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英語の発音というとthとlとrの発音をやかましく言う教師がいます。筆者の知っているアメリカ人教師にもそういう人がいました。クラスの全員ができるようにしようと、徹底的にこだわる人もいました。しかし結局は徹底できないことを知って諦めたようです。たしかにこれらは日本人にとっては難しい発音です。しかしどういうわけか、これらの発音が簡単にできてしまう人とそうでない人がいます。同じ先生に指導されても、すぐに要領を飲み込む人と、何回注意されてもそうならない人とがいるのです。筆者は長年の経験からそのことを知りました。原因は簡単には説明できないのですが、外国語の発音習得には大きな個人差があることはたしかです。大勢のクラスでは、特定の発音の訓練にこだわり過ぎるのは賢明ではありません。

そういうわけで、学習者はthやlやrの発音に過度にこだわる必要はありません。なるべく早く身につけてしまうほうがいいにきまっていますが、そういうことが不得手な人は、それらを後回しにしてかまいません。自分なりにそれらの音が出せればよしとします。何とかしたいと思う人は、密かに(自分の部屋にこもって)自分自身を相手にして練習してください。案外簡単にできるようになるかもしれません。できなくても落胆する必要はありません。できないのはあなただけではないのですから。それに、英語の学習には他にすることがたくさんあります。thやlやrの音が多少ヘンでも、英語のできる人はたくさんいます。それに、他のことをやりながらでも発音の練習はできます。発音に関しては、前回にも言ったように、一度に完璧な発音を目指すよりも、長い時間をかけて少しずつ改善していくのが賢いやり方なのです。

さて、英語の音を楽しむ最良の方法は音読です。音読については、わが国の英語教育の理論家も実践者もほぼ一致してその効果を認めています。筆者もかつて『英語コミュニケーションの基礎を作る音読指導』(研究社2004)という本でそのことを強調しました。幸い、最近は中学校でも高校でも音読が重視されています。(2011年度から始まった小学校の「外国語活動」では、音声による学習が中心なので、文章を読んだり書いたりする学習は原則としてしないことになっています。)音読とは、書かれた語句や文章を声に出して読むことです。独りで音読するときには自分に聞こえる程度の声で読めばよいのですが、他の人に聞いてもらうときには声の大きさを少し大きくするなどして調節する必要があります。それは朗読と呼ばれます。以下の記述では特にことわる場合は別として、両者を厳密には区別しません。

それでは、なぜ英語学習に音読が大切なのでしょうか。それは音読が英語の運用力、特に口頭による発表力を身につけるために非常に有効な基礎練習となるからです。運動選手の基礎トレイニングのようなものです。学校の授業では、通常、教科書のテキストの構造や意味を理解する活動が優先します。その後にそのテキストの内容について問答をしたり、要約したり、ディスカッションをしたり、重要語句を使って文章を作るなど、いろいろな活動をします。しかしテキストが複雑な構造をしていたり、内容が抽象的であったりする場合には、テキストの理解をするだけで授業が終わってしまうことがあります。復習をしないでいると、せっかく理解したはずのそのテキストについて、時間が経つとほとんど何も思いだせなくなります。こういう授業にはどんなにたくさん出席しても、学習したものが実際には使いものにならず、ほとんど無駄同然となります。このことは、これまで多くの英語学習者が実際に経験したことです。

音読の効用は次の4項目にまとめられます。

(1)英語の音声システムを身につけるのに役立つ。つまり、英語の発音と話し方の訓練の場を提供する。

(2)語句や文の構造をすばやく認知し、その知識を使って正しい文を作り出す文法能力を高める。

(3)英語表現の基礎となる重要な語句や文章を脳に蓄積する。私たちが話したり書いたりするときには、脳に蓄積されたそのような知識を利用する。

(4)音読からさまざまなスピーキング活動(読み語り、オーラル・プレゼンテーション、スピーチ、ディスカッションなど)に発展させることができる。

そのようなわけで、有意味な語句や良い文章の音読が楽しめるようになることは、英語をマスターするための第一歩と言ってよいでしょう。「でも」とおっしゃる方がおられるかもしれません。「教科書の音読なんて退屈で、それで英語が楽しくなるなんて信じられない」と。そういう人が音読を楽しむにはどうしたらよいでしょうか。次回は「音読の楽しみ方」について話します。(To be continued.)