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今年になって始まったこの「英語の学び方再考」シリーズは、学習の途上で浮かび上がってくる学習者の疑問を列挙することからスタートしました。それらの疑問に答えるには、学習の前提となる到達レベルについて読者と合意しておく必要があると感じたので、前回の「学習上の制約」という話になったわけです。要するに、日本に住んで日常的に日本語を使う環境で暮らしている日本人には、あらゆる面で英語のネーティブ・スピーカーと同等の英語運用力を望むのは無理だということでした。「学習上の制約」とは、簡単に言えば、英語の学習と使用経験に厳しい時間的・環境的な制約があるということです。ですから、日本人の英語達成目標はネイティブ・スピーカーと同等になることではなく、各自が必要とする限られた分野での達成を目指すのが実際的だというわけです。

 さて、学習途上で学習者が疑問に感じることの第1は、「英語学習はできるだけ早く始めるのがよいと言われているが、自分はもう遅すぎるのではなかろうか」という年齢の問題でした。これについては、学習の到達目標があらゆる面でネイティブ・スピーカーと同等の運用力を獲得することにあるとすれば、大方の答えは「もう遅すぎます」ということになるでしょう。そのことは、これまでの第2言語習得の研究からほぼ明らかになっています。もう少し具体的に言うと、子どもは3歳を過ぎると言語習得の生得的な能力が低下し始め、6歳か7歳になると多くの子どもが新しい言語の学習に抵抗を示すようになります。そして人によって違いはありますが、10代の思春期までのどこかの時点で、言語を自然に習得する能力を失ってしまうようです。「失ってしまうようです」と曖昧な表現にしたのは、それ以後もその能力をいくらか残していると主張する研究者もいるからです。

 そこで、言語の学習は ‘the younger the better’ (年少者ほどよい)という考えが世に定着し、これがあらゆる場合に適用するかのように信じられてしまいました。わが国でも、英語学習は中学校からでは遅すぎる、小学校から始めるべきだという声が高くなり、文科省もついに2011年度から小学校5年と6年に「外国語活動」という週1回の授業(教科ではない)を設け、その中で英語を教えることにしました。新聞報道によれば、文科省はさらに小学校低学年への英語教育の導入を検討しているようです。たしかに、このような外国語教育の早期化は日本だけでなく、世界的な傾向になっています。しかしこの「年少者ほどよい」という言語学習原理は、本当に信じてよいのでしょうか。

 実を言うと、世の人々の信じている ‘the younger the better’ という原理は、第2言語習得の学問的研究の成果を曲解しているのです。元のそれには条件が付いています。「第2言語の習得に適した自然な環境においてのみ」という条件です。つまり、学習者が第2言語の使用される自然な環境の中にどっぷりと浸り、常時さまざまなネイティブ・スピーカーと交わって豊かなコミュニケーション活動を行っている場合に限られるのです。日本の小学校における「外国語活動」の導入も、早期英語教育のためだとすれば、明らかに間違っていると言わざるを得ません。もしどうしても必要だと言うのであれば、子どもたちの目を世界に開かせるという全く別の目的でなされるべきです。

 ところで、学校の教室のような人工的な学習環境では、上の原理は ‘the older the better’ (年長者ほどよい)に逆転します。実際に、これまで報告されている教室における英語学習では、ほとんど例外なく、幼い子どもよりも年長者や成人のほうが優れています。その証拠の一つとして挙げられるのがカナダのバイリンガル教育の実践データです。英語を第1言語とする子どもたちが、幼稚園または小学校からフランス語のイマージョン・プログラムによって教育されました。しかしその子どもたちは、もっと遅く9歳~11歳(またはそれ以降)からイマージョン・プログラムに入った子どもたちに、短期間のうちに追いつかれてしまったのです。この例のように、学校のようなフォーマルな指導の下で行われる言語学習では、ほとんど例外なく、年長者が有利なのです。

 以上の考察から出てくる結論は、英語の学習者は自分の年齢のことを気にしなくてよいということです。新しいことに挑戦する意欲のある人は、恐れずに始めてください。本当に英語を学びたいという気持ちが心の底からわき起こったならば、直ちに始めるべきです。だがそこで、疑い深い人たちは新たな疑問に悩まされるようです。「わたしはAさんのように頭がよくないから、英語の学習能力も劣っているのではないだろうか」と。これが次回のテーマになります。(To be continued.)