Print This Post Print This Post

(159)参院選管見

Author: 松山 薫

(159)参院選管見 暮らしはどうなる

④−5 賃金は増えるか

〔現状〕

  厚生労働省の調査によると、平成24年の雇用労働者の平均月額賃金は、平均年齢39.8歳で、42万3千4百円であった。年収にすると、502万円となる。しかし、これは、勤続年数17年の正社員の平均であり、パートを含めた非正規社員の平均給与は、残業代、賞与を含めて、月額 31万4千2百円、年収 377万円で、前年比0.6% 減リ、1990年以降最低となった。この内フルタイムの雇用者賃金は 40万1千7百円、パートタイマーは9万七千2百円で、パートタイマーの増加が全体の水準を引き下げている。パートなどの法定の最低賃金は、全国平均で1時間当たり763円で、限度一杯働いても、月収は12万円程度にしかならない。このため、非正規労働者の4人に3人が年収200万円以下となっている。政府が最低賃金の引き上げに介入したのは、生活保護費との逆転が起きたからであるが、それでも、イギリスの928円、フランスの1084円などにははるかに及ばない。

〔問題点〕

 国際労働機関(ILO)が定めているように、賃金が労働の対価であるならば、同一労働、同一賃金が原則であべきだが、日本の賃金にはこの点に関して問題が多い。またILO第1号条約では、労働時間は1日8時間、1週48時間が限度と定めているが、日本政府はこの条約を批准しておらず、多くに事業所で長時間労働が常態化している。

① 男女間の格差:厚労省の調査によると、平成22年現在、女性の賃金は男性の7割弱で、他の先進諸国に比べて格差が依然大きいとしている。

② 正規労働者と非正規労働者の格差: 上記調査によると、正規労働者の月額平均賃金が31万7千円であるのに対して、非正規労働者は19万6千円で、約6割。

③ 長時間労働 : 就業時間の長さにも、大きな問題がある。正規の賃金では食っていけず、時間外労働に頼らざるをえないのが現状だろう。NHKに中途採用で入社した時、基本給が前の会社より2割以上も少なかったので、「これじゃ食っていけませんよ」と言ったら、採用担当者は、「報道は時間外が多いから、十分食っていけるよ」と言った。時間外にたよる賃金は、60年前と何も変っていいない。いや、ますます悪化するのではないか。work-and-life balance はなかなか実現できそうもない。

④ 裁量労働制のわな—“名ばかり管理職”: 労働基準法では、1日8時間、週40時間が所定労働時間となっており、時間外割り増し賃金を払えば1日13時間まで延長で
きる。割増賃金を払わず、しかも、この延長枠を超えて働かせるさせる目的で、”名ばかり管理職“などが横行し、日本人はworkaholic (仕事中毒)であるとさ、”karoshi“が世界的に知られるようになった。その代表的なものが”ブラック企業“だ。東京のある弁護士グループは、今年の「ブラック企業大賞候補」に外食産業の「ワタミ」、アパレルの「クロスカンパニー」教育関連の「ベネッセ」、運輸大手の「西濃運輸」など8社を挙げている。
NHK労組の役員をしていた頃、労使の協議で「組合員管理職」という得体のしれない
ものが出来た。このような「鵺的」存在が労働運動に及ぼす悪影響を考えて反対したが、組合大会ではあっさり承認されてしまった。記者だプロデューサーだ、ジャーナリス
トだと言っても、所詮はサラリーマンだと、改めて思い知らされた。

⑤ 有給休暇:労働基準法では勤続年数に応じて年間10日から20日間の有給休暇を、原則として自分の望む日に取れることになっているが、消化率は民間の調査では40%以下で主要先進国中最低、厚労省の調査でも50%以下である。理由は色々あるが要するに自由に取りにくい労働環境や職場の雰囲気があるということである。そこで、正月、ゴールデンウィーク、お盆などに、一斉に休み、”民族大移動”が起きることになる。外国人から見ると異様な光景だ。”群れる国民性”を温存するのに役立っているのではないかと言った外国人の同僚がいた。そのほうが統治者にとっては都合がよいだろう。二昔くらい前に国民の祝日を増やすことに熱心な“牛若丸”とかいう自民党の政治家がいた。”牛若丸”はそのことを承知の上で、やっていたのだと私は勘ぐっている。

⑥ 物価の値上げラッシュ: アベノミックスによる円安で輸入物資の値上がりが続く。  原油・天然ガスの値上がりによる電気・ガス料金の大幅値上げ、ガソリンはリッター160円で高止まりしている。私が車に乗っていた10年前は85円くらいだった。
 この他、冷凍食品、小麦製品、清酒、食用油、ハム・ソーセージ、ラップなど枚挙にいとまがない。私はチーズパンが好きで、いつもプールの帰りに買っているが、この半年ほどで3分の2くらいの大きさになり、チーズの個数も大幅に減った。多くの輸入関連食料品でこういう実質値上げが行なわれている。
賃金と物価は相対的なもので、戦後のインフレ期には年3回ベースアップという時期もあった。今は物価が上がって、賃金が下がっているのだから、大人数の世帯や収入の少ない年金生活者などは大変だ。安倍首相は選挙戦で、10年間に国民総所得(GNI)を150万円増やすと演説したが、故意か無智かこれは、GNIを個人所得と取り違えており、うまくいっても半分程度しか増えない専門家は言う。アベノミックスでは10年間、年率2%のインフレを想定しているから、実質賃金はほとんどあがらないことになる。

 ⑦ 企業の出し渋りと労働組合の無力:企業の内部留保金はこの10年間で200兆円からから390兆円へ増えた。国家予算の4倍にもなる膨大な利益の蓄積だ。利益が上がれば労働分配率も上がるというのが長年の慣行であったが、ここ10年はそれも崩れた。労働組合の存在意義が問われている。

〔展望〕

 前回のブログで述べたように、政府・財界は、国際競争に勝つためとして、労働力の流動化を進めようとしている。なんだか、明治から敗戦まで続いた富国強兵策の現代版のような気がする。つまり、労働者は、企業戦士となって、与えられた所で、文句をいわずに、倒れて後止むの精神で、お国のために働けと言われているようなものではないか。で、果たして勝てるのか。当面はともかく、中・長期的に見れば私の答えは“No.”だ。

企業が内部留保金を増やして、使わないのは、先行きに不安を感じているからだろう。短期的には、投機マネーに翻弄される世界経済は、第2のリーマンショックのような事態を招く危険性が十分ある。また、中期的には、世界的な賃金の平準化は避けられず、海外に進出しても生産コストが減る条件はなくなっていくだろう。かつて日本の10分の1程度であった中国の賃金は年率10%以上増えており、「チャイナ+1」としてのタイでは最低賃金が大幅に増額された。日本企業はベトナムややミャンマーへ逃避するようだが、同じことの繰り返しに終るだろう。さらに、長期的には、急激な人口減少を考えれば日本が再びGDP大国になる可能性は極端に低い。右肩上がりの経済成長を前提にした政策はやがて行き詰まる。

 もう半世紀も前のことだが、海運関係の取材をしていた時の忘れられない思い出がある。 全日本海員組合(全日海)と船主協会との賃金交渉の席で、船主協会側の山下汽船の社長が「組合の要求を呑めば、会社が潰れる」と猛反対した。これに対して全日海の中地熊三組合長は「従業員に十分な生活を保証できないような会社は、社会的に存在の意味がない」と言い放った。海員組合はその後、3ヶ月に及ぶストライキに突入した。当時、日本でほとんど唯一のクローヅドショップ制の産別組合であったから出来たことだった。その後、船主側と政府は、海運会社の集約を実施するとともに、海運業界は日本人船員を外国人に代えて行った。現在の企業の海外進出(逃避)を先取りしたものと言えるだろう。私は、今でも、中地組合長の発言は将来に通ずる大原則だと思っている。 そして、その原則を実現するには、GDP信仰とは別のアプローチが必要だと考えている。(M)

* 前回のブログで、「社会保障が0%」とあるのは、60%の入力ミスでした