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日本語のように母音が5つしかない言語を母語とする人が、20以上もの母音を区別しなければならない言語を学ぶときには、非常な困難に遭遇します。これまでの日本人学習者の何パーセントがその困難を乗り越えることができたでしょうか。このように言うと、「私はそんなことはあまり感じなかった」と言う人もいるかもしれません。しかし高校生や大学生の音読する英語を聞くと、たとえばhatとhut、fillとfeelなど、母音の区別がきちんとできていないことがすぐに分かります。話し言葉としての英語を習得しようとする人は、必ずこの難関を乗り越えなければなりません。これまでの日本人の大部分が話し言葉としての英語の習得に失敗したことの原因の一つは、明らかに、この英語の母音システムの習得に失敗したことがその一因でした。そしてその複雑なシステムは、幼児期の柔軟な脳の働き(特に聴力に関係するすばらしい能力)を失った人たちには、特別な指導がなされないかぎり、自力では習得が困難なものなのです。

 音素は発音記号で表わすのが普通ですが、それを色で表わすことを思いついた人がいます。そのようにすれば、発音記号というような余分な記号を使わずに、色によって音の違いを表わすことができます。そしてそれぞれの音素を色別に長方形で表わし、二重母音は二つの色を組み合わせます。このようにすれば、発音記号のような抽象的な記号と違って、どんな年齢の学習者にも利用することができます。それを考案したのは、「サイレント・ウェイ」(the Silent Way; SW)という外国語指導法を編み出したカレブ・ガテーニョです(注1)

 英語学習の場合には、母音と子音のそれぞれに異なる色を振り分け、上段に母音を、下段に子音を並べて一枚のチャートにします。これを「音のカラー・チャート」(the sound / color chart)と呼びます(注2)。ただしガテーニョのものは母音23、子音は連結音を加えて35にもなっていて、日本人には複雑すぎます。もう少し単純なもののほうがよいでしょう。日本人学習者のための音のカラー・チャートには、次の母音20個と子音24個があれば十分でしょう。

・英語の母音:see, sit, ten, cat, father, got, saw, put, too, cup, fur, about, say, go, my, boy, now, near, hair, pure.

・英語の子音pen, bad, tea, did, cat, get, chain, jam, fall, van, thin, this, see, zoo, shoe, vision, hat, man, now, sing, leg, red, yes, wet. (注)例として挙げた単語はOALD に示されているもの。

 このような英語の母音・子音を表わすカラー・チャートを用いるメリットはいろいろ挙げられます。第1に、英語で使われる母音・子音の全体像を学習者に鳥瞰させることができます。学習者はこれらの音を区別できるようになることが当面の学習目標となることを知ります。

第2に、それぞれの母音の前後にいろいろな子音を付加することによって多くの音の組合せ(音節)を作ることができ、その中のあるものは有意味な英単語であることを知ります。そして英語の音節の多くが CVC(子音・母音・子音)またはCV、VCから成ることを自然に体得します。

第3に、このチャートによって、学習者は音節よりも小さな「音素」(phoneme)という単位を知ることになります。この単位は、おそらく、日本人学習者の多くが母語の習得では気づかなかった単位です。これを知ることによって、表音文字であるアルファベットの学習へとスムーズに移行することができます。表音文字は音素の気づきなしには決して学ぶことのできないものです。

第4に、英語の音素を表わすカラー・チャートに慣れることによって、他の同系統の言語(ドイツ語、オランダ語、フランス語、スペイン語、イタリア語など)の音素を学ぶときに大きな助けになります。英語はその母音体系が他のどの言語よりも複雑ですので、いったん英語の母音・子音の区別ができるようになれば、他の言語(特にヨーロッパの言語)の音韻システムは比較的に容易に習得できます。ガテーニョがカラー・チャートの使用を思いついた最初のきっかけはそこにありました。

 カラー・チャートの用い方としては、数詞やアルファベットの名前のような、意味に負担がかからない語を使って、音節単位で声を出させる練習がよいでしょう。One, two, three, … ten や、a, b, c, … x, y, z を発音することにはほとんど記憶の負担がかかりませんので、音そのものに集中することができます。かつて『なんで英語やるの』(1974年)の著者として有名になった中津燎子さんは、日系二世のアメリカ人に英語の個人教授を受けたとき、毎日アルファベットを大声で言わされて、しまいには目が廻るほど消耗したと書いていました。(To be continued.)

(脚注1)カレブ・ガテーニョについて知りたい方はインターネットで調べてください。「カレブ・ガテーニョ」または「サイレント・ウェイ」で入力すれば、およそのことは把握できます。またサイレント・ウェイの外国語教材については、「SWランゲージセンター」(大阪市北区中崎西1−4−22)に問い合わせてください。

(脚注2)カレブ・ガテーニョの考案した「サイレント・ウェイ」の外国語指導法と教材について興味のある方は、ガテーニョの著書の拙訳『子どもの「学びパワー」を掘り起こせ—「学び」を優先する教育アプローチ』(茅ヶ崎出版、2003)をご覧ください。その末尾に、拙論「外国語教育におけるサイレント・ウェイとその学習理論」が付録として掲載されています。