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(139) 教育問題私見 松山薫

② 安倍教育改革への根本疑問

 安倍首相は、2月末の第183国会の施政方針演説の中で「強い日本をつくる」と前置きして、「経済成長」に続く2番目の柱として「教育再生」を挙げた。

 彼は、6年前の第1次安倍内閣の時にも教育再生を政策の重要課題として、教育の目標に、「国と郷土を愛する態度を養う」といういわゆる愛国心条項を盛り込んだ教育基本法の抜本改正とこれに伴う教育三法の改正を実施した。教育3法つまり、教員免許法、学校教育法、地方教育行政法、の改正では、教員免許の10年更新制度、副校長の新設、中学校での武道の必修化などを実施した。ダメ教員の排除、学校の管理体制の強化、日本の伝統と文化の学習を狙ったものだという。戦後教育の在り方を根本的に変えかねない改正だが、民意を十分に聞いた上での改正とは到底思えない。これらの改正案には世論調査で反対や消極的な意見が多かったにもかかわらず、全野党の反対を押し切って強行採決したのである。

 私は武道の必修化については、メディアで、柔道の授業での怪我の多発がしばしは伝えられるようになってから「え!そんなことがあったの?強制?まさか!」という感じで知った。うかつと言えばうかつだが、昨年のベネッセ・コーポレーションの調査では、該当する生徒達の保護者でさえ授業が何時始まるかや内容がよくわからず、70%以上が不安を感じている中での実施だから、拙速、強行といわれても仕方ないだろう。

 私は中学校の正課や教練で4年間、剣道、銃剣術、自主的に柔道を学んだが、10年間かなり打ちこんだ柔道が何とかものになった程度である。その間、両肘と膝に怪我をして、今でも古傷が痛むことがあるが、自分で選んだ道だから後悔はない。1年か2年週1回くらい学んで分かったつもりになっては弊害のほうが大きいし(アーカイブ2010−9−14柔道の思い出)、格闘技を素人の指導者が教えれば重大な事故が起きるのは当然だ。最初から分かりきったことを何故性急に強行するのか。だから受身だけ教えるという記事も読んだが、何でそこまでして強制するのか。

 スポーツ界、特に武道の世界では、実績のある上の人には逆らいにくい雰囲気や人間関係が存在する。上の人には逆らわず、叱咤激励に耐えて黙々と努力する人間を作り上げ、そういうモデルに沿はない人を異端、ダメ人間として排除し、上意下達を容易にする社会をつくろうとする政策の一環ではないのかという疑念を私はぬぐえない。

 昔の修身や国語の国定教科書は、そういう人物を作ることを究極の目的にしていた。小学校3年生の国語教科書に乃木大将の幼年時代という話が載っていた。乃木大将は日露戦争の英雄で、ほとんど聖人扱いされていた人物である。「或る年の冬、大将が思わず『寒い』と言ったところ、父は大将を井戸端へ連れて行き、着物を脱がせて、頭から冷水を浴びせかけた。大将は、これから後、一生の間『寒い』とも『暑い』とも言はなかったという」 このページには大きな挿絵がついており、小さな子供が素っ裸で正座しているところへ、父親が釣瓶の桶から冷水を浴びせている。この話は挿絵の故もあって私の頭に深く刻み込まれた。私と同年輩の人達は大抵憶えているのではないか。この話には続きがあって、「母親もえらい人で、大将がたべものの中に何かきらいなものがあると、三度三度の食事に必ずそのきらいいな物ばかり出して、大将がなれるまでうち中のものがそればかり食べるようにしたので、大将は好ききらいがなくなった」という。つまり、寒中に子供を裸にして水を浴びせるという行為は、子供を立派な人間に育てようという親の愛情から生まれた”愛のムチ“だということを子供たちに印象づけるように工夫されている。

 こういう教科書で育った私たちは、自分の頭では何も考えず、いや、考えることを許されず、長上には絶対服従し、文句を言わずに、むしろ喜んで、国のために命を捧げる愛国少年になっていった。

 乃木希典は長州藩の支藩に生まれ、松下村塾の創立者で吉田松陰の叔父に当たる玉木文之進に師事しているから、長州生まれの安倍首相も多分この話を知っているだろう。私はここで乃木希典の人物月譚をしようというのではない。10歳前後の子供の頭に、このような「教訓」を刷り込むことによって、どういう人間が育つたのかと問いたいのである。同じ過ちを繰り返してはならない。(M)