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(1)「東京新聞」(2014年1月7日)の社説は、「強い国って何だろう」と題する社説を載せていました。その中で、デビッド・マッキ—著『せかいでいちばんつよい国』(光村教育図書、2005)のことを紹介していました(この本は、“アマゾン”で購入可能です)。“軍隊の強い国”と“文化の強い国”を対比させた大変に皮肉のきいた寓話です。

(2)軍隊の強い国が軍隊などない弱い国に攻め込みますが、全く戦いになりません。強い国の人々は、弱い国の人々に歓迎され、逆に遊びや料理を教わって喜びます。ここで私は永世中立国スイスのことを考えました。スイスはその面積は日本の十分の一です。そんな小国が、第1次大戦でも第2次大戦でも中立を守って戦禍を受けませんでした。しかし、スイスにも軍隊もあれば、徴兵制度さえあります。ただし、「スイスはどこの国にも侵攻しない」という信頼感を周辺の強国から得ていたのです(1815以来)。1955年にはオーストリアも中立国になっています。

(3)日本でも周囲の隣国からそういう信頼感を得る機会は十分にあったはずです。2回の世界大戦の時とは世界情勢が違ってはいますが、日本はまず過去の過失を反省するところから始めるべきでしょう。こう言うと、今の国会議員の中には、「そんな自虐的な歴史観はダメだ」と言い出す人がいます。それでは、隣国の信頼など得られないと思います。

(4)大国アメリカも“世界の警察”を自任して、多くの紛争に手を出して国力を疲弊させてしまいました。こういう世界情勢は日本にも大きな影響があるのですから、安倍首相のように、“強い国”になることを目指すのでは、他国の理解など得られるはずがありません。安倍首相は中国や韓国に対して、「こちらはいつでも話し合いの扉は開けている」と言いますが、相手が前提条件にしている靖国神社の問題について何も説明しないのではうまくいくはずはありません。

(5)確かに中国の覇権主義はひどいものです。しかし、かつて日本は旧満州に傀儡政権を造り、台湾からは爆撃機を飛ばして、中国各地に戦火を拡大したのです。そのことの反省を明らかにすれば、世界の世論を味方に中国を孤立させることが可能となるでしょう。前に書きました私の見た駅ホームでの喧嘩のように(その40)、「お前やる気が」と言い合っているうちに大喧嘩(戦争)になる恐れは多分にあると思います。

(6)アメリカは、日本の首相がしばしば交代するので、だんだん日本が信用出来なくなったような気がします。口先では、「日本は同盟国だ」とは言いますが、特に政権の右傾化には警戒心をもっていることも確かでしょう。日本の指導者はそういう空気を敏感に読み取って対応すべきだと思います。外交というものは、良い意味でも、悪い意味でも“腹の探り合い”だと思います。悪い意味にばかり取っていたのでは、大きな禍根を残すことになると思います。(この回終り)