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前回に続いて、文法の面白さを示すためにもう一つ例を挙げます。皆さんは中学校か高等学校で5文型というのを習ったことがあると思います。それらを列挙すると次のようです。

・第1文型:SV(主語+動詞)Spring has come. / Birds are singing.

・第2文型:SVC(主語+動詞+補語)He is a teacher. / I am a student.

・第3文型:SVO(主語+動詞+目的語)Alice has a dog. / She loves it.

・第4文型:SVOO(主語+動詞+目的語+目的語)Tom wrote her a letter.

・第5文型:SVOC(主語+動詞+目的語+補語)The letter made her happy.

学校で文法をきちんと教えられなかったという人も、「5文型」という名前くらいは聞いたことがあるでしょう。ひょっとして、すべての英文がこれら5つの文型のどれかに入ると思いこんでいる人もいるかもしれません。たしかに多くの英文がこれらのどれかに当てはまることは事実ですが、すべての英文を無理やりどれかに当てはめようとする必要はありません。どの文型にも当てはまりそうもない英文はいくらでもあります。そういう議論は文法の専門家に任せることにして、ここでは上記5文型の表をじっくりながめて、そこからはっきりと分かる英語の重要な文法的特徴を指摘することにします。それらをしっかりと理解することは、英語学習の基本中の基本です。

さて5文型の表をながめて誰もが最初に気づくことのひとつは、英文にはつねに「主語」(Subject) が存在するということです。前回の文法の話でも述べたように、英語のセンテンスにはつねに主語が必要なのです。もちろん例外はあります。たとえば命令文には主語がありませんし、日記文の1人称代名詞(I)は省略されるのが普通です。また映画などの台詞で気づくように、打ち解けた話し言葉では主語が省略されることがあります。そういう例外はありますが、きちんとした英文には原則として主語が必要なのです。そんなことはもう「耳ダコだよ」とおっしゃるかもしれません。しかしこのことを頭の片隅で知っているのと、心の底から理解しているのとではずいぶん違います。なぜかと言うと、私たちが日常使っている日本語は、英語とはまったく違って、原則として主語を必要としない言語だからです。

例を挙げましょう。次の(1)~(5)の日本語には主語と言えるようなものがありません。主語らしいものがあるとしても、表面にはっきり出ていません。これらを通常の英語で表現すると< >内のようになります。日本語をそのまま英語に置き換えることができないので、それぞれが英語特有の表現に変えられていることに注意してください。あらためて驚くことですが、英文にはすべて明確な主語があります。

(1)ちょっと頭痛がする。<I have a slight headache.>

(2)お子さんはいらっしゃいますか。<Do you have children?>

(3)ここはどこですか。<Where am I? / Where are we?>

(4)この部屋には窓がない。<This room has no windows.>

(5)電車の中で財布を盗られた。<Someone stole my wallet in the train. / I had my wallet stolen in the train.>

日本語と英語をこのように並べてみると、両者の間にはとてつもない大きな違いがあることが分かります。その違いは尋常なものではなく、天と地ほどの違いのように感じられます。この違いを感じる人は、同時に、日本人が英語を学ぶのは容易ならぬ大事業だと思うはずです。英文では必ず主語が文頭に来るのは当たり前のことですが、日本語を習得した日本人には、それはけっして当たり前のことではありません。英語を知るということは、文を主語で始めるという感覚を全身で受けとめることです。それは一朝一夕にできることではなく、長期にわたる厳しい自己訓練を覚悟しなければなりません。

最後に、日本語と英語の表現の仕方が非常に異なることを示す例として、ノーベル賞作家・川端康成さんの『雪国』の冒頭部分を見てみましょう。それは次の短い文です。

「国境の長いトンネルを抜けると、雪国であった。」

この文の主語は何でしょうか。これを読む日本人は、文の主語が何であるかを考えることなく、感覚的にすっと理解します。しかしこれを英語に翻訳するとなると容易ではありません。主語が何であるかを考えなければならないからです。翻訳家は何とかしなければならないので、日本語の文を英語的に解釈して主語を作り出すことになります。サイデンステッカーさんの翻訳は次のようです。

“The train came out of the long tunnel into the snow country.”

これではただの客観的事実を述べただけで、原文の主観的・感覚的な叙述とはまったく異なる、面白みのないものになります(注)。日本語と英語の違いはこれほどまでに大きいのです。

(注)『雪国』のこの部分の解釈とその英訳については、言語学者・池上嘉彦氏がかつてNHK教育テレビの「シリーズ日本語」という講座で取り上げ、意味論的に掘り下げて考察していました。そのことは同氏の著書『英語の感覚・日本語の感覚 <ことばの意味>のしくみ』(NHK出版2006)にも取り上げられていますので、興味のある方はご参照ください(第6章の3)。