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資本主義は資産の私的所有に基づく自由競争をその原理としています。資本家は市場の拡大と投資機会を求めて、先を争って世界を駆け巡ります。そこは早いもの勝ちです。生きている人間は空間的にも時間的にも制約があるので自由に動き回ることができませんが、コンピュータにはそういう制約がありません。最近の証券取引所は、なんと百万分の1秒、またはそれ以上の高速で取引ができるようなシステムを開発して競争しているそうです。それはまさに一刻を争う競争原理で成り立っています。そんな競争原理が教育に持ち込まれたら、たまったものではありません。ところが、それに似た競争が教育現場にも見られます。1点を争う入試がそれです(注1)

入試は極端な競争原理が働く場面です。自分の志望する上級学校に入るには、他の者たちとの競争に勝たなければなりません。そういう趨勢が1960年代に始まった日本経済のめざましい成長期に顕著に現れました。多くの人が少しでも名の通った大学や専門学校に進学して、よりよい職を得ようとしました。やがて東大を頂点とする有名大学の序列が出来上がりました。序列の上位にある大学は年々入学が難しくなり、有名大学に入るためには有名高校へ、そこに入るには有名中学・有名小学校と、競争はしだいにエスカレートしていきました。東京では、とりわけ都立日比谷などの数校が有名で、そこに入るために決められた学区を超えてもぐりこむ「越境入学」が増えました。そのような行き過ぎた受験競争と、それによって生じた学校格差を是正する目的で考案されたのが学校群制度でした。

東京都の学校群制度は1967年にスタートしました。それは全日制普通科の都立高校をいくつかの「群れ」に分け、その中で学力が均等になるように合格者を振り分ける入試制度でした。東京都だけでなく千葉県、愛知県、岐阜県など、他のいくつかの県でも実施されました。しかし東京都に関しては、この学校群制度は失敗でした。それによって受験競争が緩和されたわけではなく、学校格差も無くならなかったからです。実施から14年後の1981年を最後として、それは廃止されました。そして1982年からは「グループ合同選抜制度」(注2)というのが実施されましたが、それもやはり不評で、1994年にはそれも廃止され、高校ごとの単独選抜制度に戻りました。

学校群制度がなぜ失敗したのか、その原因はいろいろありますが、特に次の2つの要因が大きく作用しました。

(1)受験者の志望を無視する制度であったこと:学校群制度が始まってすぐに分かったことは、受験生が自分の志望する高校に行けなくなったことです。これは大きな欠陥でした。たとえば野球の好きな男子中学生が、入学を許可された高校に野球部のないことを知ったなら、彼はその高校には行きたくないでしょう。学校群は複数の高校がグループを作って、合格者はそのいずれかに機械的に割り振られることになるからです。また、自宅の近くに伝統のある都立高校があって、幼い頃から、大きくなったらあの高校に入りたいと思っていた子どもがいたとします。「あの学校に入るためにはうんと勉強しなくてはならないよ」と親から言われ、子どもは一生懸命に勉強します。ところが学校群制度になって、どんなに努力しても自分の望む高校に入れる保証がなくなりました。こんな制度が長続きするはずはなかったのです。

(2)都立高校の魅力が減退したこと:都立高校は公立学校とは言え、無色ではありません。それぞれが固有の伝統と特色を持っています。特に古い歴史を持つナンバースクール(旧制の第一中学、第二中学…など)には独自の伝統があって、自らの出身校を誇りとしている卒業生が数多くいます。そういう伝統や特色が学校群制度の実施によって、すべてではないとしても、その多くが失われることになりました。当然ながら、学校の魅力は半減します。受験者が魅力を感じない学校に行きたくないと言っても非難はできません。モティベーションが低下するのは生徒だけでなく、教える先生もやる気を失います。そして都立高校に代わって、国立大学の附属高校や有名私立高校の株が急激にあがり、受験競争はそういう高校間で激化しました。

この学校群制度の失敗が私たちに教えてくれることの一つは、すべての公立学校は原則として受験資格のあるすべての受験者に開かれたものでなくてはならないことです。と言っても、いくつかの制限は必要です。たとえば通学の便を考慮する必要があります。寄宿舎のない高校では生徒が自宅から通学可能でなければなりません。また、資本主義自由経済には必然的に格差が生じるのと同様に、自由な進学競争にも学校格差という弊害が生じます。進学校と非進学校、エリート校と非エリート校という二極化される格差です。東京都が学校群制度をスタートさせた動機には、公立高校間の格差を縮めるということがあったと思われますが、実際には、似たようなレベルの学校を同一学校群に組み合わせたために、学校間の格差は学校群間の格差として存続することになりました。

ではどうしたら学校間の格差を縮めることができるでしょうか。それにはまず、学校という組織内で意識変革がなされなければなりません。それぞれの学校が、他とは異なる独自の価値を生み出し、特有の学校文化を創り出すことが必要です。そして受験者がその特色を充分に承知して、自分の個性を生かすことのできる学校を選ぶことが大切なのです。そのためには、高校における指導内容も入試も、もっと多様化する必要があります。文科省の公示する現在の学習指導要領は、時として高校の特色を出すのに障害になっています。それぞれの高校の特徴が出せるように、もっと柔軟なものであるべきです。現在のものはあまりにも画一的です。これでは高校現場は窒息してしまいます。英語教育においても、文科省は学習指導要領の改訂によって変えようとやっきになっていますが、効果はほとんど現れません。高校の教育現場が窒息している証拠です。それぞれの高校は他と同じことをするのではなく、自分たちの創意と工夫によって、独自の価値を生み出す努力をすべきなのです。次回からは、教育における「価値の創造」という難しい問題に挑戦することになります。

(注1)近年の入試問題は多肢選択が主流です。そこでは、それぞれの小問に対して、1点から5点くらいの得点が配分されます。なぜ1~5点もの開きがあるのかについて合理的説明がなされることはありません。実際にその配点を変えることによって、合計点にかなりの違いが出る場合があります。それにもかかわらず、合格か不合格は1点差で決まります。ですから1点差を争う受験競争というのは、きわめて不合理な競争を受験生に強いていることになります。

(注2)1982年に東京都が始めた「グループ合同選抜制度」というのは、学区内の高校を2つくらいのグループに分け、各グループの中で受験者が第一志望と第2志望(3校まで)を出せるようにした選抜制度です。グループに分けたのは、特定校に受験者が集中しないようにするためでした。この制度では、それ以前の学校群制度に比べて、受験者の志望がある程度尊重されるようにはなりましたが、それも非常に制約の多い制度でした。そのため、これも1994年に廃止になりました。