Archive for 5月 23rd, 2015

蟷螂の斧 ⑦ < メディアのいつか来た道 >

1. 翌朝の社説に思う                 

 安倍首相のアメリカ議会での演説の翌朝、私は、近くの駅で、朝日、毎日、読売、日経、産経、東京それに地元紙の神奈川新聞の朝刊を買ってきた。各紙の受け止め方、特に社説が、昨日の演説の中で私が前回のブログで問題だと指摘した”安保法制を今年の夏までに成立させる“と約束した点について、どのように論評しているかを知りたいと思ったからだ。

 翌朝の社説で、首相の議会演説を取り上げたのは、朝日、読売、日経、産経の4紙で、毎日は「大学病院の処分」「NHKクロ現」の2本立て、東京は「憲法を考える」、神奈川新聞には社説とおぼしき欄はなかった。

 驚いたことに、”夏までに成立“の問題に触れていたのは朝日新聞と産経新聞の社説だけで、朝日の社説は「痛みによりそう言葉を」という見出しで、「国会審議が始まってもいない安保法制の”成就”を約束する前に、沖縄県民への謝意や思いやりを米国民と分かち合おうという気持ちは、我が国の指導者にはなかったのだろうか」と述べ、産経の社説は「大きな約束には裏付けも必要だ。首相は安保法案を夏までに成立させることを表明した。法案が整う前から、他国へそういう約束をすることへの批判が日本国内にあるが、首相は国民の理解を得ながら、断固として信念を貫いてほしい」とエールを送っている。つまり、この発言を真っ向から批判する社説は、全く見当たらなかったのである。

 安倍首相の議会演説についての本記は、既に前日の夕刊に報じられているから、朝刊では、各紙ともかなりのスペースを割いて評価を載せており、朝日、毎日、東京は、中国や韓国の反応を中心に評価が分かれていると伝え、読売、日経、産経は演説を高く評価している。そして、”夏までに成立させる”と述べた点については、自前の記事は全く見当たらず、野党が一斉に反発しているとして、野党に語らせているのだ。

 新聞が言論機関であるならば、国の根幹にかかわる重要な問題については、社説で新聞社としての態度を表明すべきだろう。この点はNHKについては異なる。NHKは報道機関であって、言論機関ではない。したがって、意見の対立する個々の問題につてNHKとしての態度を表明することは放送法や国内番組基準によって事実上禁じられている。もちろん、それでも、工夫すればできないことはない。 翌朝の「社会の見方・私の視点」では、政府の21世紀懇談会の委員である同志社大学長が、安倍演説を礼賛したが、次の日には福山大学教授が、国民無視、国会軽視については、明確に批判していた。

 私は新聞の社説がどのような手順で書きあげられるのかよく知らないが、それを推測する手がかりはある。前にも引用したことがある丸谷才一の長編小説「女ざかり」である。この小説は、ある大新聞社の新任のMという女性論説委員の”筆禍”事件を取り上げたもので、新社屋の敷地の獲得で政府の世話になったこの新聞社の社長は、この論説委員をクビにすることで決着をはかろうとする。この新聞社で論説のテーマを決める手順は次のように描かれている。

 論説委員長が「では早速で恐れ入りますが、明日の社説は新任の方にお願いしましょうか。第一論説はU君、第二論説はMさん」と執筆者を指名する。Uが「書くこと用意してないですよ」と言うと、委員長と副委員長がどうやら示し合わせてあったらしく、「選挙違反なんかどうだろう。今月は地方選挙も多いし・・・みんなが手伝うから」と決められてしまった。手伝うというのつまり放談することで、
それから約1時間、論説委員たちは選挙違反について、いろいろのゴシップ、支局勤めの時の体験談、どこかの大学教授の受け売りらしい政治言論的考察、評論家から仕入れた警句、政局展望など多種多様な意見を語り合い、談笑し、Uはそれをせっせと書きとめた。やがて誰かが言った冗談に大笑いした委員長が、「ま、こういうのを参考にして、自分の意見を中心にしてまとめるんだよ。U君」と言った時この件は終わった。これを読んで、某大新聞の論説委員は、「これはわが社のことのようだが、よく取材しているなア」と感心したそうだから、社説の論題は大たいこういう風に決まるのだろう。

 だとすれば、安倍首相の米議会演説での国民無視、国会軽視の発言が話題にならなかったはずはないだろう。しかし、大方の新聞の社説は、そればネグった。何故なのか。取り上げるほどの問題だとは考えなかったのか。或いは、政府側との真っ向からの対決をさけたのか、または、政府広報紙と揶揄される新聞のように、首相や官房長官の「成立の時期を明確にするのは当然」という理屈に同調したのか。各紙とも、紙面の他のところで、この発言に対する野党の反発をかなり大きく伝えているから、問題意識はあったはずだ。

 アメリカ議会での演説の後、安倍首相は、対米言質について、内閣記者会との会見と、「安保法制」に関する法案の国会提出に当たっての趣旨説明で、「今まで通常国会で成立させると何回も言ってきた。それをアメリカ議会で繰り返しただけだ。」と述べて正当化し、国民には国会を通じて十分説明すると述べた。これはまさに語るに落ちたというべき詭弁であり、こんなことが許されるなら、国民主権も、3権分立もあってなきものとなる。国民はどうしてもっと怒らないのだろうか。

 ところで、安倍首相は演説を通じて日米の一体化を強調し、最後に“日米の希望の同盟は、一緒なら必ずできる”と結んだ。私はこの演説を聞いていて、彼の政策の根底にある「戦後レジームからの脱却」とどう結びつくのかと考えざるを得なかった。日本の「戦後レジーム」は、憲法をはじめ、財閥解体、農地改革、労働3法の制定など国の要となるレジームは、事実上ほとんどがアメリカ占領軍によってつくられたものだ。そこから脱却することと、アメリカと一体化することが、どこでどう結びつくのか。その上、先日の党首討論では、日本の戦後を規定したわずか13条の「ポツダム宣言」さえ、よく読んでいないと公言した。戦後日本の出発点である「ポツダム宣言」を本当によく知らないのであれば、どこから脱却してどこへむかうというのだろうか。(M)

< 参考書籍等 >

* 安倍首相のアメリカ議会演説  ユーチューブ
* 2015-5-1  各紙朝刊
* 放送法  
* NHK国内番組基準
* ポツダム宣言
* 女ざかり : 丸谷才一  文春文庫

○  次回は <メディアのいつか来た道> 2.メディアが煽った戦争への道 (6月6日)