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英語の話し言葉の表記にローマン・アルファベットを当てる工夫は、7世紀の初めにローマからアイルランドを経てブリテン島にやってきたキリスト教伝道者が始めたことですが、それが英語の書記法として定着してしまったことが問題の始まりでした。ローマン・アルファベットは英語の音素を表わすのに、あまりふさわしいものではなかったからです。しかもその後の歴史の中で、英語の発音システム(とくに母音システム)に、「大母音推移」(Great Vowel Shift)と呼ばれる大きな変化が起こりました。それにもかかわらず綴りはほとんど変化しなかったので、英語の発音と綴りのずれはますます大きくなりました。今日の英語の学習者の悩みの底には、そのような歴史的な背景があるわけです。

 そこで前回の最後に記した疑問について考えてみましょう。「英語の文字や綴りは、一部の人たちが言うように、表音文字とは言えないほどでたらめなものなのか、それとも、複雑ではあるけれども、それなりに合理的な記述が可能なシステムであると言えるのか」という疑問です。まず、英語の綴りが実際の発音からずれているからと言って、まったく「でたらめな」(at random)わけではありません。もしそうであるなら、そのようにして書かれたものは、誰も読めるようにはならないでしょう。たとえば、英語を知っている人がテキストのあるページに10個の未知語に出合ったとしても、それらをどう発音するか見当もつかないということがあるでしょうか。たぶんそんなことはないはずです。いま筆者の手許にある雑誌の中から比較的に長い綴りの単語を3個選んでみます。

・Euroskepticism, magaphilanthropist, Steinacopia Inc.

いかがですか。筆者のワードソフトではこれらすべてに赤線が引かれます。つまり私のパソコンはこれらの語を知らないと言います。しかし英語を学んだことのある皆さんは、たとえこれらが未知語であっても、英語らしく発音できるのではないでしょうか。ついでに強勢の位置もきっと見当がつくことでしょう。

 このように、英語の綴りは「でたらめ」と言うのは誇張した表現であり、英語の綴りはそれなりのシステムを持っていると言えます。つまり英語の綴りは、発音記号のように音と文字が1対1に対応はしていないけれども、大部分の綴りは音と相関していると言ってよいでしょう。英語の単語の綴りのうち規則的なものは90% か、あるいはそれ以上あると聞いたことがあります。どこまで根拠のある数字かは分かりませんが、たぶんそんなところだと思います。とにかく英語の綴りの10% 近くが不規則または例外であるとすれば、音から綴り、または綴りから音への完全な予測はできません。しかし書き言葉のシステムとしては、他の言語に比べてさほど不規則なものではないと言ってよいでしょう。日本語の書き言葉と比べてみてください。どちらが複雑でしょうか。

 音と綴りが不規則なものの例は、学習初期の段階に現れる基礎語の中にも多数見られます。たとえば中学校で必ず習う次の語などは、綴りと音が規則から外れているので、発音を間違えやすく、綴りも覚えにくいものです。

・音と綴りが規則から外れている単語:beautiful, build, busy, buy, does, eye friend, give, goal, have, many, one, people, through, woman (women), etc.

 ここでサイレント・ウェイの Fidel と呼ばれるチャートを紹介しましょう。この指導法では、さまざまな言語について、発音と綴りの関係を示す語の一覧表を作成し、それを ‘Fidel’ と呼んで教材の一部にしています(注1)。英語のFidelは予想されるようにかなり複雑なものになりますので、教材としてどのように用いるかは難しいところですが、教師にとっても生徒にとっても、興味のあるものではないかと思います。たとえば /u/ の音を表わす綴り字は4種類あり、Fidel を見ると、それらは look, would, put, woman の4種類であることが一目で分かるというわけです。サイレント・ウェイは英語だけでなく、他の言語(フランス語、スペイン語、イタリア語、中国語、日本語など)についても同様の教材を開発しています。このような教材を考えついたのは、サイレント・ウェイの創始者であるカレブ・ガテーニョが最初であったと思われます。

 近年になって英語の音と綴り字の関係についての、より網羅的な研究がなされ、1990年以降にいくつかの研究書が出版されています。日本では成田圭市氏(新潟大学教授)が現代英語の綴りと発音の関係を分析し、それぞれの綴り字がどんな音を表すか、また母音・子音のそれぞれがどんな綴り字で表わされるかについて、その由来を含めて詳細な説明をしています(注2)。その巻末に掲げられた「綴りと発音の対応一覧」は、どこまでを規則的なものとし、どこから変則的または例外的なものとするかを判断するための資料を提供してくれます。(To be continued.)

(注1)Caleb Gattegno, The Common Sense of Teaching Reading and Writing (NY : Educational Solutions, 1985) の中に英語の Fidel が載っています。

(注2)成田圭市『英語の綴りと発音—「混沌」へのアプローチ』(三恵社、2009)