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英語学習の途上で単語を覚えるのが好きだという人は少ないかもしれません。苦痛だと言う人が多いようです。たしかに英語の単語を覚えるのは大変です。しかし大変だからこそやりがいがあるとも言えます。筆者も中学生時代には単語を覚えるのが苦手でした。なぜ苦手だったのかを思い返すと、いくら覚えても忘れてしまうことでした。覚え方にも問題がありました。単語の綴り字とその日本語訳を結びつけるだけの単純な方法でした。そして必死になって覚えるのは定期試験の前でした。そのおかげで試験には合格するのですが、試験が終わると覚えたはずの単語の多くが頭から消えてしまうのです。もう少し正確に言うと、綴り字には見覚えがあってもその意味が思い出せないのです。これではいくら覚えてもキリがないと思いました。その結果、自分は記憶力が人並み外れて弱いのではないかという劣等感のおまけまでつきました。これに似た経験をする人は多いのではないでしょうか。

単語を覚えるのが難しい理由にはいくつかあります。それらのことを理解すれば、これまでのように焦って絶望的になることはなくなるかもしれません。なぜなら、単語学習の苦痛の多くは、一生かかっても登り切ることができないような大きな山を、短期間のうちに征服しようとする焦りから起こるものだからです。そのことは母語である日本語の語彙のことを考えてみるとよく分かります。私たちは誰ひとりとして母語の語彙の山を征服してはいません。おそらく一生かかってもできないでしょう。だからと言って焦ったりはしません。今の知識で、日常の使用は何とか間に合っているからです。これに対して、英語は学習者にとって未知の言語です。その語彙の山は彼らの前に高く聳えています。頂上もよく見えません。どこから踏み入れたらよいのかも分かりません。しかしここで焦ってはいけません。焦る人はその山の麓で野垂れ死にします。ゆっくり時間をかけて、気長に楽しみながら登ることが大切なのです。

単語の学習が難しい理由にはいくつかあります。それが分かればこれから登る山の登山道が見つかるかもしれません。無策に立ち向かっても、この山はとうてい歯が立ちそうにはありません。そこで単語学習の難しさですが、それは第一に、単語の多くが恣意的な記号だからです。つまり、語の形とその意味するものとの間には、必然的な関係がないのです。なぜ「木」のこと日本語では /ki/ と言い、英語では /tri:/ と言うのか、その理由を捜しても無駄です。昔からそういうことになっているとしか言いようがありません。これに対して漢字は表意文字ですから、その語形は意味と関係があります。「木」は木の形を表わし、「山」は山の形を表わしています。しかしそういう文字は世界ではむしろ珍しく、現在では話し言葉の音を文字に変換する表音文字を用いる言語が圧倒的多数を占めます。英語はもととも英語の音をラテン文字で表記することから始まりました。

そういうわけで、表音文字を用いる言語では、音や文字の連なり(綴り字)から意味を類推することは困難です。学習者は少なくとも最初のうちは、単語を一種の記号として覚えるほかに方法がありません。覚えるには相当のエネルギーの消費を覚悟しなければなりません。ここは頑張りどころです。しかし最初の2000語くらいの基礎語が覚えられたらシメタものです。学習が進むにつれて、語幹(語の中心部となる変化しない部分)から派生語や合成語を類推することができるようになりますので、語彙サイズは飛躍的に拡大します。そうなると山の頂が眼前にはっきり見えてくるでしょう。

単語の学習が難しい第二の理由は、それらの意味の多面性にあります。つまり、それぞれの語がいろいろな顔を持っているのです。単語を覚えることは語形と意味(form—meaning)を結びつけることだと考えられています。ですから単語カードはたいてい語形と意味が対(つい)になっています。たしかに英語の単語と日本語の単語が意味的に対応している場合もあります。たとえばpianoは「ピアノ」、violinは「バイオリン」、musicは「音楽」でよいでしょう。しかし多くの単語は多義的で、1対1には対応しません。中には、使われる場面によって意味が微妙に変化していき、その語の中心的な意味が何なのかを捉えることが難しいものもあります。使用頻度の高い動詞などはたいていそうです。たとえばtakeという動詞を例に取ってみます。この動詞の中心的な意味は何でしょうか。次にいくつかの例文を挙げますので、それらからtakeという動詞に共通する概念(中心的な意味)が何なのかを考えてみてください。

Shall I take a gift to my host family? / A boy took us to our room. / I passed him a rope and he took it. / Will you take your books off the table? / He took some keys out of his pocket. / Someone has taken my scarf. / We took the room at the hotel for two nights. / He started taking drugs at college. / Come in; take a seat. / I take a walk (a bath, a shower, etc.) every morning. / It takes about half an hour to get to the airport. / The bus can take 60 passengers. / How many subjects are you taking this year? / When did you take your driving test? (From Oxford Advanced Learner’s Dictionary)

動詞 ‘take’ を覚えると言っても、上記の例文を見ると、それは簡単なことではないことが分かります。単語のこのような意味の複雑な構造を人はどのように学習し、記憶し、そして実際に処理しているのでしょうか。それが私たちの取り組むべき次の課題になります。(To be continued.)