Print This Post Print This Post

(番外−2)東京オリンピック返上論    松山 薫

 2020東京五輪の招致に決定的な役割を果たしたといわれる安倍首相の「原発汚染水はunder control」という発言の欺瞞性については、これまでも何回か採り上げてきたが、安倍首相と並んで招致の”功労者“といわれる猪瀬東京都知事の選挙とカネをめぐるスキャンダルが明るみに出て、私は、東京招致の正統性に決定的な疑問を抱かざるを得なくなった。

 日本国と首都を代表する二人の政治家が、信頼という政治の根底を踏み外したことは、フェアプレイを根本とするオリンピックの理念を真っ向から否定するものであり、猪瀬知事は辞任以外に都民や国民、世界の人々を納得させる道はない。そうなると都知事選挙のやり直しだが、その時には五輪返上を主張する候補者にも出てもらい、その候補の得票数によっては2020東京五輪を返上することを考えなければならなくなるはずだ。候補者には、いち早く東京五輪招致に反対し「最後のひとりになっても反対する」と頑張っている元ニュースキャスターの久米宏がよいかもしれない。

 私は前回の東京オリンピックを取材してオリンピック運動の持つ意義と力を実感した。
(アーカイブ 2012−6−9 五輪取材余話)。だからオリンピックそのものに反対しているわけではない。しかし、石原前知事時代からの東京招致運動には疑問を感じていた。その理由は次の通りである。

① 近代オリンピックの創始者ピエール・ド・クーベルタンが、ギリシャ国王のギリシャ恒久開催という執拗な要求を退けて、5大陸での開催を貫いたのは、オリンピックを通じて世界人類が結ばれることを願ったからであり、東京に限らず、複数の都市が立候補した場合は、未開催の都市を優先すべきだと思う。
② 今回の立候補都市のうち、未開催都市はイスタンブールのみであった。しかも、5回目の立候補である。したがって、私は何らかの優先権を与えるべきであったと思う。勿論IOCの規約上は、そのようなことは出来ないから、IOC委員の見識が問われたのである。
③ イスタンブールはアジアとヨーロッパを結ぶ地点にあり、また、開催されればイスラム圏では初めてとなる。今、世界はイスラムを理解することが緊急の課題となっている。オリンピック精神に照らして、東京よりイスタンブールに開催の大義があった。
④ このため、投票日直前まで、海外のメディアは、イスタンブール優勢を伝えていた。これを覆したのは、日本チームのロビイングだったとされる。このこと自体がきわめてアンファアな印象を与える。
⑤ オリンピック精神の中核は言うまでもなくフェアプレイである。東京の招致費は前回も不明朗な点が多く問題になった。祝賀ムード一辺倒の中で、今回の75億円の使途も公表されていない。
⑥ 最もンフェアであったのは、東京招致の最大の障害といわれた福島第一原発の汚染水もれについての、” under control “ という安倍首相の発言だった。嘘をついて五輪を招致しといわれても仕方ないだろう。国の代表者がこのような言動をし、それを国民が支持する。後世、国家の品格が問われることになるかもしれない。
⑦ それまでしてオリンピックを招致するのは、11兆円とも100兆円ともいわれる経済効果である。オリンピックを金儲けの手段にする傾向を助長する。東京の組織委の予算は、3412億円、そのうち放送権料が800億円、企業の協賛金が1155億円と、企業からのカネが60%を占める。
⑧ マスメディアによって喧伝されるオリンピックムードは、今日本が抱える深刻な諸問題−貧富の格差、社会保障の衰退、労働条件の悪化、偏狭なナショナリズムの台頭など−を覆い隠す役割を果たす。
⑨ 選手は、東京で開催すれば色々有利な点がある。しかし、本当に実力のあるアスリートなら、どこでやろうが問題ないはずだ。むしろ私は日本人の素晴らしさを、外国で示してもらいたかった。
⑩ ブエノスアイレスのIOC総会で東京招致が決まった時、”Congratulations !”と猪瀬知事の手を握ったジャック・ロゲ会長は今どんな気持ちでいるだろうか。この大会で引退するロゲ会長はサマランチ前会長の下で招致運動をめぐってIOC委員の中に拡がった腐敗を一掃しようと戦った人だった。

 猪瀬知事は、医療法人の徳州会から5000万円を受け取った事実について、最初は「まったくない」と主張しながら、すぐ前言を翻し、受け取りを認めた。立候補の挨拶に行ったと述べながら、選挙には使っていないと強弁するこの人物の弁明を信ずる人がいるだろうか。徳州会がどんな組織であるか病院建設の認可や医療行政を担当していた猪瀬前副知事が知らなかったわけはないだろう。

 今から40年近く前、私が茅ケ崎市に住んでいた頃のことだが、旧態依然たる市政を、市民参加の市政に変えたいと願って私の同僚が茅ケ崎市長選挙に立候補した。その頃徳州会は大阪に続く全国で2番目の病院を茅ケ崎市に作ろうとして市の医師会から猛反対を受けていた。我が陣営は「命だけは平等」「24時間患者受け入れ」などの理念に賛同して徳州会の進出を支持し、私も賛成の応援演説をぶってまわった。その時初めて徳田虎雄に会ったが、病院のスタッフを猛烈に叱咤し、時にはビンタをくれる強烈な個性は未だに脳裏に焼きついている。

 その後徳州会茅ケ崎病院は地域の中核病院になった。私自身、この病院で胆嚢摘出手術を受け、1ヶ月の入院生活を送ったが、東南アジアに建設予定の病院へ行きたいので英語を勉強しているという若い外科医の皆さんをはじめ献身的な看護師さん達、病院食とは思えないうまい食事を提供してくれたスタッフに、若き日の徳田虎雄の理念がなお生きていることを感じて嬉しかった、だが同時に、長引いた入院のつれづれに、多くの患者達の話を聞いているうちに、徳州会が、「健友会」という組織を通じて政治活動の資金を作っていることも知った。医師会の既得権益と金権体質を批判していた徳田もまた、ミイラ取りがミイラになってしまったのである。多くの人々の善意を徳田は金に換えた。猪瀬はその金にたかったのである。選挙の直前に曰くつきの人物から金を借りて、釈明できると思っているなら、政治家としての資格はない。言い訳をすればするほど自縄自縛になるだろう。 

 コラムニストの天野祐吉は亡くなる少し前に、朝日新聞に連載の「CM天気図」で経済成長万能のこの国の空気を嘆いていた。“金だ金々、金々金だ、金だ金々、この世は金だ、・・・”というざれ歌を引用して、「今この国は景気さえよくなれば、憲法を変えようが原発を再稼動させようが”ええじゃないか、ええじゃないかの空気に溢れている。昔はこういう情けない空気を新聞やテレビは痛烈に批判したもんだが、いまはアベノミックスがどうしたこうしたと金勘定のニュースが最優先みたいだ」と述べている。寿命を悟ってのこの世への置き土産ではなかったかと思う。彼が親交のあったという小沢昭一もまた、“金だ元から末まで金だ。みんな金だよ一切金だ。金だ金だよ五輪も金だ”と軽妙に歌いとばしただろう。同時代を生きた同年代の一人として、心からの共感をおぼえ、微力ながら彼等の志を継ぎたいと思う。(M)