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「高校野球の熱戦」をきっかけに考えたこと
(1)プロ野球の人気は今一つの感じですが、甲子園の高校野球は大変に盛り上がっているようです(執筆は準々決勝の時点)。その中で、私が気になったニュースは、作新学院(栃木県)の野球部員1名が強盗容疑で逮捕されたのに、野球部はそのまま甲子園で試合を続けたことです。秋の国体は学校の申し出で辞退するようですが、高校野球連盟(高野連)には、「部員1名だけの不祥事は問題にしない」という前例があるようです。

(2)政治の世界では、裁判で無罪になると、「堂々と政界に復帰する」ことが多いようですが、裁判は、「疑わしきは罰せず」という原則があるので、無罪になることがよくあります。しかし、実際は、“限りなく黒に近い”ということがありますから、その政治家は事件の内容を国民に説明する責任があると思います。小澤一郎氏も、最終判決はまだですが、そのような責任は果たしていません。高校生にやたらと“連帯責任”を負わせることには、私も賛成しませんが、部員1名の事件であっても、その中身によって判断を変えることがあってもよいのではないかと思うのです。

(3)政治の問題にしても、日本では、「前例がない」というのは、その都度、関係者に都合のよいように解釈されてきたと思います。日本の管轄する領土に、中国の活動家たち(札付きの常連らしい)が無断で上陸しても、「逮捕監禁して裁判にかける」という前例がない、ということで、強制帰国つまり無罪放免という結果になりました。野田総理が後から、「甚だ遺憾に思う」などと言っても、迫力がありません。

(4)防衛大臣の言動も相変わらず国民には不可解です。垂直離着陸機のオスプレーにしても、「アメリカ軍の言う通りにします」という方針が心中にあるはずなのに、、「事故原因の調査結果を待つ」などと言っていました。2012年8月19日の The Daily Yomiuri によれば、「操縦ミス」という見解に対して、パイロットは「事故は風力のせいだ」と述べているようです。そんな風は特に沖縄ではよく吹くようですから、墜落事故の原因を調べても、“安全性”の保証にはならないことは素人にも分かることです。

(5)10年ほど前に、「21世紀こそ平和の世紀に!」と願ったのもつかの間で、まるで子どもの遊びの「国盗りゲーム」が現実になってしまいました。領土問題は、ナショナリズムを煽るには格好の材料です。解決のために望ましいことは、お互いに冷静になって時間をかけながら話し合うことしかないでしょう。中国も韓国もそれぞれ、国内の事情がありますから簡単には譲歩しないでしょうが、以前に話し合いのついているはずの問題まで蒸し返されたのではかないません。時間をかけて説得を続けるよりありません。

(6)1951年のサンフランシスコ講和条約では、アメリカが日本の領土を決めることにしたのだから、領土問題はアメリカに訴えるべきだという見解もあります。しかし、以前のような国力の無いアメリカは、仲介の労を取ることは避けているようです。日米安保協定などは戦勝国が敗戦国に押し付けたようなものですから、先日亡くなったハマコー(浜田幸一氏)が、日頃言っていた「日本はアメリカの属国なんだよ」という言葉が妙に真実味を帯びて感じられる昨今です。(この回終り)