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文法がどんなに面白いものであるかを示すために、一つの例を挙げましょう。“I love you.” という英語を知らない日本人はいないと思いますが、これはなかなか面白い表現です。この3語から成る短いセンテンスは、英語の文法や文化について、いろいろなことを私たちに考えさせます。

まず “I love you.” とはどういう意味でしょうか。中学生でも「わたしはあなたを愛しています。」という意味だということは知っているでしょう。では次に、あなたはこの通りの日本語を誰かに言ったことがありますか?と尋ねてみましょう。たぶんないでしょう。大人の読者でも、「わたしはあなたを愛しています。」と言った経験を持つ人は少ないのではないかと思います。筆者もありません。日本語では、これよりも、「あなたのこと好きです」や「きみが好きだよ」などのほうが普通でしょう。若い人ならば、「愛しているよ」と言うかもしれません。

「わたしはあなたを愛しています。」という日本語が使われないのはなぜでしょうか。その理由は、これがいかにも翻訳調の文で、変な日本語だからです。筆者の感覚では、そのような気持ちを表わすときには、むしろ英語の “I love you.をそのまま言うほうが、自分の気持ちを伝えるのに適切なように思います。つまり、「わたしはあなたを愛している。」という日本語は、それくらい変な日本語だということです。

この日本語はなぜそんなに変な日本語なのでしょうか。その答えは、簡単に言うと、この日本語が日本語の文法規範(規則)から外れた文だからです。どこが普通の日本語と違うでしょうか。そうです、不要な語が使われているからです。日本語では、特に強調したりするとき以外には、「わたしは」という主語は要らないのです。このことは少し考えてみると分かります。目の前にいる人と話をするときに、「わたし」や「あなた」をやたらに使うでしょうか。「あなたはどこへいらっしゃるのですか。—わたしは買物にいくところです。」などという会話は自然な日本語ではありませんね。外国人の使う日本語みたいです。つまり、日本語の文は原則として主語を必要としない言語なのです。これに対して英語は、どんな場合にも(例外はありますが)、主語を必要とする言語です。

そういうわけで、「あなたを愛しています。」という言い方ならば自然な感じがします。さらに、「あなたを」を言わずに、「愛しています。」や「愛しているよ。」のほうがもっと自然な感じの文になります。なぜなら、日本語では「あなたを」という目的語も、会話がなされている状況から明らかな場合には、言わないほうが普通だからです。それに問題なのは、日本語ではいつも「あなた」と言うわけにはいかないことです。相手によって、場面によって、日本語は2人称をいろいろに使い分けます。「あなた」「あんた」「きみ」「おまえ」「てめえ」「きさま」など。うっかり間違うと大変なことになります。一方、英語は相手が誰であろうとつねに “you” です。この日英語の違いは絶大です。英語では “I love you.” の “you” を省くことは絶対にできません。

最後に “I love you.” のセンテンスで注意すべきことは、 “love” という動詞の意味と使い方です。日本語では「愛する」と訳しますが、ほんとうに「love=愛する」なのでしょうか。「愛する」という言葉を日常的に使う日本人はどれくらいいるでしょうか。英米人の多くの家庭では、夫が妻に、妻が夫に、また親が子どもに、子どもが親に、日常的に “I love you.” と言うそうです。日本の家庭ではどうでしょうか。だんだんとグローバル化されてきましたので、そういう家庭もあるかもしれませね。母が息子に「愛しているよ」と言うのも珍しくないかもしれません。しかし息子が母に「愛しているよ」と言うでしょうか。そういう家庭はまだ少ないと思います。 “love” と「愛する」は似てはいるけれども、その使い方は同じではないのです。

最近は「国を愛する」という言葉が日本でもよく耳にするようになりました。その結果、この言葉に抵抗のない人が増えただろうと思います。ところで “love” という語は、キリスト教文化と深くかかわっています。キリスト教は「愛の宗教」と呼ばれているように、 “love” がこの宗教のキーワードになっています。日本のキリスト教会に行くと、礼拝で歌うゴスペル・ソングの中に、「わたしは神を愛します」や「神はあなたを愛している」、「あなたは神に愛されている」などの文句がふんだんに使われています。これらの「愛する」や「愛される」はどういう意味なのでしょうか。 “I love you.” の意味を深く知るために、 “love” という語をいろいろな角度から研究してみてはいかがでしょうか。