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(121)投票日を前に

Author: 松山 薫

(121)<投票日を前に>松山薫

⑥ 大局観の喪失: 尖閣問題

  総選挙の投票日を前に尖閣列島の領有権をめぐる中国との対立が先鋭化し、日本政府はとうとう自衛隊の戦闘機を出動させた。北朝鮮の“ミサイル”打ち上げをめぐって”アホ“と酷評された官房長官は「断固として領土、領海を守る」という談話を発表した。このままエスカレートすれば戦争になりかねない。
中国が軍用機や軍艦ではなく、海洋監視船や監視機を使っているのに、日本側が戦闘機を出動させたことは、中国側に軍艦や軍用機を出動させる口実をあたえた。不測の事態が起こりかねない状況(自民党安倍総裁)になってしまったのである。もし戦闘行為が起きた場合、国際世論が、先に戦闘体制に入った日本側に不利になることも間違いない。
 領有権問題は当然双方に言い分がある。領土問題は存在しないなどという空論にこだわっていては、何の解決にもつながらない。自国の主張に理があるのなら、堂々と国連や国際司法裁判所で争えばよいではないか。少なくとも、話し合いが続いている間は戦争にはならない。ただ、それでも、中国に日本の侵略を体験した世代が生きている間は解決は難しいだろう。
それゆえに、1972年の日中国交正常化にあったては、「小異を捨てて大同につく」という大局に立って、この問題の解決を後世にゆだねたのだ。尖閣列島周辺海域にあるという天然ガス資源も、エネルギー資源が段々に枯渇していく世界の将来を考えれば、両国の子孫のために温存しておくことがもっとも望ましいと私は思う。
 そうした中で、今度の対立の原因を作ったのは”暴走老人”と称される日本維新の会の石原代表だ。私と同年代のこの人物は、自分も体験したはずの過去の悲惨な戦争から何も学はなかったらしい。

⑦ 本当の争点 

 憲法が争点になっていないという記事が朝日新聞に載っていた。10日に放送されたNHKの世論調査結果でも、有権者の関心のトップは経済問題、2番目が社会保障であり、憲法問題は霞んでいる。
しかし、私は憲法が、今度の選挙の隠された最大の争点だと考えている。12もの政党が乱立した政界は、遠からず憲法を対立軸として再編されると思うからだ。5年前安倍内閣が改憲を旗印に、「国民投票法」を成立させた最大の狙いは、憲法を軸とした政界の再編そして、あわよくば護憲勢力の一掃ではなかったかと思う。そして、それを永続させるための布石が「愛国心」を盛り込んだ教育基本法の改正であったと私は考えている。

 今度の選挙では現憲法廃棄を主張する自民党や維新の会が議席を大幅に増やすとメディアは伝えており、維新の会の石原代表は、自主憲法を作るなら自民党に協力すると述べているので、憲法改正が現実味を帯びてくることが予想されるが、彼らにとっても、憲法改正は容易ではない。少なくとも来年6月の参議院選挙までは、ねじれ国会が続く。その参院選も半数改選だし、
今度の衆院選挙で落選するであろう民主党の有力議員が鞍替え立候補してかなり当選することもありうるので、改憲政党の議席が3分の2を占めることは困難だろう。

 そうなると、改憲を急ぐ自民党の安倍総裁(総理)や老い先短い維新の会の石原代表は、次の衆院選の前に、“日本を取り戻す”という何のことか分からないが、なんとなく王政復古調の大義名分の下に、改憲勢力の大同団結を目指して、政界再編に乗り出すのではないかと私は思う。もともと彼らは同じ自民党員であり、維新の会やみんなの党、国民新党だけでなく民主党の中にも、もと自民党議員がかなりいるから、今度の衆院選の結果次第では、遠くない将来、政界再編によって、3分の2を超える改憲政党が出来る可能性がでて来る。今度の選挙の結果やその後の推移によっては、早ければ来年6月に、衆参同日選挙という手を考えるかもしれない。そういう意味では、今度の衆院選は護憲勢力の外堀を埋める“大阪冬の陣”であり、やがて、寝返った軍勢を加えての総攻撃、”夏の陣”が予見されるのである。

 ところで、衆議院総選挙は、次の総理大臣を選ぶことにもつながる。自民党が勝てば、安倍首相ということになるだろう。副総理格は選挙の論功行賞で安保おたくの石破幹事長か。
 改憲の目玉は、集団自衛権の合法化、行使であり、安倍総裁は、日米共同作戦中、米兵が血を流しているのに、自衛隊が傍観していれば、その瞬間に日米同盟は終ると強調している。
なんだか、進軍ラッパや軍艦マーチが聞こえてくるような話だが、問題はそんなことではない。たとえば、中国を相手に日米が集団自衛権を発動して戦争になった場合、最大の被害を受けるのはどこの国か。戦争には決定的に不利な縦深のない国土、その国土に54基の原発や再処理施設を持つ脆弱性を考えれば、中学生でもわかるだろう。勇ましい言葉によって、大局をあやまらないようにしてもらいたい。

 太平洋戦争の開戦を告げる日本海軍の真珠湾攻撃を指揮した連合艦隊司令長官の山本五十六は、越後長岡藩士の家に生まれ、旧制長岡中学から海軍兵学校へ進んだ。 当然彼は、幕末の長岡藩を仕切った二人の家老の生き様を心に刻んでいたはずである。一人は司馬遼太郎の「峠」で知られる河合継之助、もう一人は山本有三が戯曲にした”米百俵“の小林虎三郎である。二人はほぼ同年齢で、江戸へ遊学し緒形洪庵の蘭学塾に学んだ。しかし、北越戊辰戦争に当たって二人がとった行動は対照的だった。官軍に講和を申し入れ、軽くあしらわれて激怒した継之助は、徹底抗戦を指揮し、自身も重傷を負って、会津へ逃れる途中で戦死した。1300人の長岡藩士のうち300人が討ち死、300人が負傷し、町は焼け野原と化した。家士の窮乏を見かねて、支藩からコメ百俵が送られてきた時、藩の中心となっていた徹底非戦派の虎三郎は、直ちに分配せよと迫る藩士の白刃の下で、このコメを売って、学校を建てると主張して譲らなかった。この金を資金の一部として、国漢学校が開設され、洋学校そして旧制長岡中学へと引き継がれ幾多の人材を生んだ。山本五十六は日独伊三国同盟に反対し、アメリカとの戦争にも慎重であったといわれる。彼の頭の中に、故郷の二人の先達の歩んだ道があったことは間違いないと私は思っている。

 旧制長岡中学の最後の卒業生で、二人の家老の治績にも詳しい歴史作家の半藤一利は、軍部の暴走に焦点を当てて昭和の戦争をあとづけた自著「昭和史」の後書きで、戦争の歴史から学ばなければならないのは「国民的熱狂を作ってはいけない。その国民的熱狂に流されてはいけない。一口に言えば、時の勢いに駆り立てられてはいけないということだ。」とのべている。
私流に解釈すれば、目先の現実に流されることなく、大局を見誤らないようにせよということだと思う。

 先日、私と同年の小沢昭一が死んだ。彼は敗戦の時海軍兵学校の生徒であったが、戦後は強烈な反戦平和主義者になった。「正義の戦争より、不正義の平和」を選ぶことを信念としていたという。戦争の重い体験と戦後の長い苦悩の末にたどり着いた信念は、戦争の現実も真実も知らない政治家や評論家達の勇ましい発言より、人間社会のあり方に根ざした、はるかに重い結論である。

 明日は、半藤一利や小沢昭一の”熱い心 ”と”クールな頭 ”で、悔いの無い一票を投じたい。
それにしても、違憲状態の中で行なわれる選挙の我が一票の軽さには納得できない。選挙後違憲訴訟が提起されるであろうが、憲法の番人であるはずの最高裁が、どのような判断を下すか注目したい。 (M)