Archive for 3月 14th, 2016

教師が授業で英語を使って生徒とインタラクション(interaction やりとり)を行うためには、訓練された特別な英語運用力が必要です。それは英語の母語話者と普通に対話や会話をする能力・技能とは異なります。分かりやすい英語を使って、話すことに慣れていない生徒を対話に導き、同時に、正しい言語形式にも気づかせるという、真に教育的な目的を持った対話技能です。教師がこれを身につけるためには、基本的なスピーキング能力に加えて、生徒との対話をどのように進めるかについての基本的な知識と実践経験が必要です。したがって、英語教師に求められる英語力は、英検あるいはTOEFL、TOEICの点数で測れるものではありません。

もちろん、すべての英語教師はある程度の英語力を必要とします。英語がまったく使えない人が、学校で英語を教えることは考えられません(注1)。しかし先に述べたように、教師の英語力と言っても、それは普通の人の言う英語力とは違うものです。もし普通に言われる英語力が教師の英語力と同じものならば、英語力を持っている人は誰でも英語の教師になれるはずです。極端に言えば、最良の英語教師は英語のネイティブ・スピーカーだということになります。しかし普通のネイティブ・スピーカーが日本人に英語を教えてもうまくいきません。たとい英語を教えることに興味のあるネイティブ・スピーカーであっても、日本人に教えるための特別な学びと実地訓練を経験しなければ、独りでは教えられないのです。

文科省は本年2月27日、大学の教職課程で身につけるべき能力や、そのための授業内容などの指針となるコアカリキュラム案を公表しました(注2)。それによると、特に中学校と高校の教員には、英検準1級程度の英語力を持たせることをめざすと言います。筆者はそれを知って、教師に求められる英語力がそんなものでよいのかどうか、大いに疑問を感じました。英検準1級(またはTOEFL 550、TOEIC 730)が英語教員の英語力に直接関連があるとは思えないからです。教師はそういうテストを目標にするよりも、英語を使って生徒と活発なインタラクションやディスカッションをする授業経験のほうがはるかに重要です。

では、授業で生徒と活発なインタラクションを行うためには、教師は何をしたらよいでしょうか。それにはまず、自分自身の授業を客観的に眺めてみることが必要です。自分の授業をビデオに撮って分析するのです。そうすれば、自分が生徒と行ったインタラクションを客観的に観察し、評価することが可能になります(注3)。ただし授業中の教師と生徒の行動を評価するためには、いくつかの評価観点を設定する必要があります。特に大切なことを以下にまとめます。

第一に、授業における教師と生徒のインタラクションは、学校の教室という人工的な状況で行われる対話であることを認識することが重要です。それは日常会話がなされる状況とは違います。教師が指導し生徒がそれに応じるという特殊なシチュエーションです。実際には、教師が質問し生徒が教師に応答する、あるいは、生徒が質問し教師がそれに応答するという形のやりとりが主な活動になります。そういう状況の中で、教師は常に生徒の発言を励ますように気を配らなくてはなりません。生徒がうまく反応できないときには即座に助け船を出し、うまくできたときには短い言葉( “Good!” など)、またはちょっとした表情や仕草で、そのことを当該生徒に伝えることが必要です。

第二に、教室での授業という状況から、教師がそこで用いる言語はややフォーマルなものにならざるを得ません。もしネイティブ・スピーカーがそこにいて聞いていたら、教師の英語には不自然なものがあると指摘するかもしれません。しかしそのようなことは気にしてはなりません。クラスは英語を外国語として学ぶ日本人のものですから、ネイティブ・スピーカーの英語を目標にする必要はないのです。多少不自然な英語であっても、それが世界で広く通用する英語であればよいと考えるべきです。

もう一つ大事なのは、インタラクションを行っているときには、生徒の誤りをやたらに訂正しないことです。指導している教師は日本人ですから、教師自身もしばしば誤りをおかします。もし生徒が語彙や文法の誤りのために意味不明な発言をしたときには、教師はその意味を確認し、それを正しい形に言い直してあげるとよいでしょう。そうすれば生徒は傷つかず、自分の誤りに気づくチャンスが与えられます。とにかくインタラクションをスムーズに進行させるためには、少々の言語的な誤りには目をつむり、内容を伝えることに意識を集中できるようにすることが大切です。英語教師はこのような難しい仕事に従事しているのですから、英検やTOEFLなどのテストを気にするよりも、授業において英語を思うように使うことのできる英語力を磨くことに専念すべきなのです。

(注1)残念ながら(と言うよりも恐ろしいことに)、現在の小学校では、英語をほとんど使えない、また使った経験のない教師も、「外国語活動」の授業で英語を教えることがきるのです! 前回(2008年3月)文部科学大臣の名で告示された『小学校学習指導要領』の「外国語活動」には、授業の担当に関して次のような記述があります。

「指導計画の作成や授業の実施については、学級担任の教師又は外国語活動を担当する教師が行うこととし、授業の実施に当たっては、ネイティブ・スピーカーの活用に努めるとともに、地域の実態に応じて、外国語に堪能な人々の協力を得るなど、指導体制を充実すること。」

上の規定により、適当な英語指導の専門家を得られない多くの小学校は、やむを得ず学級担任に「外国語活動」を担当させています。適切な教員養成を怠って小学校での英語教育を無理やり推進しようとする文科省のやり方には、開いた口が塞がりません。

(注2)2014年度の文科省調査によると、英検準1級程度以上の現職教員は公立中学校で28.8%、公立高校で55.4%でした。これは2017年度に中学校で50%、高校で75%にするという国の目標を大きく下回っていたとのこと。そこで文科省は、これまで手を付けていなかった大学教職課程の改善に乗り出し、2018年度にも大学教職課程全体を見直したい考えで、再認定の際には、大学が文科省作成の「コアカリキュラム」に沿った教育課程編成をしているかどうかを審査することになります。なお今回公表されたコアカリキュラム案には、「英語を使った討論や論述のほか、英語で生徒とやりとりする模擬授業などを経験させること」も想定されているようです。(朝日新聞記事「英語教員に英語力を」による)

(注3)授業中の教師と生徒のやり取りを記録し分析することを “interaction analysis” または「授業分析」と呼び、1970年頃から盛んに行われるようになりました。筆者もかつてそのような研究を本にまとめたことがあり、その方法論は現在も通用すると考えています(土屋澄男著『英語教育ノウハウ講座2 教え方の評価』開隆堂1983)。なお授業分析は担当者一人で行うよりも、学校の同僚や研究会のメンバーなどと議論しながら行うと、客観性がいっそう高まります。