話す」だけでなく、「読む・書く」の基本も習得ずみです(もっとも、小学5,6年の場合にはまだいくらか不安が残りますが)。そこで、英語の読み書きの要領を最初の1年間(現在では中学1年)で会得できれば、「読むこと」の学びは日本語の場合よりもずっと速く進行します。中学2年では、新語の少ない易しいテキストであれば、辞書を使ってなんとか読めるようになります。そこで中学2年の後半くらいからは、授業での学びの順序はおよそ次のようになります。

①まずテキストを読んでその内容を把握する<読む>

②そのテキストのモデル・リーディングを聴く<聴く>

③そのモデルにしたがってクラス全体または個人で音読練習を行う<音読>

④その後にテキストの内容をかいつまんで口頭で言ってみる<話す>

⑤最後にそれをノートに書いてきちんとした文章にする<書く>

この学びの順序から、「読む→聴く→音読→話す→書く」という日本の英語授業に特有の指導手順が編み出されました(注2)。これが従来の中学2、3年から高校までのオーソドックスな順序になっており、現在もこれに従って指導している先生方が多いと思われます。「話す・書く」の技能を重視するからといって、すでに定着しているこの順序を覆すことは容易ではありません。そこでこの順序を保ちながら、同時に「話す」や「書く」の活動をどのように確保するかが、現在の中学・高校における英語授業の最重要課題となっているわけです。

最近の文科省は、その課題を現場の教師たちに委ねるだけでは不十分だと考えているようで、学習指導要領に授業の進め方に踏み込んだ指示をしようとしています。たとえば、前回の高校学習指導要領には「授業は英語で行うことを原則とする」など、従来よりも授業の方法論に踏み込んでいます。次回の学習指導要領では、四技能が有機的につながるような指導を行うように、さらに徹底した指示がなされる可能性があります。現在のものにも「コミュニケーション能力を総合的に育成する」という文言があることから、大学の一部の専門科目が英語でなされるのを受けて、高校でもそれに近い授業を行うように強く勧められることでしょう。しかし先に挙げた高校3年生の学力の実態から、70%以上の生徒が高校での学びから脱落していることが判明しています。学力のある生徒にはもっと背伸びをさせる必要がありますが、そういう生徒たちだけを視野に入れる教育行政はあまりにも一面的であるといわざるを得ません。

高校における残りの70%を超える生徒たちをどうしたらよいのでしょうか。それらの生徒に四技能を総合的に使う訓練をさせることが可能なのでしょうか。先に述べた英語指導の順序からして、その途上にある生徒たちの四技能は必ずしも一様に発達するものではありません。あるときには「聴く・読む」の技能を高める学びに集中させ、あるときは「話す」や「書く」の技能を重点的に指導することが必要になるはずです。生徒の学習の段階に応じて、また生徒の発達の実態に応じて、ある時点でどの技能を強化する必要があるかを判断するのは指導する教師の責任です。そういう事柄についての指導指針を教育現場は必要としているのではないでしょうか。単に、英検準2級取得を目標にして指導せよ、というのでは芸がなさ過ぎます。(次回には以上の考察を踏まえて、「四技能の評価」に関連する問題を検討します。)

(注1)文科省のホームページによると、2014年度に次いで2015年度にも高校3年生約9万人(「話す」はそのうちの約2万2千人)を対象とした調査が行われています。その結果は「読む」の高校レベル以上32.0%、「聞く」26.5%、「書く」17.9%、「話す」11.0%でした。結局、「読む・聞く・書く」についてはいくらか向上したが、「話す」については前年度とほぼ同様でした。文科省は「依然として『書く・話す』に課題がある」としています。

(注2)「読む→聴く」のあとの「音読」は、理解したテキストを「話す→書く」のアウトプット活動につなげるための活動で、おそらく、わが国の長い英語教育の伝統から産み出された日本独特の指導技術です。また後半の「話す→書く」は、その順序を逆にして「書く→話す」の順序で行うこともあります。特に「話す」をクラスの発表活動として行う場合には、話すことの内容をあらかじめメモする時間を与えられると、生徒のプレッシャーが軽減されます。

 < 統計シリーズ (あとがき) 「私の住みたかった社会」 >                 
2016-9-24

アジア・太平洋戦争が終わって71年が過ぎ、戦後生まれの日本人が今年人口の80%を超えた。敗戦の時物心がついていたと思われる4歳以上だった現在75歳以上の人の割合は、12.5%で、間もなく1割を切る。同じ時代を生き、それぞれの方法で反戦・平和を訴えてきた著名人も次々にあの世へ行く。同年齢の小澤昭一や野坂昭如をはじめ、いくつか年下の永六輔、大橋巨泉らも逝った。ひとり100才を超えても頑張っていたむのたけじさんもとうとう去った。むのさんが朝日新聞社を辞めて故郷秋田へ帰り、個人新聞「たいまつ」の発行を始めた頃、私は角館を挟んで隣村に住んでいたので、ジャーナリストとしての大先輩の死はひときわ身に沁みた。むのさんは、つねづね「長生きした者には、戦争を後代に伝える義務がある」と言っていた。

1. 敗戦のショックと価値観の転換

敗戦当時、東京の旧制中学4年生(16歳)だった私は、しばらくして家族の疎開していた秋田の山奥へ行って1年ほど暮らした。それは一面では悲惨な戦争体験からの逃避であり、後から考えると、再出発のための準備期間でもあった。最初は日がな一日、大石沢でヤマメやイワナを追いかけて暮らした。とにかく、道の両側に積まれた累々たる黒焦げの死体や吐き気を催す死臭、一物も残さず平らになってしまった懐かしい我が家の焼け跡と近所一帯の焼野原、街にあふれる戦災孤児や浮浪者、白衣で物乞いする隻腕・隻脚の傷痍軍人、子供を跳ね飛ばしても平気で行ってしまう占領軍のトラック、そしてあのエセ教育者達(中学の教師)の顔から離れたかった。

大石沢は今では渓流魚釣りの名所になっているそうで、半日さかのぼるといくつもの支流があり、初めはヤマメ、やがてイワナが面白いように釣れた。村の人達には熊に気を付けろと注意されたが、どうせ一度は死んだはずの命だと思うと、そんなことは全く気にならなかった。帰って魚をさばいて近所に配ったりすると、疲れてすぐ寝てしまい朝は4時起きだから、一日遅れで配達される新聞はほとんど読んだことがなかったし、占領軍の厳しい言論統制の下で民主とか平和の文字が躍る記事は読みたくもなかった。頭の中は”いつか必ずニューヨークに原爆を投下してやる“といった鬼畜米英への復讐心が渦巻いていたからだ。唯一記憶に残っているのは、後になって古新聞をひっくり返しているうちに目に入った天皇がマッカーサーに会いに行った時の写真である。勲章を胸いっぱいにつけた大元帥服の威圧するような御真影しか見ていなかった私には、腰に手を当ててリラックスしているマッカさーの横で直立不動の姿勢をとる天皇の姿が哀しかった。天皇さえこうなるんだから、中学の教師たちが豹変したのも仕方ないのかなと思った。

戦争中は「天皇陛下」という言葉が聞こえるや否や直立不動の姿勢をとらないと、怒鳴られたり、向う脛を蹴り上げられたり、挙句の果ては“非国民・国賊”として憲兵隊へ突き出すと脅された。その天皇陛下本人が、新たな権力者の前で直立不動の姿勢をとっているのを見て、この人を神と敬い、命を捧げようとしたのか思うと、騙された悔しさとは別になにか悲しかった。多分その時、もの心ついて以来、長上には絶対服従と教えられ、何の疑いもなくそれに従ってきた私の中に、権威とか権力に対する疑問が芽生えたのではないかと思う。

2か月か3か月遊びほうけているうちに、私の頭はカラになって行ったたようで、やがて、これからどうしたらよいのか考えなければならないと思うようになった。だが、中学2年生で勤労動員に駆り出されて以来、疎開工事、防空壕掘り、そして軍需工場で研磨工として働いていて、なんにも勉強していないのだから、考えるにしても、判断するにしても土台になるものがなく、頭の中は空回りするばかりであった。渓流釣りを休んで、2~3か月、手間賃稼ぎの肉体労働をしながら、時間があれば檜木内川の土手に寝転んで空の雲を眺めて暮らす日が続いた。やっと、これからどうするにしても、もう少し勉強しなければ話にならないと自覚し、がむしゃらに自己流の受験勉強をして東京へ帰った。一年ぶりの東京はひどい食糧難で闇市が跋扈しており、私もたちまち食料を得るための生存競争、つまり”買い出し“に巻き込まれていった。

敗戦の年は空襲と冷害で大凶作であったし、外国からの食糧輸入は途絶したから、翌1946年は空前の食糧不足に襲われた。この年の5月“コメよこせデモ”が「朕はたらふく食っている。汝臣民飢えて死ね」というプラカードを掲げて宮城(皇居)へ押しかけ、マッカサーは”暴徒”の取り締まりを命令した。政府はマッカーサー司令部に300万トンの食糧緊急輸入を請願し、国会ではこの請願と新憲法が同時に審議されていた。国民が生きるか死ぬかの食糧危機に見舞われている中で、アメリカ製の新憲法が公布された。国民の大多数がそんなものに関心を示さなかったのは当然だろう。日本国憲法が、国民の関心とは無縁のところで、しかも占領軍の言論統制の下で、どさくさまぎれに公布、施行されたのは紛れもない事実であり、私も”象徴天皇?なんのこっちゃ?”と思った程度で、憲法に関心を持つようになったのはもうすこし後のことであった。

東京高等師範学校の英語科に入ったものの、主たる講義の英米文学のテキストは高尚すぎて全く肌に合わず、アルバイトと柔道に明け暮れるうちに、多分、人生の転機となった二つの出会いを体験することになった。

ひとつは、アメリカ文化センタ―の英書によって、国連創設のダンバートン・オークス会議を知ったことである。二つの大戦がもたらした惨禍と、再び戦争をくり返さないために英知を結集しようと必死に努力した人達の情熱に深い感銘を受け、不倶戴天の敵だと思っていたアメリカ人やアメリカの価値観を学ばねばならないと思うようになった。それはやがて「自由・公正・人権」の尊重という思想に収斂し、身に沁みついた修身教育とその根底をなす皇国史観からなんとか脱却しえたのだと思う。その中で、日本国憲法が、様々な問題はあるにせよ、国連憲章の精神を忠実に具体化しようとしたものであることを知った。

もうひとつは、一般教養の講義を受けた日本史の家永三郎教授の信念と人柄に惹かれたことである。「過去を学ばなければ現在は理解できない。現在を理解できなければ未来を語ることはできない。未来に生きる生徒を教える教師になる諸君は、しっかりと歴史を学んでください」という家永教授の言葉が、
かつて皇国史観を講義し多くの若者を戦場へ送った歴史学者としての悔恨の上に立つものであることが、伝わってきた。その後、家永先生は、文部省の教科書検定に反対し、30年以上にわたって国家権力と戦った。「教科書の検定は、憲法で禁じられた検閲であり、国家権力による国民の思想統制の最初にして最大の試みである」という先生の主張の正しさは、現在までの歴史によって証明されている。

個人的には、私が都電の吊革につかまる先生の白く華奢な腕を見て「鞄を持ちます」と声をかけた時「結構ですよ。柔道をやっているんですか。頑張ってください」と道着を見てほほ笑んだ眼鏡の奥の優しい目が忘れられない。戦争中は強さや大和魂が男にとって最高の美徳であると教えられて育ったが、事実によって、それが空虚な強がりに過ぎないことを知ってしまった私にとって、優しさこそ人間として最も大切なものあり、他者に対する優しさがあれば戦争は起きないということを家永先生によって教えられた。決して頑健そうには見えなかった家永先生が自由主義者としての信念を貫いた生涯を私は何物にも代えがたい、人生最高の教訓であると考えている。(M)

* 仕事の都合により、私の投稿は今年いっぱい休載させていただき、来年
  1月末に再開します。次回は < あとがき「私が住みたかった社会」 2 >  を 1月28日(土)に投稿する予定です。

       

近年のわが国における英語教育の悲劇は、コミュニケーション能力育成の名の下に、英語をコミュニケーションの手段として使ったことも、教わったこともない教師が英語を教えていることに原因があります。たしかに中学・高校で英語を教える専任教員(特に若い人)の多くは、英語コミュニケーションの経験が全くないわけではないでしょう。学生時代に英語のネイティブ・スピーカーの授業に出たり、海外での英語研修プログラムに参加したりする機会が増えました。しかし留学でもしない限り、自由に英語を使える人は少ないしょう。英検準1級やTOEIC 730のレベルに達している人はいますが、それでは十分ではありません。ですから高校の「英語コミュニケーション」などという教科を教える自信のある人などめったにいないのです。

そもそもコミュニケーションというのは教えることができるものなのでしょうか。たしかに、言語はすべてコミュニケーションの手段として重要な役割を果たしています。人間から言語を取り去ったら、人間らしいコミュニケーションは不能になります。しかし私たちは日本語によるコミュニケーションの仕方を誰かから教わって出来るようになったのでしょうか。教えたのは親でしょうか、学校の教師たちでしょうか、それとも子どもの頃に付き合った友人たちでしょうか。あるいは、それらすべての人たちなのでしょうか。最近の英語教育は、英語のコミュニケーション能力は学校で教えることが出来るという前提で行われているようです。しかし、それは本当に正しいのでしょうか。特に、最初からコミュニケーションを重視する指導は、言語習得の原則からして、間違っているのではないでしょうか。

人間の母語の獲得は、かつてチョムスキーが喝破したように、私たちが生まれながらに所有している、人間に特有の言語獲得能力によるものです。それによって言語の核心部分を習得した上で、コミュニケーションという社会的能力を言語使用の経験を通して身に付けてきたと考えられます。そうだとすれば、外国語教育もそのようにするのが、より自然なコミュニケーションの獲得方法なのではないでしょうか。つまり、まず学習初期において、その言語の核心部分(音韻体系、書記体系、語彙、文法規則などの基本)を学び、そこである程度の基礎が出来上がってから、その言語を用いてのコミュニケーション練習に取り組むのです。学習者は日本語のコミュニケーション能力をすでに獲得しているのですから、外国語の習得は母語のそれよりもはるかに容易なはずです。言語の習得は急がば回れです。今の日本の英語教育はあまりにも性急に過ぎるように思われます。

子どもが最初に自分の言語の核心部分の獲得に集中することは、母語獲得の詳細な研究から明らかになっています。子どもは他の人々とのコミュニケーションを行う以前に、ある期間(最初の2年間くらい)周りの人々の言語に耳をすませてそれをインテイクすることに集中するのです。もちろん、自分の言語を発するようになると、他の人々とのコミュニケーションに関心を示すことも知られています。しかしそれは大人がいうコミュニケーションとは異なり、あくまでも子ども自身の言語づくりが中心なのです。子どもの目的は、相手と交渉するというよりも、自分自身の言語システムを形成するのを助けるためのコミュニケーション活動です。そう考えると、外国語である英語の習得においても、まず自己のうちに英語という言語の基本的システムをつくり上げることに集中するのが正しい学び方であると考えられるのです。

近年の世界における英語力育成の流れがコミュニケーションに傾いていることは確かです。しかし日本の最近の英語教育政策は極端に走りすぎています。それは、筆者の見るところ、大学における実験的試行をモデルにしているために起こっています。実際に文科省の英語教育政策の推進力となっているのは、達意な英語の使い手で、英語教育にこの人ありと目されている高名な大学教授たちです。また、その人たちが考案し試行しているプロジェクトです。たとえば上智大学は、日本英語検定協会と共同でTEAP(Test of English for Academic Purposes)という英語テストを開発しました。それは宣伝によると、大学や留学先での学習・研究に必要とされる場面を想定した英語力(英語で資料や文献を読む、英語で講義を受ける、英語で意見を述べる、英語で文章を書くなど)を、4つの技能別に正確に測定することができ、その成績表には、現在の英語力でどのようなことができるかという目安(CAN-DOリスト)も記されています。そういうものを参考にするのは結構なことですが、それを中高の英語教育に逆算的に適用しようとするのは感心しません。

こういう大学における先導的な試みを中学や高校の教育に適用しようとすれば、中高の教員たちが自分たちにはついていけないと感じるのは当然のことです。彼らの教えている中学生や高校生のすべてが将来留学するわけではないし、大学の授業において英語で議論をする必要を感じているわけでもありません。より多くの生徒たちは、英語の学びはある程度必要だとしても、いつまでも英語だけに関わっているわけにはいかない、英語以外にもっとすることがたくさんあるというのが正直な気持ちではないかと思います。教育行政に携わる人たちは、そういう普通の人たちの教育のことをもっと真剣に考えるべきではないでしょうか。

文科省が英語教育を改革しようとしている実態が筆者にもようやく見えてきました。先日発行された『英語教育10月号』(大修館書店)に、今回の文科省における英語教育改革立案者の一人であった「元文科省英語教育改革プロジェクトマネージャー」と称する人とのインタビュー記事が載っています。その人は楽天の社内公用語英語化プロジェクトにかかわった人で、2014年から2年間だけ文科省に出向し、英語教育改革推進のためのプロジェクトに参加した後、また今年楽天に戻った人だそうです。このような、いわば教育の素人である企業人が今回の学習指導要領の改訂に直接かかわっていたとは、まったく驚いたことです。英語教育改善のために企業人の意見を参考にするのは悪いことではありませんが、そういう人を文科省に迎え入れて学習指導要領の作成に深くかかわらせるとは、まったく嘆かわしいことです。

そして現在の時点で最大の問題となるのは小学校における英語の教科化です。そこでもまた「コミュニケーション」が強調されることになるのでしょう。新しい学習指導要領の実施は2020年にスタートしますから、それに東京オリンピックを利用しようという意図が見え見えです。外国人と英語で挨拶ができ、簡単な道案内ができるようにしよう、などと考える人もいるのかもしれません。しかし筆者が再々説いてきたように、言語の習得は初めが肝心です。挨拶や道案内が英語教育の目標にはなり得ません。しっかりとした英語学習の基礎がそこでつくられる必要があります。小学校の英語は、コミュニケーション教育に先立って、子どもたちが真にどのような学びを必要としているかが問われなければなりまぜん。いい加減な見切り発車は決して許されません。

次の学習指導要領改訂で、2020年度から小学3,4年で「外国語活動」が始まり、小学5,6年生では「外国語」が教科として教えられることになるようです。「外国語」は実質的に「英語」ですから、小学3年から英語が教えられることになります。しかしこのプランをめぐっては、前回にも述べたように、現時点では解決の難しい大きな問題がいくつも横たわっています。特にこの実施の成否の鍵をにぎっているのは、小学5,6年の英語を担当する専門教員確保の問題と、小学校から中学校に繋がる一貫した英語カリキュラム策定の問題です。文科省はこれら2つの問題を解決できる具体的なプランを持っているのか、今すぐ解決できなくても、近い将来に確実に解決できる実施プランを持っているのか、それがいちばん知りたいところです。

本稿では、上に挙げた二つの問題のうちの後者、すなわち「小学英語のカリキュラムをどのように策定するか」の問題を中心に考察を進めて行きます。文科省は、ちょうど今「教育課程審議会」やその専門部会で、学習指導要領の原案を作成中だと思われます。そこではどんな議論がなされているのかは知りませんが、英語教育に関しては、最初に小中一貫したカリキュラムの必要性が議論されるはずです。なお、学習指導要領はカリキュラムそのものではなく、各学校がそれぞれのカリキュラムを編成する際に、その基準となるものを示したものです。

さて、ここでわれわれが問題にしている「小中一貫の英語カリキュラム」に関して、まず小学校と中学校の指導の区切りをどのように考えればよいのかを考えます。まず語彙の問題から始めます。小中高で指導すべき語彙数については、すでに文科省から公表されています。それぞれの指導語彙数は次のようです。

*小学校:600~700語

*中学校:1,600~1,800語

*高校:1,800~2,500語

*小学校から高校までの総計:4,000~5,000語

上の表を見て最初に筆者が感じたのは、これの原案作成者にはまず高校卒業までの5,000語という目標語彙数が存在し、それを小中高に適当に配分したのではないかということでした。古くから、英語の読み書きの基本は5,000語の習得が必要であり、大学受験には少なくともそのくらいの語彙力を持たなくては競争率の高い大学には受からないと言われてきました。それはいわば受験指導の定説となっていた数字です。そしてこの指導語彙数は、「ゆとり教育」が始まった1977年の学習指導要領改訂において大幅に削減され、大学入試に関わる教師たちの間でも議論になっていた問題でした。「ゆとり教育」のピーク時の改訂(1998年)では、高校までの指導語彙数が2,700にまで削減されていたのです。これが「ゆとり教育」の見直しによって、以前のレベルに戻ったということです。

今回指定された指導語彙数に関して議論になるとすれば、まず小学校における600~700語が適切かどうかということが議論されるでしょう(韓国では3~6学年で「450語以内」となっている)。文科省はその疑問に対して納得のいく説明ができるように準備をしていることでしょう。しかしそれが専門家に対してだけではなく、小学校で英語を担当するすべての教員にも理解を得させるものでなくてはなりません。また同時に、限られた時間でそれだけ多くの語をどのように、またどの程度まで指導するかについても、しっかりと議論される必要があります。細かな指導方法を学習指導要領に規定する必要はありませんが、指導ガイドなどで、語はさまざまな顔を持っていること(話し言葉としての語彙、書き言葉としての語彙、認知語彙としての語彙、また発表語彙としての語彙など)を丁寧に説明する必要があります。後で述べるように、英語学習初期の小学生たちは日本語と異質な英語の音声や文字に慣れ親しむという難しい課題に直面するだけに、まだ日本語の書記体系の習熟期にある子どもたちに、ここで過大な重荷を負わすことのないよう、十分な配慮が必要です。

次に文法事項についてはどうなるのでしょうか。現在の中学校学習指導要領には文法事項が相当のスペースを取って細々と書かれています。その一部を小学校に移行することは、筆者の見るところ、まったく不可能であるように思われます。無理に分割しようとすれば混乱が起きることは必須です。そこで「文法事項」については、小学校の学習指導要領ではいっさい触れないよう筆者は提案します。英語初期の学習指導には文法事項(とくに文法用語を使った文型の記述など)の記述は必要ありません。教科書を作成する際にも必要ありません。したがって、文法に関しては、たとえば「単純な構造を持つフレーズやセンテンスを扱い、英語に特有な基本構造が自然に身に付くようにする」のような記述がよいと考えます。なお参考までに韓国の初等学校英語の教育課程を見ると、単一文章の長さを3・4年生で7語以内、5・6年生で9語以内としています。これはおそらく子どもの記憶域を考慮した経験的観察データに基づくものと考えられます。そうでならば、ある程度説得力があります。

文法事項などよりも、英語学習初期に子どもたちにとっての難関は、英語の音声と文字の習得です。まず音声についての難関は、小学5、6年の子どもたちがモデル音をそのまま真似て正しい英語音を形成することができなくなることにあります。彼らの脳の中にはすでに日本語の音韻体系がしっかりとインプットされていて、他の言語音を聞いてもそのまま受け入れることができないのです。彼らは常に母語である日本語の音韻体系を基準にして英語音を聞き分けます。つまり、耳から入る英語音を、脳の中に存在する日本語の音韻フィルターを通して聞くわけです。したがって、模倣と反復だけでは、英語音声の習得はほとんど不可能なのです。英語入門期を担当する教師は、日本語と英語の音韻体系の違いに関する十分な知識と共に、それを利用しての実際的な指導技術をしっかりと身に付けている必要があります。

次に文字の指導はどうでしょうか。英語はラテン文字(ローマ字)を使って表記します。それらは古代ローマ人が使った文字で、基本的に音表文字です。ですからラテン語から派生した現代イタリア語やスペイン語の音声にはそのまま当てはまるのですが、そうではない英語では音と文字が必ずしも1対1に対応していません。このことが英語の文字の学習を難しくしています。アメリカの学校ではしばしばディスレクシア(dyslexia読み書き障害)が話題になります(注)。ある調査によると、アメリカ人の約10パーセントが読み書きに関して何らかの障害を持っているといいます。日本でも小学生全員が英語の読み書きを学ぶことになると、ディスクレシアが顕在化することも考えられます。こういうことに無知な教師が小学生に英語を教えることに恐怖をすら感じます。ここで文字の学習に躓いた子どもたちをどうするかは、あらかじめ対策を考えておく必要があります。日本人にはディスクレシアは関係ないとするのは、あまりにも楽観的にすぎます。

(注)「ディスレクシア」は学習障害の一つで、とくに読むことと書くことにおける困難を示す障害のこと。病理学では「失読症」あるいは「難読症」といわれる。事故や病気などによって現れる後天的な障害と、生まれつきの特性によって生じる障害とがある。なぜこのような障害が生じるのかについてはまだ完全には解明されていないが、最近は脳機能の何かの障害によると考える人が多い。言語を読み書きする活動は、聞き話す活動にくらべ、より多くの脳部位の活性化を必要としており、そのプロセスは非常に複雑なものである。(参考:『改訂版 英語教育用語辞典』大修館書店2009)