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「コミュニケーション能力」(communicative competence)を構成する下位能力については、Canale and Swain (1980) による分類がよく知られています。いろいろな書物に引用されているのでご存じの方も多いと思いますが、ここでできるだけ簡潔にまとめておきます。彼らによると、「コミュニケーション能力」は次の4つの下位能力から成ります。

(1)文法的能力(grammatical competence):すべての言語は一定の表現形式を持っています。まず話し言葉では音声が、書き言葉では文字が使われます。いずれの場合にも単語が一定の文法規則に従って並べられて何かの意味を表します。つまり「文法的能力」とは、言語によるコミュニケーションにおいて、音声または文字を使って語彙・文型・文法などの言語形式を操作する能力のことです。文法用語をたくさん知っていることとは違います。

(2)社会言語学的能力(sociolinguistic competence):言葉が使われる社会的なコンテクスト(場面・文脈)を理解し、その場にふさわしい言葉遣いで表現する能力のことです。私たちが母語を使う場合には、いくつかの可能な表現の中から、その場にいちばん適切だと思われるものを選んで使っています。外国語を習得するときにも、そういう能力を身につける必要があります。たとえば、現代英語には日本語のような複雑な敬語システムは存在しませんが、同じ内容でも丁寧さの度合いが異なるいくつかの表現があり、それらの違いに注意することが必要です。

(3)談話的能力(discourse competence):一連の発話や文章をまとまりのあるものとして理解する能力、また、与えられたコンテクストの中で一貫した発話や文章を構成する能力です。これはかなり高度に知的な操作を必要とするので、母語においても個人の能力の差は大きいと思われます。実際に、話の上手な人とそうでない人、文章の上手な人とそうでない人がいます。この能力を向上させるには多くの文章を読んだり書いたりする経験が必要であり、母語による経験だけでなく、英語による経験や訓練も役立つと考えられます。

(4)方略的能力(strategic competence):自分の言語技能の不完全さを補うために、いろいろなストラテジーを使ってコミュニケーションを続行する能力です。これは外国語でコミュニケーションを取ろうとするときには非常に重要です。相手の言うことが分からない場合に黙っていては話が途切れてしまうので、何とかして話を続けるような工夫が求められます。また言語外のいろいろな手段(ジェスチャー、顔の表情など)を使うことも必要になるでしょう。このような言語外の伝達手段は文化によって異なりますので、接触しようとする相手の文化を研究することも必要になります。

 コミュニケーション能力が上記のような下位能力から成っているとすれば、教える教師たちはそのことを意識せざるを得ませんし、指導に当たって常にそのことを意識することは正しいことです。しかしそうかと言って、それらの下位能力を最初から平等に扱おうとしても無理でしょう。(2)の社会言語学的能力や(3)の談話的能力は、英語によるコミュニケーション場面をいくらか経験した後に初めて理解が可能になります。たとえば自己紹介ができるためには、What’s your name? Where do you live? Do you live with your family? Do you have brothers and sisters? Do you go to school? Which school do you go to? What are you interested to do? などの質問に応えられ、そのような問答を他の人と自由にできるようになることが必要でしょう。これらの問答のいくつかはうまく指導すれば中学1年生でもできるようになりますが、それができるまでには相当量の基礎練習が必要です。たとえば、英語の音声に慣れて英語らしい発音でこれらの文が言えるようになること、英語の単語を覚えて文の読み書きができるようになること、文をただ暗記するだけでなく、文型に注意してそれを他の場面でも使えるようにすること、など。つまり、基礎とは(1)の文法的能力の獲得にほかなりません。

 もちろん、教師はこのような「コミュニケーション能力」の下位能力についてよく知っている必要があります。知っているのと知らないのとでは指導の仕方が違ってきます。知らなければ、語彙や文法の基礎的な事項を扱っているときに、それが実際のコミュニケーション場面での使用とどう結びつくかを生徒に示すことができません。基礎練習だけでは退屈な作業に終わります。逆に、実践的コミュニケーション能力を養うという理由で、性急に高度な活動を生徒に要求するとすれば、生徒はそれに必要な音声や語彙や文法の基礎的な訓練を欠いているために、コミュニケーション活動を表面的になぞるだけになるでしょう。近年のコミュニケーションを強調した英語指導がうまく機能していないのは、そういうことに原因があるように思われます。(To be continued.)