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「“ささやかな体験”から考えたこと」
(1)20年ほど前の3月に、私は東京都内のある駅で、山の手線の電車を待っていました。やがてホームの反対側に外回りの電車が着いて、ラッシュアワーは過ぎていましたが、まだ大勢の乗客が降りて来ました。その中の若者二人が、言い争いを始めました。降りる時に肩がぶつかったらしく、「謝れ!」「そっちこそ謝れ!」といった調子の口げんかでした。

(2)その二人はスーツ姿ではなかったので、サラリーマンではなく、体格の大きい体育系の大学生のようでした。一人が拳を振り上げたので、「殴る気か?やるならやってみろ」と激しい口調になりました。そのうちに、どちらからともなく殴り合いが始まって大げんかになってしまいました。その時、私の乗る内廻りの電車が来て、急いでいたのでそれ以後の様子は分かりませんでした。駅員も駆けつけていたので、恐らく警察を呼ぶような騒ぎになっていたことでしょう。

(3)私がなぜこんな話を書いたのかと言いますと、安倍内閣と一部の国会議員たちの“国防論”の危険性を指摘したかったからです。最近の北朝鮮の挑発的な脅しや、中国海軍の日本の領海侵犯事件などは、駅のホームでの喧嘩と同じで、手を出したら引っ込みがつかなくなるようなきわどいものです。しかも、「“自衛隊”なんていう受け身の存在では国は守れない。攻められる前に攻めろ」とまで主張する議員もいます。「戦争になってもかまわない」と考えての外交を国民は本当に望んでいるのでしょうか。

(4)安倍首相は、委員会での答弁は、もたもたと弁解がましい言動に終始していますが、国会の外ではえらく元気がいいようです。「横浜市が保育所の待機児童を零にした」と報道されると、早速、横浜のある保育所を訪れて、にこにこ顔で所員や園児と話していました。首相は、そんなことは担当大臣にまかせて、もっと大所高所からの政治力を発揮すべきだと思いました。

(5)5月24日の東京新聞は大きな見出しで、「改憲・護憲派声そろえ“96条守らねば憲法破壊”」と書いていました。憲法はその時の政治権力の行き過ぎを抑えるためにあるものです。それを自由に改訂出来るようにしたら、憲法の意味は無いことになります。憲法改訂論者の言い分の1つには、「敗戦後に米軍に押しつけられたものだから」というのがあります。しかし、当時のGHQ の意図は日本が再び軍国主義の国にならないようにすることでした。敗戦当時の中学生だった私は、憲法普及協会会長 芦田 均の名前で出版された小さなテキストで、「平和憲法の意義」を教え込まれました。つまり、日本国民にも考える機会は十分にあったのです。政治家たちは、その後も言を左右にする傾向がありましたが。

(6)それから、“朝鮮戦争”のような予期せぬことが起こって、日本の再軍備が論じられるようになりました。そして、原子爆弾の使用を主張したマッカーサーは米大統領に解任されたのです。私は、現憲法に書いてある、“文民統制”(civilian control)の重要性も歴史の先生から教わりました。そういう事実も知らない、あるいは、勉強をしようとしない政治家たちに勝手な理屈を言ってもらいたくないと心底から思うのです。(この回終り)