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(143)<教育問題私見>

Author: 松山 薫

(143) 教育問題私見

⑥ 道徳教育考−2

  戦前・戦中の日本人の道徳観の基盤をつくった修身教科書(修身書)は、明治37年から太平洋戦争が終わるまでのおよそ40年間に5回改定されている。この改定が何を狙いとして、どのように改定されたのかを、映画評論家の佐藤忠男が「草の根軍国主義」(平凡社)という著書の中で跡付けている。

  佐藤忠男は、私より一歳余り年下で、敗戦時に14歳、皇軍(日本軍)最年少の兵士であった。彼は新潟の生まれで、旧制中学校受験の時に、校長が詠む明治天皇の御製に対し、直立不動の姿勢をとり頭を下げる動作が遅れたという理由で不合格とされ、愛国心を顕示するために海軍の志願兵になった。彼が受験した新潟市立中学は、戦後県立高校になり、私が2番目に赴任した学校である。 教師の主観的で理不尽な道徳観によって人生の進路を狂わされたことは共通している。

 彼は、軍国主義教育を含む思想教育、道徳教育が学校教育の中でどのように形づくられたのか知るために、東京書籍という出版社に保存されている修身教科書などを閲覧させてもらい、結果をおよそ次のように総括した。

 明治天皇の儒学の教師だった元田永孚が中心になって明治15年に「幼学綱要」という道徳書がつくられ、宮内省から全国の小学校に下賜された。「幼学綱要」には次の20の徳目が挙げられている。孝行、忠節、和順、友愛、信義、勤学、立志、誠実、仁慈、倹素、忍耐、貞操、廉潔。敏智、剛勇、公平、度量、識断、勉識で、一の孝行から二十の勉識まで、この順番に番号がふってあり、それは重要度を示すものであったと考えられる。士農工商の身分制度が廃止され、多数派となった農・漁民には武士と違い、忠義の概念がなかったので、まず、家族労働の中で培われた孝行の徳目から教え、時間をかけて忠君愛国思想を植えつけて行った周到な過程が見て取れるという。  

 「幼学綱要」から8年後の明治23年「教育勅語」が発布され、以後「教育勅語」の徳目に従って修身教科書が編集されて、敗戦まで道徳教育の大方針を示すものになった。教育勅語にも、「幼学綱要」とほぼ同じ徳目が並べられているが、全体を通じて「忠義」が全ての徳目の根幹だと認識できるよう巧みに構成されている。

 なお、教育勅語は、1948年6月の衆参両院の決議によって、失効が確認されている。

  修身教科書や国語の教科書で、知らず知らずの間に、忠君愛国思想を骨の髄まで浸透させられて成長した私達日本男児にとって、最も肝要なのは、尽忠報国の志のもと“撃ちてしやまむ”の大和魂を持つことであった。兵士達はさらに、“生きて虜囚の辱めを受けず“ の戦陣訓をたたき込まれ、全く勝ち目のない戦いの中で、”万歳突撃“を繰り返し、玉砕していった。私自身も大和魂を持っていると自負し、身を鴻毛の軽きに比して、先輩達の後に続く覚悟であった。「散る桜、残る桜も散る桜」。
ところが、ある時を境に、この覚悟がぐらつくことになった。敗戦の年の4月、勤労動員中の月に何回かの登校日の国語の時間中に隣の机から、B-29の撒いた電単(宣伝ビラ)が回ってきた。それを見て私の頭は混乱した。そこには、沖縄戦で投降し米兵に囲まれて地べたにしゃがみこんでいる日本兵数十人の集合写真があった。大和魂を持った日本兵が命おしさにこんな姿をさらすはずはないという拒絶感と、怖いもの見たさの好奇心が入り混じって何がなんだか分からなくなった時、軍人まがいのビンタで鬼とあだ名された教師が机の横に立っていた。50数発殴られ、”憲兵隊に突き出す”と脅されて、土下座して謝った。殴られた痛さより、教師が怒鳴ったように、自分が大和魂を持っていると思ったのは錯覚で、自分には降伏した敗残兵と同じく、大和魂が欠けているのではないか、卑怯未練な非国民なのではないかという恐怖感に襲われ、うつろな目で眺めた教室の窓の外には、大和魂を象徴するものと教えられていた桜が爛漫と咲いていた。

 修身教科書の変遷と、資料の第4期修身書の内容、「精選尋常小学修身書」それに「新しい国へ」「自民党憲法改正案」「橋下・石原談話」などを重ね合わせてみると、かなり恐るべき事態が進行中なのではないかと思えてならない。

 ところで、佐藤忠男によると、「幼学綱要」以前に自由に発行されていた道徳書は、修身教科書のように徳目を暗唱させせるものではなく、一貫した思想体系を説くものだったという。

 私は、道徳教育が不必要だと言うのではない。もっとおおらかに、子供たちが自らの問題として自ら考える方法で学習すべきであると思うのである。安倍首相は「新しい国へ」の中で、「大草原の小さな家」を読むよう推奨している。それもいいだろう。有識者会議で学年別に何十冊かの本を選び、国民の声を聞いたうえでリストを作成する。その中から教師が選んで、クラスで輪読させ、内容について話し合いをして最後に全員に作文を書かせる。それについて教師がコメントするというような形が望ましいと思う。(M)

* 参考資料 昭和9年(1934)に編纂され、私が学習した第4期修身書の内容(2)

( 修身書 第4学年) * 巻頭に「教育に関する勅語」 全文
1. 明治天皇 <明治天皇の国民に対するいつくしみ。質素な日常>
2. 能久親王 <北白川宮の台湾征伐での活躍>
3. 靖国神社 <天皇の思し召しにより忠義の士をまつる。大祭に多数の参拝者>
4. 孝行 <渡邊崋山の話。教訓 孝は親を安んずるより大なるはなし>
5. 兄弟 <同上>
6. 勉強 <同上 教訓 艱難汝を玉にす>
7. 規律 <同上>
8. 発明 <エドワード・ジェンナーの話>
9. 迷信に落ちいるな
10.身体
11.沈着
12.仕事に忠実に<丸山応挙の話>
13.自立自営
14.わがままを言うな
15.謙遜 <貝原益軒の話>
16.寛大 <益軒が誤って庭の牡丹を折った書生をとがめなかった話>
17.祝日・大祭日 <新年、紀元節、天長節、明治節が祝日。原始祭、春季皇霊祭、神武天皇祭、秋季皇霊祭、神嘗祭、新嘗祭、大正天皇祭が大祭日。これらのいわれを説き、臣民は国柄の尊さを思い、忠君愛国の精神を深くせよ。国旗を掲揚せよ。
18.我が郷土 <南米からの一時帰国者の故郷を思う気持ち>
19.公益 
20.博愛 <ドイツの難破船を救った石垣島の話>
21.志をたてよ <野口英世の話>
22.皇室を尊べ <豊臣秀吉の尊王の志>
23.国歌 <祝日には国民は「君が代」を歌って天皇陛下の御世万歳を祝う。この歌は“天皇の御世がいつまでもいつまでも続いてお栄えになるように”という意味である。君が代を歌うときには立って、姿勢を正し、真心をこめて静かに歌う>
24.礼儀 
25.人の名誉を重んぜよ
26.よい習慣 <教訓 習い性となる>
27 よい日本人<臣民は、心から皇室を尊び、君が代の万歳を祝わねばならない。靖国神社に祭られた人々に習い忠君愛国に道を尽せ。忠義は臣民の第一の務め。このほか孝行、礼儀、郷土愛、謙遜、博愛などをわきまえ、実行せよ>

( 修身書 第5学年) * 巻頭に教育勅語 
1. 我が国  <我ら皆天皇の臣民。神武即位2千6百年。万世一系の唯一の国>
2. 挙国一致 <元寇、日露戦争、支那事変での美談と挙国一致の勝利>
3. 国法を重んぜよ <ソクラテスが投獄されても国法を守った話>
4. 公徳 <乃木大将が外套が雨に濡れたため電車で座らなかった話>
5. 礼儀 <大国民としての品位を保て>
6. 衛生 <伝染病にかからぬよう身体を鍛えよ>
7. 公益 <熊本でダムを作った庄屋の苦心談>
8. 勤労 <田畑を切り開いて自作農になった小作人の話>
9. 倹約 <上杉鷹山が一汁一菜、木綿の着物で家臣に範を垂れた話>
10.産業を興せ <鷹山が養蚕を振興した話>
11.進取の気性 <伊勢の醸造家が横浜で製茶・製糸で成功し輸出で国益に尽した話>
12.自信 <コロンブスのアメリカ発見>
13.勉学 <勝海舟が洋書を筆写して勉強した話>
14.勇気 <勝海舟の咸臨丸での太平洋横断>
15.度量 <西郷隆盛が、藤田東湖と橋元左内には遠く及ばずとその能力を褒めた話>
16.朋友 <新井白石が自分に対する召抱えの申し入れを友人に譲った話>
17.信義 <加藤清正が朝鮮出兵中、自分の危険を顧みず友軍に兵力を割いた話
       教訓 義を見てせざるは勇なきなり>
18.誠実 <秀吉の恩顧に報いるため清正が家康に反抗して秀頼を守った話>
19.謝恩 <秀吉の正妻高台院が、昔世話になった夫婦を探し出して恩に報いた話>
20.博愛 <ナイチンゲールの話。日露戦争で撃沈した敵の艦隊の乗組員を救った話>
21.皇太后陛下 <昭憲皇太后が関東大震災の被災者をいたわった話>
22.忠君愛国 <吉田松陰が、松下村塾で日本人は国体の尊さをわきまえることが最も大切と教えた話。辞世「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちんとも。。。。。」
23.兄弟 <松蔭が兄や妹に送った手紙。父母の教えを大切にせよ>
24.父母 <松蔭の父母が家族を大切にした話>
25.孝行 <京都の貧しい農夫が病弱な養母によくつかえ、天皇に褒美をもらった話>
26.徳行 <中江藤樹が村人を感化し、近江聖人と呼ばれて死後まで敬われた話>
27 よい日本人 <万世一系の天皇は臣民をいつくしみ、臣民は天皇を親と仰ぎ、忠孝の
   道に尽した。これが我が国の世界に類のないところ。我々は祖先の志をついで忠君愛国の道に励み、君国の大事に臨んでは、挙国一致奉公の誠を尽くせ。国法を重んじ、礼儀、公徳を守り、健康で学問に励み、国力の充実を図れ。父母に孝に兄弟仲良く助け合え。これらの心得を守って「教育に関する勅語」の趣旨にそい、あっぱれ日本人とならなければならない>

( 修身書 第6学年) * 巻頭に「教育勅語」と「青少年に賜りたる勅語」
1. 皇大神宮 <皇室の尊崇する皇大神宮を、国民は一生に一度は必ず参拝せよ>
2. 皇室 <国民は天照大神の子孫である天皇を神と仰ぐ。国民の至上の幸せである>
3. 忠 <後醍醐天皇と楠木正成の七生報国>
4. 孝 <正成・正行桜井の別れ。教訓 忠臣は孝子の門にいず>
5. 祖先と家 <我が国古来の美風。一門の名誉を高め、不心得者を一門から出すな>
6. 勤勉 <伊能忠敬の話。教訓 精神一到何事かならざらん>
7. 師弟 <忠敬の19歳若い天文学の師、高橋至時への感謝>
8. 自立自営 <実業界の隆盛を築いた渋沢栄一>
9. 公益 <フランクリンの図書館設置、新聞発行、消防施設などへの貢献>
10.協同 <筑後川改修に尽した5人の庄屋の協力>
11.職分 <沈没潜水艇長佐久間大尉の遺書。教訓 人事を尽して天命を待つ>
12.憲法 <帝国憲法は天皇がこれによって国を治める大法。皇祖皇宗の教えの基づく>
13.国民の務め(1)<一朝ことあれば、一身一家を忘れ義勇公に奉ずるべし。
            17歳から40歳は兵役の義務。>
14.同上   (2)<軍備、教育、公共事業、殖産のための納税の義務>
15.同上   (3)<奉公の精神を以て、選挙における投票の義務を果たせ>
16.国交 <天皇は国際平和を希求。日本はまず東亜の安定を保つ>
17.徳器 <孔子の弟子3千人。その徳を説いた論語>
18.仁愛 <戦乱に敗れた会津藩士の子供達を救った瓜生岩に藍綬褒章>
19.勇気 <高田屋嘉兵衛、択捉・樺太でロシア軍艦の艦長らと対決して説得>
20.至誠 <陸軍大将伯爵乃木希典の至誠を貫いた一生と天皇平癒の水垢離>
21.国運の発展 <明治・大正・今上天皇の大御心と国民の翼賛による発展>
22.同上 づづき<産業の発展、日・満・支三国による東亜の発展へ>
23.創造 <田中久重日本初の汽船をつくる。国家有用以外の工夫は断る>
24.教育 <明治23年教育勅語下り、教育の大方針定まる。国体に基づき忠良なる臣民を
       育成するを本旨となす>
25.教育勅語 <第一段 朕惟うに・・教育の淵源またここに存す。の解説。
         皇室は万世にわたり手本を示し、国民はこれに従って忠孝を尽くしてきた。
         これが、国体の純美なところであり、教育の基本である。
26.教育勅語  つづき <第二段 璽臣民父母に孝に・・・祖先の遺風を顕彰するに足らん。までの解説。忠良な臣民の守るべき徳目を列記。
27.教育勅語  つづき <結語 斯の道は以下・・・拳々服膺して皆その徳を一にせんkとを庶幾ふ。この勅語にお示しになった道は、我ら臣民の永遠に守るべきものであり、至誠を以て日夜御趣旨を奉戴せよ。>
                    以上