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2.競争原理から創造原理へ

② 創造原理への入り口 原発の廃止
1. 原発事故への反省の欠如
 人類が原子核を破壊してエネルギーを取り出すことに成功したのは今からわずか70年前の事であった。アラモゴードの核爆発実験に立ち会った責任者のロバート・オッペンハイマーは「“今われは死となれり。世界の破壊者となれり”というヒンズー教の聖典の一節を思い起こした」と回想している。また、この実験を指揮したマンハッタン計画の政府責任者であったヘンリー・スティムソン陸軍長官は「これは、フランケンシュタインとなって我々を食い尽くすかもしれない」と語っている。彼らは原子爆弾が人類の未来を破壊する可能性に対する恐れを抱いたのである。 原子爆弾と原子炉は原理的には同じもので、核爆弾が核エネルギーを一度に開放するのに対して、原子炉は制御しながらエネルギーを取り出すのだが、技術的には後者の方が困難をともなう。それ故に、原子炉は、チェルノブイリ、スリーマイル島、福島と3度の大事故をくりかえした。これらの過酷事故は、史上最悪の環境汚染を引き起こし、何十万に及ぶ人びとの人生を破壊した。それにも拘らず、”原子力ムラ”の科学者達、政府責任者達、経済界の指導者達には、オッペンハイマーやスティムソンのような真摯な恐れや謙虚な反省が感じられない。その傲慢さが再び事故を起こす最大の危険因子だと私は思う。

2. 原発の脆弱性と放射能の危険性の再確認
 安倍政権と財界が一体となって原発再稼働へ突き進んでいるのは、言うまでもなく、グローバライゼーションという競争原理に基づく市場獲得競争で後れを取らないためという経済成長至上主義の考え方による。今週開かれた電力9社の株主総会では、脱原発を求める株主提案は、予定通りすべて否決され、経営陣は再稼働の必要性を強調した。科学者自身が「科学に100%はない」と認める中で、国民民多数の生命を危険にさらし、国土を半永久的に汚染するリスクに目をつぶり、見切り発車することは許されないと私は考える。
 福島第一原子力発電所(福一)の過酷事故から、すでに1200日を超え、事故の記憶が風化しかかっているのではないかと思う。そこで、繰り返しになるが、原発の脆弱性と放射能の危険性についてもう一度確認しておきたい。 

 ⅰ 地震、津波、火山噴火などの自然災害には常に想定外のリスクがつきまとう。
 ⅱ 人為的災害、つまり戦争におけるミサイル攻撃やテロ攻撃に対してはほとんど無防備である。
 ⅲ 原子炉建屋内にある使用済み核燃料棒の保管体制が極めて不完全である。
 ⅳ 福島原発の溶融核燃料の取出し、老朽原発の廃炉の技術が確立されていない。
 ⅴ 核のゴミの最終処分の方法も場所も未決定であり、見通しさえ立っていない。
 ⅵ 一旦放射能で汚染されれば、完全な除染は不可能である。現在行われている除染は、単なる移染にすぎない。数万年もの半減期を持つ放射能が今後、いつ、どこで漏れ出すかわからない。
 ⅶ 絶対安全なら必要のない避難計画だが、再稼働を進めるため、絵に描いた餅のような実効性のない計画がたてられている。
 ⅷ 原子力ムラを生み、育て、未曾有の災害を生んだ岩盤組織が徹底した反省もないまま、再び動き出している。

 私は、3年前の3月11日、福島第一原発で事故が発生してから今日まで、毎日欠かさず「原発災害日録」をつけている。その第1ページには次のように記されている。
* 東日本に大震災 震度7 沿岸に大津波 M8.8 国内最大(2日後に9.0に修正)死者多数。
* 福島第1原発から半径2キロ圏内に避難要請。緊急炉心冷却装置動かず。政府は、初の原子力緊急事態を宣言したが具体策なし。
菅首相は午後5時、国民へのメッセージを発表し、地震の被災者への見舞いを述べた後、「なお原子力施設につきましては、一部の原子力発電所が自動停止しましたが、これまでのところ外部への放射性物質などの影響は確認されていません」と追加した。なお書きの追加である。私は“コイツはバカか”と思った。地震の物理的被害はいかに大きくても、一過性のものである。今最大限の警戒を要するのは、放射能災害であることが分からないのかと思ったのである。地震と津波は天災だ。しかし、原子炉事故は安全神話によりかかた故の人災であった。当時の民主党政権や東電をはじめとする原子力ムラは、「原発の大事故は絶対起きない」という安全神話に寄りかかり、事故が起きれば放射能が人間や自然環境に与える深刻な影響を明らかに軽視していた。中性子爆弾の研究を通じて放射能が人体に及ぼす恐るべき影響について、ある程度の知識があった私は、家内と相談して、二人とも80歳を過ぎていることだし、避難せずにここで死ぬことを覚悟した。
次回から2回は、原発災害日録をつける中で知り得た事実の一部をとりあげ、原発再稼働を判断する際の参考に供したい。(M)