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A : 前回は学習者の側に立って、「レストランでの会話のようなものは学校で学ぶべきなのか」という疑問を提示することで終わりました。教える側に立てば、この問いは「レストランでの会話のようなものを学校で教えるべきなのか」ということになります。先生方の中にも、こういう疑問を持っている方が意外に多いのではないかと思います。まず賛成の立場の人たちに訊いてみます。

文科省はたぶん教えることに賛成するでしょう。文部科学大臣の名で公示された現行の学習指導要領(注)には、中学校・高校での英語活動について細かな指示がなされており、その中に、「次に示すような言語の使用場面を取り上げるようにすること」と明記されています。

[言語の使用場面の例] a 特有の表現がよく使われる場面:あいさつ;自己紹介;電話での応答;買物;道案内;旅行;食事;手紙や電子メールのやり取り(高校のみ)など。 b 生徒の身近な暮らしにかかわる場面:家庭での生活;学校での学習や活動;地域の行事;職場での活動(高校のみ)など。 c 多様な手段を通じて情報などを得る場面(この項目は高校のみ):本、新聞、雑誌などを読むこと;テレビや映画などを観ること;情報通信ネットワークを活用し情報を得ることなど。

以上はすべて言語の使用場面の例として挙げられているものですが、学習指導要領にこのように書かれている以上、検定教科書の作成者はこの表を無視するわけにはいきません。無視すると検定で不合格にされる危険があるからです。その結果、その扱い方は教科書によって違っていますが、できるだけ多彩な言語活動を行わせようと教科書著者たちは苦心をしています。教科書を見ればそのことがよく分かります。これによって、学校でも多彩なコミュニケーション活動が可能になると文科省は考えているのでしょうか。おそらくそうでしょう。少なくとも、「もっと役に立つ英語教育を」という世の中の声に応えているという自負はもっていることでしょう。

他方では、このような教育に反対する人々(かなりの数の英語教育専門家を含む)がいます。その論拠は大きく3つあります。第1に、英語は日本人の生活言語ではなく、外国語だということです。私たちは日本に住むかぎり、日常生活において英語を使用する必要はほとんどありません。買物も、電話も、レストランでの食事もすべて日本語で済ませることができます。街に出て英語を話す必要が生じるのは、外国人に英語で何か尋ねられたときくらいのものです。上記の表の中の「道案内」がいちばん起こりそうな使用場面でしょう。生徒の身近な暮らしに関わる場面として学習指導要領は「家庭での生活」を挙げています。しかし留学でもしないかぎり、そんな英語は普通の日本人には必要ありません。

第2に、日常的な生活言語には決まり文句(定型表現)が多いことが挙げられます。それらは初級の学習者にとっては大変な学習負担になります。前回のレストランでのウェイターと客のやりとりがそうであったように、発話のほとんどは定型表現でした。たとえばウェイターのMay I take your order? / How would you like your steak? など。これらの問いに対する客の反応の多くも定型表現でした。客は料理やサラダをメニューの中から選ぶ必要はありますが、発言の多くは単語を一定の型にはめて言うだけのことです。こういう英語表現をなぜ中学生が学校で学ぶ必要があるのか、前回のQ1の中学生のように、疑問を感じる生徒もいるのではないでしょうか。

第3に、中学・高校は英語の基礎段階にあるのだから、レストランでの英語表現を学ぶ前にやるべきことが沢山あるという考え方があります。まず、語彙と文の基本構造に関する知識を身につけることが先決だという考えです。英語による日常会話というような活動は、学習の基礎が終わった段階で、そういう知識を必要とする人が学べばよいというわけです。急いで付け加えますが、中学生にレストランの場面はふさわしくないという意味ではありません。外国映画の中にもそういう場面はしばしば出てきますし、それによって外国人の食文化を学ぶことができます。中学校の英語の授業の中にそういう場面があっても悪くはありません。ただ、そこに出てくる英語を重要項目として扱う必要はないということです。映画などのレストランの場面を見せて、英米の食事文化を実質的に体験させるというのであればけっこうなことです。問題なのは、紙の教科書によって、レストランで使う英語表現を教え込もうとすることです。