Archive for 10月 16th, 2012

コミュニケーション能力を育成する任務を負わされて、現代日本の英語教師はいくつかの実際的問題に直面します。最大の問題は、学校教師の多くが英語によるコミュニケーションを指導された経験がなく、指導した経験もないということです。1998年・1999年の学習指導要領改訂において、中学・高校の英語科目標が「聞くことや話すことなどの実践的コミュニケーション能力を養う」とされたとき、英語教育界が大きく動揺したことを思い出します。もちろんこの趣旨に賛成の人もいました。筆者が当時理事長をしていた財団法人・語学教育研究所(語研)はこの目標を歓迎しました。それこそが、語研の長年主張してきたものだったからです。しかし現場の多くの教師たちは、そんな目標を本当に達成できると文部省は考えているのか?という感じだったようです。彼らはそのような教育を受けた経験がなく、どのようにして聞くこと・話すことを教えたらよいかを知らなかったからです。

 中学校では、語研が以前から提唱していた「オーラル・メソッド」や、第二次大戦後にアメリカからやって来た「オーラル・アプローチ」または「オーディオリンガル・メソッド」の考え方と指導法がかなり普及しており、戦前の旧制中学校で行われていた「文法訳読法」をそのまま踏襲している教師は、皆無ではありませんが、もはや少数派になっていました。中学校用検定教科書の本文にも対話や会話が多く取り入れられ、中学生に身近な生活について問答したり話し合ったりするテキストが増えていました。そういうわけで、これからの英語教育の目標は「聞くことや話すことなどの実践的コミュニケーション能力を養う」ことだと文部省が宣言したと聞いて、さほど驚く教師はなかったでしょうし、むしろこの目標を歓迎した教師が多かったと思われます。なぜなら、中学校教師が生徒の学習指導に苦労するのは、聞き話すことよりも、英語の読み書きの指導だからです。

 一方、高校の多くの教師たちは「聞くこと・話すこと」を強調するこの目標に違和感を持ちました。卒業生の大部分が就職する高校では、この新しい目標が歓迎されました。しかし卒業生の大部分が大学進学を希望する高校では、これはたいへん困った目標でした。なぜなら、生徒も教師も大学入試を意識せずに英語を学び教えることは不可能だからです。そしてその入試問題は、いまだにリーディングを中心としたペーパーテストだからです。大学に進学したい生徒は、何を置いても、英語が読めるようにならなければならないのです。このことは生徒だけでなく、教師にとっても無視することのできないプレッシャーとなります。「聞くことや話すことなどの実践的コミュニケーション能力を養う」だと?「ふざけるな!」というのが彼らの本当の気持だったのではないかと想像されます。

 そういうわけで、1999年に改訂(2003年4月から実施)された高校学習指導要領は、まさに世紀末的様相を現場に生み出しました。その混乱は「オーラル・コミュニケ—ション」という科目の扱いに見られます。「オーラル・コミュニケーションA・B・C」(略して「OCA・OCB・OCC」)という3つの科目が新設されたのは1989年の学習指導要領でしたが、その中のOCCは多くの高校において「OCG」に変化しました。「OCG」とは「オーラル・コミュニケーション」の名において行われるGRAMMARの授業のことです。1999年の改訂によって、それらの科目は「オーラル・コミュニケーションⅠ・Ⅱ」に変更されましたが、実態は変わりませんでした。「OCⅡ」はほとんどの高校で「OCG」に変化しました。その証拠は「オーラル・コミュニケーションⅡ」の検定教科書の発行点数がきわめて僅少であったことに見られます。文科省もそういう実態に気づいたのでしょう。こんど改訂された学習指導要領では、「オーラル・コミュニケーション」という科目そのものが消えました。

 このようにして高校の「オーラル・コミュニケーション」の授業は、この20年間きわめて異常な状況を生み出しました。文科省はおそらく公には認めないでしょうが、この科目の設定は明らかに失敗でした。こんどの改訂では(高校での実施は来年4月から)、「聞くことや話すことなどの実践的コミュニケーションの能力を養う」という目標そのものが、「聞くこと、話すこと、読むこと、書くことなどのコミュニケーション能力を養う」という穏健な文言に変えられました。しかしこんども新たな火種があります。新しい科目として「英語表現Ⅰ・Ⅱ」が入ったことです。一部の高校教師から聞いたところでは、これらの科目は実質的に「グラマー」の授業に変化するだろうということです。文科省と高校現場の乖離はまた新たな混乱を生みそうです。そしてそのことは、高校生たちの英語学習に少なからぬ影響を与えることになります。(To be continued.)