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前回の文章をブログに投稿した後、『自己を変革するイチロー262のメッセージ』という本の広告を新聞で見ました。これはイチロー自身が書いたものではないようですが、野球の天才と言われるイチローの才能開花の秘訣が「自己変革」にあるというのは正しい見方だと思います。そうでなければ、彼がかくも目覚ましい活躍を長年続けることはできなかったでしょう。そして同様の自己変革は、英語などの外国語の学習においても、最も重要な学習原理となるはずです。なぜなら、自己変革なしにはいかなる外国語も習得できないからです。自己変革を拒む頑固な人は、間違いなく失敗者となるでしょう。母語とは異なる体系をもつ言語を受容しそれを意のままに使えるようになるためには、個々の学習者は必然的に大きな自己変革を要求されるのです。

 では発音の習得はどんな自己改革を必要とするでしょうか。まず言語を作る音の単位から考えてみます。英語の発音に関する解説書は母音や子音の「音素 」(phoneme) から始めるのが普通ですが、日本人が英語の音声を学ぶ場合には、音素よりも「音節」(syllable)から始めるのがよいと思われます。なぜなら、日本語のひらがな・カタカナは音節文字なので、日本人が音素を意識することはほとんどないからです。そして音節は、すべての言語において、発話で意識される最小単位であると考えられます。幼児の初期の母語習得においても、言語音の変化に気づくのは音節の単位であって、音素ではないと考えられます。

 音節は母音を中心にして構成されます。1個の母音だけで構成される音節もありますが、むしろ多くの場合、母音の前、後ろ、または前後に1個または2個以上の子音を伴って構成されます。子音だけで音節を構成することはありません。日本語の音節構造は非常に単純です。基本母音は「あ・い・う・え・お」の5つで、これらだけで1つの音節を形成することができます。また、これらの母音の前に子音が付いて、か(k+あ)、さ(s+あ)、た(t+あ)などの音節を作ることができます。したがって日本語の基本的な音節構造は、母音をV、子音をCで表わすと、次のように簡単なものになります。

・日本語の音節構造:V or CV (e.g. 赤(あか)い屋根(やね):V+CV+V+CV+CV)

これに対して英語の音節構造は、日本語のそれに比べて非常に複雑です。何がそれを複雑にしているかというと、英語には少なくとも20個の母音が区別されること、そして子音がそれらの母音の前、後ろ、または前後に付くことです。さらに、付加される子音が1個とは限らず、2個、3個と複数の子音がつながることが多いのです。これを「子音連結」(consonant cluster)と言いますが、日本人学習者にとって、これは乗り越えるのにたいへん苦労する障壁です。英語の音節構造は次のようになります。

・英語の音節構造:V or CV or VC or CVC ; C:C or CC or CCC (e.g. the green hill : CV+CCVC +CVC)

次の単音節の語彙から成る英文を、音節構造に注意して読んでみてください。

・Once there lived an old man and his son in a small hut near the lake.

 さて、英語を話す環境に生まれた赤ちゃんたちは、英語の音節構造をどのようにして習得するのでしょうか。彼らはもちろん、英語の音節構造が複雑だからといって、日本語の環境に生まれた赤ちゃんたちよりも不利な立場にあるわけではありません。どの言語環境に生まれても、人間の赤ちゃんはその環境で話される言語の音声をキャッチし、その音声パタンを身につけます。しかしその習得の順序は、一般に考えられているものとはまったく違います。

 赤ちゃんは、実は、周りの人々の話す言葉を真似ることから始めるのではないのです。生後半年くらいから数ヶ月間、赤ちゃんは多音節で子音要素を含むダーダーマーマーバーバーのような発声をします。これを「喃語」(babbling)と言いますが、この現象は普遍的に見られるものです。これは赤ちゃんが自発的に発する音声ですが、この時期が後に有意味な単語を発するようになるための大切な準備期間なのです。赤ちゃんはここで言葉を話し始めるための基礎練習を行っているのです。やがて赤ちゃんは自分の出す音を聞き、自分がそれを記憶することができることを知り、その知識を他の人の出す音声と比較して研究することができるようになります。このように赤ちゃんは聞く前に「しゃべる」のです。そして誕生前後のある日、突然言葉らしきものを口にします。すると周りの人々がそれに気づき、「この子はいま言葉を話した!」と言って大喜びをするわけです。この赤ちゃんの言語習得における喃語の存在は、大人が新しい言語を学ぶ際の発音学習に興味ある示唆を与えてくれます。そのことを次回に述べることにします。(To be continued.)