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愛国心と国の政策のことを考える
(1)どこの国の国民にも愛国心はあると言えるでしょう。ただし、それがどういう動機で生じるものかは、その国の政策と大きな関係があると思います。つまり政治家に責任があるのです。中国のように一党独裁の政治体制でも、中心的な指導者が交代することがありますから、ここ数カ月の反日デモは、権力の座を失いたくない指導者が、対外問題に国民の目をそらせるためのものだという見方が日本では有力です。これも間違いだとは言えないでしょう。

(2)日本の政権は、野田内閣になって1年近く首相は代わっていませんが、その間に3回も内閣改造(つまり大臣の入れ替え)をやっています。その結果、大臣の失言、失格が多いのは致命的な欠陥だと思います。庶民の愛国心は、国の最高権力者である首相の言動と直接に結びつきやすいですから、首相への信頼感が失われれば、愛国心も消えてしまうでしょう。さらに、首相がだらしないと、独裁者の出現を期待する空気が強くなりがちです。

(3)しかし、愛国心の問題が単純ではない証拠に、オリンピックのような国際試合があると、日本国民のほとんどは日本の選手やチームを応援します。これも愛国心の表われと言えなくはありませんが、「野田内閣が好きだから応援する」という意識はまずないでしょう。国語辞典は、「愛国心=国を愛する心」と単純に定義していますが、実は、この「国」の定義が問題なのです。「国の財政」などと言う時は、大統領や首相が絡んできます。

(4)今日(10月22日)の早朝に、NHK ラジオ「深夜便」で、作家の渡辺一枝氏の「チベットと被災地に重なる思い」という話(連続中)を聞きました。この人はただ物書きをしている作家ではなく、チベットには何回となく行き、東日本大震災の被災地をボランティアとして訪れています。最近のチベットでは、中国の官憲の取り締まりが厳しくなって、チベット人は国内を自由に出歩くことも出来ない状況らしいです。これでは、チベット語は抹殺されて、彼らは漢民族の一部としてしか生きるすべはなくなるであろうとのことでした。

(5)チベットのダライ・ラマ法王のインドへの亡命(1959)や来日(2011)は大きく報道されましたが、その後のチベットの状況はあまり知られていないと思います。中国は第2次大戦中の日本の悪行を未だに宣伝し続けています。確かに日本は朝鮮半島を併合して、朝鮮人に創始改名を強いるようなひどいことをしました。今の中国はそれと同じようなことをチベット人に行っているようです。

(6)確かに中国の覇権主義は警戒すべき脅威ですが、領土問題などは時間をかけて冷静に話し合うことが大切だと言われます。しかし、野田内閣のやっていることは、相手を刺激するだけです。一方、自民党の安倍総裁も、靖国神社参拝で相手を挑発することしか考えていないように思えます。彼のスローガンの1つは「強い日本の再生」ですから当然でしょうが、私など第2次大戦を経験した者には、軍国主義の再生など絶対に御免です。

(7)野田内閣は、日本が進むべき方向を明確に示すべきだと思いますが、最近の支持率が10%台では期待できないでしょう。総選挙をしても棄権者が多いことが心配です。“八方美人”の野田首相が、日本を“八方塞がり”にしてしまったと思わざるを得ません。(この回終り)