Archive for 12月 2nd, 2017

          

 < 桐英会ブログ投稿終了にあたっての御挨拶 >

 桐英会ブログの投稿者として健筆をふるってきた土屋澄男君が、去る11月5日不慮の事故により急逝されました。浅野博君に続く土屋君の逝去により、桐英会ブログの投稿メンバーは、私一人となったため、桐英会ブログとしての存続は維持出来なくなりましたので、私の投稿も本稿をもって終了することにいたします。7年有余にわたるご愛読に厚く御礼申し上げます。
 
 また、ブログ管理者として常に激励してくれた田崎清忠君、裏方として支えてくれた御子息譲治さん、本当に有難うございました。

 この国は今、戦争に巻き込まれるかどうかの瀬戸際に立っていると思われます。先日の予算委員会審議で、安倍首相は与党議員の北朝鮮対策についての質問に答えて「東京が攻撃された時のために、実践的な避難訓練を考えねばならない」と答えました。これを聞いて、私はいやでも、空襲警報が鳴り響く真夜中に、防空壕に飛び込んで、近づいて来るB-52の爆音に息をひそめた戦争中の日々を思い起こさずにはおられませんでした。数知れぬ犠牲の上に不戦を誓ったこの国が、とうとうこんなところまで来てしまったのかという無念の思いにかられます。

 北朝鮮の核武装にどう対応していくのか。国民は難しい選択を迫られることになるでしょう。前回の投稿の末尾で、私の安全保障論について稿を改めて詳述することをお約束しましたが、果たせなくなりました。人生最後の本として現在執筆中の「戦争を知らない人たちへの遺言状」の中で、この国の未来を考えていただく一つの参考として私の提案を詳述したいと考えております。

                   2017-12-2
                               松山 薫

< 社説 読みくらべ 10. 最終回 >

社説よみくらべ 10.日馬富士引退

 横綱日馬富士が、平幕力士貴ノ岩への暴力行為の責任を問われて11月29日に引退した。これを受けて11月30日、12月1日、大手5紙と幾つかのブロック紙、地方紙が社説を掲載した。

 各紙社説の見出しは次の通り。

讀賣新聞    綱を汚す愚行の代償は大きい
朝日新聞    相撲協会 厳しい視線を自覚せよ
毎日新聞    これで落着にはできない
日経新聞    引退での幕引きは許されない
産経新聞    これで「幕引き」とするな
北海道新聞   暴力体質を一掃せねば
信濃毎日新聞  横綱の暴力 責任は重く
中国新聞社説  これで決着とはいかぬ
南日本新聞   先ずは全容解明が急務だ

 横綱の権威を汚したのだから引退は当然と言った論調が目立つ。また、日馬富士の引退で一件落着ではないという点では各社ともほぼ一致している。では、1.何故相撲界で深刻な暴力事件が多いのか 2.どうすれば根絶できるのか、について各社社説の主張を見てみよう。

1.について、朝日新聞は「一般社会の常識・感覚から遠い角界の体質と相撲協会のガバナンスの欠如」を挙げており、毎日新聞は「相撲部屋という狭い社会が暴力の温床になっている」としている。日経新聞は「正しいと信ずるなら、実力行使もかまわないという体質がしみ込んでいるのではないか」と述べ、産経新聞も「暴力に対する力士ら相撲関係者の感度の鈍さを物語っていないか」と疑問を投げかけている。また、北海道新聞は「角界には暴力体質が残っている」と指摘し、中国新聞も「相撲界では”かわいがり”や”指導”に名を借りて、暴力を許容してしまう体質が根深く残っているのではないか」としている。

2.については各紙とも、事件の全容の解明を求めるとともに、相撲協会の体質改善が急務だとしている。
  読売新聞は、全力士が厳しく身を律するとともに、相撲協会が内紛を克服し、一枚岩とならなくては信頼回復はおぼつかないと述べている。朝日新聞は、協会の組織改革が必要であり、具体的には理事13人のうち10人が元力士という構成を改め外部理事を半数にするなどの改革、また億単位のカネで売買され、弊害の源とされた年寄名跡の改革も必要だと述べ、横綱の品格云々を超え、協会そのものが問われていると指摘している。毎日新聞は、「力士のいざこざは部屋同士で」と考えるなら、暴力に対する認識が甘い、狭い社会が暴力の温床となる構造は容易に変えられない、今回の現実を協会全体の教訓とすべきだとしている。日経新聞は、暴力や暴言が心身に及ぼす悪影響をなくすため協会は踏み込んだ対策をとるべきであり、伝統ある競技を発展させるため、これが最後のチャンスと肝に銘じて暴力根絶に立ち向かって欲しいと希望している。産経新聞は、すべては協会の統治が行き届かず、関係者の身勝手な行動を許している協会執行部の責任であり、土俵を汚す現状を心から恥じて欲しいと述べている。北海道新聞は、暴力行為の再発防止策が何度も打ち出されながら、何故体質が改まらないのか、協会は厳しく検証し、今度こそ実効性のある対策を打ち出さなければならないとしている。信濃毎日新聞は、内輪の理屈で事は収まらない、大相撲の将来を揺るがす事態であるという認識を共有し、確執を超えて問題解決に取り組んでほしいと要望している。中国新聞は、一刻も早く暴力の温床をつまびらかにし、力士の一人一人が意識を変えなければファンの心が離れるかもしれないと警告している。また南日本新聞は、協会の管理能力はお粗末に過ぎる、混迷を深めた責任の一端は協会にあるとして、協会はまず暴力事件の全容解明に全力を挙げるよう要望している。  

さて私の意見です。

  私は、傷害を伴う暴力事件があったことを確認した段階で、相撲協会は、日馬富士を解雇すべきだったと思う。事件が発覚してから引退発表まで2週間、相撲協会は何をしていたのか。真相がわからなかったというが、被害者から警察に傷害の被害届が出て、頭頂をホチキスで数針も縫合している写真が流布されており、日馬富士は初めから暴行の事実を認めている。協会の対応には、暴力というものに対する相撲界の認識の甘さが露呈している。大相撲が国技(national sport)であると自認しているならば、協会のあり方が国民全体に影響を及ぼすことを自覚して、暴力行為に対しては厳罰をもって臨むべきだったろう。

  日馬富士の会見を見ていて、問題の深刻さを自覚していないのでははいかと感じた。日馬富士の師匠である伊勢が浜親方(元横綱旭富士)は、引退会見の席上、人前もはばからず、何回も涙をぬぐっていた。”泣いて馬しよくを斬る“のかと思ったら、会見が始まると、記者団の質問にいらだちを隠せず、”お前たちに書きたてられて、俺の愛弟子は引退に追い込まれたのだ”という不満をあらわにした。長年育てた弟子への愛情に目がくらんで、問題の本質を見失っているとしか私には思えなかった。

  暴力は、何故許されないのか、とり上げたすべての社説が自明の理として掘り下げていないのが、私には気になった。程度の差こそあれ、暴力がはびこっているのは相撲界だけではない。暴力の象徴的存在である暴力団が警察庁の度重なる根絶の声明にもかかわらず、一向になくならないのは何故なのか。学校ではいじめで自殺する子供が後を絶たない。会社でのパワハラや大学でのアカハラにも暴力を伴うものが少なくない。家庭でのDVの警察への相談件数は毎年増加している。相撲界での暴力事件は、こうした暴力に甘い社会全体の風潮の上に発生しているのではないか。

 戦時中、暴力が社会を支配していた頃、絶対に生徒を殴らなかった先生が一人だけいた。中学の同期会に卒業後30年経って初めて参加した時、その先生に再会して、わけをたずねた。先生は私が旧制高等師範学校の後輩であることをご存じだったようで「人は殴って変わるのか。君も教師をしたことがあるならわかるだろう」と答えられた。また「殴った方は忘れても、殴られた方の心の傷はずっと、もしかしたら一生残るのだよ」と言って私の目をじっと見つめ、盃に酒を注いでくださった。その時私はふと、私が米軍の伝単を見ていて、担任の教師に”非国民“と呼ばれて殴り倒されたことを憶えておられるのではないかと感じた。

 暴力は人間の性(さが)なのか。そうだとしたら、暴力をふるった者には厳罰をもって臨むしかないだろう。それは個人であれ、国家であれ同じだと私は考えている。(M)