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幼児を除いて、日本人のほとんどが英語と無縁では暮らせないほど英語が身近なものになっている現在、英語の学びを全く必要としないと考えている人はあまりいないと思われます。かつては日本で暮らす日本人は日本語だけ知っていれば困ることはありませんでしたが、今や、そういう時代ではなくなりました。すべての人が何らかの形で英語を使うことが必要になってきたのです。

そういうわけで、英語が使える日本人を育成する教育を推進するために、文部科学省(以下、文科省)が中心となって、いろいろな施策が提案されています。最近のニュースでは、第1に小学校における英語教育を拡充させること、第2に中学校・高等学校において「使える英語」をもっと徹底して教えること、第3に大学入試を改革し、トーフルなどの外部試験の結果を入試・就職の判定資料として積極的に利用することなどです。現在、そのための具体的な実施策がいろいろと考えられているようです。しかし、客観的に見て、それらの施策が成功する見込みはあまりないように思われます。入試の方法など、部分的に改善されることはあるかもしれませんが、日本人の英語コミュニケーション力を全体的に向上させるというようなことはとうてい無理です。その最大の理由は、国が新しい教育施策のための財政措置を全く考えていないからです。文科省も結局、金を使わずに派手な効果を狙うことしか考えていません。

はなからそのような悲観的な予測を述べることは差し控えたいのですが、これまでの経過と現状を見るとそう言わざるを得ません。たとえば、2011年度から小学校5年生と6年生に週1回の「外国語活動」が新設されました。これは教科ではありませんが、教科に準ずる新しい科目の新設でした。当然のことながら、そのためには相当数の指導教師の養成計画と採用計画が必要になります。しかし文科省はそのための予算を獲得できませんでした。新設の「外国語活動」は原則として小学校の担任教師(大部分は英語を使用した経験のない教師)に指導させることで、お金をかけずに実施に踏み切りました。「外国語活動」が新設されて認められた初年度経費は、わずかに『英語ノート』の作成のための教材事業費(1億7,22万円)だけでした。小学校から英語指導という、わが国の英語教育史上に残る大事業においてそうなのですから、他は推して知るべし。

中学校・高等学校の英語科目の充実についても、文科省は口を出しますがお金は出しません。学習指導要領の中で「コミュニケーション能力の育成」を特段に強調し、改訂ごとに高等学校の英語科目をいろいろといじくり回してきました。しかし思うような結果を得ることができず、ついには「授業は英語で行うことを基本とする」という一言を学習指導要領に加えることで、お茶を濁そうとしています。もちろん文科省が何もやっていないわけではありません。自分たちのやっていることを世の人々に示さなければなりません。世間受けのする、即効性のある派手なプロジェクトには予算がつきます。そのひとつが「スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)」というプロジェクトでした(注1)

SELHiは、文科省が先導的英語教育を推進するという名目で全国各地にそういうハイカラな名前の高等学校を指定し、研究のための予算をつけ、2002年度から2009年度までの8年間実施されました。その効果が当初の目的を達成するものだったかどうかは不明です(注2)。このプロジェクト実施の経験を踏まえて、文科省は今年度(平成26年度)から「スパー・グローバル・ハイスクール(SGH)」というさらに大げさな名前の実験校を全国に作って、国際的に活躍できるエリートを養成しようとしています。実に格好のよい、自らエリートをもって任じる官僚好みのプロジェクトです。こうして文科省とその背後にある政治勢力は、日本の将来の指導層の育成にせっせと励んでいるというわけです。それ以外の大多数の普通の人々のことは、彼らの念頭にはないのです。

昨年末のことでしたが、文科省の来年度の予算を削るために、財務省は小学校1年生の35人学級を40人学級に戻すように要求したという新聞記事を見ました。2年前に学級人数を35に減らしたのに、その効果がまるでないというのがその理由だと言います。驚くべきことです。まだその効果の判断資料も出ていないというのに。このような報道を見ると、国の財政当局は教育予算を削減することに熱心で、よほどの政治的メリットがないかぎり、新しい企画に金を出すことはなさそうです。国の財務担当者にとっては、緊急の課題が山積していて、教育予算を増やす余裕など全くないというのが本音なのでしょう。教育予算を削って軍備費を増やすという考え方は以前には問題視されましたが、今やほとんど議論もなく、それが当然のことのように実行されつつあります。世の中の普通の人たちにとって、国によって整備されるべき英語教育環境は確実に悪化しつつあります。

以上はこの国の英語教育に関する施策の一端を見ただけですが、そのような悪化しつつある教育環境の中で、私たちはどのように英語の学びと教育を推し進めたらよいのでしょうか。どのような状況の中にあっても、私たちの地道な英語の学びと教育は止めるわけにはいきません。私たちは少しずつでも前進しなければなりません。

(注1)SELHiとは、ウィキペディアによると、「2002年度から開始された日本の高等学校における先進的な英語教育を研究するための文部科学省主導のプロジェクト」です。文科省の指定を受けた高等学校にはそのための研究予算(毎年300万円)が支給され、それぞれ3年間で、英語教育に重点を置いた教育課程・カリキュラムの開発や中学校および大学との効果的連携の在り方などを研究し、報告書を作成する義務が課せられました。このプロジェクトは2009年度に終了しましたが、その8年間で指定を受けた高等学校は述べ169校でした。このプロジェクトを継いで、2014年度からは英語指導と強化するだけでなく、英語を使って活躍できる国際的な人材を開発するための新たなプロジェクト「スーパー・グローバル・ハイスクール(SGH)」がスタートしたわけです。

(注2)SELHiの先導的研究の成果についてはさまざまな意見があり、一概に述べることは困難なようです。このプロジェクトを主導した文科省によると、SELHiに指定された高等学校の多くは教員間の協力体制が整い、学習指導に効果を挙げたとしています。しかしこのプロジェクトが終了した後も、実施校における指導がさらに深化するのか、また周辺の高等学校の英語科教育にどのような影響を及ぼすかについては、いまだ不明であるとしています。筆者の見解では、もしSELHiの実施が高等学校の英語教育に一定の効果が認められたのならば、そのプロジェクトをさらに延長して、より多くの高等学校にこの研究を経験させるべきでした。全国169校では少なすぎます。文科省がこのプロジェクトを8年間で終了した真の理由は、実験校における成果がきわめて限定的であると判断したためと推察されます。