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(174) NHKはどこへ行く

Author: 松山 薫

(174)NHKはどこへ行く

 今月5日、特定秘密保護法案が参議院の特別委員会で強行採決された翌朝、NHKの朝7時のラジオのニュースを聞いていて「え!何で?」と首をひねった。頭は当然このニュースで、「自民、公明の賛成多数で可決され本会議に送られることになりました。各地で法案に反対する声があがっています」という内容のリードだった。ところが聞いていると、ニュース本文には、各地で法案に反対する声があがっているという部分は全く放送されなかったのである。私はNHK国際局報道部にいた頃、数年間、海外向けの日本語ニュースの編集にたずさわったことがあるが、こんな変なニュースの編集を自他ともに経験したことはない。重要ニュースは、本記、反響、雑感という組み立てになる。時間枠の関係で雑感を削ることはありうるが、リードで謳った反響の部分を本文で全部落とすというのは異様である。上層部からの指示か、整理部編集デスクの自己規制か。或いは単なる凡ミスであったのかもしれない。しかし、NHK在職中リクルート事件を体験し、政治の圧力に屈していく上層部の情けない姿を見ている私には、単なるミスとは思えず、今後政府の伝声管的な役割がますます強まっていくのではないかという危惧をぬぐえなかった。

 特定秘密保護法が成立し、報道に一層政治の圧力が加えられかねない情勢になって、この国の大手メディアの中で、一番弱い輪がNHKであることは明らかである。テレビやラジオの放送が政府の免許事業であること、放送法によって縛られていること、予算が国会承認事項であることから必然的に生ずる政治への弱みがあるからだ。中でも最も弱いのは税金が投入されている国際放送である。民主党時代の原口総務相は政府の主張をもっと反映させるよう申し入れて顰蹙を買ったし、自民党の領土問題に関する特命委員会は日本の主張を浸透させるため国際放送への税金の増額を来年度予算で要求するとしている。

 元日経新聞記者でメディア研究者の松田浩氏は、今月4日の朝日新聞文化欄に“政権のNHK支配監視を。露骨な人事、情報統制の発想”というタイトルで、最近の経営委員4人の任命に象徴されるNHKの危機的状況を憂えている。毎日新聞によるとこの4人は安倍首相のいわゆる”お友達“であるという。NHKのトップである会長は、これら4人を含む12人の経営委員会が選ぶが、翌5日の定例記者会見で現会長の松本・前JR東海副会長が、1期で退任する意向を明らかにした。新聞報道によると抗議の辞任だという。原発やオスプレイについてのNHKの報道が偏向しているという安倍政権からの批判と会長職をめぐる暗闘に嫌気がさしたらしい。後任は、籾井勝人前日本ユニシス社長に決まった。「この国のために役に立てるならうれしい」と語ったという。言うべきことが違うのではないか。「国民に真実を伝え、国民の知る権利を守る放送のために努力したい」せめてこれくらいのことを言ったらどうか。つまりは、安部政権の傀儡なのか、或いはジャーナリスティックなセンスがないのかいすれかだ。国民の多くは真実を知りたいと願って受信料を負担しているのだ。安倍政権の放送介入は第一次安倍内閣の時代に放送担当の菅総務相(現官房長官)が冨士フィルムホールディングの古森重隆社長を経営委員長に送り込んだ時から始まっている。

 私はかねがね、公共放送の経営委員長と会長がいずれも財界人であることには違和感を持っていた。前記の松田浩氏は、「NHKの歴史は政府・与党の介入の歴史だ」と述べているが、政権と一体の財界の意向が放送内容に反映しないと思うほうがおかしいだろう。NHK職員のトップである会長には、放送メディアに関しての十分な知識とジャーナリストとしての体験を持つ人物がふさわしいと私は考えている。私がNHKに入った当時の会長は、元朝日新聞記者の野村秀男で、元毎日新聞記者の阿部真之助、元朝日新聞記者の前田義徳と続いた。野村秀雄は、暴力番組追放に蛮勇を奮ったし、阿部真之助は、何とかNHKの中から会長を育てたいと考えていた。また、前田義徳は、辞任に当たり今の放送法制は、政府の介入の余地が大きいと警告して去った。それぞれに批判はあったにせよ、いずれも気骨あるジャーナリストであったと思う。

 前田義徳の後任に田中角栄が送り込んだのは、自分が39歳で郵政大臣に就任して以来の腹心である小野吉郎元郵政事務次官だった。ところが、この人物は、あろうことか、リクルート事件で逮捕され、保釈中だった田中角栄を局車で自宅に見舞ったのである。リクルート事件を必死に追っていた社会部や政治部の一部を中心に、憤激の声があがり、NHK労組(日本放送労働組合−日放労)は、小野会長の辞任を求めて全国で署名運動を展開し、2日間で100万人の署名を集めて小野を辞任に追い込んだ。これを機にNHK内では内部からの会長選出を求める機運が高まる一方、自民党政権内には日放労とその委員長である上田哲社会党議員に対する反撥が強まった。

 その時、反上田日放労の先頭に立ったのが自ら自民党大平派(宏池会)だと名乗っていた派閥記者の島桂二で、報道局長、放送総局長として”粛清”をすすめ、日放労退治に成功して会長に上り詰めた。自己顕示欲の強い島はスキャンダルで失脚し、同じく派閥記者の海老澤勝二が会長を継いだ。海老沢は入局当初から、田中角栄の右腕と言われた橋本登美三郎が、生地の茨城県出身者で作った青雲西湖会のメンバーであった。海老沢もまたスキャンダルで失脚した。つまり、自民党は内部昇格を求めるNHKの事情を巧みに利用して、自家薬籠中の派閥記者を会長に据え、彼等の失敗をこれ幸いと財界人に切り替えたのである。( アーカイブ 2012−6−30 公共放送と政治 )

 政治の介入を許す体質を克服するためにはどうすればよいのか。それは、NHKが報道機関として存在するための最大の課題であると思うし、26年間の在職中常に私の頭から離れることはなかった。私の結論は、報道にたずさわる者には、「個の確立」が必要であり、それあってこそ、圧力に屈することなく、真実に迫ることが出来るのではないかと思う。前回紹介した“Nothing but the Truth”の女性記者がそれを体現している。しかし、彼女は自らの属する新聞社にも、無関心な国民にも見放された。「こんなことになるのだったら、あんな記事は書かないほうがよかった」と彼女が後悔する場面がある。それでも彼女が刑務所行きを選んだのは「真実こそすべて」という強烈な信念があったからだ。

 そういう記者やプロデューサーがNHKに数多くいるとは思えないが、いないわけでもないことは、(アーカイブ 2012−7−7 NHKと政治 4冊の本)で紹介した。そういう人達を孤立させず、組織として守るのは日放労の責務だと思う。 政治やNHK経営から加わる圧力を撥ね退ける盾としての日放労の役割は大きい。それが出来ないようでは報道機関の労働組合としての存在価値はない。日放労が組織を挙げて立ち上がる時、国民世論が喚起される可能性がある。禍を転じて福となすというが、今回の「秘密保護法」をめぐる世論の動向が、その可能性を示しているように思う。(M)