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「勝負の時」について考えること
(1)“勝負”と言えば、大相撲が熱戦を繰り広げています。大関3人が怪我で休場してしまったのは感心出来ませんが、それよりも私が気になるのは、中継担当のNHK アナウンサーの言い方です。解説者の親方に対して、「今場所は日馬富士が横綱になれるかどうかが焦点ですが、親方はこの3日間の相撲ぶりをご覧になって、その可能性をどう思われますか」のように、予測を強要するのです。親方は、「まだ2日や3日では何とも言えんですよ」と不快感をにじませていました。こんな質問は止めて欲しいと思います。

(3)国家間の外交交渉などは、常に“勝負時”があるものです。野田総理は、石原都知事が早くから、尖閣諸島を買い占めることを発言し、行動もしていたのですから、すぐにでも総理官邸に呼んで、話し合いをすべきだったと思います。それをしないで、島の所有者と直接交渉を始めるなんてどうも理解出来ません。その経過は、中国側にはすべて筒抜けですから、交渉にも何もならないのです。

(4)様々な受験も“勝負”とみなしてよいでしょう。その結果は本人にも周囲の人たちにも大きな関心事です。2012年9月12日の読売新聞は、一面のトップに、「司法試験 予備試験組7割合格 法科大学院2割止まり」と報じていました。司法試験の仕組みについては、解説記事も載せていましたが、要するに、大学院までいかなくても、法学部生や学部卒業生が司法試験を受けられる制度です。その成績が、法科大学院よりも合格率が高いというのですから、「どうしてなのだろう?」という疑問が湧きます。

(4)学校行政については、文科省の見通しの甘い、行きあたりばったりの方針が問題だと私は思います。20年ほど前には、少子化で受験生が減ることが見えていたのに、私立大学の設立申請を次々と許可しました。現在は欠員のある大学が多く、日本橋学館大学(千葉県柏市)などは廃校にすることに決めたために大騒ぎになり、それは民放のテレビでも報じられました。学校は在学生を卒業させなければならないので、簡単に「今日で廃校にします」とは言えないのです。

(5)今朝(2012年9月22日)のNHK のテレビでは、宮城県の被災地の問題を取り上げていました。市街地がどうにか整理されて、何軒かの店が店主たちの懸命の努力でやっと開店できたのですが、そこへ市当局から道路を拡張する計画が示されて、ある薬屋の主人は、「移転しろということになったら、廃業するよりない」と嘆いていました。正に勝負の時に水を差された感じです。

(6)家が建ってから道路を拡げるという話は、被災地に限らず、これまでもいたるところであった話です。役人はある部署で仕事をするのは長くて4,5年ですから、将来の見通しなど全く持っていないわけです。しかも、「先輩の残した計画は実施しないとその先輩の落ち度になる」ということで、現状はどうであろうと計画を変更しようとしないのです。そのために、日本中いたるところで、住民とのとのトラブルが生じているようです。

(7)素人政治家の多かった民主党が、そんな役人にうまく牛耳られてしまった結末は国民が経験したばかりです。この点では、自民党の党首選立候補者たちも同様だと私は思います。今は自信満々に、「私が当選すれば日本を完全に立ち直らせてみせます」と主張していますが、官僚組織の崩壊を見る日はいつ来るのでしょうか。候補者の当落よりも、私はこのことのほうが気になります。(この回終り)