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<前回の修正と補足>前回の「述語について」の文章の中に誤りがありましたので、その修正と補足をします。その個所は「(1)英文にはすべて述語動詞がある」について説明した文章です。該当の段落すべてを抜き書きします。下線部が修正・補足した部分です。

「まず(1)について。英文に動詞が必要なことは、少し英語を学んだ人には自然に気がつくことです。しかし日本語を習得した日本人にとっては、すべての文に動詞が必要だということは自明のことではありません。なぜなら、日本語には動詞の無い文はいくらでもあるからです。たとえば、日本人は美しいものを見て、「美しい。」と言います。かわいいものを見て、「かわいい。」と言います。日本語の「美しい」や「かわいい」などの形容詞は、終止形を使えば、主語と動詞が無くても、それだけで文になります。一方、英語では主語と動詞が無いとちゃんとした文になりませんので、美しい建物を見て “It’s beautiful.” と言い、かわいいこけし人形が並んでいるのを見て “They’re cute.” のように言うのが普通です。この英語と日本語の違いは、学校ではほとんど教わることがないかもしれませんが、とても重要なことです。」

今回は、前回までに述べた英語と日本語の構造上の違いを、マクロ的観点からまとめてみます。(したがって、原則からはずれる表現や細かい規則には目をつぶります。)

(1)英語の基本5文型にはすべて主語があります。他方、日本語の基本文は主語を必要としません。したがって、英語をそのまま日本語に翻訳すると、意味は理解できても不自然な日本語になる場合が多いのです。そのひとつの例として “I love you.” を挙げました。これは典型的な S+V+Oの英文です。これを日本語に翻訳すると「わたしはあなたを愛しています。」となります。この日本語は完全に理解可能です。しかし多くの人は、なんとなく不自然だと思うのではないでしょうか。その理由は、「わたしは」や「あなたを」という不要な要素が入っているからです。これらを抜くと、「愛しています。」だけが残ります。日本語としてはこれで文になりますし、意味は充分に伝わります。男性と女性が向き合っている状況では、これがいちばん自然な感じがします。日本語では、このように、状況から容易に判断できる主語や目的語は文の表面には出ないのです。

(2)英語の基本5文型では主語と述語動詞が密接に関係していて、動詞の形は主語の人称や数によって決まります(たとえばI am; You are; He is; They areなど)。ただし、英語の動詞の語形変化は他のヨーロッパ言語に比べて非常に簡単になっているので、学習者はそのことに気づきにくくなっています。他方、日本語の基本文には英語のような主語が要らないので、述語(正確には述部)だけで文になります。英語やヨーロッパの言語と違って、述部は主語とは関係なく、独立した文にすることができます。たとえば次のAさんとBくんの対話を見てみましょう。

Aさん:昨日どこへ行ったの。Bくん:後楽園に野球を見に行ったよ。

もしこれらの文に、「きみは昨日どこへ行ったの。」「ぼくは後楽園に野球を見に行ったよ。」のように、「きみは」や「ぼくは」を入れたらどうなるでしょうか。すると、そこに他の意味が加わって、原文とは意味がかなり違ってきます(注)。このような例も、日本語では状況から判断できる主語は表面に表わさないというルールによるものです。

(3)英語の述部は原則として動詞で始まり、その後に補語や目的語がくっ付く形になります。他方、日本語の述部では動詞がつねに末尾に来ます。これが日本語の一大特徴をなしています。他の要素(補語や目的語や修飾語など)は原則として動詞の前に置きます。次に3つだけ例を挙げておきます。

・日ごとに寒くなっている。(It’s getting colder day by day.)

・この薬で気分がよくなった。(This medicine has made me feel better.)

・来年はもっと頑張らなくちゃ!(We must work harder next year!)

私たちの関心は英語をいかに楽しく学ぶかということですので、日本語の問題にこれ以上立ち入ることはやめます。読者の皆さま、どうぞ良い新年をお迎えください。2015年が平和な年になりますようお祈りいたします。

(注)相手に向かって「昨日どこへ行ったの。」と尋ねるのと、「きみは昨日どこへ行ったの。」と尋ねるのとでは違います。前者は通常の尋ね方ですが、後者には「他の人のことはともかくとして」という言外の意味が入ってきます。同様に、「後楽園に野球を見に行った。」は普通の言い方ですが、「ぼくは後楽園に野球を見に行った。」と言うときには、「他の人はともかくとして」という言外の意味が加わります。