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<番外> 集団的自衛権行使と靖国神社問題           
 集団自衛権の発動という武力行使によって、この国は、とうとう戦争をする国になってしまうのか。もしそうなれば、当然戦死者が出る。戦死者は「国のため尊い命を犠牲にした英霊」として、靖国神社に祀られるのだろう。そのことによって生ずる三つの問題について考えてみたい。

 第一は、「命を賭けても戦え」と命じた者達の責任だ。直接的には、国家安全保障会議4大臣会合を構成する首相と3人の閣僚、特に首相と防衛相は、遺族と国民に重大な説明責任を負うことになる。私は<2014−4−5 靖国神社参拝問題>でのべたように、戦争責任をあいまいにしたところに、戦後の日本に、“草の根軍国主義”(映画評論家 佐藤忠男)が残存し、やがて復活してきた原因があると考えている。私たちは戦争中「天皇陛下の御為に、命を賭けて御奉公せよ(滅私奉公)」と教えられた。天皇が具体的にどのように戦争にかかわったのかについては諸説あるが、実際に戦争を企画し遂行したのは軍人、政治家、官僚であった。彼らは天皇の神としての無謬性を盾に、「袞龍の袖に」隠れて、国民への説明責任を逃れた。いわば、有無を言わせず、国民を戦争に引きずり込み、2百数十万人の戦死者を出したのである。

 再びこのようなことを許してはならないが、懸念されるのは「特定秘密保護法」である。この法律が「袞龍の袖」に代わる恐れは十分にある。戦争や軍事に秘密はつきものであるとして、戦争に至った本当の理由を明らかにしない、或いはすり替えるのである。ベトナム戦争の引き金となったトンキン湾事件を忘れてはならない。

 特定秘密の保護期間は30年であるから、国民を死地に追いやった張本人たちは、その間悠々と余生を送り、真実が明らかになった頃にはあの世へ行っている。私は、アメリカのブッシュJr.前大統領がテキサス州クロフォードの牧場で悠々と余生を送っているのが不思議でならない。彼はCIAの誤った情報に基づいてイラク戦争を起こし、5千人のアメリカの将兵と、その何十倍ものイラクの人達を殺したのである。法律上はともかく、彼の戦争責任者としての罪は万死に値すると私は思う。

 第二の問題は、戦死者が出ることによって、戦争反対の言論の矛先が鈍ることである。戦争中、英霊は絶対的存在だった。戦局が傾いてくると、英霊の出迎えが多くなっていった。私も何回か参列し、葬送の曲に乗ってしずしずと進んでくる白木の箱を上目づかいで見ながら、自分もやがてこの箱に入って帰ってくるのだと、なにか人ごとのように考えていた。その時頭に響いた歌。「なんにも言えず靖国の,宮のきざはし額づけば、熱い涙がこみ上げる。そうだその意気その気持ち、揃う揃う気持ちが国護る。」(西条八十作詞、古賀政男作曲)。そういう気持ちに揃えない奴は”不埒者 ”やがて“ 非国民 ”と呼ばれた。

 英霊に報いるためにという無言の圧力の下で異論は抑えられ、真実が隠されていく。武器輸出3原則は廃止されて、防衛装備移転3原則なるものが閣議決定された。武器が相手のものより優れていなければ、殺されることになるから、禁輸のタガがはずれたことによって、際限ないイタチごっこの開発競争にまきこまれる恐れが強い。戦死者が出れば、人の命には代えられないということで、ますます、質的量的な軍備拡大につながって、”死の商人”が生まれる。これを批判すれば”同胞を見殺しにするのか“という問答無用の非難が浴びせられることになるだろう。

 第三の問題は、戦死者を出すことによって軍人の発言権が増すであろうことである。”我々は国を守るために命を賭けている。軍事問題に部外者は口出しするな。」という風潮が助長されるだろう。 昭和13年、戦争の拡大に備えて「国家総動員法案」が衆議院で審議され、違憲論が唱えられた際、説明員として出席していた陸軍省軍務局の佐藤賢了中佐が、自分の説明に対する議員のヤジに対して「黙れ!」と恫喝した。自衛隊の中にも前々から「政治と軍事は同等である」という考えがあるようだ。(「14歳からの戦争学」 元陸上自衛隊陸将補 松村 劭)こういう風潮を許すと、シビリアンコントロールは失われていく。このような風潮に、国民の間にある“草の根軍国主義”が同調したら、どういうことになるのか。その兆候は、すでに、東京都知事選挙で元航空幕僚長の田母神俊雄候補が60万票を獲得した事実に表れているのではないか。

 草の根軍国主義の復活、ムードに流されやすい国民性、大部数ゆえに国民のムードに逆らえず、権力のチェックというジャーナリズムの本旨を忘れるマスメディア、この三位一体が、集団自衛権の行使を突破口に、英霊という亡霊によって増幅され、やがて、戦争をすることに抵抗を感じない国ができあがっていくのではないか。(M)