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話は英文読解から翻訳へと進みました。今回は通訳と通訳者について考えてみましょう。翻訳はある言語で書かれた文章の内容を他の言語で表現することですが、通訳はある言語で話される音声言語の内容を他の言語で表わすことです。いずれの場合にも「内容」という語を挿入しましたが、日本語と英語のように言語間の距離が遠く離れているときには、1語1語を他の言語に移し替えて訳文を作ることはできないからです。翻訳の場合も通訳の場合も、文章や発話の内容を捉えて、それをもう一つの言語で表現し直すことになります。翻訳も通訳も高度な訓練を必要とする高等技術ですが、一般の学習者がここから学ぶことのできる事柄も多いと思われます。

 通訳には「逐次通訳」(consecutive interpretation)と「同時通訳」(simultaneous interpretation)とがあります。前者は、スピーカーが話の区切りでポーズを置き、その後に通訳者がその部分の訳を言うものです。これを録音すれば、スピーカーの「起点言語」(source language)と、通訳者による「目標言語」(target language)への訳が交互に現れます。これに対して同時通訳は、スピーカーの話と並行して通訳者による訳を与えるもので、聴衆はスピーカーの起点言語と通訳者の目標言語が同時に聞くことになります。

 逐次通訳は古くから行われていたもので、言語の異なる人たちの間で話し合いをするようなときに、両方の言語に通じている人が通訳者となって、一方の言語を他方の言語に訳して伝えるという仕事を受け持ちました。フォーマルなプレゼンテーションや講演や会議などの場合には、スピーカーによって予め原稿やハンドアウトが用意されることがあります。そのような場合には通訳者は用意されたものを読んで準備し、必要な箇所については翻訳をしておくこともできます。しかし比較的にカジュアルな会合などではそういう原稿は用意されないので、通訳者はぶっつけ本番でやることになります。

 一方、同時通訳が私たちに知られるようになったのはそれほど古くはありません。それがいつ頃から行われるようになったのかを筆者は知りませんが、日本で注目されるようになったのはアポロ月面着陸の報道であったようです。1969年7月20日、人類最初の月面着陸のテレビ実況放送には多くの人々が釘づけになりました。アームストロング船長(本年8月死去)の最初の一声は、 “That’s one small step for (a) man, one giant leap for mankind.” だったということです。テレビ視聴者はその声をいくらかの雑音と共に耳にしました。日本のNHK放送は間髪を置かず「この一歩は小さいが、人類にとっては大きな躍進だ」と日本語にしました。こんな聴き取りにくい音をよくキャッチでききるものだと誰もが感心したものです。そこで活躍した同時通訳者の一人が、以前にバイリンガルの話の中で紹介した西山千氏でした。

 通訳は翻訳とは違います。第1に、最初にふれたように、通訳は話し言葉を対象としています。話し言葉は音のつながりですから、それは瞬時に消えてしまいます。録音ならば何度でも繰り返すことができますが、実際の話し言葉は一度だけのものです。通訳者は集中して聴き、スピーカーの言わんとする話の内容を瞬時に把握しなければなりません。この点が翻訳とは大きく違います。翻訳の場合には知らない単語があれば辞書を引くことができますが、通訳ではそれができません。知らない単語が出てきても、知っているように振る舞わなければなりません。悪く言えばごまかさなくてはならない。大づかみに内容を伝えるようにして切り抜けるか、その部分を省いてしまうか、その時々で臨機応変に対処します。通訳者というのは、そういうことが平然とできる人でなければなりません。

 話し言葉が瞬時に消えてしまうということは、言われたことについて熟考する時間がないということです。翻訳の場合には好きなだけ熟考することができますが、通訳ではそうはいきません。話はどんどん先に進みますから、考えていては仕事になりません。話を聴いて、数個のチャンクごとにすばやく意味を把握することが重要です。そのためには、通訳者にとって新しい情報が次々に出てくるような話にはついていけません。通訳者は話の内容について、少なくともその概要は承知している必要があります。実験によれば、私たちが話を聴いて瞬時に理解しようとする活動を行っている場合には、その内容が予測できる割合に応じて容易になります。つまり、話の先がよめる場合には理解が容易になりますが、先がよめない場合には理解が困難になります。私たちはいつも話の先を予測しながら話を聴いているのです。

 こういうことを考えると、同時通訳などというのは神技のように思えますが、彼らも普通の人間ですから、それほど特殊な仕事をしているわけではありません。しかし高度な技能が要求される仕事ですから、誰でもできるというものではないかもしれません。さいわい、同時通訳者として知られる小松達也氏の『英語で話すヒント』(岩波新書2012)という本が出ました。その中に私たちの英語学習に関する有益なヒントが与えられていますので、それを次回にまとめてみましょう。(To be continued.)